三羅②
水竜は極小の魔眼同士が連なった、実体無き巨躯による物量で攻めてきた
風竜はその小柄を生かして、天空から魔眼で全域を睨み、鋭敏にこちらを責め立てた。
土竜は魔王の暗殺によって真価を発揮出来なかったが、重力を手繰ったのだろう。
それらの魔眼が入り交じった雷の竜は、その3種の特性を有していなかった。
実体があり、重力を操らず、風の刃を振り回さない。少なくとも、3つの魔眼の特性をそのまままるっと足し重ねたような性能にはならなかったらしい。が、
『GAAAAAAAAAARRRRRRRRRRR!!』
「…………!!!」
「どうにも、なりません……!!」
脅威は、より増していた。
要塞を守るエシェルの鏡、ディズとシズクはその陰に隠れる他なかった。あらゆる防御、あらゆる加護、結界が、あの莫大な熱量の前では全てが消し炭になる。一切の守りが通用しない。
「“停止”は!?」
「干渉する前に、熱量で焼かれます。悉く、対策されてます」
シズクの竜への干渉も同様だ。本当に、どうしようもないくらいのエネルギーだった。ただただ膨大なエネルギーだけで攻守をどちらもまかなう様は、天魔のグレーレが超克した嫉妬の竜の特性にも似ていた。
そう、嫉妬の竜にも似ているならば、その弱点も同じはずだ。
「こんなエネルギー、どう考えても、自分を保ち続けられるわけがない……!」
「だろうな」
と、そこに、先ほどまで要塞の下部で水の竜と対峙していたジースターも、ディズ達と同じく鏡の陰に避難しに来た。ロックも同様である。
『おう、二人とも、無事で良かったわ!カカカ』
「ロック様も」
『いやあ、目の前で雷が爆発したものでな!死にかけたわ!』
巨大人形のような姿のまま、要塞をよじ登る。幾つかの武装や装甲が焼け焦げているが、健在のようだ。戦力が増えたことは喜ばしい。
『GGGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRR!!!!』
とはいえ、それでも先ほどから良いように、落雷をたたき込み続ける雷竜の対処が出来ないというのが現状ではある、先ほどの推測が正しいならば、放置さえしていれば、そのうち雷竜は自壊し出す可能性はある。が、
「自壊したとして、この【儀式】はまだ、終わっていない」
「だよねえ……」
最悪な事に、雷竜の破滅は、好転の材料足りえない。
「もう一つ、あれほどのエネルギーです。自壊時、コントロールを失えば、この階層を丸ごと巻き込んで消し飛ぶかもしれません」
『性格わっるいのう!!』
シズクの考察も、おそらく正しい。
本当に、なにからなにまで最悪な敵だった。この魔性の頂点の視座を持ちながら、此方を殺し尽くすことに一切の手抜かりが無い。その点が色欲とは決定的に違っていた。
死ぬほどたちが悪い。
下手な手を打てばその隙を狙い、殺される。その場にいる全員、それを理解した。
《私がやる》
その停滞を打ち破るように、鏡の女王の宣告が、通信魔具に届いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
要塞の外に出たエシェルは、既にその身にミラルフィーネの力を纏っていた。しかし、その表情は優れない。苦々しい顔で雷の竜を睨んでいた。
引きずり出された……!
この状況がどういうことなのか、エシェル自身もよく分かっている。
引きずり出されたのだ。
グレーレが大罪竜グリードを外に追い出した。残されたのはエシェルと王、そしてリーネだ。その状況下において、エシェルが外部の支援をしてる隙を狙われれば、リーネはエシェルを守れない。
遠隔から魔眼を使い、周囲を索敵しながら支援するというやり方は、あまりにも隙が大きかった。此処までもそれを悉く狙い撃たれたのだ。この後もそれが無い保証は全くない。
遠隔支援が出来ない。ならば要塞の中では自分は死に駒だ。
王一人ならば、直接治療するリーネが彼を守れる。彼女には負担を強いるが、自分という戦力を、ただの護衛として回すのは非効率が過ぎる。そして、この戦場にそんな雑な戦力の余らせ方をする余裕は全くない。
誘導されていると理解している。だが、それならば。
「戦場に私を出したこと、後悔させる……!!」
なにもかも、思惑通りにさせるわけにはいかない。ハッキリと理解できた。大罪竜グリードには中途半端な小細工も、防衛策も、なにもかも通用しない。そんな怪物を倒す手段は、たった一つだ。
本当に、純粋に、相手の地力を上回る以外に、方法は無い!
