三羅⑤ 降臨
『少し火傷しまひた』
灼熱を口から吐き出したグリードは、べろりと長い舌をだして、少し悲しそうにうめいた。火傷をして、口がいたい。いくら自分が魔眼の使い手とはいえ、流石に口から不意を打って魔眼を発動するのは少し無理があった。
竜の再生力で、回復はするのでもう痛みはないが、しかし一方で、グリードは今の攻撃に対しては不満だった。自傷してしまったことは置いておくにしても―――
『ふむ、やはり、育成が足りませんね。仕方が無いことですが』
炎属性の魔眼を有する【紅】は、既に倒されてしまった竜だ。その核となった準最高硬度の火の魔眼も丹念に破壊され、回収は不可能だった。やむなく新たに魔眼を育てたが、とてもでは無いが本体を創り出すことは出来ず、なんとか用意できたのは魔眼のみ。それも大分劣化している。
威力も、他の属性竜達と比べて落ちてる。このように、
「っぜぇい!!!」
『貴方一人落とせない。悲しいです』
直接炎をたたき込んでも、灰色の少年一人落とせないどころか、反撃を許す程度の威力しか出せない―――とはいえ、流石にこれは、少年の方を褒めるべきだろうか。
「―――!!」
『神薬……いえ、自動回復ですか、それに―――』
焼け焦げた彼の身体が、ゆっくりとであるが回復していく。神薬を飲む暇なんて無かったはずだ。ならば彼自身の、固有の異能だ。他の面々と比べて酷く戦術が単調であるのでやや脅威としては下に視ていたが、伊達にこんなところまで一緒にたどり着いてはいないらしい。
そして、此方を睨み付け、捕らえようとする昏翠の魔眼。おそらく、【紅】よりも更に上、自分の持つ、二つの魔眼と同格の最高硬度の魔眼。
『七天以外にも、こんなおかしな子が来るなんて、困りましたね―――む』
強欲の性質故だろうか。じっくりと少年を視てしまったのが、災いした。仕留めようと動く前に、少年は不意にその場から距離をとって離れる。それに反応するよりも前に
『っしゃあああああああおらあああああああああああああ!!!!』
生まれたばかりの雷の竜が、その胴体をひっつかまれて、巨人に振り回されてグリードに向かって叩きつけられた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『カアアアアアアッカッッカッカ!!!気分がええのう!!!』
シズク、ディズ、そしてジースター。三者の全力の支援を受けて圧倒的な力を身に纏った巨人が、雷の竜の身体をひっつかみ、振り回す。その光景を見たエシェルは、魔眼による遠距離攻撃の手は緩めずにはいたものの、唖然としていた。
「だいじょうぶなのかああ!?!」
『おらああ!!泣き言いわんと手伝わんかあああ!!!』
「やってる!!!」
ロックは竜の身体を振り回す。当然、竜の身体にまとわりつく雷は、直接それをつかんでいるロックの身体を焼き砕くし、空から降り注ぐ雷鳴はロックを直接狙い撃つ。
『GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRR!!!?』
だが、ロックはそれでも一切、手を離さなかった。エシェルが創り出した鏡を足場に両足を踏ん張って、竜を背負い投げる。地面に叩きつけ、壁で削り、天井を砕いた。途中、幾度か一夜城を掠めていたのはご愛敬だろう。
『カッカッッカ!!!!おらあ泣いて叫んでおかあちゃんよばんカあ!!!』
「完全に、悪者だな……!だがこのまま……!!」
ロックの背で、直接彼に力を下ろしているジースターは苦しげだが、それでも耐えていた。決して手は緩めず、巨体となったロックの身体は更に加速した。
『っせええええええええええええええええええええええええい!!!!』
そして、最早その巨人の体躯、雷の竜の胴体から見比べれば、随分と小さく見える大罪竜グリードへと、その竜をまるで武器にでもするかのような勢いで、直撃させた。
酷いが過ぎる!けどやった!!!
