各々の消化と選択③
ウル宅。
朝の騒動を経て、各々相談のために散っていったが、家の主であるウルは当然、そのまま家に残った。外に出て気晴らしに行くのも考えたが、そうする気力もなかなか沸いてこなかった。
「……ふう」
「大丈夫ですか?ウル様」
《つっかれてんなー》
ウルと共に残ったシズクに背中を撫でられて、アカネにペシペシと鼻を叩かれる。アカネの攻撃はこそばゆいが、振り払う気にもならなかった。
「そーだな。疲れた」
王の話は、想像以上に体力を消耗した。自分でもなんだか分からないくらいに、ウルは疲れ果てていた。
『カッカッカ!ため息ばっかついておると、老人みたいじゃぞ』
「喧しいわ骨」
そんな有様をロックは笑う。彼は別に、ウルのようにダメージを負っている様子は無かった。いつも通りかんらかんらと妙に小気味よい音を立てて笑うばかりだ。試しに、と、ウルは顔を上げた。
「どう思う。ロック。今回の件」
『特に何もないの』
「まあ、そうだわな。お前は」
全くもって、想像通りの答えだった。
彼にとって、今の余生は全てが娯楽だ。おぞましき竜達と戦うことも、賭場で遊んで金を失い笑うのも、彼にとっては等しい。全力で挑み、謳歌する。それが彼のポリシーで、全てだ。
だからブレない。頼もしくもある。が、今は参考にならなかった。そんなウルの心中を察してか、ロックは肩をすくめる。
『ま、ワシからお主らに言える事があるとしたら、己を見失うなってこっちゃの』
「ふむ」
『世界がどーこうと言われて、浮き足立ってもろくなことにならんぞ』
王からの依頼は、確かにあまりにスケールが大きい話だった。
一切の誇張でもなんでもなく、世界の滅びと、その救済の話だ。しかし、それを受け、どうするかを考えるのはウル達個人の問題だ。なるほどそこは見誤るべきではない。
「とはいえ、結局選択肢は無さそうだが……」
アルノルド王はウルに対してかなり直接的な脅迫を口にしていた。ラースの超克をウル単身で行ったが為に、ウルは替えの効かない鍵であり、故に必ず来てもらわなければならないと。
そう考えると、今こうして悩んでいること自体が時間の無駄だ。それは理屈では分かっているつもりだった。それでも、もやもやとした何かは未だにウルの中から消え去らない。
座り心地が悪い。姿勢が定まっていない。そんな気分だった。
「交渉の仕方によっては、ウル様の安全は確保できるはずですよ」
そんなウルを気遣ってか、シズクは新しく煎れたお茶をウルに差し出しながら、微笑みを浮かべた。
「大罪竜ラスト超克時の私たちのように、後方支援に徹するという手もあるはず」
『確かにあの時はワシら、大分楽させてもらってたものな?“最後以外は”』
「グリードの探索では、動ける全ての七天の皆様が集結される筈です。無理にウル様が出張らずとも良い筈です。同行のみなら、と、アルノルド王に交渉してはいかがでしょう」
シズクの発言はもっともではあった。王の話を聞く限り、彼がウルに望んでいるのは超克者としての鍵の役割のみだ。今のウルの能力ならば、七天の足下に追いすがることも可能かもしれないが、わざわざそれをする必要性は皆無だ。彼女の言うことも一理ある。
ある、のだが、
「…………んん」
「しっくりきませんか?」
「なんだろうな……なんというか」
うまく自分の心中を言語化できずにいると、うなだれるウルの頭にのっていたアカネが、ケラケラと笑った。
《あんぜんなとこいたって、どーせ、にーたんとびだすわよ?》
「…………あー」
『流石妹御じゃの?』
その指摘が、びっくりするくらい思い当たって、ウルは唸った。
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「結局、行かない選択肢は無く、行くなら戦うハメになると」
