天才鍛冶師とその周囲の憂鬱
ダヴィネという天才鍛冶師は凝り性だ。
こだわるときは兎に角、徹底してこだわる。他の鍛冶職人であれば「まあ良かろう」と妥協する部分も偏執的なまでにこだわりつくす。どう考えても誰もついてこれないレベルまでこだわり倒す。
通常であれば、「いやそんなとこまでこだわりすぎんでもいいから適当に仕上げてくれ」と忠告もあるかも知れないが、彼の仕事に口出しはあまりされない。放置していた方が、彼は間違いなく良い仕事を仕上げてくるからだ。
勿論、あまりにも極端なこだわりを見せるときは周りがコントロールし、誘導してやることもする。それは、彼が牢獄の時のような、歪な王様になることを防ぐためでもあった。
まあつまり、適度に好き勝手に作品を造るという、ステキ鍛冶師ライフ的なものを愉しんでいるのが現状のダヴィネな訳だが、そんな彼の趣味は、時折とてつもない物を造り出すことがある。
「……これは、凄いね」
「当然だ!」
ウルは、ダヴィネの工房にて「むむむ」とうなり声を上げるディズを発見した。興味本位で彼女の様子をのぞき見ると、彼女が見ているのは武具の類い―――とは、全く違う代物だった。
「なんだそりゃ、盤上遊戯の、駒?」
「だね。ダヴィネが作ったんだって」
確かにソレは盤上遊戯の一種だ。
イスラリアでもはやってるポピュラーな代物で、なんなら誰でもやってるし、ウルも流石にルールくらいは知っている(遊んでいる暇は無かったので強くは無い)。様々な冒険者達の役職を模した様々な動き方が出来る駒達を交互に動かして戦うゲームだ。
金が無い名無しなんかは、適当な木材に文字だけ刻んで遊ぶこともあるのだが、ダヴィネが造ったというソレは、きちんとした駒が彫り起こされており、良く出来ていた。
流石、というべきか、細かな細工にウルは感心し、手を伸ばそうとした、
「へえ……ってなんだよ」
「うん、迂闊に触ったらダメだよ。ウル」
ところに、ディズがまったをかけてその手を掴む。ウルは首を傾げた。
「駒は触るものだろ」
「これ、金貨1枚くらいするって言っても?」
「…………こっわ」
ウルは素直に手を引っ込めた。思わずダヴィネを見るが、そのダヴィネも何故か不思議そうに首を傾げていた。
「ああん?全部木製だぞ」
当人は、余った木材で造った面白半分の代物であったらしい。だが、ディズは真剣な表情で、駒の一つ一つを見分し、唸っている。
「いや、仕上げの処理も完璧だ。この出来なら買う神官は出てくる。絶対にね」
「まあ、ディズが言うなら間違いないだろうが……どうすんだよこれ」
とても綺麗に出来ているから、要らないなら買ってみようと思ったが、額を聞くととても手を出そうとは思わない。取り扱いにも大変困る代物である。が、当のダヴィネは、
「もう満足したし、俺はいらねえ。ペリィの奴の所にでもおいとけばいいだろうが」
「アイツ、多分ビビり散らして一生店の奥にしまって取り出さないぞ……」
そう、この男は作品の作りにはこだわる一方で、一度完成させればその品に対して全く執着心を示さない。自分のことを軽んじられるのは酷く嫌うが、別に商品自体は、売ろうが、使い潰そうが、なんら気にしないのだ。物は使い潰してこそ価値があると、考えている節すらある。
鍛治師としては立派だが、扱いに難儀する代物をぽーんと生み出されて放出されると、此方としては結構困る。
「じゃあ、私がさばこうか?手間賃くらいはもらうけど。売れた金額はダヴィネに渡せばいいんでしょ?」
と、そう思っていると、ディズからの助け船がやってきた。ウルとしてはその提案は大変にありがたい……が、
「良いのか、手間なんじゃ?」
「……いや、正直この品が下手な扱われかたされるのを黙って放置していたら、義父にめちゃくちゃ怒られそうでね」
ディズは苦笑を浮かべる。ロックから聞いてはいたが、彼女の義父という男も、どうやら結構なかわりものであるらしかった。
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それからしばらくの後、一時的に近隣の衛星都市に仕事で降りていたディズが戻ってきた。彼女は麻袋をウルへと差し出して、少し疲れた表情で笑いながらいった。
「売れたよ。例の盤上遊戯」
「へえ、いくらだったんだ」
ウルは渡された麻袋をもつ。割と――――いや、かなりずっしりとした重い感触に眉をひそめた。ディズは笑って答えた。
「金貨30枚」
「…………なんて?」
「金貨30枚」
「……聞き間違いじゃ無かったかあ……」
こんな麻袋に雑に詰め込まれて良い金額ではない。
「こんなもん雑に渡すな、息が詰まって動悸が激しくなって死ぬ」
「流石に君は慣れても良いと思うけど。超大物賞金首稼ぎクン」
「まだ1年のルーキーでござい」
ディズ曰く、それなりに信頼の出来る商店に卸そうとしたところ、そこにちょうど訪れていた複数の神官達や商人達の奪い合いが発生し、最終的に何故か臨時のオークションまで執り行われるに至ってしまったらしい。その競売の末に金額がつり上がり続けた結果だという。
「まあ、流石にそうぽんぽんこんな金額になることはないだろうけど……改めて凄いね、彼は」
「ウーガの厄レベルがまーた跳ね上がった気がしないでもないがな…………っと」
二人でダヴィネの工房へと戻る最中、ちょうど工房から出てくる人影があった。ウーガの酒場の店主、ペリィはウルを見かけると軽く手を振る。
「おう、ウルかぁ。なにやってんだぁ」
「ちょっとな………ペリィは工房になんか用だったのか?」
「いやぁ、工房に頼んでた硝子のコップが出来たんだぁ。店で使う奴よ」
そういって、彼は緩衝材のつめこまれた籠の中から、グラスを一つ掲げる。太陽神の光に照らされたそれは、非常に細やかな細工によって、美しく、宝石のように輝いていた。
「いやあ、簡単なので良いって言ったのに、ダヴィネさんが手ずから色細工までしてくれたみたいでさぁ、ラッキーだったよぉ」
儲け儲け、というように笑うペリィを尻目に、ウルはディズに顔を近づけて、小さく囁いて、尋ねた。
「…………ディズ、幾らだアレ」
「…………材質にもよるけど、一つ金貨2…………いや下手すると3……」
「…………」
「…………」
ウルとディズは顔を見合わせ、そして此方の気など知らずにのんきに笑うペリィの顔を見て、うなずき合った。
「見なかったことにしよう」
「そうだね」
その後、ペリィの酒場にはとてつもなく美しい細工の施されたガラスのコップが利用されることとなった。勿論、物の価値なんて何も分からない連中は「よくわかんねえけどすっげえ綺麗だなー!」「うおー!これ酒いれたらすっげえ模様が浮かんでくる!かっけー!」などといって酒で赤らんだ顔で笑うばかりだった。
時折、物の価値を理解しているグルフィンなどがとてつもない真顔になりながら、そのコップを前に石のように固まっている様子も見られたが、ウルとディズは見なかったふりに徹した。




