各々の消化と選択②
ウーガ、食堂にて。
昼食前、ウーガの労働者達が詰めかけるまえの食堂はヒトの出入りも少なく、少し身体を休めるにはちょうど良いスポットだった。その場所の一角にて、
「リーネ、大丈夫かい?」
「……ええ、大丈夫、です。少し、ショックだったものですから」
勇者ディズと、リーネは席について身体を休めていた。
主に疲労していたのはリーネの方だ。普段、自分の研究についてはどこまでも貪欲で、無理矢理休ませなければ眠ることすら忘れかねないほどに活力にあふれていた彼女は、今日ばかりは、くたびれ果てていた。
「気持ちはわかるよ」
そう、ディズには彼女の気持ちは分かる。
王の話を、彼女のように魔術の理解深い者が聞けば、こうもなる。
「王は……」
しばらく椅子に身体を預けていた彼女は、大きくため息をつくと、そのまま意を決したようにディズに向き直った。
「王は、何故死んでないのです」
その質問を予期していたディズは首を横に降った。
「正直に言おう。分からない」
「分からない……」
「陽喰らいの儀、太陽の結界の負荷。彼はもういつ死んでもおかしくない」
イスラリア大陸に存在する全ての都市部の【太陽の結界】。人類生存の要。
だが、結界と言うことは、それの本質が魔術であれ、精霊の加護であれ、あるいは神の加護であったとしても、“行使者”は必ず存在するのは道理だ。当然それは偉大なる天賢王ということになる。そこまでは誰もが想像し、理解できる範疇だ。
だが「それをどうやって維持しているのか?」という問題を突き詰めると、曖昧になる。
魔力は大陸中の【祈り】を蓄えた神殿から使えばいい。維持する為のエネルギーは問題ないだろう。が、しかし、それだけで済む問題ではない。魔術の行使にしろ、加護の行使にしろ、行使者には絶対、負荷がかかる。
回避するための手段も確かに存在はしている。白王陣などはわかりやすい。陣に可能な限りの術式を組み込むことで、陣そのものに術者の代わりを担ってもらう。勿論、それだってノーリスクでは無い。陣を完成させる為に術者に負荷がかかるし魔力も消費する。陣を描くキャンバスそのものに対しても魔力消耗が起こる。
つまるところ、ノーリスクはあり得ない。絶対に。しわ寄せが行く。
特に、行使者への負荷は、どれだけの“誤魔化し”をしようとしても、無理が出る。リーネが白王陣の使用後にぶっ倒れかけるのもそれだ。今はそれをうまく“いなす”研究を続けているが、それでもしわ寄せを完全に消し去ろうとは思わない。出来ないからだ。
なのに太陽の結界は成立している。
あれだけの規模、あれだけの数の【太陽の結界】を、維持している。ありえないのだ。
だから、【太陽の結界】は神の業で、奇跡で、王は偉大だ。そういう“思考停止”が起こる。思考停止しなければ、あり得ない現実に向き合わなければならないからだ。
だが現実は、王もまたこの世界の法則から抜け出ていない。都合の良い奇跡など無い。
「バベルで結界の維持や負荷の大部分を軽減しても、それでも行使者は王だ。維持するための消耗や、ダメージを負ったときの衝撃、それらは王に向かう」
通常の結界と同様の現象は、実際に起こっている。この世界に存在する全ての結界の負荷を、王が一人、背負っている。ならばソレは、最早想像を絶するほどの負担となっているはずだ。
リーネが二の句が継げなくなった理由はコレだ。王が今現在もどれほど傷ついているのか、一流の魔術師として、その一端を理解してしまったが故だ。
「なら……どうやって、彼は今も平然として……」
「“根性”かな。本当に、私たちにとっては情けない話ではあるのだけどね」
精神論なんて本当に冗談みたいな話ではあるが、しかし、もう納得のいく説明を用意するならそれくらいしかない。冷静に考えれば、意識を保つのも怪しいような痛みと負荷が全身を襲っているはずで、実際そうなっている。彼の身体にはその傷が刻まれている。
なのに彼は平然としている。
超然とした、偉大なる天賢王。人類の信頼と、信仰を集める象徴としての役割を果たしている。
「無茶苦茶……」
「本当に」
この世界は王の威光によって、瀬戸際で守られている。その事実を改めて思い知らされ、打ちのめされた。
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「それで、どうする?」
