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深層


 大罪迷宮グリードの深層の特性は、上層、中層と大差はない。


 一見して人工的な建造物のような作り、通路自体が薄暗く発光し道先を照らし続けている。迷宮の構造は常に一定の変化を続けており、日を跨がずして変貌する事もままある。そういった特性は全く変化はしていない

 だが、「特性は」という話であり、中層に慣れた冒険者が、その勢いのままに深層へと足を進めると手ひどい洗礼を浴びるはめになる。


 特性は中層とも変わらない。違うのは”規模”だ。


 中層までの大罪迷宮グリードは、大小まばらな幾つもの部屋と、それを繋げる通路、そして下層へと続く階段と、迷宮自体のランダム性を除けばシンプルな構造だ。そのシンプルかつオーソドックスな作りこそが、大罪迷宮グリードが冒険者に好まれる理由でもあった。

 つまり、二次元的な構造なのだ。前後左右、いずれかの方角から出現する魔物達に気を払い、警戒する必要があるのだ。時折天井にへばりつくような奇襲を仕掛けてくる魔物もいるにはいるが、多くはない。

 無論、全てが画一でそうなっているわけではない。中層の一部に存在する【宝石地帯】のようなイレギュラーなエリアが生成されることもあるが、基本的に同じだ。


 シンプルでわかりやすい。出てくる魔物も油断できる類いではないが、しかし、長年潜り続けてきた冒険者達は、その迷宮でどう戦えば良いか、そのノウハウが蓄積されていた。 


 では深層はどうなるかというと、迷宮の構造が「3次元的」になる。


 果てしなく底に抜けたような大穴が開き、内部が複雑化した多段構造の建造物が彼方此方に乱立する。しかも必ずしもその建物が真っ当な入り口ないし出口を用意してるとも限らない。グルグルと無限に続くような螺旋階段で下り続き、しかも下りきった先に次の階層への出口など存在せずどん詰まりな事もある。

 子供の粘土細工のような巫山戯たオブジェが建ち並び続け、距離感覚を徹底的に惑わせる。挙げ句の果てにその状態で迷宮構造がランダムに変化するのだ。中層ではまだギリギリ可能だったマッピングも殆ど通用しなくなる。 


 そしてその間にも当たり前のように魔物は出現し続ける。


 長く細い橋を渡っている間に奈落から這い出るように冒険者を狙い、幾層にも続く建造物の窓から落下してくるように飛びかかってくる。前後左右に加えて上下からも、まさしく全方位から魔物達が襲いかかってくるのだ。

 そんな様々な苦難を乗り越えた先で(運が良ければ)次の階層へと進める階段を発見できる。だが、言うまでも無く、先に進んでも安全領域(セーフエリア)が都合良く出現する可能性は低い。

 銀級冒険者で、深層に挑んだ者達の多くはそこまでたどり着いた時こう思った。


 「備えがあまりにも足りない」と


 彼らは熟練であるが故にすぐに悟るのだ。深層に至り、攻略するためにかかるコストが爆発的に跳ね上がったのだという事実を。ただただ二次元的に、魔物に対して警戒を払えばよかった中層と比較して、あまりにも警戒しなければならない方角が増えすぎた。


 突然三次元的な迷宮へと変貌し、それまで培ってきたノウハウをいきなり捨てさせられる。右も左も分からず彷徨う冒険者達に対して、魔物達は自分の庭のように、複雑怪奇な迷宮を駆け回り、自在に奇襲を仕掛けてくる。


 襲撃に耐え、散々に迷い、途中迷宮の変異にまで巻き込まれ、ようやく1層を攻略する。

 その頃にはもう、次の階層に進む気力なんて残されてはいない。


 上層は約十階層、中層は二十九階層まで続いた。では深層は?紅蓮拳王が到達した最長記録が三十九階層目までである。そこは最深層ではなくまだ先がある。より深く、より複雑化するのが想像に難くない。その先へと進むことが可能だろうか?


