王の依頼⑥
晒された王の身体を見た全員、息を吞んだ。
ウルも咄嗟に声が出なかった。自分の身体も、決して綺麗なものではなく、今日までの戦いで、治癒術でも消えないような痕跡が多く残っている。だが、これほどではない。
焼き爛れ、抉れ、砕けた痕。彼が晒した身体で無事な部分は全くなかった。若々しく、綺麗に見えるのは顔だけだ。それが余計に彼の身体の異様さを浮き彫りにしていた。
「そ、それは……陽喰らい、の?」
エシェルは恐る恐る訪ねる。アルノルド王の身体の傷が伝わっているかのような、痛みに堪えるような表情だった。その彼女を気遣ったのか、アルノルド王は自分の身体をすぐに隠した。
「一部はそうだ。しかし主には違う」
「主には……?」
その言い回しを疑問に思っていると、リーネがぎょっと立ち上がり、王を見つめた。
「――――まさか、【太陽の結界】のフィードバックを受けてるのですか?!」
「【太陽の結界】って……」
言うまでも無く、あらゆる都市を守る強靱な結界だ。今現在も人類を守護している強大な力。あらゆる魔の侵攻を抑え込む、太陽の最大の加護だ。
「精霊の加護だって、行使するなら起点となる神官に負荷がかかる。だけどあれほどの規模の結界、個人で担えるものじゃないって皆思ってた。だから奇跡って言葉で雑に片付けるヒトが多かったんだけど――――」
「すまん。簡潔に」
「イスラリア中の【太陽の結界】の維持と負担を王が担っている」
極めて簡潔に告げられた事実に、ウルは王を見た。イスラリアに存在する人類生存圏に存在する全ての太陽の結界。それらの維持負担を支払っている?
ウルは魔術に詳しくは無い。だが、それが並大抵の負担ではないのは明らかだ。自分よりも遙かに魔術に詳しいリーネが、恐ろしく、痛ましいものを見る顔で、王を見つめている事からそれがわかる。
「心配するな。確かに神の加護を行使するのはヒトの意思、王が担わねばならない。だがその維持負担はバベルの塔が殆どを担っている。故に」
アルノルド王は頷いた。
「少しずつだ」
「す、こし……」
リーネは顔を手で覆い、首を横に振った。そのまま二の句が継げられず、椅子に座り込んだ。それを気遣ってなのか、王は特に気にするそぶりも見せずに言葉を続けた。
「これは代々受け継いできた王の責務であり、当然の痛みでもある。しかし」
「……限界が、来たと?」
アルノルド王は頷いた。
「魔物達の脅威が増している。竜とは関係ない、通常の魔物ですらも、悪辣さが加速している。結界にかかる負担も、加速している」
「人類側の技術も、力も発展してきているはずです」
「そうだな。だが、それでなんとか維持できたのは拮抗までだ。この先、魔物達の脅威が収まる保証も、我々が強くなり続けられる保証も無い」
ダヴィネの【竜殺し】を筆頭に、確かに人類は強力な力を開発し、強化し続けている。しかしそれでようやく拮抗を維持している。王の懸念は分かる。人類が全力で、血反吐を吐きながら全力疾走をして、ようやくなんとか戦線を維持している。
いつ崩れても、おかしくない。
「今代はまだ堪えきれるだろう。しかし、次にはもう――――」
この場にいないスーアの姿が否応なく頭をよぎった、その小さな身体に、今の王の身体に刻まれている惨たらしい傷が背負わされることを想像するだけで、どうしようもなく胸くそが悪くなった。
「――――この痛みを、私の代で終わらせなければならない」
「その為に、大罪竜討伐に動いたと」
「そうだ。均衡は崩れた。賽は投げられた。現在の人類のリソース全てを賭けて、竜の全てを討つ殲滅戦だ。魔王ブラックも協力体制にいる。この戦いの後、元の拮抗状態には戻れない」
そう、既に王の言うとおり、賽は投げられている。
