三羅③
雷の竜、大蛇の如く長く悍ましい竜の頭部についた三つの魔眼。それがエシェルを睨み付ける。そしてその睨み付けるという行程を経た時点でその攻撃は完了する。
『GRRRRRRRRRRRRRR!!!!』
「っぐうううううう!!」
雷が、睨んだ対象を焼き尽くす。
だから、エシェルの戦略は鏡による守りを固める。鏡に三つの魔眼を写し、その視線自体を返す。呪い返しのように、「対象を見る」という相手の行程を跳ね返す。
だが、そこまでやっても、どこまでやっても、全ての攻撃を返せるわけでは無かった。雷の竜はその巨体の割に素早く、俊敏に回り込む。鏡の防壁の隙間を縫うようにして狙い撃ってくる。
既にエシェルの彼方此方が焼け始めていた。まさしく光の速さで、肉体が打ち抜かれる。
だからといって亀の様に引きこもっているなんて出来ない。
守ったところで、意味は無い。攻める。攻撃して、竜を落とす!!!
「【鏡花爛眼!】」
『GAAAAAAAAAAAAAAA!!?』
強欲の竜達と同じく、魔眼により睨み、砕く。
エシェルの攻撃も決して、雷の猛攻と負けず劣らずの破壊力を有していた。合成竜の魔眼は一つ一つは弱いが、数がある。彼女が魔眼の力を一斉に解き放つ度に、上空は火の海に変わる。膨大な魔眼の力が一斉に竜を焼くのだ。雷と炎が上空を埋め尽くすその光景は地獄と言って差し支えなかった。
やはりこの竜に実体は存在する!破壊できる!
その地獄を作り出し続けるエシェルは、確かな手応えを感じていた。
竜にダメージは入っている。水の竜のように、実体無き身体で翻弄してくることは無い。雷のエネルギーが肉体を覆い、それが盾のようになって覆い隠しているが、それでも本体は存在している。
肉体が雷そのものだとか、そういう理不尽を超えた無茶苦茶はしてこない!
なら、その雷ごと纏めて焼き尽くせば、倒せる!!
そんな発想に至り、そしてそれを実行可能な彼女も、竜に負けず劣らず理不尽だった。
黒のドレスは舞い、鏡は飛翔し、雷が花を咲かせ、竜が吼える。
そして双方の魔眼がぶつかり合う。
紛れもない、地獄の光景がそこにはあった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………ここに、首を突っ込むのか……」
その、空の地獄絵図を眺め、天衣のジースターは憂鬱げにうめき声をあげた。空は今、雷と火の海だ。消滅した水の竜の影響故か、激しく巻き起こる火と雷の激突故か、暗雲のようなものまで漂い始めている。
この階層自体も、最早揺れない事の方が珍しい有様だった。
『早速後悔しておるの?』
「これでも七天の中では大分常識人な部類でな。それでこの地獄に首を突っ込むのはなかなかな、精神に来る」
そんなジースターの表情に、隣で先ほどから更に一回り大きく巨人のようになったロックが笑う。幾つもの人骨が形を変えて完成した巨腕をゆっくりと動かし、動作を確認しながら、カタカタと楽しそうに笑った。
『カカ、だとすれば、それでもこの状況でやる気になるのは尚狂っとるの』
「だと良いが」
本当に、多少なりとも狂っていなければ、この地獄では戦えない。僅かでも常識を捨てなければ、飛び込んで良い光景ではない。
『さて、主、行けるカの?』
「可能な限り強化はいたしました…………大分ゴツくなってしまいましたが」
自身の使い魔の状況を見て、シズクは悩ましそうに首をかしげた。
現在のロックの状態は、彼女が言うように凄まじい。エシェルが戦闘状況に入る前に渡してきた無数の資材や魔導具の類いを、全て取り込み、全てを起動させている。最早死霊兵と呼称すべきかも怪しいようなゲテモノの巨人が生まれていた。
「うーん、想像以上に頭の悪い作戦になってきたね」
「それくらいでなければ、最強最悪の竜との戦いにはならない」
