隠れ家と再会
大罪都市グリード西部地区。
【欲深き者の隠れ家】
行軍通りから少し離れた場所に存在する酒場の一つ。
出される料理も酒も質はよく、値段は手頃。故に、駆け出しの冒険者達がよく利用するし、それなりに成功を収めた冒険者達も、やはり引き続き利用する活気の溢れた店だ。店主が元冒険者であるため、理解が深く、時に進退に悩める冒険者達の助言をよく聞いていた。
多くの冒険者達から「親父」と親しまれている店主の男は、その日もいつも通り、一見無愛想な顔で、冒険者達を出迎え、仕事を続けていた。何一つとして変わらない、いつも通りの冒険者達の憩いの場。しかしその実、普段と違うことがあった。
店主が見事なポーカーフェイスで隠していたが、店の2階奥のテーブル、人目のつきにくいその場所に、とある客がやってきていた。
店主としては、以前と同じように対応してやりたかったのだが、「流石に迷惑がかかりそうだ」と言うことで人目のつかない場所に自分たちで移動した。
流石に客からの配慮を無碍にするのも憚られたので、店主は彼らの気遣いを受け入れた。代わりに、以前から彼らが好んで頼んでいた「日替わりランチ(おそらく、値段が一番手頃だったという理由なのだろうが)」でも持って行ってやるか、そう思いながら、彼はいつも通りの仕事に従事していた。
そして、店の二階では
「ラース領解放ねえ。へーすごいじゃーん。ほーんどうでも良い」
「一応あんたから経緯語れって言われたから説明したんだが、くそざつな反応」
「グレン様らしいですねえ」
自身が冒険者になる為の基礎的な訓練をしてくれた師匠、恩人であるグレンに対してこれまでのざっくばらんな経緯を説明したウルは、想像した以上の適当な応対に苦笑いがこぼれた。
積もる話もあるだろうから。と、気遣ってくれた仲間達にも申し訳なさが凄かった。
「酒の肴になると思ったんだがなあ、案の定無茶苦茶なことしかしてなくて一周回ってつまらんわ。金返せ」
「奢れって言って此処連れてきたよな。師匠殿」
「0からはなにも取り出せませんよ?」
「あーうっせうっせ。口ばっかうまくなりやがってよおクソガキども」
真っ黒な麦酒をごびごびと飲み干しながらくだを巻く。酒の相手として実に最悪な部類であるが、ウルもシズクも特に気にしては居なかった。彼と同じ酒の席につけばこのような様になることは知っていた。
だいたい一年越えの再会で、そもそも彼に冒険者としての指導を受けたのはたった一ヶ月ほどの実に短い期間だったが、彼の人となりはおおよそ理解できていた。粗野でサボリ魔で大雑把に見えて、まじめな世話焼きである。口でどう言おうが、この再会が喜ばしい事だと言うことは互いに理解していた。
何時死ぬかもわからない死線を幾つもくぐり抜けて、こうして再会を果たせたのだから。
「そっちはどうなんだよグレン。教官生活で面白い話でもなかったのか」
「ない」
「即答で御座いますね?」
「あのハロルってのは?」
「ドマゾ」
「情報量」
「まあ、希によくいる天才だよ。銅級に5ヶ月くらいで昇格してヤバい奴が出たって噂になってる。それなのに何故か俺の所に来るからあらゆる冒険者から奇異な目で見られてるってだけだ」
「さもありなん」
当人のかったるそうな言い草とは真逆のアクの強い話は続いた。
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「で、お前こっちわざわざ戻ってきてなにすんだよ」
これで何杯目になるのか。ジョッキを空け、少し赤らんだ顔で尋ねる。
「大罪迷宮グリード攻略」
「神殿と共同で行う、大がかりな攻略となるかと思います」
「おーおード派手なこった。精々頑張るこったな」
グレンはゲラゲラと笑う。他人事のように笑うが、実際ウルの挑戦は、グレンにとっては他人事だ。彼との関係は元教え子と元師匠であり、それ以上の関係ではない。
彼の素っ気なさにウルは文句は無い。そもそも彼の配慮を求めていたわけではないのだから。
「で、だ。アンタに聞きたいことがある」
「大罪迷宮グリードの情報が知りてえと?」
実に話が早かった。シズクがウルの言葉を引き継いだ。
「グレン様は大罪迷宮グリードの深層にて、竜の討伐を行ったとのことですね。その情報を知っておきたいのです。何せ、情報が少ないですから」
だろうな。とグレンは頷く。
「今のグリードに深層で活動してる冒険者はいねえ。最大で中層20階辺りか」
