無職勇者と灰の介護人
竜吞ウーガ、来賓用宿、最上階ロイヤルルーム。
ウーガを訪ねる来訪者には貴賓も当然多い、先日の天賢王とその御子はいくらなんでも例外とはいえ、そうでなくとも、高位の神官が訪ねてくることはままある。そんな彼らに対しての客間の用意も当然あった。
ウーガの居住区画で利用できる土地面積は限られている。多くの建物は都市国の者と比べてもやや手狭であるが、ロイヤルルームは宿屋の敷地面積を贅沢に活用していた。選ばれし者のみが利用できるその一室の扉の前に、ウルは立っていた。
「……さて、アカネー」
部屋をノックすると、しばらくした後、激しい音とともに扉は開け放たれた。中から緋色の妖精が飛び出し、ウルに飛びつく。ウルは慣れた顔でそれを顔面で受け止めた。
《にーたんおっはー》
「ごふ、おはおは…………で、だ」
《うん》
ウルは部屋の中に入りながら、訪ねた。
「…………どうよ」
《しんだ》
極まって端的な妹の評にそぐわぬ、部屋の惨状がウルの視界に広がっていた。
部屋は荒れていた、というほどではないが、なんというかいろんなものが、使われて、そのままになっていた。開けば開きっぱなし、使えば使いっぱなし。兎に角あらゆるものが雑に放置されている。
無論、雑な利用者ならばこのくらいの適当な利用の仕方はままある話ではあるのだが、少なくとも今この部屋を借りている主にしてはあまりにも悲惨だった。
「【星剣】……これはそのままなのか」
彼女の武器や防具もそのまま置いてあった。流石にそれらは乱雑に放置されてる事は無かったが、普段彼女は忙しくともほぼ常時、フル装備で動いていたので、完全に外された状態で保管されているのは新鮮だった。
そしてその主は、部屋の奥の巨大なベッドで横たわり、来訪者のウルに気がつくと、ゆるゆると顔をあげた。
「お、おはよぉ……ウル……」
「無残が過ぎる」
ほぼ下着姿のディズが寝癖まみれで顔を出した。ウルは頭を抱えた。
「つーかジェナは?」
基本的に表には一切出ようとせず、常に陰からディズを支える女が、この惨状を完全に放置しているのはどういうことなのだろう、と、思っていると、アカネは複雑そうな顔をし始めた。
《ジェナな》
そしてそのままぴっと部屋の隅を指さした。
「…………!………………!!」
《レアなディズみれたってよろこんどる》
「そういやアレだったわこの女」
部屋の隅でなんかちょっと震えながら悶えてる従者に頭痛を覚えながら、ひとまず、ディズをベッドから引きずり出す作業をウルは敢行した。
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「いや、ひさしぶりに、まともにねようとしたんだ」
ベッドからなんとか引きずり出し、服を着せたが、それでもディズは少しぼうっとしていた。いつもの精彩さは見る影もないが、ウルはそれを指摘するのはやめておいた。
「そしたらねすぎた」
「どれくらい?」
《13じかん》
「水を飲め」
備え付きの水差しから水を差しだした。流石ロイヤリティというべきか、魔術にてよく冷やされていたそれを、ディズはこくこくと飲み干した。言われるがままである。
「しっかりしろ。リーネには見せられんぞ」
「うん、皆の前ではシャンとする。するんだけど……」
すべての水を飲み干して、少しマシな、それでも少しぼおっとした顔つきで、彼女はうなずいた。
「ゴメン。なかなかどうして、難しいね、休暇って」
スーアから告げられた「クビ」の一言。
正確には“謹慎”というシンプルな辞令だった。大分一方的な通告だったが、理由として【黒炎砂漠】での独断専行を挙げられると、ディズにも反論の余地はなく、その彼女に仲間を助けられたウルにも文句はつけられなかった。
結果、現在彼女は七天業務が禁止され、その権限も凍結状態にある。
《つまりむしょくね?》
「やめい。黄金不死鳥の仕事もあるんだろう」
《さいきん、ゴーファがディズきづかってしごととりあげた》
「……でも無職はやめておけ」
アカネの情け容赦ない指摘にウルはデコピンし、ディズは苦笑した。その様子を見るに、そこまで堪えている様子には見えない。そもそもスーアの命令にも納得はしている様子だった。
ここまでいきなり身持ちを崩すとは思えない。では何が原因かというと
「……あれか、本当に休み方がわからんと」
「わかんない」
わかんなかった。これはこれで重傷だった。
「というか、休日無しってわけじゃ無かっただろう今までも、流石に」
どれだけ七天が重要な業務であり、世界を守るために必要な作業であろうとも、休みというのは必要だ。ヒトは身体を休ませなければ死ぬようにできている。世界を支えるような重責を背負うならなおのこと、休暇の重要性を理解していないはずがないのだが……
「うん、ただ、今までのはこう……本当に身体を休ませるための休息でね」
「休息が、タスクの一環になってたと」
《にーたんみてこれ》
と、アカネが引っ張ってきたのは、なにやら高そうなお香やらが詰まったケースだった。なんだこれ、とウルが理解できずにいると、アカネが困った顔でうなずいた。
《ディズ、おやすみのじかんは、これをぜんぶつかってひたすらねるの》
「冬眠か?」
とりあえず、勇者が休暇の取り方が死ぬほどへたくそだという事実が判明した。
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「うん、心配かけてごめんねウル。明日には元に戻るよ」
水を飲ませ、軽く食事を済ませ、(そういった用意はジェナが済ませていた。本当に、必要な部分に関しては如才なかった)いくらか回復したディズは苦笑する。元に戻る。と宣言した以上、彼女は上っ面は元に戻るだろう。彼女はそういう女だ。別にそのこと自体はよいことだが――――この彼女の有様を見て放置するのはアレだった。
というか、少しはまともな休日の過ごし方を経験させた方がいい。ウルとて、のんびりとした休日なんて経験はそこまで多くはないが、彼女ほどではない。
「結局、今は暇なんだよな。めずらしく」
「そだね。鍛錬は続けてるけど、暇だ。そう言ってもいいよ」
なるほど、とうなずいて、ウルは立ち上がった。
「俺も今日は時間がある。一緒に外に出ないか」
現在ウーガはグリード領に入り、近場の衛星都市にて停泊中である。入国手続きも、ウルとディズならば多少の無理は通るだろう。そう思っての誘いだったが、ディズはまだ少し、ピンと来ていないようだった。
「外?」
「そ、余所の都市を少し歩き回らないか?」
「警備巡回でもするの?」
「……思い出してきた。そういやラストでもこんな有様だった」
誰かと遊ぶ、という経験が壊滅的であったということをウルは思い出していた。
《ディズってきほん、はこいりおじょうさまよ?》
「物騒な箱入りお嬢様もいたもんだ……ジェナ」
「はい、ウル様」
ウルが呼びかけると、いつの間にか復活していたジェナが即座にウルのそばにやってきた。そのままウルはまだ若干よれよれのディズを指さした。
「外出コーデにしてしまえ」
「了解でございます」
「いつの間にか主従関係出来てな――――」
次の瞬間、ディズはジェナに浚われるようにして、部屋着をはぎ取られて着せ替え人形と化した。その有様には視線をやらないようにしながら、ウルは伸びをして立ち上がった。
「んじゃ、デートいくかあ……」
《あたしもいくー!》
「両手に花ですね、羨ましい」
「子連れと介護ともいうがな」
甘酸っぱさとは無縁のデートとなりそうだった。




