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なつかしき学び舎と勃発する地獄⑥


 チリチリと脳が焼けるような感覚に、ウルは顔をゆがませた。


 命の危機、窮地、絶望的な死の気配が掠める。そこに高揚感が湧き出てくる。どれだけ冷静であろうとしても抗いがたい、死の狭間で脳を駆ける血液の奔流。生きようとするが故に本能が与える倒錯した興奮が、ウルは心底嫌いだった。

 喜びという感情は、もっと平和的に得たいのだ。こんな地獄の底でしか得られないような麻薬めいた幸福感に酔いしれるなどゴメンだ。


 まして都市の中で師と殴り合ってそれを感じるなんて、大分人生を間違っている。


「っらああ!!」

「すっとろいぞおらぁあ!!」


 が、しかし、死ぬのだからやむを得まい。ウルは一切の加減を止めた。

 竜牙槍の刃を容赦なく、素手のグレンに振り下ろす。真っ当に考えれば、とてつもない非道にも思えるが、最早そんなことは微塵も考えない。実際、グレンはその素手で竜牙槍の刃を弾き飛ばすのだから、躊躇しても仕方が無い。


「やっぱどこが魔術師だてめえ!?」

「やかましいわ!!強化した拳で殴った方がはええんだよ!!」

「脳筋エセ魔術師!!!」

「だったら勝ってみろ貧弱戦士が!!」


 無茶苦茶を言いやがる。と、思いながら、クビを掻き切り、眼を突き、腸を引き裂かんと斜に振り下ろす。その全てにグレンは即座に応対した。その隙を縫うように、頭をかち割らんと蹴りを振り回し、拳をたたき込んでくる。

 リーチの差をものともしない体捌きにウルは歯を食いしばる。繰り出された蹴りを受け止めると、その反動でグレンは距離を取る。

 距離は不味い、と、ウルは竜牙槍と矛先をグレンへと向けた。


「【紅蓮よ、吞み干せ】」

「【混沌掌握、螺旋と化せ】」


 距離を空けたグレンが放つ灼熱の炎を消し飛ばすために、咆哮を打ち出す。大罪竜の超克を経て更に成長した魔導核の咆哮は、グレンの炎すらも飲み込んで拡大し、グラウンドの地面を抉り、掘り起こし、吹き飛ばす。うっかり打ち間違えれば冒険者ギルドを破壊しかねなかったが、幸いにして、周囲を覆う結界が、それを防いだ。


 頼りがいのある仲間がいて嬉しいなあ!!!


 と、やけくそ気味にディズとリーネの二人に感謝を告げながら、咆哮を更に振り回す。熱光の螺旋にグレンを巻き込み、轢き殺す為。


「おらぁ!!!」


 グレンの姿を捉え、なぎ払うようにして光線を振り回す。が、次の瞬間、グレンの姿はかき消えた。陽炎のように、消えて無くなる。幻影!!と、気づいた時にはもう遅かった。後衛でウルの支援に回ったシズクの、更に後ろに回られていた。


「後衛は守れっつったよなあ!!」

「覚えてらぁ!!!」


 そこにウルが割って入る。灼熱の炎がたたき込まれ、ウルの身体を焼く。魔術の炎は蛇のようにウルへと伸びる。その首に巻き付き、焼き、絞め殺そうとする。


「【狂い、爆ぜよ】」


 それを、たった一言でウルは消し飛ばす。


「【【【氷よ】】】」


 そしてその隙を狙うように、シズクが結界の内側で、張り巡らせた無数の銀の糸から、シズクの声が反響して響く。膨大な量の【氷棘】が出現し、一斉にグレンに突撃した。グレンは詠唱も唱えず、その場でぐるんと身体を回し、一瞬にしてそれらを蒸発させた。

 だが、


「ほお?」


 グレンが放った熱によって溶けた氷棘は一気に蒸気となって周囲を包み込む。そしてそれを予期していたのか、ウルは即座に一瞬で結界内を埋め尽くす蒸気の中に潜り込み、距離を取った。


「【混沌よ、集え】」

「【水よ唄え、凍てつけ】」


 蒸気をウルが集め、シズクがそれを即座に再び凍てつかせる。合図らしい合図など一つも無いままに行われる、極めて高度な連携だった。氷塊となり、飲まれたグレンは、その中で尚、笑う。再び彼の周りの炎が、周囲の氷を消し飛ばそうとした。


「【揺蕩い】」


 だが、ソレよりもウルの方が早い。異形の右手を構え、力を込め、


「【狂え!!!】」


 握りつぶす。その瞬間、氷が一瞬で凝縮し、激しい音とともに砕け散った。その場で見学していた冒険者達全員が背筋を震わせた。氷の圧縮と共に、グレンがぐしゃぐしゃに圧死する姿を想像し、悲鳴を上げる者もいた。

