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回顧 流転

 ユーリ・ブルースカイは物心ついた頃から次代の天剣としてその技を磨いていた。


 しかし、この時期から既に次代の天剣として認められていたかというとそうではない。


 七天は天賢王が認めない限りはその加護が与えられない。王の意思と判断が第一となる。が、その全ての選出を王が行うにはあまりにも負担が掛かりすぎる。故に多くの場合は先代の七天が引退時に新たな候補者を選び出すのが恒例である。

 故に、その権威を維持するために、自身の血縁から候補者を選ぶことも多い。が、例えどのような候補者であろうとも、その能力、才覚が認められなければ、王から太陽神の加護は決して与えられない。先代の血縁者であろうが優遇措置など一切存在しない。ある時突然、代々続いてきた七天の家系とは全く別の者が七天に選ばれることもある。


 そして、先代の天剣はブルースカイの血筋の者ではない。


 つまるところ、ユーリは天剣の加護の()()()となるべく育てられたのだ。


「お前の父は剣才がなかった。だがお前は違う。再び我等に神の剣を取り戻せ」


 かつて、自分たちのものだった神の剣、何者をも切り裂く無双の天剣。

 その管理者でありながら堕落し、王からはその権利を奪われた一族。妄念に捕らわれ続けてきた祖父はユーリを鞭で引っぱたきながらも繰り返しそう呟いた。父はそれを見る度に烈火の如く怒り、ユーリを彼らから引き剥がすのだが、しかし騎士団の団長としての責務はあまりにも多く、常にユーリを見守り続けるわけにもいかなかった。母も味方ではあるが病気で、あまり無茶をさせるわけにも行かなかった。心労をかけたくもなかったから、ユーリは彼女に縋るのは早々に止めていた。

 ブルースカイの血縁者の多くは、早々に恐るべき剣才を発揮していたユーリに対して多大なる期待をかけていた。彼女ならば。新たなる天剣となれるという期待だ。ひたすらに彼らは彼女ではなく、彼女の振るう剣筋の美しさに酔いしれていた。


「君の父に頼まれたんだ。剣の修行のため、という名目で1度ここから離れないか?」


 そう提案してきたのは先代の天剣だった。

 皮肉なもので、父親の次にユーリを気に掛けていたのは、誰であろう当時の天剣だった。父とも親しい間柄である彼は、立場上ブルースカイ家に近付けばどんな危険があるかも分からないので滅多なことで顔は出さないが、それでも時折り隙を見てユーリに接触しては気遣ってくれていた。


「私の子供は皆、学者志望でね。もし天剣の次代の候補者を王に尋ねられたら、君を推すつもりだ。と言うよりも既に王にそう言ってる。……君とビクトール以外は全く、この話を信じてくれないんだけどね」


 全くもって、空回りをし続けている祖父達が滑稽でならなかった。


 結局、天剣のその提案に頷いて、祖父達の多大なる反対と罵声をなんとかいなして、ユーリは修行に出ることになった。と言って、プラウディア領の中なので、それほど離れるわけでもない。ブルースカイ家の本家がある衛星都市から大罪都市プラウディアへと彼女は向かった。


「何故あの人達が反対していたか?これから連れて行く先が、【勇者】の家だからかな」


 勇者。その名はユーリも知っている。

 七天の中でも最も地位の低い者達の称号だ。何故なら、代々勇者には神からの加護の一切が与えられないからだ。


 一切を引き裂く天剣

 邪を打ち払う天拳

 無尽を与える天魔

 変幻自在の天衣

 全ての精霊と交わる天祈

 そして神の代行者にしてその叡智を授かる天賢


 七天達にはそれぞれ、精霊の加護をも凌駕する神の加護が与えられる。が、勇者にはそれは無い。故に口さがない者などは、勇者を「ハズレ」と評する者まで居る。危険な責務ばかり与えられて、なんの対価も与えられないハズレであると。

 そんな勇者のところに、天剣が連れて行く。なるほどそれは確かにあの祖父達は猛反発することだろう。大方、「自分らが育てた天剣の簒奪者にハズレの七天を押しつけるつもりなのだ」とでも勘違いしたのかも知れない。


「勇者の後継者はもういるらしいんだけどね。残念ながら話はきいてもらえなかったよ」


 同じ事を思っていたらしい。

 天剣のこまったようなぼやきを聞いたユーリは珍しく小さく笑った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そこそこの長い馬車の旅の果て、たどり着いた先で、ユーリは少し驚いた。

 というのも、あんまりにもその場所が小汚く恐ろしくボロボロの廃墟のような孤児院だったから。祖父達の狼狽を信じるわけではないが、その有様は流石に連れてきた天剣に不審な眼差しを送らざるをえなかった。


「……うん、まあ君の気持ちも心底分かる。ただ、君は此処に住むわけじゃ無い。勇者候補と同じく別の住まいが用意されるはず。……ああ、いや、君らのためと言うよりも、孤児達に不必要な刺激を起こさせないため、らしい」