アカネによってあっさり指摘された事実によって、ますますウルの選択肢は狭まった。というか、最早無いに等しい。そう考えるとますますグダグダと考えるのは時間の無駄なのだが、それでもウルの心中は晴れない。
だが、その理由は少し分かってきた。要は、目的の欠落だ。
これまでは、アカネを救うという己のエゴに沿ってやってきた。焦牢に居るときも、究極的にはそうだ。どれだけその道が困難でも、自分の中でやるべき事が明確だったから、迷うことは無かった。
だが、今は、既にアカネの救済が秒読みとなっている。
というよりも、王が言っていたとおり、グリードの超克に同行する条件に、アカネの人権を報酬にするだけで良い。王も拒否はしないだろうし、ディズだって納得するはずだ。アカネにまつわる問題の解決は、過信でも盲信でも無く、現実だ。
つまるところ、次の目標が定まってない。
ゴールに突っ立って、呆然としているのが今のウルだ。そして、目の前に王の依頼という名の災害が迫っている。それに対するウルの今の姿勢は「どう凌ぐか」という半端な状態だ。その自分の姿勢が、ウルには気持ち悪かった。
分かっているのだ。「凌ぐ」などという姿勢でいては、確実に死ぬ。大罪竜とはそういう存在だとウルは思い知っている。
『っかー!全く、若いもんが暗いところばっか見よるの』
と、そんな状態を呆れてか、単に見飽きたか、ロックがカタカタと叫びだした。
「世界の滅亡間際っていわれてんだぞ。明るいところどこよ」
『何でも好きなものをくれてやろうガハハ!って王様いっとったじゃろう?』
《ガハハってたか?》
近いことは言っておったわい!とロックは叫び、行儀悪く椅子に足をかけて、拳を突き上げた。
『もっと欲望に忠実にならんカ!王の依頼達成の暁にはもうやりたい放題じゃぞ!』
「やりたい放題ねえ。好きなものたくさん食べれるとか?」
『しょっっっぼいのう欲望!もっとこう、ないんか!?」
そうは言われても、贅沢からは無縁の日々を大分長いこと過ごしてきた所為で、本当にイメージが沸かなかった。飢えること無く食事が出来て、ふかふかのベッドで眠れる生活で大分満足してしまうあたり、ウルは安上がりだった。
神官見習いのグルフィンの方がこういうのは得意かもしれない。
《あたし、ジュースのプールつくりたーい!》
と、ロックの話に乗ったのか、アカネは楽しそうに手を上げた。
『おー!いいのう!最高にアホっぽくて最高じゃ!!!全身ベタベタじゃ!!ならワシは魔石のプールかの?!』
《とびこんだらあたまうってしなへん?》
『死んで死霊兵になったら魔石食べ放題じゃな!!』
巨大な水槽に貯められた膨大な魔石を貪る大量の死霊兵達を想像した。普通に地獄絵図だった。
《えほんのとしょかーん!!》
『おうおうええのう!!国中の美女並べて酒池肉林とか…………は、良いか、お主は』
「まて、どういう意味だ」
《にーたんがおんなのこはべらせたら、じごくになりそうよ?》
『一人一人が厄災抱えてきそうじゃ。悪いことは言わん。やめておけ』
「勝手に話進めて勝手に哀れんで勝手に忠告すんの止めろ」
その後も、ロックとアカネが二人で笑いながら提案する子供のような夢の話を、ウルは半ば呆れ、半ば笑いながら聞き続けた。結局、しっくりくるようなものはなかったが、いつの間にか、全身にへばりつくようなけだるさは無くなっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『おっしゃあ!最強デンジャラスプールの設置位置見積もってくるわ!ゆくぞ妹御!』
《いえーい!!》
「王様の報酬でどれだけアホな事をするか会議」を続けた二人は、興が乗ったのかそう言った。テンションの跳ね上がりっぷりに大丈夫かこいつらと心配していたウルを察してか「同行しますね」とシズクが微笑む。
「さて……」
結果、ウルは一人残された。
