なつかしき学び舎と勃発する地獄②
グリード訓練所 グラウンド
「まさか、また此処に立つことになるとは……」
グリード訓練所のグラウンドに立ったウルは、奇妙な懐かしさにおそわれていた。ここにいたのはたったの1ヶ月ほどの短い時間ではあったが、様々な思い出があった。
具体的には
ゲボが出なくなるまでグラウンドを走り回されて死にかけたり、
グレンに顔面に拳をたたき込まれて死にかけたり
武器の振り方を太陽神が隠れても尚続けさせられて死にかけたり、
魔物の座学テストで失敗した為に、魔物図鑑を読み上げながら走って死にかけたり、
色々あった。
「…………すげえな。マジでろくな思い出がねえ」
どれもこれも、思い出すだけで胃から喉に酸っぱいものがこみあがってくる。普通に肉体が拒絶反応を起こしている。ただのトラウマである。思い出さなきゃ良かった。
「よろしくお願いします、先輩!」
そして、ウルと対峙するのはハロルという若い冒険者だった。
「手合わせ!」
と、彼女が言ったのは、つまるところ、ウルと模擬戦をしたいのだと、そういうことだった。一瞬、「なぜに俺と?」と、本気で疑問に思ってしまったが、冷静に考えると、ウルは現在黄金級で、英雄で、冒険者達からのあこがれの存在という立場にいるのだ。腕試し、挑戦をされる立場に自分がいるのだ。恐ろしいことに。
「先輩……うーん」
残念ながらウルにはまるで、その自覚はないのだが。なんなら先輩と呼ばれる事にすら、違和感がすごい。未だ自分は新人なのではと思っている節すらある。そんなウルの戸惑いを見て、ハロルは首を傾げた。
「先輩、だと無礼でした!?ウル様、とかの方が……」
「いや、勘弁だ。余計に居心地が悪い」
シズクから呼ばれるのには慣れたが、他の者からそんな風によばれたら、全身がむずがゆくなって死んでしまう。というか周りからそんな風に呼ばれたら普通に怖い。
そうやって必死に首を横に振ると、ハロルはクスクスと笑った。
「なんか面白いか?」
「いや酒場で、年季を笠に絡んでくるヒト達とは全然違うなって」
「あー……」
ハロルはその若さで銅級の冒険者として認められている。そしてそれはコツコツと時間と実績を積み重ねて得たものではなく、ウルと同じような“ショートカット”をしたのはなんとなく、想像がつく。それくらい一目でわかるほどに、彼女は才気に溢れ、挑戦心に満ちている。
才能に溢れる若人、となると、嫉妬の対象にもされるだろうというのは想像ついた。
「先輩はどうでした?」
「そんなもん気にする暇が一瞬も無かった」
「カッコいいですね……!」
「マジで勘弁してくれ」
苦労話のつもりが普通に尊敬されそうになったので手を振って、槍を構えた。式典の為、竜牙槍は備えているが、流石に使わない。向こうも模擬槍を構えて、そして心底楽しそうに、軽快なステップを踏んで、笑った。
「胸を借ります!」
並みの冒険者よりも遙かに速い速度で、彼女は跳んだ。
「まあ、これも制御の練習か」
ウルはそれに応じて、槍を構えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「またウルが女の子を引き連れている…」
「いつものことではないでしょうか?」
「銅級のハロル…?あー……【閃光のハロル】?聞いたことあるわ」
『かっちょええ異名じゃのう?』
「最近グリードで頭角を現してきた冒険者だね。単身で上層に出現した【三首蛇】を討ったって噂だね。剣と魔術どっちもつかえるオールマイティ」
《おーちょーはやいな?》
「ん。才能のある冒険者だって噂になってるね。新たな銀級に昇格する日も近いってさ」
「……つまり、すごくまっとうな冒険者だってことだな!!」
「我々、真っ当ではないですものね?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
黄金級、【灰の英雄】
