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四極② 翼と瞳


『VA』


 四極の竜、と呼称された小型の竜は、竜というよりも鳥に見えた。

 金属のように身体には鱗も羽も無く滑らかだ。光の加減か、魔力の影響か、何色にも見えた。最早生物としても疑わしい存在が、宙を浮いている。

 そのシルエットは鳥に近かったが、翼は無かった。正確には、翼が在る場所に、槍の穂先のような刃が、無数に重なって立体化したような奇妙な物体が二つ、本体から分離して浮遊している。

 そして、目も鼻も口も無い頭部には、巨大な水晶が一つ、これまた翼と同じように頭部から少し分離して、浮遊し、空中で鎮座していた。それが、この奇妙極まる竜の【魔眼】であると理解するのは、困難だった。


 理解に、思考を回す余裕は、全くなかった。


「っぐ……!!」


 竜と相対したウルは、()()()()()()右腕を抑え込みながら、激痛に悶えた。


 鎧を貫通して、金属質の何かが駆け抜けていった。それが、竜から分離して、弾け飛んできた翼であることに気付いたが、気づいたところでどうにもならなかった。


 速く、予兆も、音も無い……!?


 ウルの腕を引きちぎった刃が、戻ってくる。やはり音も無く、軌道も、どんな武器や、獣のそれとも違った。切れ味は恐ろしく、ダヴィネの鎧すらも、まるで紙切れのように切り裂いていった。

 また来る!

 刃の動きに合わせて、必死に横へと跳んだ。だが、その動きをまるで予知していたかのように、そのまま翼がその軌道を変更させた。


「っがあ!?」


 足が容赦なく抉られる。ウルは耐えきれず、膝をつき、今の一瞬の攻防で起こった理不尽に絶句した。

 飛翔する翼は音も無く超高速で飛び回る上、全く動きがつかめない。なんとか必死にその攻撃を回避しても、その動作を見切って対応してくる……???


「こんなの、どう、にも……!?」


 そのどうしようもない敵の情報を飲み込むよりも早く、新たな翼がやってくる。狙いは頭か、腹か。どちらにせよ。防ぐ体力が残っていない。色欲の権能をグリード相手に使いすぎた。このまま死ぬ―――


「【天剣!!!】」


 金色の刃が走る。

 向かってきた翼の刃がはじけ飛んだ。ウルの背後からユーリが、同じように身体の彼方此方を抉られながらも、守りをこちらに割いてくれたのだ。だが、彼女にももう余裕は無い。それは彼女自身も理解していたらしい。


「支援!」

「……!!」


 短い指示と共に、ユーリが前をゆく。ウルは再び魔眼で彼女に強化をかけ、後に続いた。

 血が失われて、動けなくなる前に、好機を見いださねばならない。この竜は早い内に抑えなければ、一瞬にして、音も無く、此方を皆殺しにする。その確信が二人を突き動かした。


 焦りと言わざるを得なかった。しかしそれでも動かざるを得なかった。


 そして、その焦りに準じた結末が、二人に訪れた。


「【天―――】」


 向かってくる凶悪な翼を、ユーリは正しく捉えていた。だが、刃は翼を切断することは叶わなかった。刃に翼が触れるよりも早く、()()()()()()()()()

 切断されて、ではない。翼そのものの形が自在に別れたのだ。彼女の刃を回避し、そのままユーリを穿つために。


 ―――貴方の動きは、学べました。


 グリードの宣言が反響する。


「―――――」


 血しぶきが飛んだ。鍛え抜かれたユーリの右腕が引きちぎれた。ウルは声にもならない悲鳴を上げて、ぐらりと倒れようとした彼女へと、左腕を伸ばした。


『VA』


 その左腕をも、竜は狙い撃ち、穿ち、はじけ飛んだ。

 胴が穿たれなかったのは幸運だったのか、それともユーリのダメージに動揺したが為に動作がブレ、それが竜の予測を外したのか、判別はつかなかった。


 どのみち、それを考える余裕などウルには無かった。天賢王とグリードの戦いで、迷宮の中心部に出来た奈落へと、姿勢を崩した二人はそのまままとめて落下していった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 二人の身体が抉れ、落下したその状況を、ディズとシズクは竜を挟んだ逆の位置から目撃していた。


「ユーリ!!」

「ウル様!!」


 腕が飛んだ。しかもそれは綺麗に両断されたとか、そういうのではない。あの無数の刃の塊で出来たかのような邪悪さの塊のような翼によって骨ごとはじけ飛んだのだ。

 あのダメージは不味すぎる。最悪、そのまま二人とも死ぬような傷だった。今すぐにでも助けに、奈落へと向かわなければならなかった。だが―――


 ()()()()()()


 最早言葉では表現しがたい輝きで満ちた四極の竜、その頭部の代わりに浮遊し、水晶のような輝きを放ち続ける魔眼が、ウルとユーリとは対極にいる自分たちをも見定めている。こちらに向けられた猛攻も、何一つとして油断できるものでは無い。一歩間違えるだけで同じ状況だ。

