無職勇者と灰の介護人③
温泉で、ゆっくりとした一時――――には、ウルは残念ながらならなかったが――――を、楽しんだ後、さらに一通りいろんな土産店舗を巡った後、ウル達は茶屋に入った。いろいろ、見覚えのない商品名が並んでいたので、ひとまず「イチオシ!」とシンプルに書かれた茶と菓子を頼んだ。
「なんつーか、かなり甘いな」
《あたしすきよ?あまあま》
「トリアの流行だね。最近エンヴィーの生産都市から流れてきた茶葉を使ってる。苦手かな?やめておく?」
「まあ、飲めるよ。苦手で残すって発想はない」
《おかねだしてるしなー》
「ああ、そうだね。そうだったね」
一緒に出された甘さが控えめな茶菓子を口にしながら、茶をすすると、確かに相性はよく、楽しめた。正直言えば、こうした店に足を運ぶ経験自体、ウルもアカネも浅かった。当たり前だが金がかかる。足を運ぶ余裕なんて1年前までは絶無だった。
今、金に関して圧倒的な余裕が出てきてもなお、少しそわそわとした居心地の悪さを覚えるのは、貧乏性が抜けていない証拠だった。
「このジュースも試してみなよ。果実が沢山使われてて、アカネはきっと好きだよ」
《たーのむー!》
「飛び出すなアカネ。ちゃんと頼むから」
一方で、ディズは全くそんなことはなかった。休日の経験が浅いとはいっても、様々な仕事の過程で、あらゆる都市国を巡り、つきあいで色々な名産を口にする機会も多い彼女の知識は、ウルやアカネよりも圧倒的に上だ。
「まあ、わかっちゃいたが、教えるつもりが教えられるなあ」
リードするつもりがされてしまう。男としては、というとやや考え方が古いかもしれないが、情けない話ではあった。だが、そんなウルの心中を察してか、ディズもクスクスと笑った。
「いや、こうして連れ出してくれて、助かってるよ?私も」
「そうか?」
「うん、こう、特に目的地も無くぶらぶらするって、私一人だと絶対やらないし」
確かにそうだろう。その点はウルも同じで、「ぶらぶら」はなかなか経験したことが無かった。金銭的な、あるいは時間的な都合がつかなくて、そんなことをしている余裕が無かった。時間の浪費は、それ自体が、贅沢なのだ。
実際、もう少ししたら再び嵐がやってくる。今の、隙間のような凪の合間を、3人でただただ過ごすのはやはり贅沢だ。しかし、悪い時間では無かった。
「でも、やっぱり少し――――」
その時だった。店外の大通りから、幾人かの悲鳴と、野次馬達のざわめきが聞こえてきた。何か騒ぎがあったのだろうか。と、ウルが思うや否や、ディズはすっくと立ち上がる。その表情は、先ほどまでの優しげなものとも、朝一のぼんやりとしたものとも違う、鋭い、勇者の表情だ。
だが、そのまま、外に出ることはしなかった。
《ディーズ》
「分かってる。大丈夫だよ。今の立場で動くのはよくない」
現在の彼女には、七天のようにどの都市国だろうと好き勝手に動ける権限はない。その状況で、下手にトラブルに介入すると、ややこしいことになりかねない。勿論、彼女であれば上手くやるだろうが、それでも、無理はすべきではない。それを彼女は理解している。
とはいえ、少し座り心地がわるそうではあった。
「気に……は、まあならないわけがないわな」
「まあ、ね。こればっかりは性分かな。過干渉は良くないけど」
根っからの聖者。誰かの幸せを願わずにはいられない女。彼女のことはウルも尊敬している。アカネの件で拗れた事になっても尚、そう思える程度に彼女は気高い。だが、
「お前が、紛れもない傑物であることは認めるし、お前にしか出来ないことがあるのも認めるがね」
「うん」
「でも、お前がいなきゃ回らない世界ってのは――――」
――――なんだこの出来損ない。舐めてるのか?
