五轟③ 母よ
鏡の精霊、ミラルフィーネ。
その利便性を、強欲の竜は正しく認識していたつもりだった。迷宮探索において、保存用の魔道具以上に、際限なくあらゆる物資を取りだし、分け与える。状況に応じて、遠く離れた場所に供給し、時に攻撃の中継地点ともなる。
アルノルド王と魔王を除けば、最も警戒しなければ成らない存在であることは疑いようはなかった。
そもそも、竜の気配に満ちた迷宮で、何故に精霊の力を平然と使えているのか、理解しがたかった。【星海】から外れているとはいえ、限度がある。実際【赤錆】は酷く弱っているのを“視た”。
だが、実際にその力の神髄を視て、強欲はあまりに理不尽な納得を得た。
精霊を丸飲んで、人でありながら人でなく、精霊でも無くなった怪物がそこにいた。
だから、竜気は効かない。竜の気配は精霊対策の防衛機構だ。こんな怪物の為にあるものではない。
『本当に、やりたい放題ですね』
強欲の竜が割って入るのと同時に、白王陣の終局魔術は放たれた。属性は焔。単純なる一属性であったが、決して侮れる火力では無かった。その作成者が誰なのか、あの一夜城の要塞にて、接触した魔術師を思い出して、強欲の竜は微笑みを浮かべた。
―――遅い、と挑発しましたが、なるほど、悪くないですね
魔眼、という長所を持っているが故に、他の魔術を行使する機会がなかなかない強欲の竜だったが、もしもこの窮地を生き延びることが出来たなら、学んでみるのも良いのかも知れない、と、そう思う程度には、その終局魔術の完成度は高かった。
『です、が!!』
しかし、その火球を、グリードは、弾く。背後の五轟の竜が空間ごと魔術の中心を砕いて削り、残った焔をグリードが力で弾く。それは膨大な魔力と、体術による合わせ技だ。【紅】を殺した魔術師が使っていた業だった。紅が殺されたのが悲しくて、練習して再現したのだが、上手くいった。
とはいえ、それでも細腕は焼け焦げる。それほどの威力だった。終局は自分も使えるが、その中でもとびっきりの火力だった。本当に、並ならぬ執念があの魔法陣には込められていたらしい。
しかし、流石にあれほどの威力だ。そう何度も連発できるはずが―――
「あはは」
『―――あら、本当?』
鏡の精霊は無数の鏡を展開し、その全てに終局の魔法陣を展開した。
連発、どころではない。
しかも、更にそれを取り囲むように別の鏡が展開し、その白王陣の輝きを写し返す。
もしかしなくても、火力が倍加するのだろうか?しちゃうんだろうか?
いやするのだろう。絶対する。だってとっても眩いもの。
何だろうこのデタラメは。バケモノなのだろうか?
あまりにも酷いので、強欲竜はちょっと笑ってしまった。そして―――
『【願い 焦がれよ 渇望の眼】』
『A―――――――――――――――――』
ならば、しかたないと五轟の魔眼を焦がして、その力を解放した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
空間が一斉にひび割れる、
世界そのものが奏でる悲鳴の大合唱と共に、その空間に在った巨大な鏡が一斉にひび割れる。よほど強大な力が込められていたのだろう。鏡の悉くがその瞬間、激しい光と共に爆発四散し、火や雷が凍りつき、石となって砕け散る地獄のような現象が巻き起こる。
『A―――――AAAAAAAAAAAAA!!!』
五轟の竜は更に強く、激しく鳴く。さらなる破壊が起こる。
「迷宮ごと、こちらを巻き込んで自滅するのが望みか?」
その、二体の竜の背後から、巨神が飛び出した。巨神はその拳を強く強く握りしめ、そして即座にそれを放った。その速度が空間を裂き、鏡が引き起こした全ての現象の一切を破壊し尽くしながら直進した。
『なんとかなるでしょう?多分、ええ、そう願います。ダメだったら残念ですね?』
アハハ、と、子供の姿となった強欲竜は少し楽しそうに、悪戯っぽく笑った。アルノルドはその笑顔に、更に拳をもう一方の拳もたたき込む。しかし、強欲へとのびた拳の間に、五轟の竜が割って入る。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
再び鳴く。
先ほど上空で見せた空間の破裂よりも、規模も速度も明らかに高い。だが、一方でその竜の身体には無数の槍が突き刺さり、身体の部分部分が欠損し、全体もひび割れている。
ミラルフィーネの攻撃、だけではないだろう。
自分自身の力に、あの五轟の竜は耐えきれていないのだ。既に、限界は間近だ。
だが、それはそのまま、次の相克が迫っていることを示している。
できれば、回避したい。だが、先んじての火竜の破壊、魔王の【愚星】による大地の竜の破損、鏡による直接の封印、様々な要素によって、儀式そのものに亀裂を入れても尚、容赦なく相克は進行を続ける。
