三竜⑦ 崖
『グリード と 戦う?』
大罪竜グリードとの決戦の前、僅かでも情報を集めようと、再び自分の“内”に潜ったウルは、ラストとの交流を進めていた。流石に、自分の身内を裏切るような情報提供をしてもらえるとは思ってもみなかったし、あったとしたら罠の可能性も考えなければならないのだが、それでも藁にすがるような思いでの質問だった。
『かわい そうに』
ラストからその結果、返ってきた答は、まあ、想像した通りのものだった。ゲラゲラゲラと、心底此方を嘲笑し、大変にご機嫌だったが、何の情報にもならない。
「そう思うなら、哀れみが欲しいね」
『 ない 』
「無慈悲だ」
ガックリとウルはうなだれると、『違 う』と、ラストは、鼻で笑った。
『そもそも 奴は 戦闘に特化した 権能など、持たぬ』
そう言いながら、ウルの隣ですよすよと眠りに落ちている大罪竜ラースを指さす。
『苛烈なる嫉妬 邪悪なる憤怒 それらと比較すれば ささやかよ 』
「まあ、そういう話は聞いたが……」
『我のように 直接的に 相手を殺さぬ ささやかな 権能』
「それはない」
ビームが飛んできたので避けた。
魔王ブラックからの情報で、グリードがそれほど特殊な性能を持たないという話は既に聞いていた。尤も、魔王からの情報をどこまで信じれば良いのか、という話ではあるし、大罪の竜からの情報でも同様ではあった。
しかし信じないことには話は進まない。ウルは続きを聞いた。
『宝珠を育てて 焦がして その輝きを引き出すのみ』
宝珠、魔眼。
やはり、魔眼の力に特化した竜、ということなのだろう。やはり、特別なことはない。魔眼という脅威は既にウルは既知のものだ。しかし――――
『それでも 強いのだ 対策など とりようがない』
「……やっぱり、よくわからないな。具体的に、どういう風に強いんだよ」
ラストは心底面倒くさそうにため息をつく。となると、もう話は終わりか、と、ウルは諦めかけたが、今日は気が乗ったのか、あるいはウルが恐怖するのが楽しいのか不明だったが、会話は続いた。
『崖を 想像しろ 目の前にそびえる 巨大な崖 前人未到の とてつもない崖 お前ならどう登る』
「そりゃあ……足をかけられそうな場所を探したり、道具を用意したり、崖そのものに手を加えたりするな。壊して、登りやすくする」
『だろうな 困難に立ち向かうための 妥当な方針だ』
「崖が、お前たちだと?」
ラストはうなずいた。
そして、それでは、グリードはどうするか。『奴はな』とラストは嗤った。
『足のかけやすい出っ張りを一個一個 手作業ですべて削り 崩れやすい部分を虱潰しに探し出し これまた一つ一つ補強し 登ってくる連中のため トゲを仕込み ネズミ返しを作り その後崖の上から一斉砲撃を開始する』
「…………」
『こういう 途方もなく 地道で かったるくて 面倒な作業を 嬉々としてやる そういうヤツだ』
ウルは無言になった。無理解故ではなく、ひどく、その強さに具体性が出てきたが故に。
そのウルの沈黙を、ラストは楽しそうに嗤って眺めた。
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大罪竜グリードの言葉と、その姿の変容、そしてユーリの緊張。
否応なくウルも「ここからが本番なのだ」ということを理解はしていた。ユーリが前線に出て、自分が支援に回るからといって、油断などする気は全くなかった。僅かもユーリから目を離さぬようにしながら、武装を改めて構え直――――
『さて』
――――す、よりも、大罪竜グリードがウルの懐に割って入る方が速かった。
「ッが!?」
鎧の隙間、関節に爪の刃が突き刺さる。卓越した鍛冶師によって研がれたかのような恐ろしい爪の剣は、ダヴィネの鎧の守られていない部分を正確に狙い切り裂いた。
『魔眼は最速の魔性』
反撃で、槍を振るった先にあったのは光の残像であり、もうその場にはいなかった。ウルを見下ろすように上空を陣取った大罪竜グリードは、己にまとわりつく光の帯を手繰る。
光の帯はぐるりと繋がって、グリードの背に浮かぶ。瞳孔が描かれ、巨大な瞳のカタチを描いた光は、眼下の全てを見下ろした。
『瞳に映せば、光の速度で対象を砕ける。ならば、』
「【揺蕩え!!!】」
光の魔眼が輝く。ウルは色欲の権能でもってそれを歪め、弾き飛ばす――――――が、それは止まらなかった。間断無く、という次元では無かった。最早それは延々と続く【咆哮】に等しかった。
『光の速度で魔術を完了させれば、次も、その次も、瞬く間すら与えず放てますよね』
「んなアホ、な!!?」
理屈としては、分からないでも無い。
確かに魔眼はそういう性質を有している。通常の魔術のように、術式の詠唱も、魔法陣の展開も必要としない。ただ見るだけで良い。つまり速い。ならば、術の終わりに再び「観る」ならば、その対象に連続して魔術を発動させることも出来るだろう。