不意に、脳裏に魔王の囁き声が反響して、ぞっと寒気がした。今、深く考えるべきではない。そう直感し、首を振るって声を追い出す。
《にーたん?》
魔術よりも、ずっと呪いだな、あの男の言葉は。
心配そうにするアカネの頭を笑って撫でながら、ウルはいつの間にかかいていた冷や汗を拭った。アカネと同じように、此方の顔色を見るディズに、何でも無いというように軽く手を振った。
「まあ、お前以外でも、仕事が出来る奴はいるだろう」
「うん、観光地なら、騎士団もトラブルにも慣れてるだろうしね…………っと」
ディズが外を見ると店外で、騎士団達が何やら喚いている男女を捕らえていた。ざわめきからひったくりの類いであったという声が聞こえてくる。一件落着、と言って良いだろう。
ウルは安心して前を向いたが、ディズは未だに視線をそちらに向けていた。彼女の視線は捕まった男、では無く、被害にあったと思しき少女がいた。よほど恐ろしかったのか、真っ青な顔になって、泣くことも出来ずに震える少女を見て、拳を強く握りしめるディズの顔は、どうしようもなく勇者の姿だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎ、太陽神の休む時間となった。
ウル達もまた、ウーガへの帰路につきながら、心地の良い疲労感に包まれていた。途中で温泉に入ったり、奇妙な見世物を皆で見たり、最初から最後までノープランで、効率良くとは言い難かったが――――
「ありがとう、ウル、楽しめたよ」
「良いさ。折角の貴重な休みだ。寝っぱなしは悲しいだろ」
《あたしもつまらーん》
「ゴメンね、アカネ」
二人が楽しそうだったので、良しとした。 これがスーアの告げた「謹慎」によって得られたものなら、感謝もしたいが、しかし疑問ある。
「……しかし、謹慎はいつ解けるんだ?流石に、グリード探索の時は解けるんだろ?」
「どうかな」
ディズは苦笑する。
「元々、私は他の七天の皆ほどの力にはなれない。グロンゾンが一時脱落して、回復はグリード攻略には間に合わない。残る鍵はユーリと私だ」
シズクは、あくまで補助であったため、鍵となるほどの魂の回収をしていなかったらしい。王とスーアが言うところの【色欲の鍵】は二人。
「そして、ユーリが前に出るなら、多分私は補助に回る。下手すると待機だ。鍵の両方を失うわけには行かないだろうからね。今回のタイミングで謹慎をスーア様が言い渡したのは、そういう理由もあるかもしれない」
ディズは僅かに、何かを堪えるようにそう言った。
彼女の言うことは、確かに間違いではない。グリードが恐るべき強敵であり、七天が新たに損なわれる可能性が十二分にある以上、鍵を分け、一つを安全な場所へ置く。
正しい判断。なるほど、確かにそういう選択は取られる可能性は高い。ディズもそれに対して、思うところあれど納得はしているようだ。
が、ウルは、軽く頭を掻いて、そして何かを決断するようにため息を吐いて、言った。
「だったら、謹慎中ウチのギルドに来ないか」
「ん?」
《え》
ディズとアカネが首を傾げた。
「七天として謹慎なら、俺たちのギルドから参加すればいいんじゃ無いかって話。七天として謹慎で動けなくても、ウチのギルド員としては動けるだろ?」
《ちょーへりくつ》
「屁理屈だよ。でもアルノルド王はあまり俺らに強くは言えない筈だ」
何せ、ウル達のギルドは外部の協力者だ。アルノルド王は自身の責務を半ば脅迫につかってまでウル達を引っ張り出したが、一方で、此方の関係をこれ以上損ねる事は出来ない。
ただでさえやや危うい協力関係を持ち込んだのだ。これ以上の無理な干渉をして敵対関係になれば、今回の戦いそのものが頓挫しかねない。
《かけもちってええのん?》
「いいんじゃねえの?元々ディズ、黄金不死鳥とかけもちしてただろ?」
「それはまあ、そうだけど………良いの?
「正直、無茶する抜け道用意するのもどうかとは思ったんだが……」
スーアがこのタイミングで謹慎を言い渡したのには意図があるはずなのだ。そこに抜け道を与えてしまうのは、“正しくは無い”。それは分かる。が、
「本当の修羅場になったら、待機だろうとなんだろうと、どのみちお前、飛び出すだろ」
《それはそう》
「否定はしづらい」
窃盗被害にあった少女の顔を見るだけで、“あんな顔”をするような女なのだ。世界の危機、仲間達の窮地を前に、辛抱する、なんてことが出来るわけが無い。良くも悪くも、彼女は聖者だった。その点では信頼がある。
だったら最初から、自分たちの身内として動いてもらった方が、変に後方待機するよりは動きやすいし、万が一の時はウルも彼女を助けやすい。
「実際、コレがほんっとうにダメなら、向こうから忠告が入るだろう。無いなら良いんじゃねえの」
《ざっつー》
「最終的に何の意味も無いかも知れないが、動くとき、躊躇わない理由が一つ増える分には良いんじゃねえのってくらいの話だよ。お守り代わりくらいに思っとけ」
ギルド長として、単純に即戦力の大型新人が入ってラッキーだしな。とウルはケラケラ笑った。ディズはそれでもしばらく悩ましそうな顔をしていたが、最後には肩の力をふっと抜いて、手を差し出した。
「よろしくしていいかい?ギルド長」
「よろしく新人」
《わたしもよ!》
「よろしく新人兼妹よ」
その手を取って、ウルは握手を返した。
こうして、本当の本当に紆余曲折の果て、家族を奪った簒奪者であり、世界の守護者であり、友人でもある勇者ディズが【歩ム者】の仲間となった。




