三羅④ 視る
『あら、凄いですね、とてつもない無茶苦茶』
強欲の竜は、自身の生み出した眷属竜が生まれて初めての悲鳴をあげた事に驚き、それを巨大なこぶしで殴りつけた巨人をみて、更に驚いた。
実に、デタラメだ。此方は丁寧に慎重に、一つ一つを積み上げてなんとか雷の竜へと至ったというのに、彼らは本当に、無茶苦茶な飛躍の仕方をする。
ソレが美しくも恐ろしい。だからこそ、出来れば早々に始末をつけたかったのだが、なかなか思い通りにはいかないものだ。天賢王を暗殺出来なかったのも、大失敗だ。
迷宮という、いわば自分の腹の中に招き入れて、尚不意を突けず、しかも逆に呪いもたっぷりくらって大幅に戦力を落とされた。自分自身を囮にした最悪のトラップにまんまとひっかかる自分の凡庸さに、グリードは、悲しくなる。
そう、自分は凡庸だ。
嫉妬のような鮮烈も
色欲のような繁栄も
怠惰のような安らぎも
虚飾のような華美も
暴食のような豊かさも
憤怒のような慈悲も
何も持たない、凡庸極まる哀れなる竜。
持った権能は「視て、焦がす」というただ一つの能しかなく、魔眼のみであればヒトが容易に再現可能な代物で、超越的な力からほど遠い。果たしてコレで、どうやって役割を果たせば良いのか、グリードは大体いつも困っている。
まあ、ええ、それでも、やれることをコツコツとやらなければいけませんね?堅実さは大事ですから。
「ぐ……」
そう思い、前を向くと、天魔が死にかけていて、強欲は驚いた。
まだ死んでいない。
『凄いですね。腹を焼いたはずですが。それではさようなら』
驚いたので、即座に光の魔眼をたたき込んだ。蘇生による回復が出来ると思ったから、念入りに百発くらいの熱光を瞬間的にたたき込んだ。すると、グレーレが焼かれる直前、その前に真っ黒な闇が光を飲み込む。グリードは目を細めた。
『仲間思いですね?ブラック』
「お前相手に下手に駒減らせねえんだわ、グリード」
魔王ブラック。数十年前だったかに一度、此方に“暗殺”を仕掛けてきた悪い男だ。その時はまだ、可愛げはあったが、今はその温さはなくなっている。迷宮探索中もゲラゲラと笑っているようで、目はまるで笑っていなかった。しかも【怠惰】に加えて、【暴食】まで下してしまっている。紛れもない、イスラリアにおける“特異点”といえるだろう。
他の強者達に加えて、こんな怪物まで相手しなければならないなんて、本当に大変だ。
『厄介な力ですね』
「お前相手にも有効で嬉しいよ」
『全く、いろんなズルいヒト達がいっぱいで、大変です』
そう、大変なのだ。大変なのは分かっていたから、ちゃんと準備はしていた。
あの禍々しい闇を引き裂いて、食い千切る光の魔眼。
『【光螺閃閃】』
それが輝いた瞬間、魔王は目を見開いてその場から飛び出した。
勘もいい。
光の魔眼の速度は紛れもない最高速だ。起動した瞬間、見た対象を焼き貫く。魔王の放つ闇、一切を“台無し”にしてしまうあの力であっても、力の減衰が起こる前に魔王の身体を貫くことが出来る。そうデザインされていた。
以前の魔王の接触時、良いように暴れてくれたので反省し、自分の魔眼を鍛え直したのだ。
「最高硬度……!おいおいよくこんなもん育てたな?!」
『頑張りました、ウフフ』
褒められるのは嬉しい。
魔眼は、育てるのが大変なのだ。
見ただけで、視覚に入れた対象に魔術的な効果を与える最高速の魔術。しかし鍛えるために必要な年月は最長だ。死地において、強者を打ち倒す事を経る試練の儀や、魂の譲渡による昇華のような“飛躍”は、強欲の竜という立場では望めない。だから必要なのはひたすらに地道な研磨だった。
そんな試行錯誤の果てに生まれた魔眼だ。努力の成果が実り、結果を出すことのなんと喜ばしいことだろう!
