従者ミミココの日常と優秀な新人
大罪都市国グラドルは今、とても慌ただしい。
言うまでも無く、原因は“例”の大騒動故だ。
最近は、神官達もあの大騒動を思い出すような言葉を蛇蝎の如く嫌うようになってしまったので「例の」とか「アレ」とか、回りくどい表現で言うことを強いられて面倒くさい。
とはいえ、従者ミミココ・ヌウ・デーライルはあまり気にしていない。
精神が図太い、とかでは無く、単にその騒動に全く巻き込まれずに、知らないからだ。
彼女は現在のシンラ、ラクレツィア・シンラ・ゴライアンの実家、ゴライアン家から出向してきた従者なのだ。言葉選ばずに言うならば、教官職という閑職に追いやられていた当主ラクレツィアが突然シンラに就いて、爆発的に忙しくなってしまったのを皮切りに、彼女の手伝いのためにやってきたのだ。
ラクレツィアの事はちょっと怖いと思うが、理不尽ではない。正しく仕事をすれば、ちゃんと褒めてくれるヒトだ。横着をしなければそれをちゃんと見てくれる彼女のことはミミココは嫌いでは無かった。
そんな主がとてつもない出世をしたことは喜ばしく思うべきなのかもしれないが、しかし、ミミココの気分はあまり晴れていない。グラドルの大神殿に勤めるようになってから、ずっと不機嫌だ。
だってバカみたいに急に忙しくなったんだもん!
獣人のミミココは13歳の少女で、まだ若い。遊びたい盛りだった。
ゴライアンの本家で働いていた頃は、まだ年の近い従者達も周りにいたし、遊ぶ時間は少しはあった。やはり忙しくはあったが、それでも幼いこちらを気遣って、ラクレツィアはちゃんと休みをくれた。
しかし今は本当にその暇がなくなってしまった。あまりにも忙しい。主であるラクレツィアも殆ど休む暇も無く、分刻みのスケジュールで次々に移動するし、それに伴うだけでも大忙しだ。その上小さいミミココにも次から次に容赦なく雑務がとんでくる。ラクレツィア以外の神官からの仕事もとんでくる。本当に大変だった。
全然休めない!おまけに大神殿の神官達、従者の扱いが雑っ!!
従者はその主に仕えるが、一方で、神殿にも仕える。当然そちらからの仕事も命じられることがある。神官達がやれと言えばやらなければならないのだが、ソレがまた大変だ。
彼らは此方が女で、子供であることなんてまるで配慮してくれない。情け容赦なく力仕事をあたえてくるし、ソレが少しでも遅れたら叱責だ。暴力だって振ってくる。
もう本当に最悪だ!ゴライアン本家の館に戻りたい!
と、思うが、自分以上に忙しくしているラクレツィアを見捨てる気にもならず、結果としてミミココは今日も今日とて必死に働いている。ああ、せめて、今日はキッツイ運搬業務が少なければ良いのだけれど……
「ミミココ、貴方に手伝いを付けます。仕事を教えてあげなさい」
そう思っていたら、ラクレツィアからもっと面倒くさい仕事が与えられてしまった。
新人の教育という、なんというか、本当に面倒くさい仕事だ。新人が増えると言うことは、仕事が減るということ―――に、簡単には、ならない!当然そいつが仕事を覚えるまでは自分の業務が減ることはないし、それどころか仕事を教える手間が増える。
仕事を覚えるまで数ヶ月はかかるし、覚えが悪ければ何年もかかるものだ。別にソレはいい。能力に個人差があるのは当然だ。ソレは仕方が無いことなのだが、その教育を担うのは、やはり、どうしても大変だった。
しかし、全体の負担を減らし、人手を増すなら、誰かがやらなければならない仕事でもある。つまり、ババを引いてしまったのだ。
私以外にも従者いるのに!ラクレツィア様の鬼!
