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天賢王勅命・最難関任務 強欲の超克


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 地獄を、死線を潜り続けた魂が告げる。


 ここだ。

 ここが、勝負所だ。

 己という貧弱な手札を切るタイミングは今しか無く、後は無い。


【さあ、死ね】


 己が魂がそう告げる。


「たまるかボケ」


 自身の内側から溢れかえる殺意に悪態をつきながら、左腕で竜牙槍を握り、捻る。顎が開き、魔導核が啼く。主と共に死線を幾度となくくぐり抜け、憤怒の魔力すらも喰らった竜牙の心臓が鳴動し、空間が甲高い悲鳴を上げる。


 その魔力の暴圧を真正面から受けたグリードは微笑みを浮かべ、自らの口を開く。模したものでない、本物の竜の顎から魔力が溢れ、それが凝縮する。光輪を失って尚、至高へと至った強欲竜の魔力が放たれる。


「【咆哮・極轟】」

『【咆哮・六重合唱】』


 その咆哮の激突が最後の一押しだった。


 大罪迷宮グリード五十五階層、その完全なる崩壊が始まった。

 【大罪迷宮】の崩壊は本来であれば起こりえない。随時補完を行い、修繕する。奈落から地上への回廊を維持する事こそが迷宮の最大の役割だからだ。【核】は魔界に存在しているが故に、大罪竜を失ったとしても尚、その形は維持される。

 それが今、起こった。

 そこに理屈は無い。

 ただただ圧倒的な力が、迷宮の本来の機能、最大の役割、その強度を超えたのだ。


「っがあああああああああああああああ!!!!!」


 ウルは叫ぶ。残された全てを振り絞るべく、吼えた。

 でたらめに直進し、空を駆け、グリードを貫く。壁に叩きつけ、そのまま崖を蹴り砕きながら、幾度も槍の刃を叩きつける。


『ッッハハハハハハッハハハハハハハハハッハハハッ!!!!!』


 竜は笑う。それは嘲笑ではなく、己の全てを賭けて戦うこの一時への感激だった。

 その凄まじい突撃に抵抗するように、残された全ての力を、眼前の少年の身体へとぶつける。砕けた四肢を強引に再生し、拳として握りしめて、少年を殴る。原始の、生きるための、生存の為の拳だった。


「砕け散れ!!!」


 竜牙槍の顎が更に大きく開く。二つの牙が灼熱の光球を咥え込む。それを放つのでは無く、留め、振り回し、巨大なる破砕鎚の如く、直接竜へとたたき込む。灼熱はいつまでも解かれない。昏翠の魔眼がその力を固定化していた。


『貴方がねえ!!!』


 粉砕された竜の身体が揺らぎ、竜の尾となってウルの身体を貫いて、そのまま一気に振り回す。叩きのめす。光弾が砕けて、弾けて爆発し、その炎に飲み込まれ、二人の身体は吹き飛ばされる。

 瓦礫に落下し、身体を激しく打つ。土にまみれ、互いの血で身体を汚し、それでも尚前を向く。まだ、互いの敵は健在だ。殺意を緩める理由は無い。


「【揺蕩い!!!狂え!!!】」

『【焦がれ!!!煌け!!!】』


 空間が揺らぎ、啼き狂う。

 残された全ての魔眼が焦がれ、爆ぜる。

 本来、相対するはずの無い二つの竜の権能が激突する。

 再び二人の身体は吹き飛ばされる。互いに、最早自分の身を守ることなど欠片も考えてはいなかった。ただ、目の前の敵を殺すことだけに全神経を集中していた。


『嗚呼』


 グリードは、嘆息する。


 身体が、痛い。痛みを感じるのはどれほどぶりだろうか。


 ―――あら、考えてみるとそうでもないですね?


 自分を痛めつけるような鍛錬もかなりしょっちゅうしていたので、割と高頻度で痛い思いもしてきたな。と、グリードは思い直した。それで子供達にも良く心配されたものだった。うっかりな自分にはもったいないくらいの、しっかりものの子供達だった。


 ああ、でも、それでも。

 やっぱり、敵との戦いの傷は、痛みは、格別だ。

 辛くて、不愉快で、耐えがたく、憎らしい。これを与えた敵を八つ裂きにしたい!