だが、そんなものは机上の空論だ。魔眼だって魔力は消費するし、魔眼そのものの使用時の負担もある。肉体が使いすぎれば疲労するのと同様で、無限に使う事なんてできないはずだ。
そう、普通は無い。
『あまり、やりすぎると、少し疲れてしまうのですけどね。年でしょうか?』
だが、相手はヒトでなく、竜であり、最大の魔性なのだ。
魔王ブラックや、大罪竜ラストが断言した「最強」の意味が、徐々に実感を伴ってウルは理解しつつあった。
なるほどコレは確かに最強で、最悪だ。
単純にただただ強すぎる上に、その強さに欠片もとっかかりが無い。
「っっ!!」
権能を強引に維持しつつ、ウルは懐の魔封球を放った。魔術の閉じられた、極めて基礎的な魔道具の一種。封じられたのは土の魔術。放たれた瞬間、膨大な量の砂塵が一気に迷宮内部に拡散した。
魔眼封じ。極めて基礎的な手法の一つ。視野の封印。有効な手段の一つではある。
『あら、フフ、ウフフフフ。可愛らしい』
確かに魔眼の猛攻は崩れた。ほんの一瞬、僅かな間だけだ。しかし、ソレは本当に一瞬だ。光の渦が土煙を一瞬で蹴散らして、ウルとグリードとの射線をあっという間に空けてしまう。そのまま、一切手を緩めること無く、グリードはウルを見下ろし、光の魔眼で睨み付けた。
『それ、通じると思ってます?』
「……いいや、知ってたさ」
ウルはグリードを見る。正確にはグリードの背後に移動した天剣のユーリを見続ける。彼女に言われたとおり、叶う限り、決して彼女から目を離さなかった。砂塵で自らの視野を潰しても尚、天の剣で輝く彼女の姿を追い続けた。
「【天剣・轟】」
『あら』
グリードの保つ魔眼にも並ぶそのウルの魔眼により、強化され続けた。ユーリの剣が、魔眼の輝きすらも超える速度でグリードの首にたたき込まれた――――――
『―――だから、それ、通じると思ってます?』
「―――ッ!?」
「……うそだろ」
迫った天剣を、白刃取りで防ぐグリードに対して、「知ってた」なんて強がりを言う余裕は、流石のウルも残されては居なかった。
「……いや、本当に、どうやって」
『練習しましたから。白刃取り。暇だったので』
「冗談だろ……」
ウルと会話している間にユーリが更に剣を振るう。絶対切断の神から賜ったその剣の切断部に、グリードは一切触れない。全てを捌く。紛れもない達人の所作であり、ヒトの生きる年月では到底届かない、達人の業だった。
『【光螺閃閃・無間】』
再び起こる無限の光の爆発に、ウルとユーリは等しくたたき込まれた。
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「不味い、ユーリもウルも、死ぬ」
光の渦が巻き起こる上空から少し離れた場所で、その様子を確認したディズは、苦々しい声を漏らした。
大変に不味い。グリードの脅威は分かっていたつもりだった。その為の覚悟も準備もしてきたつもりだったが、その備えを超えてきている。しかもそれは、悪辣な手段ではなく、ただただ圧倒的な暴力によってだ。
放置は出来ない。この戦いにおけるあちこちの戦場がなんとか拮抗状態に保てているのは、なんとかウルとユーリが大罪竜グリードを引き寄せているからだ。
グリードが二人を殺し、戦場から解き放たれた瞬間、全ての戦場が瓦解し崩壊する。
「救助に……!!」
シズクは叫ぶ。ディズも分かっている。なんとしても助力しなければならない。だが、
『aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!』
「速……!!」
風の竜の速度が跳ね上がっている。先ほどのような、嘲弄とした動きは既に無い。焼き焦げた翼と身体を晒して、忌々しげに的を両断するための刃を振るい続ける。
本体、大罪竜グリードと比較すればまだ、速度には遊びがある。だが、それでも圧倒的に速かった。少なくとも、まともに凌ぎきれるような速度ではないほどには。
「危機感が遊びを無くしたか……!」
遊びが潰れ、容赦が無くなった。だが悪いことではない。戦いにおける遊びは、余裕の表れだ。それが無くなったのなら、それを乗り越えれば攻略が可能だ。その事実が逆に此方に余裕をもたらす。
問題はどのタイミングで、どう切り込むか、だが。
《わたしがやるのよ!!!》
「アカネ!?」
緋色の剣が変化する。風の竜と同じ、妖精の様な姿となる。ディズは驚き、シズクも目を見開いた。精霊に近く、大罪の竜の気配により弱り、無数の術式でなんとか凌いでいるのが今の彼女の状態だ。
その彼女に、この凶暴なる風の竜を託す?
ディズは最悪を予期し、言葉に迷った。しかし、
《いくのよ!!》
相棒とも言えるまでに、死線を共にくぐった彼女の言葉に、決断した。シズクへと目配せし、二人はその場を離脱し、光の渦が巻き起こる方へと急いだ。




