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三竜⑥ 加速

 一夜城内部。

 外部での激闘を余所に、一夜城では“凌ぐ”戦いが続いていた。

 アルノルド王の治療と、三方向にて発生している戦闘への支援。その際に受ける竜達からの侵入の猛攻、破損する要塞への修繕。兎に角、守る戦いだ。バベルの塔での戦いと少し似ていた。

 ただし、バベルの塔、【陽喰らい】の戦いと比べると、人手はあまりにも少ない。深層にたどり着くことが可能な人材はあまりにも限られるのだ。そしてそうなると、必然的に一人一人にかかる負荷は跳ね上がる。


「っは…………っは…………っぐ……!」


 特に、エシェルにかかる負荷の量は、明らかに増大していた。

 水竜の攻撃量は加速の一途を辿っていた。グレーレの支援も合わせて、リーネは彼女を守るべく奮闘を続けていたが、完璧とはいかない。自らの周囲に転移の鏡を展開する以上、どうしても完全に守り切るなんていう事ができなかった。

 だが、現状、遠距離物資支援なんて真似が出来るほどの自在な転移術を使えるのは彼女だけだった。天魔のグレーレとて、ここまで自由自在な真似は出来ないだろう。

 だから、彼女に任せるのは正解だ。正解なのだが―――


「…………なんというか」

「リーネ?」


 だが、その状況下にあって、エシェルと並び、この状況下での要となっているリーネはぽつりとつぶやいた。


「腹が立ってきたわ」

「リーネ???」


 彼女の内側から溢れ始めた鬼気にエシェルは顔を引きつらせるが、リーネは無視した。外套を外し、背中に装着していた装備を晒す。白王陣の英知と、ダヴィネの卓越した技術の粋をかき集めて完成した凶悪なる兵器。


「【創造の機手・決戦形態】」


 背から伸びた六腕が、それぞれにその指先を動かし始める。リーネの意識を介さずに蠢く自動操縦が解禁された。


「エシェル、巨大門開いて」

「危ないぞ!?」


 先ほどから、グレーレの術式が敵の猛攻を防いでいるが、それでも結構ギリギリだ。実際、エシェルも敵の攻撃の全てから守って貰っているわけではない。今も黒いドレスのあちこちから血をにじませている。そしてそれは、あくまでも彼女ができる限り、門を狭め、狙いを自分だけに集中させているからだ。

 これ以上の門を開けば、当然敵の攻撃が更に広がる。エシェルだけでは無くリーネも危険だし、下手すれば治療を行っているグレーレと、王の命まで危険になる。

 それは間違いない。が、


「全部防いでやるわよ。防いでる間に貴女は竜達を片っ端から食い千切って、奪い取りなさい、外部への支援、敵の力のそぎ落とし、こちらの防衛、全部纏めてやるわよ」


 リーネは獰猛に、鏡越しの敵をにらみつけた。その姿は英知を探求する魔術師と言うよりも、相対する敵を必ず殲滅する事を誓った戦士のそれであった。


「こっちを狙いたいっていうなら、狙わせてあげようじゃない。罠漁よ」

「囮の餌が私たちのぉ!?というか王が狙われちゃうぞ!?」

「そんなもん、あそこの大天才様がなんとかしてくれるわよ」

「カハハ!!!とてつもない無茶ぶりだなあ!?だが合理的だ!!」


 突然無茶ぶりをされた天魔は大笑いするが、リーネの狂気に同意した。


「備蓄は間違いなく敵が上!凌ぐだけではどうにもならん!相手の手札を削る手は、多少の無茶をしてでも先んじて打たねばならん!」

「そういうことよ。エシェル。やれ」

「なんで魔術師達の方が戦闘意欲高いんだぁ!!!」


 エシェルは悲鳴を上げながらも、巨大な鏡を展開する。当然、というように、即座に鏡の向こう側から、水竜と、風竜の殺意が向けられた。


「あんた達が殺したくてたまらない王様は此処にいるわよ。殺せるものなら殺してみろ」

「ぶちぎれてるぅ!!」


 瀬戸際でのイニシアチブの奪い合い。その攻防は激化していく





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その戦況の変化、まるでその場にいる全ての敵達を挑発するように出現した巨大な鏡に、ディズ達はおおよその意図を察した。


『ahahahahahahahahhaahhaaaaaaaaaaaaaa!!!!』


 巨大な鏡を前に、妖精のような姿をした風竜は、嗤いながらも、しかしどこか苛立つように攻撃を仕掛け始めた。結果として、シズクとディズへと容赦なく降り注いでいた攻撃の乱舞が、ある程度緩和した。

 いくら何でも、手数が無尽蔵にある、というわけではないらしい。


「無茶するなあエシェル!リーネ!」

「でも、助かります!」

「ん、あれだけ鏡に警戒しているんだ。絶対に無視は出来ない」


 シズクの言葉に、ディズも頷いた。

 要塞の内部まで危機を招くという選択ではある。が、正直、その程度のリスクは飲み干せないと、戦えない。この戦場に安全な場所はなく、たとえ王であっても、この場では戦士の一人だ。王を欠くことは出来ないが、一方で、王であるからと特別な待遇で守っている場合でもない。そんなことをしたら、間違いなくこの悪辣な竜達はその歪を狙い撃つだろう。