 ただ今日はこっちに彼はいるはずだから、挨拶にね。と、二人で馬車を降りた。

 少し待っていて欲しいと言われて、一人孤児院の外で待機していたユーリは周囲を見渡す。孤児院は一見した恐ろしいオンボロさに相反して、意外なことに清潔さは保たれていることに気付いた。ちらほらと見える孤児達も、格好はボロであるが、顔色は良い。元気満々に走り回っている。


 見た目の印象に反して悪い場所では無いらしい。と言うことを彼女は理解した。


 剣才だけでなく、洞察力においても彼女は優れていた。表面上の善し悪しでなく、本質を見抜く力があった。彼女はそのまま少し、周囲を見渡しながら歩みを進めていた。

 すると不意に、カンカンと、木を打つ音が耳に聞こえてきた。彼女にとってなじみ深い音だ。剣の鍛錬をする音だとすぐに理解した。ユーリはそちらへと歩みを進めた。


 孤児院の裏庭だろうか。やはり建物と同じくおんぼろなその場所で、ボロボロの木偶人形を前に木剣を振るう一人の少女が目に映った。


 少し褪せた金色の髪の少女。只人に見えるが、やや耳が高い。混血児だろうかというのをすぐにユーリは見抜いた。プラウディアでは生きるのに苦労しそうな、自分と同じ年くらいの少女が汗を流しながら、一心不乱に剣を振るっていた。


 ユーリは一目で理解した。彼女には剣才が無い。


 剣の握り方、振り方。重心の動かしかた。どれ一つとってもうまくやれていない。ずっと剣を振り続けていられる所を見るに、稽古を始めてからそれなりの時間が経っているのは想像はつく。が、彼女のレベルの剣術は、ユーリが初めて剣を握って間もなくしてあっという間に過ぎ去ったようなレベルだった。


 見る価値の無い物。そう思った。

 彼女から学び取れるものは一つとして存在していないと。


 だが、不思議と視線がそちらに向いた。他にすることが無いからか、無意識の間にその剣振り稽古を目で追っていた。

 そして、気がつく。彼女の剣はどうしようもなく未熟で、不格好なものだったが、しかし少しずつ、ほんの少しずつ良くなっていってることに。

 惰性で剣を振っていないのだろう。剣振り一つにも真剣な姿勢であるからこそ出来るゆっくりとした成長だった。それを実感する度に、彼女は花のように笑って、更に剣を熱心に振るっていった。


 天賦の才能を持つユーリには、そんな成長の喜びは一度も得たことがなかった。


 剣を握って行うこと全て、彼女にとってはまさしく児戯に等しい。なんだって彼女には出来たのだ。屈強なる騎士達が数年をかけて編み出した奥義は、彼女にとって1日もあれば容易に再現が出来るものだった。

 その剣才を、彼女は神の賜り物だと考えていた。祖父達の思想に染まったわけではないが、自分は天剣という加護を授かり、その力でもって神に仕える。その役割のために生まれてきたのだと。


 だから、神の代行者である王を崇拝し、彼に仕えることを目標としていた。


 だからその少女の牛歩のような歩みと、そこに喜びを見出す姿はユーリにとってどこまでも違う世界で、どうしようもなく――――苛立った。


「なんですか。その剣、とてつもなくヘタクソですね」

「ん?だあれ、キミ?」


 気がつくとユーリは地面に転がったもう一つの木剣を握りしめ、彼女の前に立っていた。


 その後、現在の勇者であるザインが自分たちを眺めていることにも気付かず、ユーリは一方的に金髪の少女、ディズをボコり、ディズはボコられながらも楽しそうにユーリに向かって剣を振り続けた。


 勇者と天剣 二人の邂逅はこの時だった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして現在


「昔から、貴方の剣は不細工でした」

「昔から、君の剣は美しかったね」

「仲良しですね」

「そうだよ」

「違います」


 シズクの言葉に、ディズは肯定し、ユーリは否定した。


「幼い頃から戦い方も何もかも、不細工過ぎるのですよ。お陰でどれだけ苦労したか」

「私が何度転んでも付き合ってくれたからね。本当に助かったよ」


 ユーリが悪態をつく度に、ディズはそれを好意的に解釈して返した。このやり取りもわりと長いこと続けてきている。ユーリとしては照れ隠しでも何でも無く正直な感想を述べているだけなのだが、それに対してニコニコと笑うシズクが妙に腹立った。


「言っておきますが、この先の迷宮において、私が貴方達を一方的に助けるつもりはありませんよ。必要であれば斬り捨てます」


 ユーリは改めて告げた。

 理想郷計画。

 王が決行すると決めたその計画を、ユーリは真剣に受け止め、そして肯定していた。七天として、神殿の盾と剣の長として世界中の神殿を巡っていたユーリもまた、この世界の危うさには気がついていた。王のことを彼女は信奉する一方で、盲信はしていない。神の奇跡を授かっても尚、この世界は危うい綱渡りを続けているのが現状だ。

