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三竜⑨ 兆し

「さて、ユーリは……!?」


 ディズとシズクに一時的にグリードの相手を任せたウルは、急ぎ、ユーリの下へと向かった。限界ギリギリでスイッチしたが、どう考えても、長持ちする状態では無かった。


「いた!ユーリ!!」


 迷宮の壁、グリードが暴れて出来た大穴の影に隠れるようにして潜んでるユーリを発見し、ウルは駆け寄った。


「無事か!!」

「そう、みえ、ますか……?」

「いいや全く」


 血まみれで、至る所が黒焦げているユーリの言葉に、ウルは顔をしかめながら【神薬】を渡すと、彼女はゆっくりとそれを口に含んで、息を吐いた。みるみるうちに傷は癒やされていくが、それでも血と傷、破壊の痕跡は痛々しく残った。


「グリード、は?」

「ディズと、シズクが相手して、待て待て待て」


 彼女はそのまま立ち上がり、ふらふらと外に出ようとしたので、ウルは慌てて彼女を引き留めた。


「無理だ無理無理無理」

「離せ」

「本当に死ぬぞ!」


 ウルが強引に引っ張り、そのまま引き戻す。神薬がいくらとてつもない快復力を有していても、消耗しきった体力を即座に回復しきるほど万能ではない。ウルに力で負けるような状態では、外に出れば死ぬ。グリードと相対する前にその眷属に殺される。


「アレは、私以外、対処出来ない」

「だから、アンタが落ちたら詰むんだよ。あと数十秒待ってくれ。エシェルにも追加の装備を頼むから」


 本当に、彼女は間違いなく、この戦いの要だ。真正面からグリードと相対して尚、死なずに対処可能な人材などそうそういないのだ。


「焦れるが、ばたつくな。シズクとディズに託して、万全になってからだ」


 それは自分に言い聞かせるためでもあった。上空で起こっている激闘は激しい。ディズとシズクがいつ死んでしまうか、ヒヤヒヤものだった。


「…………」


 ユーリもまた、自分が焦っていた事に気がついたのか、目を閉じ、集中して自分の体力の回復に努めていた。その様子を確認し安堵すると、改めてエシェルに連絡をとる。事前に用意していたユーリ用の武装の追加を送ってもらう。


「あの」

「ん?」


 破損した彼女の鎧を外し、新たな鎧をつけなおしてやっている最中、不意にユーリが声をあげた。


「攻撃のスイッチは、悪く、なかった」

「ああ……上手く行って良かったよ、本当。奇跡だよ」


 破れかぶれ一歩手前の、がむしゃらな特攻だったので、正直褒められても微妙な気持ちになるのだが、ひとまずは賞賛を受け取る。


「私が、死にかけたら、また、やれ」

「努力するわ。本当、なんとか……上手くいかなかったらすまん」

「そのときは、二人とも、死ぬだけだ」

「地獄ぅ……」


 その地獄に、もう間もなく再び突っ込まなければならない事実に、ウルは頭が痛くなった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 風の竜は、自らを囲うようにして得体の知れぬ気配が広がったのを感じ取った。

 それは緋色の糸であり、先ほど、風の竜を相手に取り囲んだ鳥かごに似ていた。しかしそれならまだ、風の竜ならば耐えられる筈だった。灼熱は、痛くて熱くて嫌だが、死ぬことは無い。


 伝わってくる魔力の出力、それ自体は弱い。精霊としては端くれも端くれだ。


 母である強欲の竜が作り出したこの身体は、木っ端精霊程度の力くらいなら、どうとでもなる。


『kyahahahahahahahahahahahahaha!!!!』


 だから、構わず、風の刃をたたみ掛けた。

 母のように、光の速度で魔術を発動し続けるような真似は出来ないが、母を除けば最速の竜だ。その自身の強みでもって、紅色の少女をズタズタに引き裂こうと刃を放つ。


 先ほどの攻撃が通じなかったのは、きっと何かの間違いだ。そう思いながらも、不安をかき消すように全力で、攻撃をたたき込んだ―――――が、


《うに》


 刃はやはり効かない。否、より正確に言うならば、彼女に触れた瞬間、風の刃の悉くが、その力が、()()()()()


