見る目を養う話
その日、幾つかの事務作業を終え、小休止に入っていたウルは、同じく同席してウルの仕事を手伝っていたディズに質問をなげかけた。
「良い物を見て、養うって必要なのかね」
「ふむ」
突然何故こんな質問をなげたかというと、ウルが眺めていた資料に、最近のウーガの交易に関する注意喚起が載っていたからだ。内容は、最近、とある衛星都市の有名な陶器の悪質な偽物が出回っているという内容だ。
大地の魔術で一見して、見た目だけはそっくりに整えられた代物だが、魔術の効果が切れるとあっけなく崩れるような代物であり、それを取り扱う悪質な商人には注意すべし。という内容のものだ。
勿論、交易の大きな拠点となるウーガは他人事ではない問題であり、ウルとしてもそれは気になって、不安になった。
正直、ウルは自分の物を見る目に、自信が無い。
父親がろくでもない偽物や、役に立たない品を買い集めていたところを見て、苦手意識が根付いてしまったというのもある。良い物を見定め、偽物を見極める自信がなかった。そもそもほんの少し前までは「兎に角、道具として使えりゃ偽物だろうが本物だろうがかまわないだろう」という貧乏人らしい思考で生きてきたのだから。
そんなウルの心中を察してか、ディズは肩をすくめると、傍にかけていた自分の外套に手をかける。エシェルほどではないが様々な物質を収納できる外套から、何かを取り出すと、ウルの前に、それを並べた。
「はいこれ、仕事で入手したんだけど、片方は偽物で片方が本物。どちらかわかる」
「どっちが……」
それは、術式が刀身に刻まれた二つの魔剣だった。見た目は似ている。紅色の魔剣。ウルの目にはどちらも本物に見えるし、違いが分からない。ウルは首を傾げ、ひとまずは深く考えずに感性に従った。見た目が綺麗な方を指さした。
「こっち?」
「外れ、そっちの術式、よく見たら分かるけど薄ら傷がついてるんだよね。こういう刀身に刻まれてる術式自体を守るための防御術を怠ってる時点で、本物じゃ無い。偽物」
「あー」
二択を見事に外して、ウルはうなだれる。ディズは笑った。
「“見る目”っていうけど、結局こういうのは知識が必要なんだよね。嗜好品とかだったら、感性にゆだねても楽しいかも知れないけど、それだって、技術が未熟であるだとかを見極めるのはやっぱり、知っていないといけない。いろんな物を見る経験もいる」
ディズの言葉はいちいちごもっともだ。納得するが、自分の知識と目を育む機会というのはなかなか難しい。やはり、そっち系の仕事は知識のある者に任せるべきだろうか。
そう思っていると、ディズが「ああそうだ」と手を叩いた。
「今日、用事があって顔を出すんだけど、【黄金不死鳥】くる?玉石混交、色々なものが見れると思うよ?」
少し迷ったが、良い機会だった。ウルはうなずき、滞在中の都市にて経営している黄金不死鳥を訪ねることとなった。
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「ディズお嬢様。よくぞいらっしゃいました」
黄金不死鳥の支部長は、ディズを快く出迎えた。アポ無しで一緒についてきただけのウルに対しても丁寧に応じてくれた。金貸しギルドであり、相応に荒っぽい側面もあるのだが、この支部は、随分と丁寧なようだ。
「うん。ちょっと倉庫見させて貰って良い?」
「ええ、ですが」
「勿論、わきまえているよ」
そうやりとりして、そのままディズはウルをつれて、黄金不死鳥の倉庫へと足を踏み入れた。黄金不死鳥の倉庫、ソレ即ち、冒険者達から担保として預かった商売道具の数々や、価値のあるものが眠っている場所でもある。
ディズが事前に言っていたとおり、多様な商品が倉庫の中で保管されており、中々の威圧感があった。そんな中を、ディズは慣れた様子で進み、そして途中で足を止めた。
「これも魔剣?氷の属性?」
「うん。高いと思う?」
「高くないのか?」
美しい意匠と、水晶が刀身に埋め込まれた大剣だ。やはりウルには高価そうにしか見えない。そもそも魔剣の類いは殆ど手に取った経験も無かったので、前提の知識が無かった。
「魔術を込められた水晶の位置が悪いよね。刀身についてる。コレじゃあ、肝心の剣の耐久性に差し支えが出る。そもそもこの水晶の質も悪い」
「はあ、なるほど」
説明を受けていると、なんだか大層に思えてたはずの大剣が、なにやらしょっぱく見えてしまうのだから、感性というものはいい加減だった。
更にディズが隣を指さす。
「この盾も、うん、わかりやすいね。ほら、表側に術式が刻まれてる。お陰で見た目は派手だけど」
