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色は嗤い、怒は眠る③


 突然出現した第三者にウルは混乱した。

 混乱している最中も、ラストの叫んだ言葉が頭の中で反響した。


「らーす…………ラース!?」


 ラース、憤怒の大罪竜ラース。確かにその名をラストは口にした。

 それは間違いない。が、しかし、だ。


「これが!?」


 ウルはほぼほぼ幼子と大差ないレベルの小柄なラースを掲げてラストへと問うた。ほぼほぼ幼児のような姿をした、髪も肌も真っ黒な子供を高い高いしているような状況になった。ラストはぶらんと掲げられて足をパタパタとさせているラースを見て、頭痛を堪えるように顔をしかめた。


『災禍の竜を   雑に掲げるな   腹立たしい』

『…………』

『お前は  お前で   なにを  されるがままに   なっている  泣き虫め』


 ラストに詰められるが、ラースは特に返事は無かった。その内ぶらんとされるがままにウルに持ち上げられるままになった。その仕草がますますもって竜というよりも子供のソレであった。

 ラストはラストで幼くなっているが、こっちは更にだ。


「いや、だってお前……なにがあったんだよ」


 ウルの記憶にあるラースは、あの遺骸の中で出現した、黒い灼熱の血を吐き出しながら狂乱するヒトガタの姿だ。今でも思い返すだけで寒気を覚えるような狂態だった。それがなにがどうしてこうなったのか?


『…………   破損箇所の  大部分が  パージされ   修復状態になった』

「なんて?」


 単語は分かるが、結局なにを言っているのか分からない。ラストは心底面倒くさそうな顔をして、イライラと歯ぎしりしながらも言葉をつづけた。


『だが、   我のような  完全な   継承機能は  元よりない   』

「あー……つまり?」

『生まれ  なおした   ような   ものだ』


 やはりさっぱり分からなかったが、たぶんさらに疑問を投げつけたら怪光線が飛んでくるのでウルはやめた。ラスト以上に幼くなったということなのだろうか。と、なんとか解釈しながら、抱えたラースを此方に向けてみる。やはり身体の各パーツはやや曖昧だ。子供のような大人のような、男のような女のような、ハッキリとしない。

 あの、ラースの遺骸の中で見た、悍ましいヒトガタの面影がかけらもなかった。


『…………あー』

「なんだ」


 ラースはラースで、されるがままに掲げられた状態でじっとこちらを見つめてきた。何か言うことでもあるのだろうか。と、そのまま待っていると。


『なまえ』

「ウルだが」

『うる』

「そうだ」

『うる、うる…………』


 応じる。質問したラースはその答えに対して、特に大きく反応を示すわけでもなかった。ウルの名前を幾度か繰り返していたが、そのうち


『…………――』

「おいっ!?」


 かくんと、突然全ての力が抜けたようにがくりと頭が倒れた。何かの異常か!?と、咄嗟に顔をのぞき見るが、ラースに主だった変化はなかった。ただ、口をぽかんと開いていた。そして、


『――――すぅ』


 そのまま寝息を立て始めていた。


「寝たが……!?」

『我に   言うな  』 


 ラストは心底面倒くさそうにそう言った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『ラースは 今は休眠 状態だ   だが、  貴様が喧しいので  起きてきたのだ』

「早寝したらパパとママの声が聞こえてさみしくなって起きちゃった幼児的なアレ?」

『おぞましい   例えを   するな  』


 寝落ちしたラースは現在、虚空から出現したベッドの中で横たわり、眠りについている。やはり身体の構築する部品は曖昧であるものの、その仕草は眠る姿は幼い子供のものと大差なかった。それを横たえたウルは、なかなかに複雑な表情でそれを見つめる。


「……こんなのが、ラースを焼いたのか」


 かつて存在した栄華の大地。ラース領。イスラリアでプラウディアに次いで繁栄したという、精霊の信仰が最も豊かだった自然豊かな土地。それらを跡形も無く呪い殺し、跡形もない砂漠の海に変えて、今日までずっと世界を焼き続けた呪いの黒炎の元凶そのもの。

 さらに言うならば、焦牢でウルの仲間達、彼女の命、そしてウル自身まで蝕んだ全ての源だ。

 そんな、恐ろしい元凶は、今、ウルの前で無防備に、子供のように寝こけている。


『恨む  か ? 今なら  晴らせる  ぞ?』


 そんなウルを、嘲り、嘲弄するようにラストが問う。ウルの内側にずっといたのだから、ラストとて、ウルの状況はある程度把握しているのだろう。ウルの憤怒を擽るような言い方だった。


「……好き好んで呪いを振りまくような邪悪なら、怒りもぶつけたかもな」


 思うところ無いかと言われれば嘘になる。

 だが、あの時の、苦しみの中で藻掻き、助けを求める声をウルは聞いた。あれが幻聴でも無いのなら、ラースはただただ地上に災厄をまき散らすだけの呪いの竜とは別の側面があるのだろう。その背景をなにも知らぬうちに、拳を握り固める事が出来るほど、ウルは単純では無かった。


『…………』


 少なくとも、何か、とてつもなく重く苦しい鎖から解放されたように、穏やかに眠り続けるラースをたたき起こそうという気にもならなかった。


『ヘタレ  が』

「まったく、返す言葉もねーよ……っと」


 そんなことをしている内に、不意にウルは身体が軽くなっていくのを感じた。まるで水面のそこから引き上げられるような感覚で「時間切れ」になったのだと理解した。


「そろそろ起きるわ」

『さっさと失せよ』


 結局、当初の目的はあまり果たせなかった。その点は手伝ってくれたディズには大変申し訳ない。が、この竜達が「敵」では無く、憎かろうが、罪深かろうが、今後、どう足掻こうとも長く付き合う事となる「同居人」であると知れたのだけは、前進と言えた。

 意識が浮上する寸前、最後にベッドで眠るラースと、竜殺しから解放され玉座にふんぞり返り続けるラストへと軽く手を振った。


「じゃーな。次は土産でも持ってくるさ」

『なら  次ぎ来るまでに勇者でも啼かせろ   嗤ってやる』

「無茶言うな下ネタクソババア」


 最後に思わず暴言を言い放った瞬間、ラストが座っていた玉座がすっ飛んできて、ウルの意識は途絶えた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「いてえなクソババア!!!」


 ウルはベッドから飛び起きた。


「うわ!?」

《どしたー!?》


 身体を起こすと、すぐ側でウルを抱えていたディズと、ウルの胸をベッドにしていたアカネが驚き飛び上がった。ウルは周囲を見渡し、今自分が自室に居ることに気がついた。


「ウル、大丈夫?夢の中で殺されたりした?」

《にーたんいじめられたか?》

「いや、大丈夫だ……多分」


 顔面がひしゃげるような勢いで家具が顔面に叩き込まれた筈なのだが痛くもなければ顔も潰れてもいなかった。安堵すると、そのままラストとの接触を手伝ってくれたディズを見た。


「どうしたの?ウル。ラストと接触できた?」

「出来た。出来たんだが………」


 むにむにとウルの頬をつつくアカネを撫でながら、ウルはディズに尋ねた。


「ディズ、ホラー小説とか興味ある?」

「本当になんの話???」


 とりあえず悲鳴を上げさせるのは試みてみることにした。



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― 新着の感想 ―
[一言] つまりラースが起きれるようになったら憤怒の力も使えるようになる?
[一言] やっぱディズ可愛い、こっちが正統派ヒロインでは?
[一言] 自分の内側でギャルゲしなきゃいけないの大変そう… 絆されてウル→ラストの好感度が上がりすぎるとr18になってしまう
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