式典で、彼を遠目にパッと見たとき、ハロルの中に、彼への疑いが無かったかと言われれば嘘になる。見た目や所作に、ただ者ではないというオーラを彼はちっともまとっていなかった。ヒトが多すぎてそもそもよく見えなかったというのもあるが、“前人未踏の奇跡の偉業を成し遂げた大英雄”というとてつもなく華々しい経歴を考えると、ピンと来なかった。
ピンと来なかったから、無礼を承知で彼のところに直接押しかけた。ハロルの決断からの行動力はずば抜けて高かった。(結果、空気を読めないと失笑される事も多々あったが、彼女は気にしなかった)
そして、彼と直接言葉を交わして、「違う」と、彼女は漠然と理解した。
確かに一見すると、普通の少年に見える。自分と年もそんなに変わらない。自分の勢いに戸惑いを見せるところも普通。だけどなにか、“何かが違った”。“新星”と期待されるハロルの【直感】がそう囁いていた。
強いとか、経験豊富だとか、才能があるだとか、そういう自分の物差しでは計れない得体の知れないものが、彼の内側から放たれている。それを確かめずにはいられなくて、彼女は即座に「手合わせ」をお願いしてしまった。
「凄い!!」
そして、戦いを始めて、英雄の一端にハロルは触れた。
幾度かの剣と槍の交差で、ハロルは即座に見抜いた。きっと彼は、ヒトとあまりやり合った経験はない。冒険者を生業にしていた者にはありがちな、経験の偏りがあると。
それに対して自分は、実のところ対人経験が豊富だ。幼い頃からグリードの騎士団に潜り込んで、騎士達と一緒に訓練を繰り返していたからだ。
ならば、その強みを押しつけよう。彼女はそう決断し、得意の速攻で剣を振るう。その小回りの良さと、スピードを全力で生かす。狙うのは彼の槍だ。
当たり前だが、彼の肉体がどれだけの能力を秘めていようと、握っているのは何の変哲もない模擬戦闘用の槍でしかない。たたき落とすのも壊すのも、物理的に可能なはずだ。
そう思い、二本の剣で絡め取ろうとした。が、
「おっと」
「…………っ!!」
それを、彼は単純な力のみで、ふりほどき、彼女を弾き飛ばした。
いや、そうなるのはおかしいですよ???
力が込められないように、敵の握る武器のバランスを崩して弾く技である筈なのに、それを真正面から力尽くではじき返されるというのはどういう現象なのか。ハロルは一瞬、星空が脳裏に浮かんだが、気を取り直した。
懲りずに再び突撃し、今度はフェイントを入れながら、手首や肩、足など、動作の起点となる場所を狙い撃つ。
「そらよっと」
が、それを狙い、接近するよりも速く、槍が横薙ぎに振るわれた。
最初ハロルはその行動の意図が読めなかった。どう考えてもハロルとの距離は槍の刀身の外にいたし、牽制にしては乱暴が過ぎた。だが、
「――――!?」
暴風が起きた。流石に吹き飛ばされるほどの威力では無かったが、ハロルの身体のバランスが一瞬崩れる程度には強い風が、その一振りで放たれた。
ぐらりと崩れた足を立て直すのに、慌てて後ろに跳んで距離を取ろうとすると、そこに狙いを定めたように、ウルは槍を身構えていた。
「【突貫】」
「ッ!!!」
突撃が来る、と、理解して必死に横に跳ぶ。
先に反応できたはずなのに、回避がギリギリになる。単純極まる一直線の突撃なのに、その余波だけで身体がちぎれそうな感覚にハロルは悶えた。
ああ、コレは違う。
小手先の技だけではどうにもならないくらいの差がある。
徹底的に手加減されて、この様だ。
「おう!ハロル!やれやれー!」
「英雄様に一矢報いてやれ!」
「一撃入れろ!!」
いつの間にか集まりつつあった観客達の好き勝手な歓声も気にならない。目の前の状況に意識を集中し続けた。
灰の英雄も、此方への力加減になれてきたのか、徐々に攻撃速度が上がっていく。段々と、此方ではどうにもならないような、暴力の押しつけ方を身につけてきている。
ハロルはさらに笑みを深める。厳しい。楽しい。そしてまだまだ底が知れない。彼と会話したとき、彼から感じ取った「違い」を、まだこれっぽちも引き出せていない。
もっと、もっともっと!そうすれば、自分もいずれは、彼のいる場所まで――――
「おうこら、なにやってんだボケ」
その矢先、強烈なゲンコツが、ハロルの頭に振り落とされた。