正直言ってありがたくはあった。整理する必要があるとは感じていたからだ。
明日は仲間達ともう一度話し合いだ。その話を纏めて、白の蟒蛇のジャイン達とも話し合う必要がある。それなのに自分が半端な有様でいては不味いだろう。ちゃんと整理しておかなければならない。が、その前に、
「……なんか、腹に入れるか」
陽はとうに昇っている。アカネ達のおかげで緊張が解けたのか、麻痺していた胃袋が空腹を訴えていた。腹をさすりながら、ウルはキッチンへと足を向けた。なにか残っていれば良いのだが――――
「よお、ウル坊」
そのキッチンの窓から乗り出すように、魔王が待ち受けていた。
ウルは天を仰いだ。真新しい綺麗な天井が見えた。
「――――なにやって……いやマジで何してんだお前」
しかも魔王は何故か半裸だった。
「なあに、名誉の負傷って奴だよ」
魔王は何故か凜々しい顔で頷いている。が、ウルはこの手の態度に見覚えがある。ロックが時々やる仕草だ。この男が王との会談をほっぽりだして賭博場に遊びに行ったのを知っている。故に、尋ねた。
「残金いくらだ」
「すっかんぴん」
「失せろ敗残兵」
ウルは窓を閉じて、魔王を閉め出した。
「ひでえ!!」
「うるせえ帰れ負け犬!」
「ワンワンワオーン!!」
「プライドってもんがねえのか畜生!!」
侵入を果たそうとする黒い不審者とそれを防ごうとする家主の攻防は、侵入者側が大人げなく窓硝子を割ろうとしだすまで続いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「いやあ、お前の家に俺の着替え(勝手に)置いといて良かった!!持つべき者は友達だな!」
「どのようなご要件でしょうか?」
「友達が受付嬢みたいな応対してくる!」
「友達じゃないからな。で、なんなんだ、はよいえ」
結局根負けして、邪悪なる侵入者を家に招き入れる羽目になった事実に後悔を覚えながらも、要件を尋ねた。が、
「まあ待て待て、こんな話酒とツマミ用意しなきゃダメだろ……お、良い酒あるじゃん。グラドル産か」
「マジで帰れよお前……」
此方の問いをさっくりと無視して酒をあさる魔王に、ウルは本気で後悔し始めた。この状態から、本気で飲み会をおっぱじめて、のんだくれにのんだくれた挙げ句、なんの情報も落とすことなく帰りかねない。
相手が情報を求めていると察したら、嫌がらせのために自分の損得と手持ちの情報を暖炉に投げ込みだす男である。平時であれば本気で相手にしたくない。
が、今回は、興が乗ったのかなんなのか、適当な酒とつまみを探し当てると、ウルと向かい合って椅子に座った。
「よしよし、お前も飲め。ジジイのオゴリだぞ」
「俺の酒だよ……昼間から酒か」
「そうそう酔わねえっつったろ?ほれ乾杯乾杯。故郷を失った哀れなる我が国民達に」
「ああ、滅んだんだったよな。アンタの国」
「そうそう、50年目にして崩壊さ。うっけるー!」
「ウケんな」
雑にグラスをぶつけられ、口を潤して、塩辛い干し肉にかみついた。塩味は濃かったが、空きっ腹には良く効いた。とりあえず魔王の存在を完全に無視して口を動かすことに集中し、最後に口の中の油を酒で洗い流すと、前を見た。
「んで?本当に何のようだ。わざわざ王の前は避けて」
王の体調の話の時、スーアを気遣うように席を外して、そのまま会議から離席したが、この男はそこまで気遣いの出来るお優しい男ではない。王のように、全員の前で堂々と話せないような“わるだくみ”があるのだ。
魔王は早々にグラスを空け、新たに朱色の酒を注ぎ直しながら、笑った。
「提案しにきたのさ」
「提案?」
ウルが眉をひそめる。魔王は何のけなしにソレを言った。
「天賢王を裏切らねえ?」
「もしもしシズク?いますぐ天剣のユーリ様呼んでくれ」
「お前ばっか!天剣とかいっちばん話通じねえじゃん!やーめーろーよー!」




