第■■■■回 強欲竜会議
300年前 大罪迷宮グリード最深層にて。
『さて、それでは、対策会議を始めましょう』
強欲の大罪竜は、自らの眷属竜達相手に笑みを浮かべた
―――対策会議?
母のあまりの突拍子のなさに、紅は首をかしげた。何に対しての対策なのか、その場にいる眷属竜は全員わからなかったからだ。
母の目は、あまりにも視えすぎている。眷属竜であろうと、同じ視座に立つことは困難だった。しかし今回はあまりにも突拍子が無い。
―――なんの対策会議なのだ
『数百年後に起こるであろう、彼らとの最終決戦の対策会議です』
―――数百年後
『はい、数百年後』
紅は呆れた。それ以外の眷属竜も大体はそうだ。
現在、強欲の迷宮と拡張、その侵攻を進めているまっただ中だ。憤怒の大罪迷宮の【氾濫】、それに合わせ、一気に侵略を進めている真っ最中だ。そんな最中に、何故に数百年後の話をしようとしているのだろう。この母は。
―――憤怒の侵攻にあわせて、我々も攻めれば、事が済むのではないですか?
蒼が言った。概ね同意見だ。今回で決着がつく可能性が高いのに、今の足下ではなく、数百年先を見つめるのはあまりにも滑稽だ。
『恐らく、憤怒は負けます』
しかし、母は悲しそうに言った。
『勿論、そうならない可能性はありますが、やや準備に欠けています。行き当たりばったりと言っても良い。動きも速すぎて、我々では、憤怒の進行速度に合わせられない。窮地の時、支援も難しい』
―――竜が敗北すると
『断言はしませんが。ですが、ええ、そもそもあの子は、終わりたがっていましたからね』
心底悲しそうに、遠くを見るように、母は嘆いた。とはいえ、母がそうまで言うのであれば、なるほど、彼女の見方は正確だろうと眷属竜達は理解した。彼女がこの手の悲観をしたとき、間違ったためしがなかった。
『そして再び膠着が起こる。怠惰が目を覚ます時、また大きく事態は動きそうですが……あの子はあの子で、のんびり屋さんですからね……』
―――他の竜達、全員で合図をとって、一気呵成に攻めることは出来ないのか
竜がイスラリアに出現してから、十分に力を蓄えてきた。憤怒のように、自損を厭わず太陽神の封印を強引に打ち破る事が出来る者もいるのではないか。彼らと力を合わせれば、向こうを滅ぼすこともできるかもしれない。
―――ヒト、よわいよ?ワタシタチつよい
紅はそう思った。翠もそう思ったらしい。びゅんびゅんと鬱陶しく飛び回る。だが、母はやはり、首を横に振った。
『封印を打ち破るときのダメージを考えれば、難しいでしょうね。憤怒の特攻は長く放置できないと向こうが踏んでくれましたが、そうでないなら、ヒトは長期戦を選ぶでしょう。地上は太陽の降り注ぐ彼らの庭。最悪、滅ぼされるのは此方です』
まあ、そもそも、一気呵成に応じてくれる竜は少ないでしょうが、と、母は笑った。
―――連帯感が皆無ですね
『ええ、我々は生まれながらにして、生物の強度があまりに強すぎる。そのため連帯がありません。これはもう、逃れようのない宿痾と言えましょう』
ヒトが、生まれながらにして、足下を這う蟻に恐怖しないのと同じだと彼女は笑った。
―――だから、我々、意思のある眷属竜を創ったのか?
『勿論その理由もあります。別の視座が欲しいという理由もあります。私一人では、どうしても思考に偏りがうまれてしまいますから』
―――用心深すぎる。猿どもなど、真正面から焼き払えば良い
―――足下をすくわれますよ
紅は、母の臆病を嘆いた。するとその紅の、ヒトを、母を侮るような態度に対して蒼はいさめるように言った。闇の奥底で、水と炎が巻き起こる。風は愉しそうにその様子を嘲り飛び回る。
『どちらの意見も、素晴らしいですね』
その二つの相対した意見を、強欲はいさめるでも無く、称えた。蒼は訝しむような顔で彼女に問いただした。
―――素晴らしい、ですか?紅の侮りも?
『用心深さも大事ですが、強者の慢心も、大事ですよ?ありとあらゆる全てに対して意識を向けられるのは全能の神だけでしょう』
しかし、強欲は神では無い。否、全知全能の神などこの世界に存在しない。
『出来ないことをしようとして、余裕をなくせば新たな隙になります。慢心、余裕、玉座に座り、待ち構えること。そういう思考も大事です。私はあまり得意では無いですから』
―――グリード、ひまになったらなにかしようとする
『そうですね。困ったものです』
風の嘲りに、強欲は同意した。紅はため息をはき出した。無為なやりとりを続けるのにも飽きてきた。
―――それで、我々が人類と総力でぶつかる、決戦の準備と
『ええ、特に、私とあなた方の相克について』
―――欠けぬよう、どう対策をとるか、ですか?