《【ついのきざし】》


 風の竜は、少女と混じった精霊の力が何であるかを、ある程度までは理解していた。

 “金属の腐敗”の印である【赤錆】。ポピュラーな現象の精霊。【勇者】が自在に少女の姿形を変えていたのは、その性質から、“金属”の部分を強引に使っていたのだろう。そこまでは理解していた。


 だが、風すらも“解いて”しまうこの力は―――――


『aaaaaaa…………aaaaa!?』

 

 そして、竜は不意に気がつく。自分の身体に、まるで痣のような痕が残っている。

 それが敵の攻撃であると気づいた瞬間の風の竜の判断は速かった。即座にその痕が確認できた腕を切り落として、破壊する。紛れもない即断即決だ。


 風の竜は最適解を選んだ。だから、問題があったとすれば、


《【ひろがりて】》

『aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?!』


 少女の性質が、()()()()()事。


 痣は、増え続ける。空から“その原因”が、風の精霊にも回避できぬほどの量、降り注いできたために。

 緋色の糸、風の竜を取り囲むように結ばれたその糸から、ぱらぱらと雨のように、紅色の欠片が降り注ぐ。その欠片が振り落ちた場所は、急激に色褪せて、力を失い、朽ち果てていく。そしてそれが、みるみるうちに拡大する。

 迷宮の壁も、地面も、竜も、何もかも、一切の見境無く。


《【ばんしょう の おわりへと いざなって】》


 言うまでも無く、錆びるという概念は、信仰の対象としてはあまりにも弱い。誰だって、劣化を好ましく思う者なんていない。【星海】からもつまはじきにされて、鏡の精霊のように、極端な畏れを集めることも出来ずに、【卵】となって自己を保存することしか出来なくなるくらいまでに弱った。


 しかし、名無しの少女を器として変えることで再誕した


 そして、赤錆の精霊は、状況の改善を求めた。それは精霊としての本能。自己保存のための必要処置だ。勿論、自分の定義を変えることは出来ない。創造主の意向に反することは出来ない。


 だからその代わり、自身の側面を強めた。

 "劣化”という側面を、より強固なものとして、畏れの信仰を掠める事にした。

 勇者が使っていた創造とは対極の力、劣化の果てに起こるもの。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、精霊として生み出されなかったモノ


『aaaaaaaaaaaaaaaa!!!!????』


 【滅び】の概念。


 風の竜が悲鳴を上げる。周囲の糸から放たれる粉のような光が、風の精霊に纏わり付いた。それはじわじわと、美しい竜の翼を、愛らしい身体を、浸食して、朽ちさせていく。風の刃を振るい、それを吹き飛ばそうとしても、纏わり付いて離れない。


《ごめんね?》


 赤錆の少女の、悲しげな謝罪も、風の竜の悲惨な断末魔にかき消されて、聞こえなくなった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 要塞外周部。


『ッカアーー!!?無茶苦茶じゃあ!!!』


 死霊兵ロックと水竜との激闘は続いていた。

 水竜は現在、要塞を狙ってはいない。その全てが一斉に、巨大な終局魔術の準備を始めたジースターに向かっていた。自分を消滅させる可能性を排除するために、その力を一気に引き出していた。


『AAAAAAAAAAAGGGGRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!』

『最早なりふりもないのう!なんじゃあこの形状!』


 胴長の竜のカタチをかろうじて模していた水竜は、既にその形態を捨てていた。周囲の水が全て一斉に変貌し、形をとり、一体の巨大な怪物に変わっていた。

 数十を超える巨大な腕に、無秩序に伸びた足。腕から伸びた竜の身体、更に中央にはとてつもなく大きな口が、獲物をかみ砕かんと蠢いている。


 近しい生物を当てはめることは不可能な、形容しがたい怪物が出現していた。


『――――じゃが、形振りかまわないのはこっちの得意分野じゃい!』


 その怪物に向かって、同じく形容しがたい怪物のようになったロックが飛びかかる。

 その両腕の竜牙槍から光を放ち、灼熱の光を放出し、ジースターを狙う無数の腕を一気になで切りにした。


『ッカア!!!!』


 水の性質を有している腕が蒸発し、消滅する。が、油断は全く出来ない。水という性質を有しているならば、蒸気と化しても尚、滅しきれている可能性は低いのだ。


『――――AAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 ロックの予想通りとなった。霧散しそうになった蒸気は、一瞬輝くと、その場で即座に結びつき、再び水となった。ロックを包囲すると、一斉に水の刃が全方位から、ロックに襲いかかった。