「ああ、敵の攻撃を受ける側に刻まれたら、破損しそうだな」
「こう言うのは持ち手の方に刻まれるのが普通だよね」
武装自体に術式を刻む細工は、決して珍しくは無いが、敵の攻撃を正面から受け止める盾の、その表面に刻むのは、確かに不合理に思える。
「「実際に使おうとするとどうなるか?」っていうのは、考えた方がよいね。そういう意味では、武具というのは割と分かりやすい」
「なるほどなあ、というか、黄金不死鳥、割とガラクタっぽいのも徴収してんだな」
「担保として冒険者が渡してくる物だからねえ。必ずしも一級品ばかりとは限らない。勿論、これらを担保にしても、貸し出せる金には限りがあるけど」
なるほど、と、納得しながら、ウルはゆっくりと倉庫の中を見回る。本当に多様なものがあった。見ていると確かにそのなかには稚拙というか、「いや、お前これ武器として振ろうとすると逆に使い手が怪我しねえ?」というような代物も混じっている。
いわゆる色物だが、その手の武器にわざわざ手を出して、あげく担保として奪われている冒険者のことを考えるとなんとも苦い顔になる。尤も、アカネの事や、自分が愛用してるとびっきりの色物武器である竜牙槍のことを考えると、全然他人事ではないのだが―――
「―――ところで、これは?」
そうして見ていく途中で、ウルはぴたりと足を止めて、ディズに尋ねた。
「ああ、それは――――それは?」
ディズは応じて、そのまま首を傾げた。
「…………なんだろうこれ」
「なんだろうなあ」
それは、他の武具類と比べても、全くよくわからない代物だった。
やたら大きい。背丈二メートルほど。間違いなく武具の類いではない。というか、人工物かもやや怪しい。部分部分が妙に生物的だ。鳥のようにも、虫のようにも見える。石のようにも見えるが動かない。手足のようなものがガラス瓶を抱え、その中に奇妙な液体がたまって、ほんのりと輝きながら渦巻いている。
―――ざっくりと、その姿を語ってみたが、結局コレがなんなのか、何の用途の品なのか何一つとしてわからない。使っているところが想像つかない。
「それはですね」
「おわ!?」
と、そこに、いつの間にか倉庫の中に入ってきていたのか、支部長の男が声をかけた。眼前の異様な物体に意識を取られていたため、ウルは普通にびっくりした。
「やあ、ラーサン。それで、これはなんなのかな?」
「分かりません」
「ちょっと」
ディズは突っ込んだ。まあ、確かに問題だろう。担保として預かった品がなんなのか全く分からないというのは。
「いえ、実はウチにとある高名な魔術師が「どうしても急ぎまとまったお金がひつようだから融資してくれ!担保として泣く泣くこれを出す!!」とやってきましてね」
「はあ」
「それで、その魔術師はこれがなんだと?」
「確かに説明はしてもらえたのですが、あまりにも学術的な単語が多く、魔道具担当の魔術師でも理解しきれなくて、兎に角凄まじい魔導機械の一種であると」
「ソレ、詐欺られてない?大丈夫?」
適当に難しいことを並べ立てて、丸め込んで金銭を奪う詐欺のような商売のやり口は確かに存在する。ソレは、集団心理と、洗脳術の一種を利用したものであることが多い。
しかしラーサン支部長は首を横に振った。
「私も警戒したのですが、わざわざ此方に大分有利な条件で血の契約書を書いて、「絶対に利子を含め期限内に返済するから傷つけたりしないでくれ!!」と言われまして」
つまり、少なくともこれを担保とした魔術師は、このなんだかよくわからん物体に多大なる価値を感じてるらしい。大分有利な条件で金を貸し出せた以上、黄金不死鳥の経営としては確かに問題は無い。問題は無い、が、
「つまり……どういう代物なんだろう、これ?」
「ますます分からん」
「契約である以上、下手に調べることも出来ずに、言われたとおり保管しています」
「そう……隣にじょうろがおいてあるのは?」
「一日一回、水を与えるようにと」
「ええ」
「その為の浄水装置も渡されました」
「これ、高位の神官とかが使う浄化水晶では?」
《ケーヨ》
「「喋った!!!」」
「時々なんか喋ります」
結局、その日は最終的にウルとディズに大量の疑問を残すだけ残して終わった。
後日、その謎の物体Xを引き取りに来た魔術師はきっちりと利子を含めて全額を返済し、引き取りに来たらしい。その上で黄金不死鳥の保管体制に感激して「素晴らしい!これで世界の平穏は保たれた!!!引き続き費用を払うから保管しておいてくれないか!?」と頼まれたという話をディズ経由で聞いたウルは、ますます疑問を増やす羽目になった。が、もう考えるのは止めることにした。




