四極⑤ 捕獲
「捕らえました」
シズクの宣言を聞いた瞬間、ディズとグレンの二人は即座に動いた。
言うまでも無く、二人の間には一度たりとも共闘の経験はなかった。言葉を交わした回数すら片手で数えるほども無い。しかし一方で、この極限とも言える戦闘状況が、高度な連携を可能とした。双方がそれぞれで重ね続けてきた戦闘経験が、それを可能とした。
「【破邪天拳】」
「【魔断】」
竜の動きを追撃で阻害する。鐘の音が響く。竜の身体が歪となる。その隙を縫い、黒い剣閃が竜の身体を断つ。だが、本命には届かない、露出した輝く魔眼は即座に起動を再開し、器用にディズの剣を回避した。
「復帰が速い」
竜の強度の問題なのか、それとも、何かしらの耐性をみにつけているのかは分からない。分からないが、どのみち現状は窮地だ。
『VA』
四極の竜の翼もすぐに立て直す。その輝きは眼前だ。貫かれる。穴だらけになって死ぬ。
「そりゃ土の魔術の応用だろうが」
だが、その翼が動くよりも速く、この状況であって尚、冷静なグレンの声が響いた。彼はディズの背後で恐ろしくよどみなく、正確に術式を展開していた。グレーレの様に独自性もなく、リーネのように精緻でも無い、極めて基礎的な魔術の術式。
しかし、この窮地のただ中にあって、よどみないそれは、正しく効力を発揮した。
「それは俺も得意だよ。狂えや」
『VA!!?』
途端、無数に展開し、その穂先をディズへと向けていた筈の翼が途端、在らぬ方角にすっ飛んでいった。いつの間にか、ディズの身体は魔術の光によって輝いていた。付与、グレンの魔術の防壁。敵の重力魔術の指向性を狂わせるその守りが、翼を弾き飛ばした。
ありがたい。その感謝を告げるよりも早く、ディズは剣を振った。
今度の星剣の魔断は、魔眼を正しく捉えた。
『VAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
「っっっ……!!!」
魔眼から零れ始める凄まじい光が、ディズを焼く。星剣を握る指が焼けただれる。クラウランが調整してくれた鎧が、星華の外套が、何もかもが焼けていく。凄まじい威力だった。歴代の勇者達を守ってきた防具が、何もかも悲鳴を上げる。
「っっぁぁぁああああああああ!!!」
だが、それでも剣は手放さない。
この次の好機はもうない。再度の接近を許すような敵では無い。先ほど以上の警戒を竜が身につけてしまえば、学習されてしまえば、もう絶対に、ここまでの接近は許さないだろう。敵はこちらを観察し、無尽蔵に成長と適応を続ける。ヒトの身であるこちらに、そんな事はできない。ただただ傷を負い、弱り、体力は限界を迎える。そうなれば詰みだ。
なればこそ今ここで、この魔眼を破壊する。相克の連鎖を断つ!
『VAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
しかし、その窮地、正念場であるという事実は四極の竜も理解しているのだろう。猛々しい咆哮を発する。ディズの背後のグレンを、自由に動く翼で貫く。無数の翼の断片が彼の腹を抉る。
「…………!!」
術式が緩む。翼のコントロールを竜は早くも取り戻す。失調した調子を確認するように複雑怪奇な軌跡を描くと、再び矛先をディズへと向けた。ディズにはそれを防ぐ手段はない――――が、
「お手本をありがとうございます。師よ」
「あい、かわらずお前は生意気に、天才だな……!!」
その背後から、美しい鈴の音がささやいた。
銀糸が跳ねる。ディズを守るようにして纏わりついて、一斉に輝きを放つ。残されたグレンの付与に更に重ねて、より強固な力となって、翼の軌跡を狂わせる大地の力を解き放った。ディズの首を、心臓を狙った翼はその寸前で軌跡をずらされ、彼女の皮膚を抉るに留まる。
『VAAA!!?』
更に、それのみならず、翼の一部は、その持ち主である四極の竜の身体を引き裂いた。思いも寄らぬ逆襲に竜は驚きの声を上げる。魔眼を守る障壁の強度が弱まる。ディズは星剣を握る手に、残された最後の力を込めた。
「【魔断!!!】」
四極の竜の魔眼は、魔を断ち切る黒閃に両断された。
手応えはあった。間違いなく断った。それをディズは確信し―――――
「まだだ!!!」
「!?」
血みどろになりながら、ジースターが叫ぶ。ディズは見た。両断された魔眼がぐらりと落下する。奈落へと落ちる。それは、力を失っての自由落下では無かった。
明らかな目的を持った逃走だ。その逃げる先は、考えるまでも無い。奈落の底で、今も激しい轟音と共に戦っている天賢王のいる場所だ。
「逃がすか――――」
言葉とは裏腹に、力が入らない。それでも尚、奈落へと飛び降りようとしたそのとき、意識を向けていなかった竜の残骸、核たる魔眼が両断されて、力なく落下した竜の身体が、異様な光を蓄えていたことに気がついた。
「っ!!!」
竜の残骸、本体の魔眼を失った身体は、光を凝縮させ、爆散する。魔眼そのものが放つ壊滅的な力ほどではなかったが、四極を破壊するために全力を尽くしたその場の戦士達を吹き飛ばすには十二分の威力を秘めていた。
「っが!!!?」
「―――ッ」
その場は光に包まれ、戦士達はまとめて、その爆発にのみこまれ、吹き飛ばされた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
もうすぐ、終わる。
四極の竜は、自らの終わりを直感した。
理解していた。元より自分という存在は、そうそうに長持ちするものではないという確信があった。本体である母、強欲の竜のように、長い年月をかけて、肉体を強化し続けてきたわけでもなし。生まれてまもない身体では、母の極め、磨き抜いた魔眼を収める器たり得ないのだと理解していた。
相克の儀、自分はその礎でしかない。
別に、それは良い。そういう設計を施した母に、恨みがましい気持ちはない。むしろ、そのような重大なる役割を自身に課したことを喜ばしく思う。一方、その役割を果たせないというのはあまりにも悲しいことだ。
だから、その為に、最後の力を振り絞り、四極の竜は落下する。
奈落へと落ちる。今も尚、この世で最も凶悪なる二人の王を相手に戦っている。
助けねばならない。残された僅かな力を届けねばならない。その一心で奈落へ落ちる。
しかし、無論、言うまでも無く、その決死は、敵にとっても同じ事だ。
「来たぞ!!!!」
奈落の底、母の戦う戦場へとたどり着くその前に、黒の衣を纏った女と、白く輝く女が現れた。待ち構えられていた。それは、四極の竜にとっての最悪を意味していた。
「白王を背負って、暴走するんじゃあないわよ……!!」
「分かってる!!!」
こちらの速度を以ってすらも、全て吞む程の巨大なる鏡が出現する。あの天賢の王が空けた奈落すらも覆い隠すほどの鏡の大きさに、四極の竜は静かに絶望し、しかし、それでもと、前を睨む。両断された瞳で敵を見る。
『VAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
「【ミラルフィーネ!!!!】」
だが、その四極の竜の叫びすらも、鏡は容赦なく、一切を飲み干した。




