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かくして少年は迷宮を駆ける  ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~    作者: あかのまに
外伝編 ある日の彼ら彼女らの日常または非日常② [時系列黒炎砂漠編直後]
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非行少年少女らと紅の蜘蛛の糸②


 竜吞ウーガ、司令塔の一室にて。


「どうか、皆をお願いします……」


 そう、切実に懇願するのは【至宝の守護者】のリーダーだった少年、カルターンだった。ウーガへの侵入を果たしていたときと比べ、随分と表情に力がなくなった彼は深々と頭を下げる。


「脱走計画、ですか。貴方の声は届かなかったのですね。カルターン様」


 相対するシズクが確認をすると、カルターンはふるふると、力なく首を横に振る。


「皆が、信じていたのは自信満々だった、僕だったから……」


 シズクの計略によって、まとめて御用となったあと、彼はすっかりとその気力を損なっていた。目が覚めた、あるいは酔いが覚めたというべきだろうか。彼はすっかり落ち着いてしまい、正気に戻っていた。


 それまでたった一度も失敗しなかった少年は、たった一度の失敗で我に返った。


 だが、その結果として子供達のリーダーとしてのカリスマも無くなった彼は、仲間達を押さえつけることも出来ず、こうして助けを求めるに至った。


「さて、どうしましょうか」

「その、難しいのですか……?」

「対処は出来ますよ。ですが、押さえつけても意味は無いでしょう。同じ事です」


 仲間達がまた同じ事をすると、シズクはそう言っている。

 カルターンにもそれは理解できた。確かにそうだ。レナミリアなどは今、反発心の塊のようになっている。逃げようとしたところを捕らえられれば、ますますもって暴走する。

 無論、そうなればウーガとしては牢獄にでも放り込むくらいしか対処できなくなる。しかし、カルターンとしては、出来ればそこまで荒々しい事にはなって欲しくは無かった。


《だったら、もういっそ、わざととーぼーさせてみたらええんでない?》


 そこに、幼い声が響いた。


「アカネ様、その心は?」

《だって》


 たまたま遊びに来ていた緋色の妖精は空中をくるくると跳び回りながら、断言した。


《ぜったいしっぱいするし》

「まあ」


 妖精の少女は容赦が無かった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 竜吞ウーガ外周部


《ついたわよ》

「…………!!」


 妖精は、確かにレナミリア達を外へと案内してくれた。その言葉に嘘偽りは無かった。

 確かに外に出た。ウーガの甲羅のような障壁の外、搭乗口となる尾の、すぐ傍に、誰の目にも見つからずに抜け出すことが出来た。

 ウーガは現在停止中で、魔力補給のために地面に潜り、動きを止めている。このまま尾を伝えば、外に出ることは出来る。


 だが、レナミリア達は足を止めた。一歩もそのまま外に出ることは出来なかった。


「く、暗い……!」

「何も無いよ!!こんな所から降りるの!?」


 夜の空、外へと続く道は、あまりにも暗く、そして心許なかった。日中、太陽神によって照らされている時と同じ場所とは全く思えないほど、薄気味が悪かった。


《“とし”はちかくにあるから、あそこまでいけばよいわ。もんばんには、“せいれいのいたずら”で、“てんい”しちゃったっていいわけすればいいんじゃないかしら?》


 おびえすくむ子供達に対して、妖精は淡々と説明する。確かに彼女が指さす先には都市の光が見える。しかしそこまでの道中はやはり真っ暗だ。照明なんて一つもない。真っ暗だ。真っ当な道も無いだろう。

 こんなの聞いてない!と、妖精にレナミリアは叫ぼうとしたが、言葉が止まった。妖精は、自分達の助けになってくれただけだ。外に出よう。逃げようと言ったのはレナミリア自身である。言い訳の余地が無いほどに、目の前の光景は自分が目指した姿だった。


 無謀、無計画、その果ての至極当然の顛末が、目の前のどうしようも無い光景だ。


《“そと”は、いろんなことがある》


 そんな彼女たちの立ち往生を前に、妖精は言葉を続けた。


《なにもえらべないまま、しんじゃったちっちゃいこもいっぱいいる。そういうばしょ》


 言葉は幼くとも、重みがあった。確かな実感と経験が、言葉には詰まっていた。

 

《でも、この“だっそう”は、あなたがじぶんできめたこと》


 妖精は此方を見る。暗闇の中で、仄かな輝きに包まれた妖精の姿は神秘的で、どこか妖しくて、恐ろしくもあった。


《だったら、これからは、アナタの“ジンセイ”よ》


 妖精は、レナミリア達を指差した。心臓が鳴る。怒りで誤魔化していた、得体の知れない緊張と恐怖が、レナミリアを襲った。


《まものにたべられてしんでしまっても、くうふくでいきだおれても、やとうにボロボロにされても、すべてがうまくいって、おうちにかえって、“つまはじき”にされても》


 爪弾き。

 元々、彼女はあまり、自分の家では“良い娘”ではなかった。神官になることが出来なかったのだ。言うなれば落伍者であり、その後も憂さ晴らしをするように悪い遊びにはまってしまった。