 魔眼は、“視覚”も有している。魔術を宿しているとはいえ、瞳は瞳なのだから、それは当たり前の事だ。警戒すべきは、あって当たり前の機能ではなく、魔術の方だとディズも思っていた。

 だが、コレは違う。そうではないとディズは、この場にいる全員は、思い知った。


 視て

 焦がれて

 それを望み

 我が物とする。


 その性質こそが強欲の竜の本質で、脅威だ。

 その瞳の、洞察力。観察力こそが、強欲の竜の最も恐るべき特色だ。

 しかも性質が悪いことに、その事に気がついたところでどうにもならない。


「兎に角、二人、を!?」


 助けなければ、そう言おうとしたシズクの身体が削れた。ローブから血が滴る。流血は少なくは無かった。ディズも同様に、抉れていく。

 強すぎる。速すぎる。その上で、この翼による遠距離攻撃は―――


『VA―――――――――』


 ―――本命の為の、牽制に過ぎない。

 四極の竜の魔眼は輝き続ける。その輝きの強さは、先ほどまで上空を満たしていた雷の竜の雷鳴すらも及ばない。奈落へと落下していった本体である強欲の竜のそれすらも超過した強い輝きが周囲に満ち満ちていく。

 あの魔眼の力が放たれれば、この一帯が消し飛ぶ。

 だが、止めようとそちらに気を逸らせば、翼に切り裂かれてシズクもろとも死ぬ。

 ウルとユーリを引き裂いた残る二つの翼は、再び旋回を完了させ、ウル達もろとも殺そうと降りてくる。


 死ぬ。


 ディズはそれを直感した。

 しかし、ただで死ぬわけにはいかなかった。潔く諦めるには、背負うものが多い。それらから目を離すつもりは彼女には無い。

 【星剣】を握りしめ、せめて魔眼の爆発だけはとどめるべく、駆けた。

 途中、翼が降りてきて、肉体が引き裂かれようとも、せめてあの魔眼だけは―――


「【破邪天拳】」


 だが、駆け出す寸前に彼女の耳に聞こえてきたのは、強力無比なる清浄の鐘の音だった。その場の全員を刺し貫こうとしていた刃の翼が、その瞬間はじけ飛んだ。コントロールを失ったようにはじけ飛んで地面や壁に突きささった。


 天拳による一方的な魔力阻害、消去の力。

 だが、グロンゾン、ではない。


 彼は既に先の戦いで一時的に脱落している。命を張りすぎた。傷の呪いを解いて、全てを回復させる時間の猶予は絶対にない。

 鐘の発生源へと視線をやると、そこに居たのはやはり、あの巨大な体軀の豪傑ではなかった。代わりにいたのは、金色の籠手、【天拳】を装着した無精ひげの男。最早迷宮としての跡形も無い廃墟のような悲惨な空間を見下ろし、睨みつけている。


『VA』


 その視線の先にある四極の竜も、上空を見上げるような動作をとる。見た目には分かりづらい。が、殺意の密度が落ちた。それが分かった。


「ディズ、様……!」


 シズクが、血まみれになりながら、竜へと指を指す。その意図を即座に理解し、ディズは駆ける。再び翼が起動を再開する。


「【灼炎浄化】」


 だが、即座に鐘の音は落ちてくる。炎と共に弾け、翼の動作は阻害される。ディズを掠める。それでも尚無傷とはいかなかったが。致死へと至るほどの傷ではない。


「【魔断!!】」

『VA―――!』


 魔眼を狙った黒の斬撃を、竜はやはり見切り、回避の動作を取ろうとした。が、途中でそれが鈍くなる。背後からの、シズクの【対竜術式】を喰らったのだろう。刃が魔眼に直撃する。

 凝縮されていた光が弾ける。その爆発だけでも、ディズの身体ははじけ飛んだ。


「っっ!!」

『―――――VA』


 まだ、竜は落ちない。魔眼に幾つかの亀裂が入るが、再びよどみない動作で翼を自分の周囲に旋回させる。明らかに警戒度が上がった。自在の攻撃では無く、守りへと使う事を選んだ。

 良い傾向で、悪い傾向だ。ウルとユーリが死んでいなければ、追い打ちはされない。その代わり、この場における死地の濃度が格段に跳ね上がった。


 瀬戸際の戦いは続く。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ボス戦は地獄、という真実の描写 [気になる点] 地獄過ぎ。 [一言] ウルの右腕は色欲。 生えてくる?くっつく左腕は? 逆境主人公強引パワーアップ? ユーリから天剣まで引き継いだりしない…
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] うん、地獄
[一言] まあウルはフィーネの致命傷であるほどに回復量増大があるから大丈夫だけど、ユーリはヤバいな。腕くっつかないともう剣が振れない。
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