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三竜②


 全てが水の竜、という状況を前にして、ロックは否応なく戸惑った。


『AAAAAARRRRRRRRRR!!!』

『いや、これどうすりゃええんじゃい!?』


 吼え猛り、襲いかかってくる水の竜にロックは剣を振るった。が、しかし手応えが薄い。まるで水面に向かって剣を振り下ろしたような感覚。血肉を切り裂いて、ダメージを与えた感触では全くなかった。

 ただの水、切り裂かれる皮膚も肉も血も骨もない。当然、剣を振られても何の痛みも感じない。だというのに


『AAAAAAAAAAA!!!!』

『ッカ!?』


 逆に、水の竜の突撃は、牙は、此方に通るのだ。ロックが回避した矢先、要塞の一部が水の竜の牙に噛み砕かれる。特殊な鋼で出来ている筈の壁が、容赦なく抉れる。


『理不尽じゃの!!!』

「全くだ。【破邪天――――】む」


 ロックの傍の水際に同じく立った天衣は、金色の籠手を水中にたたき込む。が、しかしその直後に眉を顰めた。


『どうしたカの?』

「天拳は、音の届く範囲なら通る。水中なら尚、音は通りやすい」


 強靱な消去の効果を一方的に相手にたたき込む凶悪なる一打。ここに至るまでも何度もその力を発揮しているので効果は折り紙付きだ。しかし、水竜は変化が無い。否、正確には


『AA      ――――RRRR!!!』

『一瞬崩れて、再生しておる……!?』

「実体が無い……ともまた違うか?だが、いくら崩しても一瞬では意味が無い」

『実体のある部分を探せと言うことカの!?』

「そうなるな……だが」


 実体が水の竜では無く、攻撃が出来る部位。粘魔の類いがもつような核、それを探す。ロックは当然の思考の転換を行った。だが、ジースターは悩ましそうに眉を顰め、そしてぽつりと呟いた。


「…………問題は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『…………おっそろしいこというの』


 ジースターの悍ましい推測を、ロックは笑い飛ばすことは出来なかった。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 そして無数の、数十を超える水竜が一斉に要塞を取り囲んだ。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「かなり直接的な包囲網だね!ここから逃がすつもりはないらしい!」


 ロック達と同じく、要塞の外から状況を確認したディズは、自らの置かれている状況がかなり危機的であることを察した。周囲は完全に湖で、そしておそらくそれらの全ては竜だ。完全に包囲されたのと同じ事である。

 迷宮は敵の領域で、自分達は攻める側だ。いくらかの不利は覚悟していたが、想像以上にしっかりと、自分達の優位を使ってきた。

 そして、待ち構えて、準備をしてきたということは――――


「水竜はロック様とジースター様が下に!」

「なら、私たちはウルに続こう……と、言いたいけど」


 シズクに応じようとした瞬間、ほほをそよ風のような微かな風が吹いた。しかし、その瞬間、ディズは首が落ちるかと錯覚するような寒気を感じ、その直感に従って動いた。


「【魔断】」

《うにい!!!》


 アカネと共に、虚空に向かって剣を振るう。傍目には何もない空間に対して緋色の剣を振るったようにしか見えなかっただろう。しかし、次の瞬間、金属と金属が激突したかのような、不快な轟音が響き渡った。


「―――まあ、そりゃ、一体だけじゃあないよね」

「【音よ】」


 シズクが何も言わず、そのまま指をはじく。既に巡らされていた銀の糸が、彼女の爪先で跳ねて、反響する。その音の情報を聞き届けて、シズクはすっと上空を見上げた。


「いました!」


 それは、本当に目をこらさなければ見えないほどに小さかった。アカネが好み、変化する妖精の姿に似ていた。ただし、その頭部にある小さな瞳は四つ、全てが美しい青緑、竜の翼を持った愛らしい化け物が、宙を舞い、嗤っていた。


『kyahahahahahahahahahahahahahhahahahahhahahahahahahhahaha!!!!』

「小さい……、け、ど!!」


 再び轟音が響く、不可視のカマイタチが連続して、雨のように降り注ぐ。サイズなど、全く関係ない、凶悪極まる攻撃だった。


「【魔断!!】」

「【銀糸よ重なりて金剛となれ!!】」


 間断はほぼ無く、雨のように降り注ぐ。その降り注ぐ刃はやはり、その実体が見えない。だが間違いなく鋭く、強く、しかも大きかった。深層へとたどり着けるほどの実力者でなければ、何一つ理解できぬまま、バラバラの肉片になって血の海に沈んでいただろう。幸か不幸か、途中で従者達が離脱したのは幸運だったと言える。