倒せた、とは思えない。だけどいくらかのダメージは!そうエシェルは期待した――――が、しかし、
『あら、泣いてばかりで情けない。そんな風に育てたつもりはありませんよ』
強欲竜の優しげな声が、エシェルの臓腑を冷えさせた。
『GRRRRRRRRR……』
『ぬ、ぅ……!?』
ソレがどういう現象なのか、グリードは、自分の元へと叩きつけられた雷の竜の鼻先を、抱きしめていた。それだけでぴたりと、先ほどまで幼児に与えた玩具のように振り回された雷の竜はその動きをぴたりと止める。振り回していたロックも、その硬直状態に戸惑っていたが、変化させることが出来ずにいた。
エシェルの魔眼の砲撃だって、続いている。ダメージが通っていないわけじゃない。雷の竜の身体は崩れている。なのに竜は動かない。自分の身体の崩壊よりも、グリードの言葉の方が大事だというように。
『ええ、そう。よい子。さあ、頑張って』
天剣を捌き、竜牙の咆哮を弾き、魔王を追い回して、その状況で尚優しげに強欲の竜は微笑む。その雷の竜の頭をよしよしと撫でて、口づけする。そしてそのまま口からは、緋色の魔眼を差し出した。
『赤は、相克できないので不完全ですが、ええ』
緋色の魔眼は、雷の竜へと溶け込んだ。
『不完全は、許容出来なければ強くなれませんからね。最初から完全というのも、面白みに欠けますし』
『GRRRRRRRRRRRRR――――――VAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
『良い子』
雷の竜は転変する。灼熱の雷は、更に激しく渦巻く力の塊となって、そのエネルギーを一気に周囲へと放出した。
『【四極】』
四つの属性が入り交じり、相克し、そして極限へと至った力は、最早逃げ場のない完全なる爆発となって、その階層全体を包み込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
完全に更地となった迷宮の中心で、大罪竜グリードは自身が創り出した眷属竜を興味深げに眺めていた。
『VA』
『ふむ……意外に、小さくなりましたね?こういうものでしょうか』
四極の竜は、可愛らしく鳴いた。存外に、小さくなった。風の竜よりは流石に大きいが、強欲の竜よりも少し小さいほどで、少し可愛らしくもある。
『目指したところには遠いですが、いくらかの不格好さも、悪くはないですね。そう思いません?』
そう問うて、振り返る。その瞬間、瓦礫が跳ねる。
戦いは終わってはいない。いくらかの駒は更に落とせたかもしれないが、全てに決着がついたなんて慢心を、当然強欲の竜は犯さない。
「【愚星咆哮】」
「【咆哮】」
『VAA』
白の竜牙槍と、邪悪なる闇の銃口。二つの咆哮からの砲撃を、四極の竜は受け止める。天祈の力を再現した光は、しっかりとその攻撃から強欲の竜を守った。灰色の少年の竜牙槍は兎も角、魔王の攻撃も一時であれ、受け止められているのは幸いである――――アレの性質上、完全とはいかないだろうが。
そして、更にもう一方から向けられる殺意を、グリードは既に理解していた。
『粘りますね』
背後からたたき込まれた光の剣に対して、最早グリードは振り返る事もしなかった。四極の竜が魔王を押さえている間に、光の魔眼を再び起動させる。
『ですが、貴方は、ええ。もういいです――――っと』
「【狂、え!!!!】」
光の魔眼の起動が色欲にはじかれる。流石に、色欲の権能は無視が出来ない。光は強いが取り扱いは危険だ。うっかり間違えると自分を両断してしまう。
そしてその隙に、灰色の少年は、もうボロボロになっている天剣の前に守るように立ちふさがった。
『必死、恋仲でした?』
返事は無かった。もうその余裕もないのだろう。血にまみれた少年は、死にものぐるいで此方を睨んでいた。おそらくもう一押しで、優勢の天秤は更に傾き、戦況は崩壊する。此方に勝利は転がり込む。
それは分かっていても、強欲の竜は何一つ油断しない。
理解していた。まだこの戦いは、何一つ終わっていない。なぜなら――――
『VA?』
四極の竜が、驚き、声を上げる。強欲の竜もその変化を理解した。先ほどの衝撃で崩壊した敵側の要塞、その残骸の山から、何かとてつもない力が吹き上がっていくのを。これまで敵側が起こした様々なデタラメを遙かに上回る力が出現したのを。
『間に合いませんでしたか。時間稼ぎ、きっちりされてしまいましたね。偉そうに言って、恥ずかしい』
強欲の竜はため息をついた。敵の無茶苦茶なあがきは、結果に結びついてしまった。
敵の粘り勝ち、といったところだろう。
グリードにとっての最大の脅威が、目覚めてしまった。
『【天賢】――――ああ、しかも』
光の巨人。人類が許される最大の力。だがそれだけではなかった。
巨人の背に浮かぶ、精緻で美しい紋様。魔眼の竜が思わず見ほれるような、魔方陣を、巨神は背負っていた。
「【天魔接続・無尽・白王降臨】」
天賢王アルノルドが、白王の力を降臨させ―――
「【天罰覿面】」
その巨神の拳を一挙に此方にたたき込んだ。