ウルのラース攻略は兎も角、それ以外の七大罪の竜の討伐は既に進行している。あらゆるリソースを使い、時に国をまるごと生け贄に捧げ、時に七天の一人を脱落させても尚、進められている。
均衡は崩れている。人類が勝つか、魔が勝つかの火蓋は切られている。
「つまり、脅迫とは」
「お前達が手伝わないなら、人類が滅ぶ可能性が跳ね上がる」
『なるほどの?紛れもない、脅迫だのうコレは』
ロックの言葉は正しい。
ウル達は自覚させられた。この世界が瀬戸際であること。そして知ってしまった以上、最早逃げる事は出来ない。その重みが両肩にのしかかるのを感じて、ウルは顔をしかめた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
淡々と、王の説明、もとい脅迫は続いた。
「特に、ラースの超克者である灰の英雄は唯一の“ラースの鍵”となる。是が非でも協力してもらわねばならない。拒否された場合、強引な手段をとることになる」
王の視線は、ハッキリとウルを見つめた。
ラースの超克者。凱旋式の時に確かにそれは告げられた。だが、そこまで重々しい意味があるとは思いもしなかった。
「強引、具体的には?」
「拘束し、連れて行く」
『ガッツリ脅迫きたの?』
直球だった。それを当人に直接言うのはどうなんだろうかと思わないでもない。が、
「すまないが、必死だ」
本当に必死なのだろう。
王の言動、歯に衣をまるで着せない直接的な物言いといい、彼はこの手の交渉ごとに慣れていない。にもかかわらずその不慣れなやり方をしている。信仰の揺らぎの問題もあって、情報を伏せなければならず、必然的に王自身が交渉しなければならないという問題もあるのだろうが、それでも当人が言うように必死なのだ。
なんというか、ここまでやりづらい交渉は初めてだった。シズクも、今回の交渉についてはずっと沈黙を貫いてる。で、あれば、ウルが話を進めるしか無い。
「……しかし、無理矢理連れて行くのは、望ましくは無いはずですよね」
「そうだな」
何せ、今までの話を整理するなら、大罪迷宮の最深層までたどり着かなければならないという話になる。にもかかわらず、その地獄の底に、望んでもいない者を連れて行くのは誰がどう考えてもデメリットだ。しかもその対象は黄金級の冒険者(仮)である。
そんな相手を見張りながら、無理矢理連れて行く。どう考えても破綻が見えている。少なくともウルが王の立場であれば、そんなやり方絶対に取らない。迷宮探索においてこれほどまでに厄介なお荷物はないだろう。
「故に、それは最終手段だ。しかし、此方の用意できる報酬では、納得させることができないというのなら――――」
「なら?」
「懇願しかない」
王は立ち上がった。そのまま全員の前に立つ。
「今を生きる者達と、この先生まれる者達の為に、命を賭けてくれ」
そしてそのままゆっくりと、頭を下げ――――
「どうか、頼――――」
「やめてくれ!!!」
ウルはたまらず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。ウルは苦々しい表情で、怒りすら滲ませていた。
「……、あんた、最悪だ。アルノルド王……」
「そうだな、分かっている。自覚している」
王に対しての無礼な言葉遣い、なんて事を考える余裕もなかった。必死に王を止めて、そのあとぐったりと倒れ込むように肩を落とした。
「…………貴方に、頭を下げさせる訳には、いかない」
悍ましいほどの傷を背負い、それでも尚、イスラリアに住まう全ての民達の為に命を賭けている王に、頭を下げさせるなんていう真似をさせられなかった。とてもでは無いが、耐えられなかった。恥知らずなんていう次元ではない。
ウルだけでなく、他全員も同様だった。
「……ギルド全体で、一度話をさせてもらっても?」
「分かった」
その言葉を振り絞るのが限界だった。




