天祈のお仕事、もしくは鏡の女王の狂乱
ウルが朝、目を覚ますと、自分の寝ていたベッドに天祈のスーアが眠っていた。
「――――くぅ」
「……………………神よ」
ウルは神へと嘆いた。しかし何一つ状況は好転しなかった。
天祈のスーアは依然としてベッドで寝ている。すよすよと、心地よさそうに眠っている。ついでに言うとウルは半裸だ。つまり状況は最悪である。何の試練だコレは。
当然ながら、ウルはスーアに何かしら“おいた”をした記憶は無い。皆無だ。断言できる。昨日は酒を入れてなかったので確信がある。そしてスーアと昨日接触した記憶も無い。王と対談の後、スーアは王と共に帰還したはずだ。
つまりこのスーアはいつの間にか自分のベッドに潜り込んで眠っていただけである。
なんでだ畜生。
「いや、落ち着け、とりあえず服だ、服を着よう」
ウルは何一つとしてスーアに手を出していない。神に誓ってそうだ。が、しかし、この状況を他人が見たら果たしてどう捉えるかは分かったものでは無かった。最悪、いらん邪推をしかねない。というかする。
ウルという存在は現在治外法権だ。前代未聞の英雄という箔がついてしまった為に「何だってやりかねない」という悪い信頼がついてしまっていた。実際、勇者とベッドで一夜を共にしただとか、実は天祈といい仲であるだとか、竜呑の女王をたぶらかしているだとか、そういう噂が流れている(一部真実が紛れはいるが)。それを加速させるような状況は避けねばならない。
スーアを起こさないように(起きたら多分今よりややこしくなる)身体を起こして、音を立てず、なんとか自分の着替えの納まった棚へとウルは慎重に手を伸ばし――――
「ウル?起きてる、ちょっと見て欲しいものが――――」
その寝室の扉をリーネが開け放った。
「…………」
「…………」
リーネは無言になり、半裸のウルを見て、次にベッドのスーアを見た。そして、
「あんた、とうとう……」
「お待ちあれ」
本当に待って欲しかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
現在、ウーガの進路は大罪都市グリードである。
大罪都市エンヴィーの衛星都市で補給を終え、アーパス山脈を西から回り込むようにして歩みを進めている。通常であれば西からのルートは、途中、存在する【魔炎迷宮】地帯が道を塞ぐ。迷宮からあふれる炎が大地を絶えず焼き尽くすその一帯は、移動ルートとしてはあまりにも厳しい。誰も足を踏み入れられない。
が、そういった困難なルートもウーガであれば容易に踏み越えられる。強靱なるウーガの足が、炎で焼かれることは無い。【竜吞ウーガ】がいかに革命的であるかがよく分かる一例だった。
そんなわけで、大罪迷宮グリードへの進路は順調だった。
が、対して住民達は珍妙なる試練にぶつかっていた。竜吞ウーガ地下 2層目。ウーガ守護隊の訓練施設にて。その場には、ウル達【歩ム者】とディズ、アカネが揃っていた。(といっても、ロックは「おもんなそうじゃから体動かしとくわ!カカカ!」と適当に、そこらで訓練していた白の蟒蛇の戦士達とどつきあっている)
「で、今日はどのようなご用件だったので。遊びに来たとか言わないでしょうね」
ウルは、いつの間にか自分の寝室に潜り込んでいたスーアに問うた。しばらくの間、寝起きでぼぉーっとしていたスーアは、(その所為でリーネへの説明にかなりの時間を必要とした)ウルの問いに対してゆるゆると頷いて、応じた。
「それもあります」
「友達かな?」
「アカネとは友達になりました」
《なったよー!》
ウルと同じく目の前の状況に大分悩ましい表情をしていたディズの頭に乗っていたアカネが元気よく返事した。ぴょんと飛び出すと、そのままスーアの周囲を楽しそうに飛び回った。スーアも表情はあまり変わらないが、なんだか楽しそうに見える。
微笑ましい光景と言えなくもない。一方が王の御子で、もう一方が神殿に禁忌とされた忌み子であるという事実から目を反らせば。
「アカネは社交的だなあ……で、改めてご用件は?」
ディズが改めて問う。流石に、本当に遊びに来たわけではあるまい。スーアも頷いた。
「【鍵】の状態を確認しにきました」
鍵、この状況で鍵と言うと、勿論普通の扉の鍵ではないだろう。
「私と、ウル?」
「はい」
エシェルが手を上げ、スーアは頷いた。
鍵、【魔界】への鍵。大罪竜の魂の確認。それは確かに必要で、ウル達にはどうしたら良いか分からない問題だった。魂は魔力の貯蔵器官である。というのは知識として知っているが、それ以上の理解は無い。
「そもそも、鍵と言われてもよく分からないんだが……私たちは、もう持ってる?」
「魔物を倒せば魔力は回収できるでしょう。それと同じ」
魔物を殺す。魔力を魂が吸収し、肉体が強くなる。この世界で、魔物との戦いを生業をする者達ならば当然の常識。ウル達も当然、知っていることではある。だが、そうなると
「でもそうなると、竜の魂も吸収されてしまうのでは?」
リーネが手を上げて、問うた。竜も、そのプロセスをたどるとすると、自然とそうなるように思える。だが、スーアは首を横に振った。
「いえ、竜の魂は極めて強固です。いくらかの余剰分は【超克者】に吸収されますが、その大半は崩れず、残ります」
「なるほど……」
つまり、その残った魂が、魔界への鍵と言うことになる。少し理解できてきた。次に手を上げたのはエシェルだった。
「でも、竜なんてとんでもない存在の魂、その、なんというか……あふれたりしてしまわないのでしょうか……?」
魂から、あふれる。
奇妙な表現であるが、なんとなく言わんとしていることは理解できた。竜という強大な存在の、その魂を、まるまま吸収して、器に蓄える。簡単にできるとは思えなかった。
「そうですね。ですから、そもそも、魂の器を十二分に強化できていない者は、超克者たり得ません」
例えば、ただ、大罪竜の超克時に、傍に居ただけでその魂を受け止めることは出来ないのだとスーアは言う。
「我々七天は、人類の限界までの強化は行っています。ラストの超克者となったディズは問題ありません」
ディズへとスーアが視線を向けると、彼女は頷いた。そして次にウルとエシェルを見る。
「ですが、貴方たちは、そうした準備を整えた訳では無い。イレギュラーに近いのです。なので点検に来ました」
確かに、それはその通りだ。七天達は恐らく、計画の進捗にかかわらず準備はしていたのだろう。が、ウルもエシェルも、別に竜の超克を目的に今まで戦ってきた訳では無い。特にエシェルは、半ば偶然そうなったに過ぎない。本人がまるでケロっとしているが、ふとした拍子にえらいことになる可能性は十分にあるのだ。何せ竜の魂なのだから。
「まあ、専門家に見てもらった方が頼もしいわな」
「よ、よろしくお願いします!」
「まかせなさい」
スーアは自信満々に頷いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「よくわかりませんでした」
「おいコラ」
ウルは暴言を吐いた。