ディズも苦笑する。今回支援に回るのはシズクとディズだ。この二人の支援ならば、まあ間違いはあるまい。問題があるとするならば、ロックの耐久性で有り、なによりもジースター自身がどこまで耐えられるかという点に尽きる。
「では、ゆくか―――――【天衣模倣・疑似再現・天賢】」
ジースターは覚悟を決め、ロックの背中に乗る。そしてそのまま力を展開した。模倣する先として選ぶ力は、最大にして最強、我らが王の力であった。
『ぬ、う!!!』
死霊の巨人が、まさに太陽の光のような熱と力に包み込まれる。その凄まじい圧力にロックはうめき声をあげる。痛みこそないが、その力の圧力に圧倒されているらしい。
当然だ。使い手たるジースターにもこれはキツイのだ。維持するだけでも精一杯で、それ以外は何も出来なくなる。だからロックという名のその力を動かすための動力を必要としたのだ。
「天賢は、とてつもなく膨大な、エネルギーの塊だ!王以外、補助なしでは到底扱えない!圧死するなよ!!」
『お主もなあ!!ゆくぞ!!』
そう言って、ロックは跳んだ。その衝撃だけで要塞が揺れる。ジースターを背中に乗せ、ロックはその巨体でありながら、空を跳んだ。外付けで装着した無数の魔導核が一斉に起動し、通常であれば即座にバラバラに空中分解しかねない肉体を、強引に守り、固める。
「【骨芯強化】」
「【星剣よ】」
更に背中から、二人の支援を受け、その力でもって光の巨人は雷の竜へと一直線に跳んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「熱、くない!!!」
手の指先や頬、膝、彼方此方に走る焼ける痛みをエシェルは無視した。【神薬】は無限ではない。痛い熱いといちいち使っていったらあっという間に在庫は尽きる。
辛抱だ!!
そう自分に言い聞かせ、雷の竜と相対する。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
「このおお!!!」
そのこちらの怯みを竜はその魔眼で付け狙う。その目の狙いは徐々に鋭く、正確になってきた。鏡を正面に、盾として構えようとすると、それを避け、エシェルの周囲の空間を焼こうと狙い撃ってくるのだ。その熱の余波で、徐々にエシェルを削ろうとしてくる。
その巨大さ、派手さに反して、こちらの嫌がることを学習し、すぐに反映してくる。
悪辣な!!!
その怒りが、エシェルの制御を眩ませる。内側から衝動があふれ出る。先のウーガで起こったミラルフィーネの現象がまた引き起こされるのを避けるため、エシェルは必死に自分の衝動を抑え込んだ。
暴走させるわけにはいかない。あの状態になったら、自分がどうなるか、誰を攻撃するかすら分からないのだ。
だが、あるいは―――――
と、そう思考を巡らせていた時だった。
「っ!?なんだ!」
眼下からの衝撃音と共に、エシェルは凄まじい光の塊が、一直線に雷の竜へと向かっていくのを目撃した。最初はそれは、シズク達の新しい魔術による砲撃かとも思ったが、それは違った。
『カカカカカカカカ!!!』
奇妙なる友の声の、聞き慣れた笑い声と共に、その巨人は姿を現した。
エシェルが「もうどうせ渡せなくなるから」とありったけ取り出しておいた様々な武器資材その大半を搭載し、混沌とした有様になりながらも、なんとか形として保たれている、死霊の友の姿がそこにあった。
「なん……!?ロックか!?」
『おう!エシェル!!!加勢じゃあ!!!』
雷鳴に負けぬよう、凄まじく声を張り上げながら、巨人は一直線に拳を握りしめると、まっすぐに、竜の頭部に拳を振り上げ、たたき込む。
「【骨・芯・剛・拳!!!】
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!?』
雷鳴にも劣らぬ、巨大質量の衝突音が、迷宮の深層に木霊した。