「よろしくお願いします。ミミココさん」
やってきたのは、なんというか、コレと言って特徴のない男だった。背丈が少しあるが、ちょっとひょろっとしている。年は明らかに成人を超えているが、若くも見えるし、老けても見える。容姿は整っている気がするのだが、やはり、ぱっと、目立たない。
なんというか、頼りなさそーだった。第五位らしいが、聞いたことも無い家名だった。まあ、自分と同じで、木っ端の神官の一族なのだろう。
がさつで偉そうな男じゃなくて、せめてかわいい女の子だったらなあ。合間に一緒におしゃべりもできたかもしれないのに。
言ってもどうにもならない愚痴を飲み込みながら、仕方なし、ラクレツィアの命令通り、ミミココは男に仕事を教える事となった。
全然仕事ができなかったら、ラクレツィア様に抗議してやる。
そんなことを決意していた。
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「また、【白銀の乙女】は、とんでもない人材を押しつけてきて……」
「ご苦労、お察しする」
「貴方のことなのだけどね。まあ、いいわ。何でも屋、でいいのよね」
「こだわりは無い。個人的には“高額の仕事”は非効率、とすら思っている」
「…………貴方が?」
「新しい歯車を造るのも、似た歯車を探して無理矢理押し込むのも、手間だろう。前の雇い主は好んでいたが、手間のかかるやり方だとは思っていた」
「……まあ、分かりました。そして、それなら、頼みたいことがあるの」
「報酬次第だ」
「グラドルの従者社会に潜って、その状況の観察と報告…………ええ、それと」
「何か」
「無理して、連れてきてしまったミミココを助けてあげてくれると、嬉しいわ」
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すっごい優秀だった!!!
新人はメチャクチャ仕事が出来た
それはもう、とてつもなく仕事が出来た。肉体労働もテキパキこなすし、早い。事務仕事も覚えは早いし間違えない。知らないことはすぐ覚える。嫌がられがちな清掃作業も全然へっちゃら。進んでやってくれるし、細かい日用魔術も使えるから、1人で3人分くらいの仕事が出来る。
やったあ大当たりだぁ!! 口動かしてばっかの女より物静かでも仕事が出来る男の方が良いよね!!!
なんて、酷く調子の良いことを思いながらも、ミミココは喜んだ。
でも、ほんとうにありがたかった。最近は働き過ぎて、脚もいたいし、指先も痛くて、あちこちに無理が出ていたが、なんと、この新人は治癒術まで使えて、ミミココの身体の痛みまで癒やしてくれたのだ。
なんだこのスーパーダーリンは!結婚して欲しい!でもこの年で神官なら流石にもう、婚約相手は決まってるだろうなあ。
「ですが、休まないといけませんよ?怪我は治せても、疲労は癒やせません」
「うん、まあ、そうなんだけど、ダメなの。次々と仕事が来るからさ」
「ラクレツィア様からの仕事は、早い内にこなしていたのでは?」
「ラクレツィア様は、こっちのことをちゃんと見てくれるんだけどね……」
と、新人とそんなことを喋っていると。
「おい、新人」
「んげ」
嫌な連中と、ミミココは遭遇してしまった。
彼らは、従者連中からは「旧派」と影で言われている者達だった(旧、と呼ばれると死ぬほどぶち切れるので、あくまで陰で言われているだけだが)。彼らは、つまり以前までの神殿を支配していたカーラーレイ一族に仕えていた従者連中だ。
何が厄介って、カーラーレイ一族が突然滅亡したが、彼らの被害は軽微だった(側近連中は主と同じように粘魔になった者もいたが)、つまり、神殿内部における神官の支配制度は強制的に一新されたが、一方で従者の勢力図には変化が無い、酷くねじれた状況に陥ってしまったのだ。
これは、あまりにも望ましくない状況と言えた。
