隠れ家と再会②
師との酒の席は続いていた。
ありがたいことに店主が以前来たときにウル達が好んでいた料理を持ってきてくれたので、ありがたく口にする。グレンは引き続き、奢りのタダ酒を容赦なく飲んでいた。
「しかし、ラース解放なんて紛れもない英雄をやったんだ。黄金級にもなって、満足しときゃいいのになあ」
「本当にごもっともだが、色々事情もある」
「は!今度は“世界でも救う気か”?」
グレンの言葉は冗談のように軽かったが、あまりにも正鵠を射ていたため、ウルは言葉に詰まった。グレンはその様を見て笑う。
「想像つくだろ。お前には妹って事情があったんだろうが、そんな動機がなかろうが黄金級っつーのは“冒険者のゴール”だぞ?」
ゴールにたどり着いても尚、やらなければならない事、という話になると、もはや世界をどうこうするという話に必然的になる。そのグレンの推測を聞いてなるほど、と、ウルは納得した。同時に、何というか改めて、とんでもない場所にやってきてしまったと頭が痛くなった。
「俺みたいに世界なんてほっときゃいいのに」
「ということは、グレン様にもそういう話が来たのですか?」
「だいぶ前からな…………あー、嫌なやつ思い出した」
グレンがそう言ってしかめ面になり、再び酒をあおり始めた。正直、気になる話ではあるが、つっこむと拳が飛んできそうなので黙っておいた。
「……まあ、正直うなずけるところもあるんだが」
――この地に理想郷時代を取り戻す
王が目指し、導こうとする世界の行く末。
――邪神を使って、太陽神を砕く
あるいは魔王が目指す、世界の果て。
どちらも、ウルにとっては脅威ではある。が、一方で自分事として未だに消化し切れていないのは事実だ。彼らの行いを「勝手にやっていろ」と貶す気はない。むしろ、この件を他人事のように感じているのは、ウル自身の危機感の無さが原因だ。
自分ではどうしようもないことだから、任せるしかない。という、庶民的な感覚がまだ拭えていないのだ――――とっくに、どうしようもないことなんて殆ど無くなっているにも関わらず。
だから、グレンの言葉は正直、心情的に頷けるところはある…………が、
「昔、アンタに言われて、言ったとおりだよ」
ウルは言った。
「俺は俺のために行動する。地獄に首を突っ込んで、そのまま首が刎ね飛んだって後悔はしない」
少なくとも、仲間達の窮地を、黙って見過ごすつもりはない。その一点だけはぶれるつもりはウルにはなかった。
「あーそうかい。だったら良いんじゃねえのか」
そのウルの言葉に、グレンは肩をすくめるとバリバリと皿ごと豆を口に流し込み、酒で飲み干した。
「力不足で死ぬことはあっても足下が見えなくなってすっころぶようなヘマはしねえだろうさ。精々死に物狂いで足掻いて死ねよ」
「お前は塩分取り過ぎて死にそうだがなグレン」
「うるせえオカンかてめえ」
空になった皿が飛んできたのでウルは受け止めた。本当に、鋭いんだか雑なんだか分からない男である。あるいはどちらでもあるのか、兎に角いつも通りだった。
そうこうしている間に、テーブルの皿が空き始めた。やや腹も満たされているが、追加で注文するかどうかとウルが考えていると、1階から声が聞こえてきた。
「――――いるって本当!?」
「親父さーん!教えてよ!?」
「――――じゃね?!」
どたばたという騒がしい声と共に、おそらく迷宮帰りの冒険者達が二階に上がってきた。その彼らの顔を見て、ウルは思わず笑ってしまった。
「ウル!!!」
「ウルだ!はっは!マジでいやがる!」
「シズクさん!!相変わらず美しい!」
「げえ!?グレンまでいる!!」
「全然変わって…………いやだいぶ変わったな!?」
「うーわ懐かし」
「皆様、本当に変わりありませんね」
1年前、ウルとシズクが駆け出しの時、【欲深き者の隠れ家】を利用していた際によく一緒に食事をとり、酒を飲んでいた冒険者達が集まってきた。たった1ヶ月ほどの短い間であったはずなのだが、彼らの顔を見ただけでウルは何故だか無性に嬉しかった。
期間は短かったが、過酷な駆け出しの一ヶ月、彼らとの付き合いは唯一の癒やしで、楽しかったのだ。
「何でこんな安酒場にいるんだよ英雄様!!もっと高いところ行けるんだろ!?」
「良いだろジャック。ここの飯、美味いんだ」
「そりゃそうだ!!ここの親父の料理は最高だ!!」
「ダンジ様、元気そうでなによりです。本当によかった」
「シズクさんにまた再会するのを夢見て死にものぐるいで生き延びましたぁ!!」
「っつーかてめえなんでここにいるんだよ、ランニングどうしたおいこら」
「あ、ああ、許して教官、あ、オアーーーー!?」
「いやー!俺はお前らが出世するって思ってたゼ!」
「いや、どんな予言者だよ。誰が想像つくんだよこんな無軌道な出世」
「うふふふははは!二人とも元気でよかったわあ!!」
「何でアンタはすでに泥酔してんだ、ナナ」
どうやら、新たに料理と酒を頼む必要があるらしい、なんてことを思いながらも、懐かしき面々との再会を、ウル達は満喫した。
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「嗚呼~~アルコールに浸った脳みそで浴びる夜風は最高だなあ~~!」
「あんだけ飲んどいてよく元気だなアンタ」
「浄化魔術をかけましょうか?」
それから、たっぷりと宴を終えて、解散となった。
当たり前ではあるが、ウルにも他の連中にも明日の予定というものがある。完全に酒浸りになって明日に響くのは避けねばならなかった。(といっても、明らかに過剰なアルコール摂取を行った者が結構いたが)
「しかし、よくあんなに飲めたなグレン……」
「タダ酒なら無限に飲めるぞ」
「奢るなんて言わなきゃ良かった……」
「それで?お前等は明日これからどうするんだ?」
シズクは少し考え込むように指を頬に当てる。
「ひとまず、グリードで世話になった皆様に挨拶して回ろうかと思います」
「まあ、今日で結構な連中と顔合わせできちまったけどな」
「うーわ、くそつまんねえ予定だこと」
「お前の自堕落な生活と比べればマシだろ」
「うるせえな、俺は俺で新人いびりに忙しいんだ」
言動だけ聞くと実にアレな教官である。酒場での様子を見るに、ハロルのような例外を除けば相変わらず、あらゆる冒険者達から恐れおののかれているらしいが、いつかパワハラで問題にならんのだろうかと少し心配になった。
「全くいい大人がそのような様では行かんぞ!しゃんとせんか!」
と、そんなことを考えていると、背後から声がした。
振り返ると、まず巨大な胸板が目に入った。神官の法衣を身に纏っている。鍛え上げられた胴体に太い首、剃り上げられた頭。厳めしくも優しさを感じさせる顔。
だが、それよりもハッキリとした”異様”がその男の身体にはあった。
「うっげ……」
「まあ、グロンゾン様。お久しぶりで御座います」
「おお、銀の乙女よ!久しいな!お主のお陰でなんとか命拾ったわ!」
左腕を失っても尚、威風堂々たる姿をした天拳のグロンゾンがそこにいた。