此方を気遣ってくれたのだろうか。少し間を空けてから、勇者ディズはリーネへと質問した。どうする?という言葉の意味は勿論分かる。王の提案を受けるかどうかだ。
選択肢が無い。ように聞こえていたが、しかしリーネについては他のメンツと比べれば比較的、選択に余裕があった。
「君の今の力なら、間違いなく、大罪迷宮攻略の力となる。それは保証する。一方で君は、ウルやエシェルとは違う。超克者では無い。必ず行かなければならないわけではない」
リーネは、ウルやエシェルのような要ではない。
ディズが保証してくれたように、迷宮探索に向かえば間違いなく力にはなれるだろう。その確信はある。だが、活躍できるからといって、恐らくこの世界で最も危険な修羅場に首を突っ込む覚悟はあるのかと、問うてきている。
ソレは理解した。故に、
「行きます」
リーネは即答した。
「君の目的、白王陣の力の周知は既に成功している。それでも尚?」
リーネの現在の目的を十分に理解した上で、ディズは更に問うてくる。ありがたいことだった。それでもリーネは首を横に振った。
「私の目的は、白の魔女様の御業を、偉大さを伝えること。そして、白の魔女様の偉大さとは、力そのものではなく、その力をもって、多くを救った事」
精霊の信仰が支配するこの世界で、尚も白の魔女がラストで認められている理由は、彼女が数百年経っても尚、色褪せぬほどの偉業を成して、多くを救ったからだ。白の魔女の力の偉大さに、勘違いしてしまう者も多い。彼女の本質はその技術ではない。
「王の惨状を知って、保身に逃げれば、私は白王の誇りを未来永劫失うこととなる」
リーネはコレまでの活動で、その業の偉大さを世間に認めさせることは出来た。ソレは間違いない。だが、世界の危機を前に、我が身かわいさに逃げ出すのは許されない。誰であろう自分自身が絶対に許さない。
白王と、先祖の誇りを胸に抱き生きる。既にもう、そう決めているのだ。
リーネのその目を見て、ディズは納得したように頷いた。
「君のようなヒトと共に戦えるのは、頼もしいよ」
「私もです。勇者ディズ」
二人は握手を交わした。それは以前までのような一方的な敬意では無く、互い助け合える仲間としての握手だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おーい、今日の日替わりなんだった?」
「グラブタの揚げものだと」
「お、いいね。皆の分の席確保しておくわ」
そうこうとしている内に、徐々に食堂でヒトが集まり始めていた。がっつりと話を続けて、もうお昼時だった。ディズとリーネは目配せして、来客達に席を譲った。そのまま食事を取ってもよかったが、もう少し話を続けたかったからだ。
「そういえば、シズクはもう既に、皆様を手伝っていたのですね」
「陽喰らいで、対竜術式の有効性も示していたからね。眷属竜にも有効な能力を示す彼女の力を、遊ばせておく余裕は無かったってのは大きい」
それが例え、得体の知れないものであろうとも。
という言葉を、ディズは付け足さないようにした。が、しかし、流石にある程度は察したのだろう。リーネは眉をひそめる。
「……彼女に懸念が?」
「いや、大丈夫。ゴメンね?仲間を疑うような態度をとって」
「まあ、彼女は、ええ、身内相手でも油断できないですから」
「ソレは確かに」
小さく笑い合う。だが、ディズの心中のもやはまだ晴れてはいなかった。
シズクの素性は、ウルがいない間に、何度も改めた。結果としてやはり、昏いところはみつからなかった。冒険者として活動する以前の足跡は驚くほど薄い。しかしユーリと協力し、今日まで献身的に王の計画を後押ししてくれたのは紛れもない事実で、ラース騒動でも指揮を執り、ラース壊滅の主犯だった邪教徒クウも討っている。
その功績はケチの付け所が無い。だが、彼女のことを考えると、記憶がよぎる。
――――ディズ様、神に仇なす者、邪教徒を討ちました。
ザインから預かった刀を血に染めて、彼女は立っていた。
――――悲しいですが、必要な事。
使命のためなら、命を奪うことに躊躇いは無い。最早懐かしく感じる、カナンの砦攻略にて、彼女が宣言したとおりだった。
――――赦されない者です。生かすわけにはいきません。
白銀の髪と、緋色の血、邪教徒の首、それらを前に、彼女は無感情に立っていた。その姿に、不吉さを感じたのは、自分の色眼鏡か、あるいは経験からの直感か、判断出来なかった。