 王が倒れてしまうよりも前に、なんとかしなければならない。ならば、自分はやるべきだろう。と、彼女は確信していた。この身の過剰なまでのこの剣才は、その為にあるとすら思えた。どれほど鍛え上げようとも我が物という実感すらわかないギフテッドへの折り合いが、ようやく付けられる気がした。


「ん。それは分かってるよ。私もそうするよ」

「ええ。ユーリ様の助けとなれるよう、全力を尽くします」

「……そうですか」


 馬鹿馬鹿しい忠告をしてしまった、と、ユーリは自嘲した。言うまでも無い。彼女ら二人とも、こんな場所に首を突っ込んで、その程度の覚悟が出来ていないわけが無いのだ。

 大罪迷宮深層に足を踏み入れ、尚正気で居られるには、戦闘力や経験値、才能とはまた別の適正が必要になる。彼女らにも、【歩ム者】のウル達にもそれはちゃんとあるのだ。こんな奈落の底まで下ってきて、尚そんなことを聞くだなんて馬鹿馬鹿しい事だった。


「……王に食事を運んできます」

「私も行こうか?」

「子供の使いですか?結構です」


 そう言って、ユーリは必要な分のスープを皿によそって立ちあがった。すぐそばの天幕へと足を運ぶ。食事を用意するさなかも、王の傍を離れまいと、全員が意識を向けていた。人手が減っているさなかも、王の防衛は欠かしていない―――とはいえ、あまり気を張りすぎるのもよくなかった。まだこの先も長い戦いが続くのなら、気をとがらせすぎれば、疲れ果てて、それが隙になってしまう。

 故に、ユーリは少し肩の力を抜くように、天幕へと足を踏み入れる。


「お休み中失礼致します。王よ。食事を――」


 外から声をかけ、そして扉を潜る。


「持ってき」


 その瞬間、濃厚な血の匂いが鼻孔を覆い、ユーリはほんの一瞬、思考を停止させた。


『――――――嗚呼』


 拠点の中でも最も固く、厳重に守られた天幕の中央に、金色の王が倒れている。血に塗れている。王の天幕の中心で、彼は血の海に沈み、その側に影があった。


()()な難易度で慣れを与え』


 一言で言えば、それは三メートル超の巨大な女――――の、ような姿をした()()()


 両腕両足は異様に長く、しかも関節が二つある。肌は青白い。口からは昆虫のような牙が覗いている。遠目に髪のようにみえたそれは、髪ではなく竜の細く長い蟲たちだった。

 指は片手で十はある。その全てがどんな魔剣よりも鋭く禍々しく伸びていて、一部が王の鮮血を浴びたのか血にまみれている。

 瞳は虹色か、あるいはそれ以上の多様な色で輝いていた。蟲のような複眼。魔眼とはまた違う、異様なる悍ましい輝きが、強制的に目を奪った。


『数を減らしつつ、無意識下に適度な疲労と、慢心を与えて』


 変質した皮膚か、羽だろうか。美しいドレスのようにも見える。足下のスカートからは尾が伸びて、血の海に沈んだ王の首へとぐるりと伸びていた。

 そして、女自身から発せられる、どうしようもないくらいに濃厚なまでの負の気配。ここに至るまでに幾度となく遭遇した竜達では到底及ばぬほどの、圧倒的な竜の”匂い”。


 それら全ての情報を、ユーリは一目で読み取った。


 理解すると同時に彼女は天剣を虚空から取り出し、即座に振り抜いた。王が間近にいても尚、躊躇するわけには行かなかった。一切の加減無く、彼女は剣を振り抜き、王の首をへし折ろうとする”尾っぽ”を引き裂く。


『そうして、必死の思いで結界に潜って、痛みに我慢して、本当に、後少しで、首を落とすことが出来ましたのに――――惜しかったですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 自分の尾を断たれ、王の身体を落としても尚、竜は動じる様子は無く、


『まあ、しかし、ですが、ええ、全てが思い描いた、とおり行くわけも無し』


 直後、彼女の剣速よりも尚早く、ユーリの懐へと迫り、


『生存競争を始めましょう』


 【大罪竜グリード】は、両手合わせた二十の刃を振るった。


 天賢王勅命(ゼウラディアクエスト)・最難関任務 強欲の超克戦開始




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ユーリ救えねえなぁ… 周りがもてはやしてるのもあって、思想に染まってないって言いながら充分染まってるわ 勇者候補とも知らずに、ただ楽しんでる女の子見て 自分が持ってないものに嫉妬してキレてるんだろ? …
[良い点] 会いに来る大ボス
[良い点] おoh-------!!!
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