粉砕
〈緊急事態発生〉
〈緊急事態発生〉
〈【統合監視機構ノア】再起動〉
〈調査〉
〈調査〉
〈調査〉
〈創造主の定めた規定能力からの大幅な能力超過を確認〉
〈【禁忌】【禁忌】【禁忌―――終焉因子】から【終焉災害】への悪化を確認〉
〈六〇〇年前に発生した■■■■■■の断片、竜と判明〉
〈想定された竜の成長曲線からの大幅な逸脱〉
〈神域への越権を確認〉
〈また、その他複数の【終焉因子】を確認〉
〈静観は困難と判断〉
〈排除依頼発令〉
〈失敗〉
〈応答無し〉
〈命令系統の破損を確認〉
〈新約32条に従い、【終焉災害】の排除を実行〉
〈【天使】稼働〉
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それは、大きかった。
〈介入開始〉
空間の隙間から這い出るように出てきたソレは、しかし確かに実体があった。
〈対象を探索開始〉
無数の輪が循環する。
回り、回転を続けながら、それは周囲を見定めていた。
金属とも、石とも判別のつかない素材で出来た輪には、瞳があった。
〈確認〉
際限なく並び立った瞳が、周囲をぎょろぎょろと見定める。そしてそれらの瞳は一点に集中した。
〈【終焉災害認定、因子類別・竜・神域超過】〉
目の前に存在する輝ける者、光輪を背負う者、竜種としても異端となった超越者、大罪竜グリードへと向けられた。
〈排斥機構起動、【兵装:翼】〉
その瞳から何かが展開する。白く輝けるもの。無数に絡みついたそれは、一見すると翼の様にも見えた。まるで天祈が展開するような、無垢に育てられた鳥が見せるような、汚れ一つ無い白い翼。
しかし、それがグリードに絡みついた瞬間、それがなんであるか、即座に判明した。
手だ。無数の、折り重なった手が翼の形となり、その異様に長い指が、無数に折れ曲がる関節が、グリードの細い首に、身体に、まとわりつく。
『あら、あら、あ―――――』
グリードにまとわりついた手に、強烈な力がこもる。みしみしと音を立てて、強欲の竜の肉体を、握りつぶすように蠢く。そこに込められた力は、尋常では無かった。瞬く間にグリードはその手に覆い尽くされ、隠れて消えていく。そしてそのまま、
〈【滅却】〉
光に包まれた。
それは、尋常で無い熱で在ることがわかった。先ほどの再誕したグリードの放つ輝きに勝るとも劣らぬ膨大な熱が、包み込んだ手のひらから放たれる。その中心にあるものを焼き払う。無慈悲で一方的な焼却の炎だった。
〈【聖杭】〉
そして、グリードを包み込み、球状の卵のような姿となった翼に向かって、今度は無数の真っ白な槍が精製され、一挙に突きささった。その形状はどこか竜殺しにも似ていたが、違う。より洗練とされた印象を与えてくる。にも拘わらず、得体の知れない寒気を覚えた。
その無数の槍が、翼の卵、その中心にいるはずの大罪竜グリードに突きささる。槍に貫かれた手のひらからは大量の血が零れ落ちるが、瞳の異形はまるで気にする様子は無かった。
〈【封印】〉
そしてその上から、無数の魔法陣が出現し、翼を包み込む。最も複雑なる魔法陣、白王陣のソレとはまた似て非なる、幾何学模様の集合体。芸術性は皆無であるが、効率性のみを重視したその魔法陣は、それはそれである種の美が宿っていた。
その魔法陣が重なって、翼の卵を覆い尽くし、その輝きを収めた。
大罪竜グリードの姿は一瞬にして、王一行の目の前から消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「―――なんじゃ、ありゃ」
その光景をウルは目撃し、呆然とした声をあげた。
空間が引き裂かれ、突如として出現した奇妙なる生物―――と、評して良いのかも怪しい、奇妙なる物体。無数の瞳、しかしグリードの【魔眼】とは決定的に異なる、異様なる眼球の怪物。それがグリードを突如として飲み込み、焼き尽くし、貫いて、封印までしてしまった。
で、あれば、それは味方だろうか?
という思考が自然と頭の中に思い浮かぶ。当然の発想だった。
だがウルも不思議なほどに、自分のその発想を、誰であろうウル自身が否定した。その思考が頭に思い浮かんだ瞬間の拒絶だった。
味方?違う。アレは違う!そんな、良いものでは無い!!!
そのウルの考えをまるで裏付けるように 異形の瞳、あの輪に結びついた無数の瞳が、強欲を捕らえ、串刺しにして封印した後、ゆっくりと、再び動き出した。無数の目が、この場にいる全員を探し、探り、そして見定めるように注視している。
それは、味方に向けた、慈悲の目ではありえなかった。
そこに、血の気は全く通っていなかった。生物が持つ善意や悪意、敵意の類いがまるで感じ取れない。実に機械的にその瞳はうごめき続ける。それは王を見て、魔王を見て、そして最後に、二人とは少し離れた瓦礫の山の上で呆然としていたウルを見て、その動きを止めるのだった。
〈新たなる【竜】を確認〉
その瞳が語っていた。
〈そのほか複数の終焉因子を確認〉
次は、お前だと。
〈安定化の為、新たなる排除目標追加を【ノア】へ申請開始〉
「逃げよ!!!」
突如、上空からアルノルド王の声が響いた。その言葉にほぼ条件反射のように従って、ウルは駆ける。王は“アレ”の正体を知っているのか?そんな疑問を考える暇すら無かった。何処に逃げるべきか、考える暇すら無く、ウルは必死に、重くなった足を動かした。
〈申請中〉
〈申請中〉
〈申請中〉
機械的な声が響く中、ウルは確信した。アレは味方では無い。誰の味方でも無い。決して、この状況下の助けでは無い。そして、急がねば、グリードと同じ末路を迎えると。
〈申請完了、排除許可完了〉
ウルの周囲では、グリードの背後に現れたものと同様、空間の亀裂が発生していた。そこから現れた瞳と翼はまっすぐにウルへと伸びる。
〈イスラリアに住まう、真なる人類に安寧を〉
人々の、平穏と無事を願うその声は、しかしどこまでも機械的だった。
ウルは歯を食いしばり悍ましい、輝く手のひらにとらわれるのを覚悟し―――
〈滅び――――――――――――》
その直後だった
上空で滅却され、灼熱となり、杭を打ち込まれ、封印された翼の卵。その封印術式が縦に開いて、硝子が砕けるような音と共に崩壊した。
「は?」
天賢王が眉を顰めた。
更に、深々と突きささっていた白い杭が、一斉に砕け散る。まるで焼けすぎて、脆くなった陶器が粉砕してしまったかのように崩壊し、粉々になって落下する。
「ん゛?」
魔王が眼を疑った。
そして最後、捕らえたものをつかみ、包み込んでいた翼が一斉に引きちぎれる。それは輝く尾羽のように、無数の指先が空中を飛び散り、血しぶきを上げる。幻想的で、同時にグロテスクな光景が空に現れる。
《抵抗を確―――――『五月蠅いですね』―――にnnnnnnnnnnnnnn》
そして、その中から、再び出現したグリードが、瞳の異形の中心となる眼球をたたき割った。
「え゛」
ウルは変な声が出た。