 全員で等しく死力を尽くす。それはこの戦いを始める前に王が定めた基本方針だ。


「アカネ!!」

《うい!》


 だから、ディズもその覚悟に応えねばならない。緋色の剣となったアカネに力を込める。なんとしても、目の前の脅威を打倒しなければならない。


「【赤錆の権能:灼火の糸】」


 ディズの握る緋色の剣がほどける。目を凝らさねばならないほど細くなった緋色のアカネが瞬く間に周囲に拡散する。それは広範囲を自在に飛び回る風の竜よりも更に広範囲に分散した。


「【銀糸よ】」


 広がった緋の糸、そしてシズクが銀の糸を接続する。銀と緋、二つの糸が絡み合い、縦横無尽に駆け回り、小さな小さな風の竜を取り囲む、鳥かごのように変貌した。


『ahahahahhaa――――aaa?』


 自身が包囲されているという事実に、その時点で風の竜は気がついた。が、しかし、既にその時にはもう遅かった。


「【【【焔獄】】】」


 緋色の糸から放たれる灼熱と、その反響によって、一気に空は火の海に包まれた。


『aaaaaaaaaaa!!!????』


 先ほどから意気揚々と上空を飛び回りっていた風の竜も、流石にその炎の牢獄からは逃れることは出来なかったようだ。凄まじい勢いで風の刃を至る所に振りまき、自分を囲い込む灼熱の糸を断ち切ろうともがいているが、上手くは行っていない。その美しい翼や、愛らしい体躯が焼け焦げ、竜は悲鳴を上げた。

 好機。

 ディズは一気に空を駆ける。光熱を放つ緋の糸に触れぬよう、最短を跳び、風竜を剣の射程圏内に捕らえた。


「【魔断――――」


 そして、黒の斬撃でもって小さな風竜の首を切り落とそうとした――――しかし、


「っか?!」


 突然、身体を焼く光熱に打ち落とされた。一切反応も出来ずに、ディズは撃墜された。激しい熱と痛みに歯を食いしばりながら、自分のダメージを確認する。致命的ではない。神薬を飲めばまだ戦える。だが、しかし、


「狙撃……!!」


 超遠距離からの、身構える事すらも出来ないほどの、まさに光速の狙撃。

 コレが出来るのはこの場では一体しかいない。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『ああ、ようやく、少し、マシになってきました』


 ユーリは、大罪の竜グリードが、自分のみならず、他の戦場に手出しさせてしまった現状に歯噛みした。悔しさや、大罪の竜への怒り故にではない。現状がどれほど苦境であるかを理解したが故のものだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()


『アルノルドったら、自分自身を囮にして、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 戦況は敵側に傾いていた。

 大罪の竜相手だ。たったの二人相手では必然の流れだと、最初は納得していた。今の自分の役目は、王が回復するまでのものであるとユーリも割り切っていたつもりだった。

 だが、この戦況の傾きは、単純な戦力格差によるものでは無かった。

 明らかに、グリードの能力が、向上し続けている。いや、正確に言うならば、


『酷い男、でも、ええ、これなら、まだ、少しはマシに動けるでしょうか?』


 王の暗殺。白王陣と天魔の強力無比な守りを強引にすり抜けて、王自身の呪い返しによって深く刻まれた傷が、回復してきているのだ。

 つまり、ここまでの大罪竜グリードは、()()()調()()()()()()


『【願い 焦がれよ 渇望の星】』


 光の魔眼が、大きく見開く。しかし今度は高熱を外部にまき散らすことはしなかった。膨大な光熱は、そのままグリードの周囲にまとわりつく。まるで鎧のように、あるいは刃のように身体を覆い尽くした。

 近寄るだけで、一切を焼き切る光の塊。不敬にもそれは太陽神の御姿に似ていた。


 地獄は、これからなのだ。ユーリはそれを理解し、深く深く、息を吐き出し、自分のやや後方に位置をとるウルへと呼びかけた。


「今後、可能な限り、一瞬も私から目を離さないでください」

「恋人みたいな台詞だあ……」

「ぶちのめしますよ」

「生還できたら好きなだけしてくれよ」


 冗談めかした返事がかえって来た。が、ウルも現状がどれほどの窮地であるかを理解しているのだろう。声に動揺が出ないように必至に押さえ込んでいるのが感じられた。

 だが、まだ、強がれるというのなら良いだろう。この先、待ち受けている地獄を前に、完全に腰が引けてしまうよりは遙かにましだ。


「【天剣・纏】」


 天剣を創り出す。万物を切り裂く光の剣は無数に浮かび上がり、同時に彼女の身体を鎧のように覆い尽くした。小柄な体躯だった彼女が、金色の剣で覆われ、一回り大きく見えた。


「【混沌よ、標となりて、かの者を導け】」


 その彼女に、背後からのウルの魔眼による強化が入る。最高硬度の魔眼の強化。おそらくこの地上で最も強力な身体強化を得て、高揚感が身体を包む。

 しかし、その心中は冷え切っている。眼前の灼熱から放たれる殺意を前にすれば、最高の強化すらもささやかに思えてしまう。


 だが、それでも、だ。


「我が王の困難の全てを無双の剣で引き裂かん」


 ユーリはためらわず、前へと駆けた。己が使命を果たすために。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ユーリとウルの会話 [気になる点] 地獄感がまだまだ足りない [一言] 最近ユーリのヒロイン感が増してきてニヤニヤしてしまう
2023/10/19 19:00 くさはえる
[気になる点] シズクがなんで生きていられるのか知りたい
[良い点] リーネさんセリフはコミカルだが、メンタルが際立っててかっこよすぎる
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