 ウーガで捕まってからも、いつまで経っても迎えが来ないのは、自分のことをとっくに家族が見放しているからだ。

 そんな事実から、レナミリアは目を背けていた。しかし、妖精はまるでそんな彼女の心を見透かすように、じっと、彼女のおびえる瞳を見つめてくる。


《それはあなたがえらんだ、あなたのうんめい。あなたのせきにん》


 妖精の言葉に、鋭さは無かった。柔らかく、ゆっくりとした言葉で語りかける。染みこむように、その場にいる全員の耳に届く。


《いくつもの“せんたくし”からえらんだ、いいわけできない、じぶんのじんせい》


 しかし、彼女のそれは、優しさではなかった。


《じぶんで、きめてね?そうしないと、こうかいするから》


 刃のように鋭い、厳しさだった。

 自分達に労役を課してきた者達、罰を与えてきた者達よりも遙かに、ずっと鋭く、彼女たちの心に突き立てられた厳しさだった。情け容赦なく、崖の上から奈落へと突き飛ばしてくる厳しさだった。


 己の人生の責任を背負え。


 彼女はハッキリと、そう語っていた。


「か、帰ろう」


 誰かが言った。


「いやだよ……無理だよ!」


 誰かが続いた。

 愚直に、言われるままにレナミリアについてきていた彼らにも否応なく理解できたのだ。この闇の中へと落ちれば、もう本当に、誰にも言い訳できないのだと。この先、自分達を守ってくれる存在は誰一人いないのだと。

 そうして、次々に彼らは逃げ出す。もう、誰かに見つかろうとかまわなかった。どれだけ働くのが苦しくても、ちゃんと守ってもらえる方が、よっぽど、安心だった。あの闇の中、独り行くよりはずっと良い!


「何よ……!」


 そうして、レナミリアは残された。自分以外に残っているのはルースだけだ。歪でも、仲間だと思っていた連中は、すっかり自分のことを見捨ててしまった。


「結局コレが目的だったわけ!?アンタも私を騙したんだ!」


 レナミリアはアカネを血走った目で睨み付ける。八つ当たりも良いところな、理不尽な発言だったが、アカネはまるで動揺することもなかった。


《だますって、もっとひどいのよ?》

「……!!」


 重い、説得力のある言葉を告げて、レナミリアを黙らせる。そして座り込み、怒りをどう発散させれば良いか分からずうなり続ける彼女の頬に触れた。


《だれかのせいにしたって、いたいの、なくならないのよ》


 緋色の瞳が、血走った少女の目を射貫く。みるみるうちに、レナミリアの勢いは萎んでいった。彼女だって、そこまで愚かじゃない。冷静になれば分かるはずだ。アカネは別に、騙したわけでも、からかったわけでもない。


《あなた、どうするの?》


 ただ、確認しただけだ。これから貴方はどうするの?と。


「…………、わかんないわよ……!」


 問いに、レナミリアは喉を震わせてうずくまった。


「だって、誰も教えてくれなかったんだもの……!!」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「レナミリア……」


 最後まで彼女を見守ることを決めていたルースは、泣き崩れるレナミリアに、上手い言葉をかけてあげることが出来なかった。自分の内側に、彼女の心を慰める言葉はなかった。その経験値の浅さが情けなかった。


「あーあー、泣いちゃったっすねー」

「ラビィンさん」


 そして、自分たちをそっと遠くから見守っていた、【白の蟒蛇】のラビィンが姿を現した。彼女はルースを見ると、肩を竦めて笑った。


「見張りお疲れさんっすねー。いいっすよ?もう帰っても」


 そう言われるが、ルースは黙って首を横に振った。脱走の最中、彼女が言ったとおり、今の彼女含めた元友人達の結末に、自分の責任があるのは間違ってはいなかった。だからせめて最後まで彼女たちと一緒にいると決めていた。


「物好きっすねー。アカネも、もーいーっすよ?こっちでもっていくんで」

《んー》

「甘ったれ過ぎっすよ。構う必要無いっすよ?」


 甘ったれ、そうなのだろうとルースは思った。

 ラビィンにしても、アカネにしても、いや、ここにいる大体のヒト達は、いろんな事情を抱えているように見える。自分たちと殆ど年も変わらない少年すらも、自分よりも遙かに大人びて見えた。


 多分彼らは、きっと自分たちとは比べものにならないくらい辛い経験をしてきて、それを乗り越えてきたのだ。


 だから、自業自得で罰を受けて、それすらもいやだいやだと喚く自分たちはやっぱり甘ったれだ。そう思う。アカネと呼ばれた妖精からしても良い迷惑かも知れない。

 

《なかしちゃったしなー》


 しかし、アカネはそう言うと、くるりと空中で身を翻し、その姿を変貌させた。


「う、わ……!?」


 ほんの一瞬で、アカネの姿は成熟した女性のように変わっていた。彼女はそのまま、むずがる子供のように泣き崩れるレナミリアの背中に触れて、そっと優しく抱きしめた。


《しらなかったんなら、しかたないものね》

「―――――っ」

《いじわるいって、ごめんね》


 レナミリアは、そのまま黙って緋色の少女に抱きしめられたまま、泣き続けた。その間、アカネは決して彼女の傍から離れることはしなかった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 こうして、非行少年少女達の脱走劇は、誰にも知られること無く終結した。

 以降、子供達はゆっくりと落ち着きはじめ、問題を起こすこともなくなった。


 尚、それ以降、何故かアカネのことを「アカネ姉さん」と呼ぶ子供達が出てきたりしたのだが、それは別の話である。


「お疲れっすね-!アカネ-!ジュースおごったげるっすよー!」

《いえーい!じょしかいね?》


 それと、ラビィンとアカネが仲良くなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そして、ふとっておもくなるのね?
[一言] 都市外を儘に生き、兄とともに生きてきたからこその台詞と考えると、年の割に色々深いのう
[良い点] アカネは良いお母さんになりそうだ…… ただし、灰の王による圧迫面接を突破する豪傑がいればの話だがなぁ……!
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