 銀級へと至った冒険者の多くは賢明で判断力も正確だ。

 その正確な判断力故に、彼らは正しく深層の脅威を推し量り、心折られるのだ。


 それでも、未踏の大迷宮踏破の名誉を望んで先を進んだ者達も居るが、そういった連中はそのまま帰らなかった。


 以上が、黄金級の冒険者、深層にて竜を討った【紅蓮拳王】の後に続いてグリードの深層へと向かう者が全く現れない理由である。


 無論、未だ誰も到達者のいない世界一の巨大迷宮だ。自分の腕では抱えきれないほどの大成を求め挑むのならばそれもまた良いだろう。

 だが、もしも両腕で抱え込めるだけの成功に満足できるのなら、足を止めることだ。深層へと挑む権利を手にした時点で、その夢は叶っているのだから。



                   書:黄金級へと挑んだ愚者の警文より抜粋




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 大罪迷宮グリード地下三十一階層、深層にて


「………ひっろ」


 ウルは小さく呟いた。

 ウルが立つその場所は大罪迷宮グリードが産みだした数十メートルはあろう巨大な塔、その頂上だった。奇妙なことに塔の上には何も無い。そこへとたどり着くための階段も無ければ梯子も無い。塔というよりも円柱に近いような代物だ。

 そんな頂上からウルは眼下のグリード深層の光景を眺めていた。まるで巨大な地下洞窟に出現した地下都市のような無数の建造物が乱立し、広がっている。下手すれば地上の大罪都市グリードにあるどの建物よりも、高く、大きな建造物が散見された。しかし一方でそれらの建物は何処か歪だった。本来あるべき場所に出入り口がなかったり、まるで途中ですっかりと作るのを忘れてしまったかのようにぽっかりと、建物の一部に大穴が綺麗に空いていたり、あるいは建造物のその上から全く別の建造物が伸びていたり。


 いびつ 奇妙 不安定


 グリード深層に足を踏み入れてから常にそれらの感覚がウルの感性を支配していた。直接的な魔術的な効能とはまた別のその感覚がゆっくりと確実にウルを蝕み、不快にさせた。このような場所一刻も早く抜け出したいと願うのは本心だった。


《ウル、聞こえるかい?十秒後に閃光玉を打ち上げる。見えたらすぐ移動して》

「りょーかい……休憩終わりかあ」

《さぼんなよにーたん》

「迷宮変動に巻き込まれた不可抗力だよ、許せ妹」


 だが、どれだけそう願おうとも、それが叶わない状況に今ウルは居る。

 通信魔具からの勇者と妹の声にウルは身体を起こし、竜牙槍を引き抜く。完全に破損し、スーアの手に渡り、その後ダヴィネの改修を経たその大槍は、彼自身の鎧と同じく白の刀身に黒い鋼が入り交じっていた。【破星】の鉱石を混ぜ込み、竜殺しの力を纏うようになったその大槍を構えると、ウルは姿勢を深くした。


 間もなく、ウルの視界に閃光が瞬く。


 魔封玉による持続する光玉の信号は、想像よりずっと遠くで輝いていた。危うく見逃しかねないほど、距離の所為でその輝きは微かなものだった。

 輝ける光をめざし、ウルは跳ぶ。同時に視界の先を魔眼で捉えた。


「【混沌掌握】」


 空間が歪む。ウルが掌握することでその場所は一切の他の運命の干渉を受けなくなり、固まる。何ものも干渉できない足場となる。それを足場にウルは空を駆けていく。

 先輩の銀級冒険者、ベグードの技の模倣だった。スムーズに繰り出すにはまだまだ鍛錬が必要になるが、移動時複雑な地形を無視するには便利な技として重宝していた。

 ただし、やはり付け焼き刃ではあった。故に咄嗟の時には即座に対応は出来ない。

 例えば、


『GYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!』


 空を覆うレベルの巨大な翼を広げた魔鳥が出現しウルめがけて飛びかかり、


「【天剣】」


 次の瞬間その巨大な怪鳥が【天剣】のユーリに真っ二つに切り刻まれ血の雨が降り注ぎ


『GYAGYAGYAGYA!!!』


 そのはらわたから、おおよそ二メートルほどの、粘液を纏った青白い肌の大蛇の如く長い胴体を持った芋虫が牙を剥き出しにしながら血の雨と共にウルめがけて落下して来たとしても、ウルは器用にそれを回避するのは困難だった。