グリードは冒険者の活動は活発だ。【討伐祭】なんてお祭りを行うことからもそれはわかる。だが、大罪迷宮グリードそのものの攻略となるとやや話が異なる。
冒険者達、特に銀級まで至るほどの実力をつけた冒険者ほどその活動が慎重になる。自分の身の丈を弁えるからだ。無謀な挑戦などせず、リスクを犯さず、自分たちがもっとも稼げる狩り場での活動に終始する。
魔の総本山、竜が蠢き、大罪竜が眠る【深層】へとわざわざ足を踏み入れるような者は現れない。冒険者ギルドに残っている情報も驚くほどに乏しい。
深層の情報はほぼ未知だ。
そこで竜を討ち、黄金へと至ったグレンの情報がウル達には必要だった。
例えその情報が、グレンにとって苦い過去の記憶であったとしても。
さて、と、ウルがグレンの顔色をうかがうと、グレンは特に何か思うところみせるでもなく、ジョッキを空にして肩を竦めた。
「構わねえよ」
「良いのですか?」
快い返事だったが、シズクはそう確認する。その理由もウルは分かっている。彼が黄金級になった際、仲間や家族を失っている事を彼自身から聞いている。話すのは苦痛も混じるだろうと想像できた。
だがグレンは特に気にする様子もなかった。
「当時のことはとうに折り合い付けてる。今更気遣われたってなーんにも嬉しかねえわ」
「さいで」
で、あれば遠慮する事も無いだろう。グレンは塩味の炒り豆を幾つか口に放り込みボリボリと音を立てながら話し始めた。
「お前らももう、調べは付いてるかもしれんが、大罪迷宮グリードの竜は【魔眼】の竜だ。俺たちの復讐相手の眷族竜を殺すまでに幾つかの竜を殺してきたが、手ごわい奴は必ず魔眼を持っていた」
「魔眼……」
魔眼の竜。それはウルにとっても印象深い存在だった。
陽喰らいの時に遭遇した黒の合成竜。あれは純粋な竜とはまた別の存在であるらしいが、しかしその魔眼の脅威にさらされた記憶をウルは決して忘れてはいない。忘れようがなかった。
あのスーアを浚い、操った黒竜すらも、本家の強欲の竜ではなく、入り交じったが故にやや劣化していると聞いたときは絶句したものだ。そんな怪物とこれからウルは戦わなければならない。
「しかも場所は迷宮の深層、竜の本拠地だ。魔力切れを起こすこと無く、その魔眼で視野に映る全ての対象に対して魔術を放ち続ける。一体でも竜が居ればその階層は地獄と化した」
「対処法は?」
「魔眼所持者相手と変わらんよ。視野を潰す。魔眼自体を破壊する。消去。使えるものは全部使ったな」
それもまた陽喰らいでウル達が使った戦術と変わりは無かった。陽喰らい時は多くの神官、魔術師、冒険者達の協力によってそれを成した。勿論、抵抗されたし、全ての策が上手く通ったわけではなかった、それでも彼らの協力がなければもっと死人が出ていたのは疑いようがなかった。
しかし、”陽喰らい”とグレンの竜討伐とでは決定的に違う点がある。
「……ですが」
「そうだな。俺は仲間を大半失った。嫁も死んだ。相当な被害が出た。」
「……聞く限り、対策は間違っているようには思えなかったが?」
「そうだな。だが、”単純に手数が足りなくなった”」
陽喰らいと決定的に違う点。それは単純明確だ。場所が違う。
陽喰らいは迷宮から魔物達が溢れ、その襲撃を凌ぐ防衛戦だった。だが、今回は迷宮に此方から攻めるのだ。中に侵入できる人数は限られる。
陽喰らいの時のようにありったけの人材と物資をフル活用するような戦い方は出来ない。極めて限られた人員で、魔眼の猛威を凌ぎ続けなければならない。
ウルはここに至るまで幾つかの竜と接敵した。壊れかけていたとはいえ、大罪竜すらも打ち倒した。だが、それらとは全く別次元の問題と脅威が待ち受けて居るであろう事は想像に難くなかった。
今回は、“迷宮攻略”なのだ。無論、例外ばかりだろうが、その違いは大きい。
ウルもシズクも沈黙する。天賢王達がどのように動いてくれるかはわからないが、自分たちでなんの対策も用意しないというのはあまりにも危険だろう。事態を想定し、備える必要があった。
「んだ、お通夜みたいな顔しやがって、英雄どもが。もっと「まあ俺らならラクショーだがなーゲハハハハ」くらい言えや」
「それ、死ぬ奴が言うやつじゃねえか」
「んなこたねえよ。この前、ウチにやってきてイキり散らしてた新人も似たようなこと言ってたけど、死んでねえよ」
「死ぬ以外ではどうなったんです?」
「調子こいて余所の店で俺の悪口言い散らしてたらハロルにボッコボコにされて泣いて土下座ったらしい」
「尊厳が死んでる」
とりとめのない雑談は続いた。