「っぐ……!!」


 いつ途切れる!?と、一瞬、好転をディズは期待したが、即座にその期待を捨てる。この不可視の斬撃の雨は途切れまい。此処は迷宮で、敵の陣地だ。此方も可能な限りの蓄えを用意してきたが、敵はそれ以上の筈だ。

 他の大罪の竜の様な、怪物であるが故のある種の大雑把さは、あの強欲の竜とその配下達には全く期待できない。ならば、体力が尽きるなんていう、そんな都合の良い期待はすべきではない。


 だが、そうなると、外に出ているディズとシズクはなぶり殺しになる。

 しかも、それはディズ達だけでは無く――――


「要塞も狙っていますね……!」


 リーネ達がこしらえた急造の要塞にも降り注いだ。無数の資材によって頑強な防壁を有する要塞であるが、風の刃が直撃するたび、凄まじい斬撃跡が刻み込まれる。

 莫大な資材、そして白王陣の力、人類の英知を重ねて創り出された要塞であるが、無慈悲な事に、竜相手では心許ないというのはどうしようもない現実だった。

 全くもって、竜は理不尽だった。ヒトがどれだけ武具で身を固めようとも、綿菓子のように噛み千切ってくる。


 だが、そんなことは分かっている。分かっていてここまで来たのだ。


「反撃する」

「はい、【銀糸よ、束なり、結界と成れ】」


 銀糸が更に無数に広がり、結界の様にディズとシズクを囲うように、結界と成った。長くは持たない代物であるが、その僅かな時間で十分だった。

 不可視の斬撃、一切の休み無く繰り出される攻撃と攻撃の間のほんの僅かな隙を突くようにして、二人は一気にその場から飛び出す。ディズは空を駆ける。シズクは宙を舞った。

 既に自在に空を駆けるための高度な飛翔の術をシズクは使いこなしている事に感心する。色欲の時から既に当然のように身につけているが、通常であればそれも、果てしない研鑽を必要とするものだ。

 彼女はやはり天才なのだ。その彼女が味方であることを、ディズは心強く思う。


『ahaahaahaahaahaahaahaahaahaahaahaahaahaaha!!!!!』


 問題があるとすれば、その彼女の才覚すらも、無為に帰す可能性があるのが、竜という災害である点だ。


「死闘だな。行こうかシズク、アカネ」

「力を尽くします」

《やったんでえ!!》


 ディズとシズク、そしてアカネは宙を駆ける。風の竜の領域へと、勇敢さをもって突撃した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 一夜城内部。


「いきなりヤバくなりすぎだ!!!?」


 エシェルは悲鳴を上げる。

 本当に、数分前までは、皆で疲弊した身体を休めて休憩していたはずなのだ。それがいきなり、どうしてここまでの地獄になる!!?

 と、叫びたかったが、一方でエシェルの心中は妙に冷静でもあった。

 地獄に慣れてきた。というのもある。そして、こんな風に突然状況がひっくり返るのも、当然だろうという納得もあった。此処は迷宮で、敵の陣地で、相手は竜なのだから。

 そして、それに備えてきたのだ。


「準備はしたんだ!!【ミラルフィー――――】」


 鏡を周囲に展開する。要塞の中からでも、彼女の力ならば自在に振る舞うことが可能だった。転移の応用で、安全圏から遠隔で攻撃に支援も行う、凶悪な戦術――――だった。


「――――――っが!?」


 外部とつなげた鏡から、水の刃がエシェルを貫いた。



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― 新着の感想 ―
途中で何度か使ってた技術に対策してこないはずがないんだよなぁ…? 消耗と油断と情報収集を並行して仕掛けてきてる強欲が最悪すぎる
[良い点] うーん、スペクタルな戦闘シーン凄すぎ。 私の想像力が貧弱なので今ひとつその凄さを再生しきれてない。 つらたん。 もうね、いっそのこと映画化していただけませんかね。 間違いなく全米は号泣する…
[気になる点] 周囲全てが敵であり攻撃と言う状況で一方通行ではない鏡を外部と繋げるのは悪手でしかない。 深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いている、と言う奴だ。 しかし鏡を使った転移を移動手段に使ってい…
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