各々の消化と選択
「待たせた、スーア。話は終わった」
「待ちました」
「すまない」
その後、外に連れ出されていたスーアも戻り、緊急依頼の説明は一区切りとなった。スーアは何やら魔王に買い与えられたのか、ウーガで観光客用に販売している菓子やら何やらを手に持っていたが、むっすりとしていて、王の下にすぐに飛んでいった。(文字通り)
ずいぶんと心配していたらしい。その理由も今のウル達には察することが出来た。
「っつーか魔王は?」
「面白そうな賭博所が出来てたから遊びに行くって」
「何しにきたんじゃアイツは」
と、そんなやりとりも経て、王とスーアはひとまず帰還することとなった。
先ほどまでの、世界の行く末に関わるようなとてつもなく重い会議を考えると至極あっさりで、まだまだ、詰めなければならない部分もあるにはあるのだが、二人の責務を考えると止むなしだった。
そもそもウル達も、今得られた情報を整理する時間は必須だった。
「朝から時間を取らせた。やりとりが必要であれば勇者に伝えてくれ」
「勇者は此方で引き続き待機をお願いします」
「承知しました」
「それと…………いえ、これは次回にお伝えします」
「? わかりました」
最後にそんなやりとりをして、二人は光に包まれ、転移した。
残されたウル達は、光が消え、二人が去って行くのを最後まで見届けた後に――――
「――――つ、かれた……!!」
がくりと、机に倒れ伏した。
本当に、死ぬほど疲れた。とんでもないモーニングとなってしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「それじゃあ色々と話し合いたい――――が、今得た情報を消化しきる前に話し合ってもろくな事にならない。ので、一度解散」
王達が去った後、ウルの宣言で、【歩ム者】一同もひとまず解散となった。実際、彼の宣言はエシェルにとってもありがたかったし、皆もそうだろうが、簡単に受け止められる情報ではなかった。
相談して、整理したかった。とはいえ、誰にでも今の話を出来るわけではない。スーアから事前に制約をかけられた。情報を共有できるのは身内のみ、話した相手にも影響する強い縛りだ。
故にエシェルが相談できるのは必然的に一人に絞られた。
「……また、大変なことになりましたね。エシェル様」
「本当に、そうなんだ……」
エシェルから説明を受けたカルカラは、複雑な表情を浮かべていた。怒りやら心配やら、不安やらなにやらが全てごたまぜになって、酷いしかめ面になってしまった。
なんというか、そんな表情にさせて申し訳ないと思うと共に、そこまで此方を想ってくれていることが、エシェルは少しだけ嬉しかった。
「その……カルカラは、どう思う?」
「私は、貴方の望む事を支持するだけです……ですが」
そう言って、少しだけ躊躇うように沈黙し、そして向かいに座るエシェルの手を強く握った。
「心配です。とても」
カルカラはそのまま続ける。
「【超克者】、エシェル様もその一人なのですか?」
「そう、らしいんだ。陽喰らいの時のアレで……あくまで“予備の鍵”らしいんだけど」
「予備であるなら、貴方は矢面に立たなくて良いはずです」
「うん」
「貴方はウーガの女王です。その要人が、命を危険に晒すなんてナンセンスだ」
「うん」
淡々と、しかし、次第に早口になりながらカルカラは言葉を重ねた。どうしてそんな風に焦るのか、どうして、説得する風に言うのか、理由は分かる。此方の心情を理解してくれていることに、エシェルは感謝した。
「でも」
だから、その心遣いに誠意を持って答えるように、エシェルは彼女の手を握り返した。
「私はウーガの女王だけど、同時に、この世界の最高戦力の一人なんだ。多分」
それは、紛れもない事実だ。誰であろうカルカラも、最早認めざるを得ないのか、沈黙した。
そう、エシェルはウーガはおろか、世界でも類を見ないほどの戦闘能力と特殊能力を有しているという事実を、カルカラは知っている。彼女の訓練に付き合ってきたカルカラには、どうしようもなく理解できてしまっている。幾重にも制約を重ねて、尚も凄まじい。
「だから、私が行くのと行かないのとで、戦況は大分違ってしまう。それで、私が行かなくて、負けてしまったら……」
迷宮探索においても、なるほど確かに彼女の力は有効だろう。
精霊は竜を嫌うと言うが、そもそも彼女は竜の魔眼を取り込んですらいるし、それを自在にも使えている。おそらくはその制限すらないのだろう。どこまでも規格外の戦闘能力を持った彼女であれば、大罪迷宮の深層であっても、大きな力となれるハズだ。矢面に立たないとしても、例えば、食料や消耗品類を大量に鏡の中に収容するだけでも、圧倒的なアドバンテージを攻略一行に与えられる。
ウーガの管理者という以上に、替えがきかない。
分かる。理屈では分かる。
だが、それでも、
「……あなたに代わる力を持ってるヒトだって、この世界にはいるはずだ」
「でも、そういうヒトは、きっと別の役割も担っている。王が言っていた。これは総力戦だって。余らせる人材はいない」
そしてもし、いたとしても、エシェルたちの抱えた情報を安易に渡すわけにもいかない。
ウルたちは既に【陽喰らい】や【黒炎砂漠】を経て、この世界の深淵に足を踏み入れていたからこそ、情報を飲み込めた。だが、理解の浅いものが、この情報を飲み込んで冷静でいられるかは怪しい。協力してくれるどころか、暴露してしまう恐れもあるのだから。
この世界は秘匿主義を強制する。
信仰、信頼を力に代えるというプロセスが、情報の伝達、共有をがちがちに縛り付けるのだ。ゆえに大っぴらに、協力者を集めるのも難しい。
王の苦労の一端を、エシェルは感じ取っていた。
「……王は、惨い事をしますね。私たちを無理矢理当事者にしてしまった」
カルカラは苦々しく、そう言った。
言葉には明確なまでの、王に対する怒りがあった。天賢王でなければ、もっと直接的な罵倒が口から出ていたかもしれない。実際、それくらい彼のしたことは残酷だ。
「そうだな。酷いヒトだ。でも……」
彼は勝手に、自分たちの逃げ道を断ってしまった。例え、戦いに赴くことを拒否したとしても、本当の意味で知らぬフリをすることは出来ない。
でも、それでも――――
「感謝も、している」
エシェルはハッキリとそう言った。
「私はカルカラが好きだし、ウルが好きだし、皆好きだ。皆のいるこの場所も好きだ」
「エシェル様」
「私の知らないところで、戦いが起こって、此処が壊れてしまったら、耐えられない」
自分の関われないところでどんどん状況が動いて、何一つできないままに事態が悪い方向に転がり続ける。その恐怖をエシェルは知っている。覚えている。ウーガの騒動の時、上も下も右も左も、何も分からないまま藻掻くのは本当に辛く苦しかった。
「王の言葉の全てを鵜呑みにしていいかはわからないけど――――だったら尚のこと」
ウルがあの時、手を差し伸べてくれなかったら、比喩でも何でも無く、溺れて死んでいた。だから強く思う。もう二度とゴメンだと。
「何が起きるのか、ちゃんと知って、動ける場所にいたい」
カルカラの眼を見てハッキリとそう告げる彼女の中に、かつての誰かに縋り付くことも難しかった少女の姿は無かった。
「カルカラ、私が離れている間、此処を守ってくれ」
「――――お任せください。エシェル様」
主の願いを守る。それを誓い、カルカラは恭しく頭を下げた。