『ええ、だから、精一杯使ってあげないといけませんね』
「っだあ!?!!」
微笑みながら魔眼の力を振るう。
回避は出来ていない。魔王を含めて、この場に立っている戦士達は誰も彼も一流ではあるのだろうが、人体で、血肉をもって行動している以上、どう足掻いたって光よりも速く動く事なんてできない。強欲の視野から逃れることは出来ない。
だが、それでも致命傷を避け続ける魔王は流石だった。正確には致命傷を負いながら、そのダメージを“台無し”にしていく。理不尽な現象であった。自分とは違う、理を大きく超越した力を自由に振るえる敵達が羨ましい。
彼以外の敵達も、様々な方法でこちらの攻撃から命を守ってくる。装備が良いのだろうか。本当にいろんな意味で、人類の手札の豊富さには呆れるやら、感心するやらだ。
「頭を消し飛ばしたら、流石に死ぬかしら――――あら」
そう思っていると、空から光の剣が降りてきた。
グリードは拳を握り、光の剣の腹を叩いてはじき飛ばした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……っ!!」
ユーリは自らの不意打ちが失敗したことに歯噛みした。
ウルの強引なスイッチ、そこからのディズとシズクの支援によって、最低限の猶予は得た。神薬を服用し、なんとか魔眼によって焼き尽くされ、竜の爪に切り裂かれた身体を回復させるまでには至った。
そして、魔王を囮として、隙を突いて、完全に首を断ちにいった。
にもかかわらず、その攻撃は魔眼すら使わず、体術ではじき飛ばされた。その攻防に、ユーリは違和感を覚えた。確かに、強欲の竜の体術は驚異的だったが、今のはあまりにも―――
『もう復活。神薬ってずるいですよね。あっという間に、回復して―――』
しかし、驚いて、戸惑っている暇は無かった。強欲竜は動く。ユーリは即座に連続で剣を振るう。【天剣】、物理、魔力、どちらの障壁も一切関係なく一方的に両断する、最強の切断武器。例え、相手が強欲の竜であっても、それは有効の筈だ。
だのに、強欲の竜に天剣は届かない。
『速い、鋭い、怖い。本当に、卓越した使い手ですね。ええ』
剣はいなされる。絶対両断の力の宿った刃の部分には一切触れず、その腹をまるで撫でるようにしながら、軌跡をずらす。それはまさに達人の技術だった。しかし、それだけでは説明がつかない。
こちらの良い動作、放つ技、その軌跡全てを、読み解かれている。
何年、否、何十年も共に鍛錬を交わした旧知の間柄で在るような異様な錯覚に、ユーリはおぞましさを感じた。自分に対しての、それほどまでの理解がなければ、こんな身体の動き方は出来ない、はずなのだ!
『ですが、貴方の動きはもう、視て、学びました』
「視……!」
ユーリは天剣を展開する。六つの剣を空中に展開する。それぞれを分割し、その全てが別の角度から竜の身体を引き裂くために飛びかかる。
『フフ、ウフフ、アハハ』
だが、竜は舞う。
蹴り、刃をひらめかせ、魔眼と共に剣を回避する。時には死角から飛びかかる刃を足場にして宙を回り、刃を振るって残る刃を蹴散らす。回避だけでも圧倒的だが、さらにその隙を縫って、魔眼が此方を狙い、閃くのだ。
「っが!?」
『速くて、鋭くて、強くて、圧倒的で、そしてわかりやすい』
視る、視る!?
大罪の竜、その本質をユーリは垣間見た。だが、それを考えている暇は無い。光の魔眼によって焼かれる激痛をこらえながらも、剣を振るう。魔眼に距離は意味が無い。距離を取られても攻撃の手段はあるが、敵の方がアドバンテージは圧倒的に大きくなる。なんとしても食らいつかねばならなかった。
『元気ですね?どうしてそこまで頑張るのです?』
だが、その光の剣は、砕けつづける。砕けていく最強の剣の向こう側で、竜の嘲りは響く。
『もしかして、天賢王か、天祈におだてられてしまいました?“貴方最強です”って。本気にしてしまいました?』
まるで何もかも見透かすように、竜の声は木霊する。最悪の魔性の冠にそぐわぬ悪辣な声は、容赦なくユーリの耳を打った。
『可哀想、ふふ、ウフフ!天剣は、攻撃以外の能のない、もっとも弱い権能ですよ?』
障壁が崩れる。だが、その向こうには強欲の竜の姿は無かった。
謀られた、と、そう理解した時には、背後から放たれようとしていた魔眼の光量は、最早強欲の竜の姿すらも覆い隠すほどとなっていた。
『私と同じ。かわいそうですね?』
そう囁いて、光が放たれる。ユーリは自分の背中に大穴が空くことを覚悟した。
「えらく、おしゃべり、だな!!」
その背中を守るように、ウルが庇い、光をはじき飛ばした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あっつううううううう!!?
間断の一切無い光の魔眼をウルは再びはじき飛ばす。
既にこの攻防も何度目かになるが、まるで慣れる気がしなかった。権能は発動し続けなければ防ぐことはままならない上、いなしたりすることも出来ない。
「強欲、ってのは、舌が、回りすぎるってのが、罪なのか!!?」
気を紛らわせるために、ウルは叫ぶ。返事が来るとは思っていなかった。自分を奮い立たせるためには何だって良かった。
「随分と!浅い罪だな!!」
『辛辣ですね。悲しくなってしまいます』
だが、意外にも返事は来た。背後から襲ってくる魔王の咆哮を華麗に回避しながらも、彼女は楽しそうに笑った。
『喋るの、好きなんです。体力も魔力も消耗せず、言葉で相手の動揺を誘うの、とてつもなくコスパが良くないですか?』
「合理主義ィ!?」
『なので、もっとおしゃべりしましょうか。ええ。その前に死んでくれるともっと助かるのですけれど』
そういって、彼女は光を放ったまま、舌を出した。子供のように、あかんべえと口を開く。一瞬その意図をウルは理解できなかったが、その口の闇の中から光るソレを前に、ウルは顔を引きつらせた。
『【赤】』
何も知らない人々が夢想する竜の如く、大罪の竜グリードは口から灼熱の炎を吐き出した。