 が、しかし


「引退相手に二人がかりとは大人げねーなクソ」


 その砕け散った氷の中から、ぼん、と拳を突き出して、平然と出てきたグレンは、しかしやる気を失い、そのままぐでんと砕けた氷の山をベッドに寝転び―――


「――――はいはい、まけまけー。つっかれた」


 なんともまあ、間の抜けた声で、敗北を宣言した。

 二人がかりとは言え、1年の時を経て、師匠越えを果たしたウルとシズクは、深々とため息をついて、疲労感と達成感を味わった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「あーしんど、だりー……引退した奴にやらせんなよこんなこと」

「頼んでねえ……と言いたいが、まあ、助かったよ」


 最早原型すら残っていないグラウンドの中で、面倒くさそうに座り込むグレンを前に、ウルは苦笑いを浮かべる。

 感謝すべきなのは間違いないとは思うのだが、なんというか、本当にやり方が雑である。新人相手でなくとも雑なのだから、もうこれはこの男の性分だろう。


「グレン様、すこし顔を上げてもらえますか?首周りを治します」


 二人とも怪我をしていたが、比較的無事なシズクが治療に回っていた。おとなしく座り込みながら、ウルはグレンを睨んだ。


「アンタ、本当に引退してんのか?嘘だろ」

「全くさび付いておりませんでしたね?」


 2対1とはいえ楽勝だったという気が全くしない。黄金級であることは分かっていたが、本当にめちゃくちゃだった。ウルの知る魔術師の概念がガラガラと崩壊するような感覚に陥った。


「毎日雑魚どもをしばきまわしたからなあ」

「新人いびってたら魔術の腕上がるのは驚愕だよ」

「師匠ぉー!」


 んなわけあるかいと突っ込みを入れたかったが、ソレよりも速く、声がすっ飛んできた。新人冒険者のハロルが、グレンに向かって元気よく飛びついてきた。


「んだよ」


 グレンが心底面倒くさそうに睨むと、彼女は立ち上がる。そしてウルとグレンを交互に見ると、心から申し訳なさそうな顔をして、ばっと頭を下げた。


「勘違いでした!!!ウルさんもごめんなさい!!」

「なにに謝られてるのかわからんの怖いんだが、何に対するごめんなさい?」

「二度とウルさんみたいな化け物になれるかもとか思いません!!!」

「罵倒されたんだが???」


 めちゃくちゃ無礼な事を言われた。が、それを問いただすよりも速く、更に別の方角からウルに向かって突撃をかます者達が居た。


「ウルゥー!!!」

《にーたん!!》

「おごほぉ」


 脇腹にエシェルが直撃し、顔面にアカネが直撃した。ウルは横殴りにぶっ倒れた。


「ウル死んじゃうか殺しちゃうとおもっだああ~~~~~~~!!!!」

「マジでいらん心配かけてすまん」

《にーたんにみんなひいとったで》

「悲しみ」


 見れば、冒険者ギルドの窓や、周囲の見物客のウルを見る目は大分アレであった。さもありなん、グレンと繰り広げていた戦いはどう考えても常識なんてどこぞにすっとんだ所業であった。ウルも1年前なら普通にドン引きしていた事だろう。

 ややいたたまれない気持ちになっていると、ディズとリーネ、ロックも周囲の結界を解いて、手を振ってやってきた。


「今度から地獄繰り広げるなら声かけてね?ウル。大変だから」

「フォロー本当に済まないが助かった、ディズ」

「私としては良いデータが取れて嬉しかったけど」

「お前はブレんな」

『カッカッカ!次はワシとやろう!全力勝負じゃ!』

「嫌じゃい」


 わいわいと、仲間達が集まりながら、ウルの所業をつつき始めた。悪いのは大体目の前の師匠だろうが、と言いたくもなったが、最終的に便乗することになったので否定もしがたい。

 そっちもなんか言え、と、グレンに視線をやると、彼は彼で、此方を観察するような顔つきで見つめてきていた。


「ふうん」

「んだよ」


 訪ねると、グレンは鼻を鳴らす。そして短く


「ま、上出来だ」


 それだけを言ったのだった。

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― 新着の感想 ―
色々持ちながらもここまで到達したのは眩しいよなぁ。 いい師匠だよほんと。
[一言] >ウルを見る目は大分アレであった ラストの権能まで使ったから残当
[気になる点] どう見てもウルくんのハーレム(一体は骨)だが色気が薄いの不思議。
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