「ひっでえな!!?」


 まさしく地獄である。故に、地獄なりの対応が必要となる。


「【狂え!!】」


 ウルめがけて落下を始めた芋虫は、途端に何の前触れもなく、怪鳥以上に無残な形で肉体をバラバラにして弾け飛んだ。

 緋色と青の血液が雨となって降り注ぐのをウルは固定させた空間を蹴って回避する。魔物達の血液に毒が含まれていないとは限らなかった為避けざるを得なかった。

 深層に踏み入れてから幾つかの魔物達と戦ったが、その誰も彼も、邪悪で不愉快で、悪意に満ちていた。回避できるものであれば決して指一本触れてはならなかった。


 血の雨の一帯から抜け出すと。不意に頭と背中に衝撃が来た。

 振り返ると何故か小振りの尻がウルの頭に乗っていた。


「のたのたとしないでください」

「何故俺を椅子にしてらっしゃる?」


 天剣がウルの頭を椅子にして載っていた。


「無駄に体力消費したくないのです。急ぎなさい」

「この姿勢の方がつかれません?」

「急ぎなさい」

「へい」


 あの魔鳥の襲撃からは助けられたので文句も言えなかった。

 更に空を駆ける。ユーリを振り落とす心配をほんの少ししたが、少しだけ視線をむけると全くもって、乗り心地の酷く悪いであろう此方の肩と背中に器用に足をかけているので気にする必要はないらしい。全力で空を蹴った。


 途中、視界の端で乱立した塔の幾つかがまとめて倒壊した。魔術が幾つかの連続した光を放ちながら飛び交っているところをみると恐らくは天魔があそこで戦っているのだろう。更にその反対では、巨人、背の翼を見るに悪魔種の類いが餓者髑髏とがっぷりと四つ組みになっている。ロックがこの階層で出現した巨大悪魔と戦っている。決着はまだ付かないらしい。番兵でも無いから、動きを封じるだけでも上々だった。

 ウル達とは別々の場所での戦い。だがどちらも気にしている暇もない。ウルは無視して前へと進む。


「到っ着!」


 閃光が光った場所へと近づき、着地する。背後で軽やかにユーリは飛び降りた。

 顔を上げる。視線の先にはディズにシズク、そしてエシェルがいた。

 正確に言うならば、四方八方、至る所から出現し、築かれた陣地を包囲する大量極まる悪魔種の大群の猛攻を迎撃する3人が見つかった。


「どこもかしこも地獄か?」

「てつだってぇウルゥ!!」

「そりゃ勿論――――」


 ウルとユーリが再び槍と剣を構えた。何処から切り崩すべきか考えていると、


「【眠り 爛れ 腐り 墜ちろ】」

『GAAAAAAAAAAAA――――――……』


 そこに、禍々しい魔言が悪魔達に降りかかった。

 悪魔達は、まるで命じられるまま、ぱたぱたと抵抗もなく地面に倒れ伏していく。眠ったように見えるが、次第に異臭を漂わせ始め、肉が崩れていく。瞬く間に腐敗していくそれらを見てウルは眉を顰めた。


「こんなとこでぐだぐだしてる場合じゃねえぞウル坊」


 ブラックが笑っていた。そのまま彼は広げた手の平を閉じると、”黒い影”が腐敗していく悪魔達を飲み込み、消え去った。跡形も無くなったようにその場から消滅したのだ。

 味方であれば、頼もしい限りだとウルは溜息をつくと、場に残ったディズへと視線を向けた。


「次の階層の階段は?」

「【天衣】が当たりをつけてたんだけど、さっきの迷宮変動があったから探索し直し」

「王さまは?」

「リーネ様の結界の内側に。無事です」

「つまり探索続行か……ロックが消耗する前にやらなきゃな……」


 たった一階層を攻略するだけでも随分な苦労だった。しかもこれが先に進むごとに悪化の一途を辿っているのだから気分も重くなる。


「王を待たせるわけにもいきません。急ぎますよ」


 そんなウルの弱気を察したのか、ユーリは鋭くウルに檄を飛ばした。


「了解……シズク、音によるマッピングを頼む。エシェルはシズクの守り。ディズ、アカネと一緒に天魔殿の支援を頼む。俺はロックの支援に行く」

「ウル坊。俺は-?」


 矢次早に指示を出すと、ブラックが問うてきた。ウルは口をひしゃげた。


「俺の言うこと聞く気あんの?」

「ない」


 ウルは中指をたてて、移動を再開した。


 大罪迷宮グリードの探索、及び大罪竜グリードの討伐作戦は、想定したとおり、非常に過酷で、困難を極めていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ユーリさんなんで頭に… いやなんでもナイデス ブラック君は好きにしなよ、ハンドミキサーみたいに事態を引っ掻き回すんだからー
[一言] 魔王の竜魔法こんな感じなんだ、やっぱり出鱈目な強さだな竜魔法 ウルのもそうだけど化け物専用の呪文だからか強力極まりない 本当に何故一応人間のままでこんな軽く使えるんだろうか ウルさんが空中戦…
[一言] 頭にお尻を当てようと気にしない天剣様よ
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