深層三十八層 毒竜②
大罪竜グリードに生み出されたその竜に名は無い。
そもそも大罪迷宮グリードに存在する竜に名前など無い。名を有するのは最深層に住まう強欲の竜のみだ。その他の竜は全て、大罪の竜達により生まれ、それぞれの末端としてその力を振るう。
“その竜”が生み出された目的は“侵攻”だった。
太陽の結界すらも通り抜けてしまえるような超小型の末端を自在に操る新型の竜であり、その竜の力でもって地上の都市侵略を目指していた。
地上都市を守る太陽の結界は一見して、地上の外にその守りは向けられている様に見える。そして事実として都市外の魔物達の侵攻から都市民達を守っている。
だが、大罪都市に張られている太陽の結界はやや役割が異なる。都市という形と都市民達の信仰の祈り、それらを糧に太陽の結界がその力を集中させているのは都市の外ではなく地下。迷宮の奥、竜達に対してだ。
太陽の結界は竜達を地下深くに押しとどめる。大罪竜達を含めた圧倒的な力を持つ深層の魔物達が、都市の外に飛び出していかない原因がこれだ。力を持つ存在ほど、深層に押し込まれる。そういう仕組みになっている。
だが、何時までも押さえ込まれているわけには行かない。それが大罪竜グリードの方針だ。グリードは真面目だった。グリード領が他の領と比べ多数の迷宮が誕生しているのも、その気質が現れていると言えた。
全ては地上への侵攻を果たすため。あらゆる“試み”が生まれていたのだ。
その為に生み出された力の一端がこの“毒竜”だ。自分では身じろぎも出来ないような巨大な頭。幾百もの自分の分体を生み出すための巨大な腹。飛翔するためではなく、分体らを指揮して動かすための翼。まるで精緻な硝子細工のように輝く巨大な二つの眼球。
悍ましい虫の竜。
『GGGGGG』
だが、生み出された竜には欠陥があった。
問題点はシンプルだ。無数の分体、目に見えぬほどの小型の竜達を遠距離から自在に操ることは困難だった。遠く行くほどにその制御は外れる。深層から、地上へと到達するほど離れれば、分体たちはその制御を外れ、極めて脆弱な、ただの魔物達に墜ちる。
中層の一角で、冒険者達に【毒階層】などと呼ばれ恐れ戦かれている迷宮地帯が存在するが、それが地上侵攻を目指した末端達の成れの果てであるなどという事実を人類は知りもしないだろう。
それでもなんとか地上へと誘導したとしても、その頃には、人体の防疫システムにすら殺されてしまうほど、貧弱な存在になってしまう。コレでは意味が無い。
結局この計画は頓挫した。毒竜は地上侵攻の尖兵から、極めて凶悪な深層の守り手、番兵としての役割へ従事することとなった。深層を訪ねてくる冒険者など此処数十年現れていない、などという事実は気にすることも無く、毒竜はその日もひたすらにその階層の守りを硬め続けていた。
だが、珍しいこともあるもので、その日は侵入者が来た。
それも、とびっきりに危険な侵入者が。
凄まじい勢いで、瞬く間に深層の階層を突き進む侵入者達。
纏う、濃厚なまでの太陽の気配。その尖兵、などという次元ではない。ソレそのものが地上から降りてきている。侵入者達からは決して感知できない大罪迷宮に備わった感知機能が最大限の警報を鳴らし、危機を伝えていた。脅威が迫り、主である大罪竜を狙っていると。
毒竜にもその警告は伝わった。
が、だとしても、その戦い方に何か変化があるワケでは無かった。毒竜は作り手の強欲竜と似ていた。己の責務に対して忠実だった。故にその緊急事態に直面しても尚、己のやり方に一切の変化を起こさない。
侵入者は超小型の分体で身体の内側から引き裂き破壊する。
それができないなら、大型の分体でもって引き裂き破壊する。
それのみだ。それしか与えられた機能は無い。故に迷わない。今この階層に侵入してきた、毒を受け付けない三体の侵入者を相手にしてもその通りの対応を取った。侮りでもなく慢心でも無く、ただそれしかやり方を知らないのだ。
「脅威に対しても対応を変えない真面目さは、一周回って慢心だわな」
そんな毒竜を魔王は嗤った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
毒竜をどのようにして攻略するか?