 訓練の時とは全く違う、異次元の殺意。この様は、この悦は、とてもではないが子供達には見せられない。恍惚に蕩けたこの貌は、見せたくない。

 きっと嫌われてしまうから。


『ねえ、貴方、なんて、いうの?』

「ウル」

『ウル、ウル。つまらない名前。貴方みたいなヒトに殺されるなんて、嫌だわ』

「同意見、だよ、グリード」


 少年は大罪の名を告げる。嫌悪と殺意と敵意に満ちて、まるで恋人の名を呼ぶかのようだった。強欲は笑みを深める。もう、あふれ出る歓喜を隠すことすら難しくなっていた。いい年して、恥ずかしくってたまらないが、それよりも喜びが勝る。

 目の前の敵が、全てを尽くして自分に向かってくれるとなると、尚のことだ。


「【其は災禍に抗う、勇猛なる黒焔】」


 竜覚醒の言霊。周囲をも浸食し、強化する邪悪なる竜の御業。


「【白皇槍・黒焔瞋(ラース・グレイ)】」


 憤怒の左手が、竜を模した牙にまとわりつき、形を豹変させる。

 開いた顎の一方を黒い炎が浸食し、纏う。白と黒、二つの牙が並び立つ。

 核から溢れた魔力が、主の身体を守る鎧の如く、揺らぎ、纏う。憤怒と白皇の魔力が混じり、灰の炎が彼を守るように燃えていた。


『【焦がれよ】』


 その少年の姿を、グリードは視る。その本質。相手を視て、焦がれて、それを得る。眼前の敵と同じ槍が、強欲の腕に再現される。既に大部分が砕けた強欲の武器を代行する、竜の牙。

 正真正銘、最後の力だった。もう後には何も残らない。最後の強欲。

 それが、竜の牙の模造品とは、なかなかに滑稽だ。だがこの牙ならば、少年の技をも望めよう。


 双方は同じように構え、姿勢を低くし、そして突撃する。


「『【魔穿】」』


 少年と竜が跳ぶ。音は爆ぜ、その矛先がグリードの首を抉り、少年の腹を貫く。双方に備わった竜の牙がデタラメな軌跡を描き、ぶつかる。つばぜり合いというにはあまりにもけたたましかった。

 交差し、穿ち、すれ違ってまたぶつかる。その最中も少年の魔眼が輝いて、竜の身体に灼熱の力を放つ。二閃の咆哮が空間をなぎ払い、焼き斬る。

 昏翠と、六の輝きが散り、崩れかけた上空を彩る。

 迷宮の階層としての機能を失い、光源も失せ、闇に落ちていく空で散る力は、夜空の星のようで、その空を駆ける二つの光は流星の如くだ。


 しかし、流れる星は焼けて落ちる定めなれば―――


「―――――ッ!!」


 幾重もの交差の果て、弾けた先で、少年の大槍が跳ね上がる。

 力そのものを失って尚、蓄積され続けた経験が、グリードに技を残した。圧倒的なまでの力を得た時、霞んでいたそれが、全てを失った今になって、その輝きを取り戻したのだ。


『さようなら。愛しい(ひと)


 グリードは更に空を蹴る。無防備となった少年の心臓を抉り尽くすために。

 しかし彼は、とても小さな声で、つぶやいた。


「―――いや、俺達の勝ちだ」


 確信に満ちた声で、そう告げた。同時にそのまま身体を捻り、グリードの一撃を僅かに躱すと、落下する。そして、代わりに前へと躍り出たのは、


「―――眼を 離さないで」

「眼を背ける方が難しいよ」


 硝子の壁の向こう、怪物の手では、どれだけ望んでも、決して触れられないモノ。

 深淵よりも禍々しく、時に宙の星々よりも煌めくもの。 

 気高きヒトの輝き。その究極の体現者。


「【我、全てを断ち切る、終の剣なり】」

「【混沌よ、導となりてかの剣を導け】」


 星天の輝き、終の剣、ユーリがそこにいた。


「【終断】」

『ああ―――』


 あまりにも目映いその剣を、最早なんの魔眼の力も持たない瞳に焼け付けて、グリードは微笑み、泣きそうな声で、ささやいた。


『―――きれい』


 一閃が、首を断つ。


 残された全ての力が断たれ、消える。

 数百年、イスラリアを蝕んだ最凶の竜は、少女のように微笑み、散った。

 天賢王の勅命、強欲の超克は成った。

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― 新着の感想 ―
ここにきてウルからユーリへのスイッチ!! かっくぃいいいいいいい
2025/07/18 09:35 学校で滑空
最後のウルとユーリのやり取り新手の愛の告白?
[良い点] 共闘し始めたときから言ってたもんな 熱すぎる
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