おかげで、神官と従者の間に酷いねじれと溝がうまれて、命令系統が上手く機能していない。カーラーレイ一族に仕えていた連中には高い官位の者も多かったのが更に災いした。ラクレツィアであっても、なかなか容易には手出ししづらいこじれとなったのだ。
それが、ミミココが死ぬほど忙しい原因でもあった。彼らからよく、不必要に仕事を押しつけられるのだ。しかし、ラクレツィアにもなかなか相談できずにいた。ただでさえ、過剰労働気味な彼女に、これ以上に負担を背負わせるのは憚られたからだ。
「仕事が出来るそうじゃ無いか。お前にやって欲しい仕事があるんだ」
そして、そんな「旧派」の連中が、今度は新人に目をつけたらしい。
優秀すぎるが故に、目をつけられたらしい。しまった。と、ミミココは思った。もう少し、上手く隠してあげるべきだった。
此奴らは全然働きもしない横着者で、他人に仕事を押しつけてばかりのくせに、自分よりも優秀な奴らが出てくると、すぐに嫌がらせに走るのだ。多分、カーラーレイ一族という後ろ盾をいきなり失って不安だからこそなんだろうが、だからってやりかたってもんがあるだろうこのくそ野郎どもめ!と、ミミココは顔にも声にも出さずに思い切り彼らを罵った。
「来い。お前にぴったりの仕事があるんだ」
「わかりました」
そんなミミココの懸念を余所に、新人はさわやかな笑みと共に頷いてしまう。
ダメよ!そいつらとんでもねえカス野郎よ!
なんて、事は流石に言えずに、唸るミミココに、新人は振り返ると、そっと微笑んだ。
「大丈夫ですよ先輩。心配しないでください」
いや、大丈夫なわけ無いだろう!と思っているうちに、あれよあれよと彼らに連れて行かれてしまった。
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「戻りました。先輩」
「あれえ!?」
そして速攻で戻ってきた。
絶対裏で殴られたと思ったのだが、全然そんな様子は無い。目立たないところを殴られたのだと服をめくってみたが、腹に打撲痕も無かった。あら細身の割に良い腹筋。ちょっと触りたい。
そんな雑念を考えていると、新人は腹をめくられたまま微笑みを浮かべた。
「先輩、少し休みましょうか」
「え、でもこの後、まだ神殿全体の清掃作業が……」
「彼らがやってくれるとのことです」
彼ら、とは誰だろう。と全然ピンとこなかった。しかし、しばらくして、新人を連れ去っていったあのいけすかねえあんちくしょう達のことを指していることに気が付いて、目を丸くした。
「ええ~~~???いや、そんなわけないって!天地ひっくり返ってもあり得ない!」
「ほら」
あまりにも無礼なことを叫ぶミミココに、新人が指を指すと、先ほど新人を浚っていった男達が、清掃道具を手に持って、速やかに作業を開始しているのが見えた。此方を見ると、何故か並んで頭を下げ始めた。
「なんで???」
「少し休憩をしましょうか」
何一つ疑問が解決しないまま、新人がいつの間にか回り込んで肩を押してくる。いや、確かにあのいけすかねえ連中が掃除してくれるなら、時間は空く。しかし、良いのだろうか?
「でも……」
「ラクレツィア様が、アルカーブル菓子商店のクッキーを用意してくださったそうです」
「いやたー!休もう!新人!」
「はい」
せっかくだから、実家から送られてきた紅茶をごちそうしてやろう。と、スキップを踏んだ。何一つよくわからないが、とりあえず今日は良い日だ!
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「想像以上に、酷いわね。ミミココには、悪いことをしたわ」
「対処療法は出来るが、抜本的な解決は、今のままでは難しいだろう」
「従者の組織構造を変えて、一新して、膿を出さないといけないわね。いきなり動くと、それはそれで問題が起こるでしょうけど」
「お前の従者以外にも、悲惨な目に遭ってる者はいるらしい。潰された者もいる」
「時間は無い、か。多少無理をしてでも、強引に着手しましょうか。貴方にも手伝って貰いますよ」
「報酬が出るならば、相応の仕事はこなそう」