魔術儀式、その強度の桁が違う。
どうあがこうとも、儀式を最後へと到達させようという意思を感じる。
いや、そもそも―――
「まあ、こまけえこと気にしているひまはねえわなあ!!!」
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
巨神の肩に乗った魔王が、その銃口を竜へと向け、放つ。五轟の竜が鳴く。巨神の身体が砕け、魔王の脚が吹き飛ぶ。遙か彼方の迷宮の外壁が、ひび割れて、崩落する。
最早狙いも定かとは言いがたい。五轟の竜はその残された死力を尽くして此方を殺しにかかっている。自分の死が、さらなる相克につながると承知しているが故だろうか。自分の破滅を一切問題視していないのだ。
この竜を相手に、後先を考えていたら、即死する。
「アハハハハッハハハハハッハハ!!!!!」
そこに、笑い声が響き渡る。
黒のドレスが舞い、竜吞の女王が哄笑する。
再び大量の鏡が展開し、無数の魔眼が華開く。魔術の雨が降る。その攻撃は一切の識別が無かった。普通に王も魔王も容赦なくその雨は襲った。
「んもー!!ウル坊!あの女王制御できねえのか!!!」
「無茶!言う、な!!!」
魔王とは逆サイドの肩に乗ったウルが、色欲の権能を使い、降り注ぐ膨大な魔術の雨を弾き飛ばし、僅かでも自分たちのダメージを減らそうと抗っていた。が、彼もまた限界が近いのは明らかだった。
「ちゃんとミラルフィーネの方もコマしとけや!!」
「俺のこと何だと思ってんだお前!?」
「無差別スケコマシ野郎」
「殴る、ぞ!!!」
ブチギレながら、ウルは槍を握りしめ、凄まじく重いものを振り回すかのように力を込めて、その穂先をなぎ払った。
「【狂い!廻れ!!!】」
降り注いだ魔術が歪み、五轟の竜とグリードへと向かいたたき込まれる。
「【光螺閃閃】」
それをグリードが打ち落とす。膨大な力と力が激突し、幾度目になる爆発が花開いた。だが、物量は互角ではない。ミラルフィーネの力と合わさって、たたき込まれた力は飽和し、グリード達を中心として爆散した。
「どう……!?」
なったか、ウルは目を細めてそれを確認し、言葉を失った。激しい煙と、魔術の残滓だけを残して、竜達の姿は何処にも無く消えていた。
無論それを、跡形も無く消滅したと考えるほど、楽観的に思える者はいない。
硝子の割れたような音がする。
背後を振り返れば、此方の裏を掻くように、グリードを抱え、五轟の竜が転移の術によって背後を取り、自分たちのいる空間そのものを破壊し尽くそうと試みていた―――
「【眠り、墜ちろ】」
が、それよりも速く、予期していたかのように、魔王が怠惰の権能を背中へと放った。
『A―――――!?』
「新しい力手に入れたら使いたくなるよなあ?分かる分かる」
怠惰という力を放たれ、強制的に力を閉じられ、苦しむ五轟の竜に、ブラックは優しく語りかけ、そして笑った。
「だが、死ね」
「【神の御手・千手】」
そしてその隙を狙い、アルノルドは力を放つ。白王陣の力に後押しされ、巨神の拳を無数に創り出し、その全てに万力の力を込める。
『乱暴』
「砕け散れ」
そしてその全ての拳を躊躇無く叩きつけた。グリードの身体が砕け、粉砕し、へし折れる。幼い、子供のようにみえるその姿に対してもアルノルドは一切の躊躇をしなかった。迷宮の地下空間を更に掘り進むかのように、無数に陥没が連続して発生した。
『A――――――――――――――――――!!!!』
五轟の竜が、そこに割って入る。空間を砕き、僅かでもその破壊の嵐から母を守ろうというその姿は、紛れもない献身だった。生まれたときより悍ましい異形であり、全身が崩壊し、今まさに終わろうとしても尚、母を守ろうとする、怪物の献身がそこにあった。
そこに、哀しき尊さを感じる感性は、アルノルドにもあった。だが―――
「【天罰覿面】」
全霊の力を込めた拳は、まっすぐ、躊躇無く、たたき込まれる。砕かれた空間ごと、五轟の竜ごと、グリードの心臓ごと、粉々に打ち砕いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
砕け散る、その最中、五轟の竜は、愛しき母へと語りかけた。
―――おかあさん、ここまでです
『ええ、生まれたばかりで、よくぞ頑張りました』
既に限界を超えていた身体が崩壊する。手足も砕けて、この戦いのためだけに存在した臓器も全て、機能を失う。残されたのは、自身の核、瞳のみ。相克の為、殊更に頑丈に創られていたそれは、最後まで機能を保ったままだ。
それを喜ばしいと、五轟の竜は思う。
自身と同じく、砕けていく母の笑みを、最後に視ることが叶うのだから。
『共にゆきましょう』
母は手をさしのべ、自身を抱きしめる。五つの魔眼が母の元へと回帰する。
相克は至り、六輝へと到達する。




