天祈のお仕事、もしくは鏡の女王の狂乱⑤
竜吞ウーガ、ペリィの酒場にて。
ウーガには様々なヒトが来訪する分、その客層も多様だ。この酒場はどちらかというと現地住民向けの場所だが、それでも時折、よく分からない客がやってくる。
それらに対応するのも勿論ペリィの仕事だ。とはいえ、元々名無しのロクデナシ。高い地位のヒト相手の丁寧な接客というのはまだまだ勉強中だ。流石に、滅多なことでは来ないのだが、時折ふらりと、神官の制服を纏った老人やらがやってきたりするから肝が冷える。(気の優しそうなヒトに見えたがちょっとなんだかちょっと怖かった)
とはいえ、そんな日々も徐々に慣れてきた――――と思っていた頃だった。
「なあ、ウルよぉ」
「なんだペリィ」
常連客のウルと一緒に、ヤバいのが来た。
「その子…………いや、そのヒト…………その……御方……さぁ」
綿毛のようなふわふわの白い髪に、何故か両目を隠した金色の刺繍の入った黒帯、明らかな高位神官の制服に、ただ者ではないオーラ、更に言うと、時々ちょっと浮いてる。新作の氷菓子をもむもむと食べるとなぜかしらないがちょっと光る。
こんな特殊すぎる人物への心当たりは一人しかいない。が、
「親戚の子だ」
「親戚の子です」
「親戚の子かぁ……!!!」
ウルも当人もそう言ったので、ペリィは引きつる顔で全力で頷いて、業務に戻った。なにも考えないことにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おいしいです」
「そいつは良かった」
エシェルの鍛錬が一段落ついた後、「少しおなかがすいた」というスーアの要望に応えてウル達は酒場へとやってきた。食堂も考えたが、この時間はあまりにも来客が多すぎるので、此方を選んだ。(ペリィには申し訳ないが)
「さて」
ペリィにしては珍しい、実にシンプルで良作な氷菓子を食べ終わった後、顔を上げる。テーブルについているのはウル、エシェル、それとディズとアカネだった。残るメンツはなかなかに荒れ果てた訓練所の整備を行っている。
「エシェル、貴方には今回は封印措置を施しました」
「封印」
「やはり、もともと封印状態ではありましたが、改めて」
ディズとアカネ、そしてスーアの手によって、エシェルの背中から伸びた竜の翼は粒子となって消えた。封印をしたことによって、魔力体を維持できずに消滅したが、大本の力は未だにエシェルの中にあるらしい。
「少なくとも、プラウディアの魂が貴方に影響を与えることは出来ません」
「……まあ、なんというかほっといてもなにもしそうにない感じだったけど」
エシェルは何かを思い出すようにして虚空を見つめる。ひょっとしたらウルがラストたちに接触していたように、“中”で何かがあったのかもしれないが、今は置いておこう。
「そして、封印を解かない限り、虚飾の力もつかえない筈です」
「虚飾……ウルみたいには出来ないって事ですか」
「そもそも、大罪竜の魂を取り込んだからって、本来はその権能が使える様になるわけでは無いんだけどね」
スーアの説明に、ディズが補足した。エシェルは意外そうな表情になった。
「そうなのですか?」
「え、そうなの?」
「……いや、なんでウルが不思議そうにするんだ。ウルはあんだけ便利に使ってたじゃ無いか」
そう、エシェルが意外に思った理由はウルだった。
現在ウルは色欲の権能を自由自在に――――というにはまだまだ練習不足ではあるが、少なくとも何の制約も無しに使用できている。使ったことで、心身が削れるようなデメリットを被る事も無く、魔力を消費しても回復する。彼が現在怪物のような戦闘能力を有することになった一因でもある。
「そもそもウルは、あの力をどうやって使ってるんだ?」
「……勢い。おい、ヒトをそんな顔で見るな」
《にーたんったらいきおいでいきてるからなあ》
「しょうがないだろ、本当にそうなんだ」
歩くことを意識せずに出来るように、手で何かを掴むと言うことを当然のように出来るように、色欲の権能を当たり前のようにウルは使えた。こればかりは本当に説明しづらい。使えると思ったから使えたのだ。
だが、コレは本来であればおかしい。と、ディズは言う。
「例えばだけど、魔物を倒しても魔物の能力は得られない。わかるよね?」
「ああ、そりゃそうだ」
宝石人形を倒しても、皮膚は硬化したりしない。死霊兵を倒しても骨を操れるようにならない。怪鳥を倒したところで、空を飛べるようにはならない。だったら、竜を殺したって、それは同じだ。至極当然の話ではある。
「いくらか倒した魔物やその状況によって影響はあれど、魔力による強化は、自分の肉体の延長上の変化だからね」
魔力を吸収して得られる異能と呼ばれる様な力も、基本そうだ。
【超聴覚】や【魔眼】といった五感の強化はまさしく肉体の延長上といえる能力だ。【直感】【霊感】といった第六感も、あくまでヒトの持っている機能の成長、延長線上のものであるという推測が立てられている。結局、どれだけ魔力が伸びても、ヒトという機能の範疇からは外れない。
竜を倒したからといって、竜の機能が、突然身体に精製されるなんてことはありえない。
「竜化現象が原因だとは思いますが……ウルはヘンです」
《にいたんへんかあ……》
「兄ちゃん泣くぞ」
スーアとアカネの二人からヘンと言われるのはなかなか精神に来た。
「でも、私、確か、使ってたんだよな?虚飾……」
「ああ、それは俺も見た。」
その翼の詳細は恐らく少しの間直接やり合ったシズクの方が詳しいかも知れないが、あの黒い翼は間違いなく竜の力だった。触れるだけで伝わってくる悍ましい感覚は、間違いなくソレだった。
「貴方は貴方で特殊ですが、まだ説明はつきます。【簒奪】の力を貴方は有している」
相手の力を奪い、我が物とする性質。
邪霊として忌み嫌われる恐ろしい力。これが竜にも作用してしまった。ウルはかなり特殊な例ではあるが、一方でエシェルもまた、かなり特殊な例なのだ。
「竜の放つ気配にも嫌悪無く、竜の魔眼も使えてしまっている。ならば権能を司る魂すらも使えてしまうかもしれない……ですが、やはり、未調整の魂をそのまま利用するのは危険です」
その為の今回の封印措置だ。色々と複雑な事情が絡んでしまったが、ひとまずは納得がいった。エシェルはスーアに頭を下げた。
「……ありがとうございます。虚飾とか以前に、魔本無しでミラルフィーネを制御できないとダメですね」
「とはいえ、もう時間もありません。魔本のガス抜きと調整も出来ました。グリードの探索であれば、魔本を使っても問題無いと思います」
「エシェルの力があれば、相当探索は有利に出来る。安心して」
今回の封印措置は、魔本の調整の意味合いもあったということのようだ。七天二人に保証され、エシェルは少し嬉しそうにした。実際、彼女の力が迷宮の中でも使えれば、利便性と応用に富む。恐ろしく役立つだろう。
「大罪迷宮グリードは、厳しい戦いになります」
改めて、というように、スーアはウルとエシェル、二人の鍵を前にして、スーアは姿勢を正した。
「父を助けてください。どうかお願いします」
そう言って、美しい所作で一礼を取った。立場上出来る最大限の敬意を前に、ウルとエシェルは真摯に受け止めて、頷くのだった。
「ああ、それと、ディズ」
「はい?」
「貴方、七天クビです」
それと勇者は七天クビになった。