蒼が問うた。
属性竜同士の相克。互いを食い合っての強化。嫉妬の眷属竜の権能をも混ぜ込んだ、恐るべき秘法。もしもこの儀式が完成へと至るならば、母は恐るべき力を手にすることが出来るだろう。
自分達がその為の贄となるという問題は、どうでも良い。重要なのは、それを完遂させることである。それこそが、眷属竜達の生まれた意味なのだから。
しかし、強欲の母は首を横に振った。
『欠けは、するでしょう。ええ、そういう心構えでいなくてはなりません』
―――決戦を始める前に、我らが負けると?
『その可能性は、ありますね』
その言葉に、紅は嘲った。儀式として、正面からぶつかり敗北するならば兎も角、そこにたどり着く前に猿たちを前に敗北を喫するなど、竜の恥さらしだ!
そんな紅の慢心した態度を、強欲は、ニコニコとほほえましそうにしながら、続ける。
『相克の儀は、行程が多い。だからこそ、その過程において様々な問題が起こるでしょう。破損、想定外、欠損、失敗、それらに応じられるプランの強度と柔軟性が必要です』
勿論、魔眼そのものの強度、言うなれば竜の心臓部は最も堅くなるようデザインされている。並大抵の攻撃では、竜の身体を破壊できても、その魔眼の相克自体は止めることは出来ないだろう。
ですが、と、彼女は更に続けた。
『破壊は無理でも、封じることは出来るかも知れません。そしてそれをされて、計画そのものを、中断させられるのは、少し困ります』
―――封印
『ええ、特に、魔眼という明確な特性を持つ我々は、やりようによってはあっけなく封じられてしまう。
―――視野を奪われ閉じられれば、なるほど、我らは動けなくなりますね。
どれほどの強大な力を持とうとも、ソレばかりはどうしても否定しがたい事実だった。
強欲の竜。視て、焦がれて、それを望む魔眼の竜。視るという行程そのものを奪われてしまえば、その力を発揮できなくなる。
視界が隠されてしまえば、相克は難しくなる。ソレは紛れもない事実だった。
一つ二つなら、儀式を修正、妥協すれば良いかもだが、相克が進んだ魔眼を封じられてしまったら、厳しい。その対策をどうするか。
―――考え方にもよるかもしれません。
『あら、【黄】』
すると、ここまで、一度も口を開かなかった黄が声を上げた。といっても、実際に喋ったわけでは無く、黄に口はない。魔言を響かせているだけなのだが。
―――我らの魔眼すらも粉みじんに破壊するほどの力を、人類が有したのならば、対策は困難でありましょう。ですが、封印は、敵のとる手段はおおよそ想像がつきまする。
『視野を隠す。闇に納めるのが最も効率的な手段でしょうね』
黄の言葉に、強欲は肯定する。確かにそうだ。魔眼を封じるとなれば、視界に収めるという魔眼特有の魔術の起動行程そのものを封じれば良い。ソレが最善であれば、敵はその手段を取る以外ない。
ヒトは弱者だ。それ故に、彼らは最善手を取る以外の選択肢は無いだろう。
―――で、あれば、その闇を見定める瞳があれば、その封印を破れる。
―――それは……
―――母よ。
『なんでしょう』
黄の言葉に、強欲竜は応じた。その声は喜色に染まっていた。自分では想像していなかった意見が飛び出した事を楽しむ、教師のような態度だった。
―――我らは、貴方を含め5つの相克で完成へと至る事を目指した。
―――しかし、もうひとつ、増やす事は可能でしょうか
『案としてはありましたが、アレは、魔眼として作成するのは酷く困難です。魔眼という性質とは真っ向から相反しますから』
―――だからこそ、まさしく“盲点”となりましょう
『―――面白い。では試みましょう』
強欲竜は笑った。そしてそれから、魔眼の強化、眷属竜達の育成、新たなる竜達の開発、中小規模の迷宮の地上侵攻に平行して、強欲竜に新たなる日課が生まれた。
光と対なす、新たなる最高硬度の魔眼の作成。
即ち、闇の魔眼である。
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魔王ブラックの暴挙と前後して、
四極の竜封印直後、
光は返す。その性質上、鏡の内側には光は届かない真の闇だ。それ故に、魔眼の封印には最適の場所だと、事前の打ち合わせで、全員が確信を持った。事実として、合成竜の大量の魔眼は、見事にミラルフィーネによって封じられている。その実績も根拠となった。
だが、しかし
「あ」
エシェルが、声を漏らした。悲鳴のような声だった。
「エシェ――――」
隣にいたリーネは視た。
彼女の腹から、血しぶきをあげ、腕が突き出るのを。
彼女が封じた四極の竜よりも更に増して、得体の知れぬケダモノの腕が、腹を突き破るようにして這い出てくるのを。