エシェルは鏡の力を解放する。周囲を浮かび、自身を御する魔本が激しく振動をし始める。
「【ミラルフィーネ……!】」
予感がしている。
段々と、自分の中のミラルフィーネが強くなっている。魔本の制御、楔がちぎれかかっている。スーアが調整を施してくれたと言っていたが、それだけではもう、制御が利かなく成りつつある。
強くなっている。
この状況で全力を出せば、また制御が利かなくなるかも知れない。
だが、それでも、
「何も出来ずに、皆が死んでしまうより、ずっとマシだ……!!!」
その叫びと共に、エシェルの周囲に膨大な数の鏡と、竜の魔眼が出現する。それだけではなく、先ほどから要塞に襲いかかっていた無数の水竜の魔眼や、風の竜の刃すらも、彼女は取り込み、我が物としていた。
それらを全て、雷の竜へと向け、そしてたたき込む。
「【鏡花爛眼!!!】」
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
怪物同士の激突が始まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「エシェルが出たか……!」
その様子を陰から確認したディズは、彼女が出ざるを得なくなった状況のおおよそを把握した。リーネが出ていない以上、王の治療はまだ進んでいるはずだ。それを信じる他ない。この瀬戸際の状況において、安全な場所で引きこもって自分という駒を殺すのでは無く、最前線に出て生かす決意をした彼女の覚悟をディズは尊重した。
そして、彼女が雷の竜とやりあうその少し前、ディズ達のすぐ傍に鏡が出現し、ダヴィネ製の武装や、魔道具の数々を無造作に吐き出していった。
意図は理解できる。
安全な場所から道具や武具を支援する事がもう出来なくなるから、最後に持てる限りのものは渡しておこうという事なのだろう。
「さて、動かないとね」
「エシェル様の支援ですね。あの雷をなんとかしなければ、我々は壊滅します」
『グリードはええんか?』
「魔王と暴れている。前半、さんざん楽したんだ。働いて貰おう」
「問題はどう切り込むかだけど……」
悩ましいところではある。
ここにいる全員、個々人がかなりの戦力を有するグッドスタッフの集まりだ。やろうと思えばやれることは多いが、一方でユーリやエシェルのような、突出した戦闘力を有しているわけではない。
平時なら、それでも十分打開が可能な力はあるのだが、此処は平時では無く、そして敵はまともではない。半端に外に出ては、むしろエシェルの邪魔になりかねない。現在、雷の竜と相対している彼女は、おそらく凄まじい集中力で、なんとかミラルフィーネの制御を成そうとしているのだ。その邪魔をするわけには行かなかった。
「俺が行こう」
その状況で、ジースターは手を挙げた。
「行けるの?」
「大分無茶をすることになる。ロック殿にも手伝って貰いたいが……」
『カカカ!かまわんぞ!無茶は大好きじゃ!』
「では私は、ロック様の支援と強化に回ります」
「助かる」
テキパキと状況が続く。ディズもまた、エシェルから送られてきた武装の選別を行いながらも、ジースターへと声をかけた。
「それなら私は貴方の後から続くけど……大丈夫?」
「正直、キツい仕事だが……」
ジースターは深々とため息を吐きながらも、上空で戦うエシェルを見つめ、目を細めた。
「娘と同じくらいの年の子供だけに、命を張らせるわけにも行かない」