『っせぇええええええいいいいいいい!!』


 全方位に向かって、ロックは竜牙槍の咆哮を射出する。のみならず、無数の腕から、エシェルによって補充された【白王札】を一気に放り投げる。一枚一枚、苦心してリーネが作り上げたそれを、一切躊躇無く使い切る。

 竜牙槍の熱光に 水の包囲が消し飛ぶ。が、その次の瞬間、ロックは足下から凄まじい力が凝縮していくのを感知した。巨大な怪物の口の中に無数の魔眼が集まっていた。それらが強固に結びつき、たった一つの巨大な魔眼へと形を変えた。その魔眼がロックを睨み、更に彼の向こう側のジースターを睨み付けている。

 纏めて消し飛ばすつもりだ。ロックはソレを理解した。


『【骨芯変化ァ!!!】』

『AAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRRRRR!!!!!』


 装甲の合金を全面に押し出し、巨大なる鎧を前に展開する。同時に魔眼が輝きを一際強くさせ、その力を解き放った。

 それは上空で今も時折此方を狙い打つような、光熱ではなかった。ソレとは対極の、一切を停止させ得る、絶対零度の光だった。ロックは自身の前方に展開した装甲が一瞬にして凍り付き、砕け散るのを目撃し、哄笑した。


『無茶苦茶じゃのう!!!カカカカッカカカカカカ!!!』


 手持ちの竜牙槍の魔導核の全てを全力稼働させる。その放熱でもって完全に凍り付くのを回避する。だが、長くは持たない。速くも幾つもの魔導核が悲鳴を上げて、砕け始めている。だが、まだだ。まだ――――!


《ロック!!!》


 その限界状態の最中、ジースターからのきわめて短い通信が聞こえた。ただの呼びかけだったが、そこに込められた意味をロックは即座に理解した。


『応!!!』


 凍り付き、使い物にならなくなった装甲と武装を捨て、それを無事な竜牙槍で打ち抜き、爆破する。一瞬、冷却の光が散らされる。そしてその隙をつくように、背後のジースターが動いた。


《【天魔接続:魔よ来たりて狂い吼えよ】》


 たっぷりと時間をかけて作り出された終局魔術。無尽蔵の天魔の魔力によって溜め込まれたその熱量は、先ほど水竜が放った絶対零度の光を凌駕していた。躊躇無く、ジースターはそれを解き放つ。


《【極火の咆哮――――――!?】》


 その瞬間、解き放たれた灼熱の炎は、“ゆがんだ”。


《なに!?》

『なんじゃあ!?』


 その現象は、ロックにもジースターにも理解できないものだった。魔術の光が、まるで何か、吸い込まれて、引っ張られるようにゆがんだのだ。水竜に直撃するはずだったその熱量は、水竜をかすめることも無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ジースターの渾身の一撃をすっかりと飲み干した闇は、徐々に鮮明になる。それは生物らしい形をしていなかった。どちらかというと人工物に近い。幾何学のカタチが幾つも連なって出来た鉱物のようであった。唯一、その中心についた魔眼だけが、それが生命であり、竜であることを示していた。


『kkkkkkkkkkkkkkarrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr……』

《……三体目か》

『おいおい、勘弁せいよ……!?』


 それが、地の力を持った第三の眷属竜であると理解したジースターとロックは、うめき声をあげ――――


「【愚星】」


 その竜が放つ闇よりも更に黒い暗黒が、背後から、竜を一気にたたき潰した。




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― 新着の感想 ―
[良い点] なーんだ味方のラスボスか!
[一言] あーこれ竜の属性が水、土、風、火か グレンが既に火を抹殺してなけりゃもう一体いたのか…
[一言] これを知ってたから、ウルはアカネちんに何もさせなかったのかな? それをどこかの勇者が解き放った… 何かあったら黄金不死鳥のせいにしよう!
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