絶え間なく襲いかかってくる尖兵の竜達を片っ端から破壊しながら、三人はそのままの状態で話し合う。自分たちが立っている場所がまさしく毒竜のいる領域の射程範囲であり、コレより先に進むと更なる猛攻に晒されるデッドゾーンとなることを理解していた。
だが、打ち合わせを始めた直後、ブラックは鼻で笑った。
――連携もクソもない。ただ単に強いだけの駒が集まったら何するかなんて決まってる
なにするん?と、アカネは問うた。ブラックはニッカリと笑い、断言した。
――ゴリ押し。
楽しそうじゃの。とロックはカタカタと笑い、作戦とも言いがたい作戦が決定した。
『【骨芯分化】』
そしてまずロックは増え、
「【愚星】」
その死霊兵達にブラックは闇を纏わせ、
《【あかさびけんのう】》
その死霊兵達に、アカネが炎の剣を与えた。
「蹂躙開始」
ブラックの宣言通り、蹂躙が開始された。
『『『カカカカカカカカカカカ!!!!!』』』
死霊兵達は激しく骨をカチ鳴らしながら、炎の剣を掲げて闇の中へと突撃を果たす。握る炎の精霊の聖遺物を模した剣は死霊兵達の骨身を激しく焼き、砕く。次第に骨が黒ずみ灰の如く砕けていくが、そうなれば逆の手で柄を掴み、尚突撃した。
『GG!?』『GGGGGGGGG!!!』『G――――!!』
そして次々と襲い来る竜達と激突する。
闇の鎧は竜達の刃のように相手を引き裂く鉤爪を吸収するが、尚も骨の身体はあまりにも脆い。だが、死霊兵達は自身の身体が砕けても尚一切動きを止めない。身体が崩壊する寸前の有様で蟲のような竜に飛びつき、後続の死霊兵達に隙を作る。後から続く死霊兵達はその身体ごと、炎の剣を幾つも刺し貫いて、竜らを焼き殺す。
あまりに無法な戦い方だった。死すら厭わぬ兵達が、何もかもを喰らう鎧と、相手を瞬時に灰燼へと帰す炎の剣を振り回し、遮二無二突撃するのだ。おぞましい肉壁と毒と、飛び交う殺戮蟲竜。そんな地獄のような有様だった階層が、更なる地獄に塗り変わった。
まさしく雪崩のように突き進むその最中、ブラックは嗤った。
「いーーーーいいいねえ!こういうので良いんだよこういうので!!」
『たのしそうじゃのー!』
「おめーらもたのしいだろお!?」
『楽しいのう!カカカカカカカ!!』
《アハハハハ!!いけいけごーごー!!!》
そんな地獄のただ中を、人外三人衆は楽しそうに笑った。
炎の波は進む。慎重さなど欠片も無い。罠も、伏兵も、あるいは迷宮そのものの悪辣なる仕掛けすらも、全てが炎と闇に飲まれて消えていった。そして間もなくして、奈落の果てにたどり着く。
『――――――GGGGG』
「居たぞ。毒竜だ」
ブラックが指す先に、それはいた。肉壁の闇の底に、見るからに歪で醜悪な形をした蟲のバケモノ。毒竜と呼ばれる者がいた。翼は透き通って見えるほどに薄く、しかしその胴体は数メートルはあろうほどに肥大化していた。
《あれ、うごけるん?》
『あんな肥えてちゃあ無理じゃろうな……じゃが、ありゃあ――――』
不意に、死霊兵の軍団の一部で爆発が起こる。毒竜の兵達との戦いでは決して起こらなかった破壊の渦である。現在此方に襲いかかってきている蟲たちの姿を見るに、先程までと変化しているわけではない。戦い方も、超高速で飛来して引き裂くのみだ。
ならば、仕掛けてきているのは間違いなく毒竜本体だ。
『GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG』
翼をならしている。だが、それ以上に目立つのはその頭部についた巨大な二つの目だ。幾つもの細かな目が重なって出来た複眼がぎょろぎょろと蠢き、輝いている。ロックはそれが何を意味しているか察した。
あの複眼、一つ一つが【魔眼】だ。
『GGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!』
毒竜が叫び、同時に魔眼が炸裂する。
爆発、炎、氷結、石化。ありとあらゆる魔術現象を竜が1体で引き起こす。自壊しようとも前進を続けていた死霊兵の軍団の動きが止まる。毒竜の魔眼の無差別な破壊と蹂躙によって勢いが損なわれたのだ。
「ま、そりゃ【強欲】が産んだ竜だ。本体にゃあ魔眼くらい授けてるわな」
だが、それをみても尚ブラックは楽しげで、一切の余裕を崩すことはなかった。
『手伝うカの?』
「いーらね。お前等は邪魔な蟲ども焼いとけや」
《ばーべーきゅー!》
ブラックは毒竜へと向かって跳んだ。
炎の剣と、毒竜の魔眼の破壊によって激しく照らされた奈落の底の中であっても尚昏い。闇の星のようだった。
「【愚星・流星】」
纏う闇は強くなる。魔眼の力も、アカネの生み出す炎の剣すらも飲み込んで何処までも広がる。あらゆる力を飲み込んで食い殺す問答無用の力は、その勢いのまま墜ちていく。真っ直ぐに、毒竜へと向かって。
毒竜は、恐らく最後のその時まで何かしらの抵抗を試みたのだろう。真面目に、決められたとおり、絶望することも無く。しかしそんな最後の抵抗すらも真っ黒い闇に包まれ、何一つ見えなくなった。
『G――――』
最後、短い断末魔が闇の中から聞こえてきた。それが毒竜が地上に残した最後の痕跡だった。その断末魔を聞く者は、誰も居なかった。
ただ一つの存在を除いて。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『よく頑張りましたね。良い子。ゆっくりお休みなさい』
我が子の断末魔を、邪悪なる強欲の竜は聞き届け、別れを告げた。
『なるほど、魔王の坊やも来たのですね。ああ、全く、本気なのですね。アルノルド』
大罪迷宮深層 三十八階層、攻略完了




