王の依頼②
邪神、その言葉にエシェルは覚えがあった。
それは今自分たちがいる竜吞ウーガを生みだそうとした実の弟、エイスーラが従えていた邪教徒が口にしていた言葉だ。従者として仮神殿に潜り込んでいた男、カラン・ヌウ・フィネル。紛れもない官位持ちの家でありながら、邪教に身を染めた彼は、捕まった後尋問を受けていた。
エシェルは一度だけその尋問の場に立ち会った事があった。
エイスーラの野心は理解できる。想像がついた。果てなく、自分の願いや望みを次々と貪食し続ける彼のことだ。その果てに天賢王への反逆に至ったとしても、なんら不思議なことは無かった。
だが、そのエイスーラが使っていた邪教徒が何故、このようなことをしたのかは理解が出来なかった。それが知りたかったので、尋問を行っていたディズに協力してもらい、彼の話を聞こうとした。
――ゼウラディアの下僕どもめ!!
結論から言えば、その試みは無駄だった。
捕まったカランは明らかに正気を失っていた。彼のことは余り詳しくは知らないが、少なくとも仮神殿の内部で、このような発狂を起こしているところを見たことは無かった。ウル達も、従者の皮を被っていた彼は、真っ当な、気安い男に見えたと言っていた。
――呪われよ!!災いにまみれて死に腐れ!!
しかし、彼女が訪ねてきたときにはこの有様だ。勿論、ディズが乱暴な拷問などをして正気でなくなったわけでもない。自分の本性を上手く隠していたのかなんなのかは分からないが、まともな情報は聞き出せそうになかった。
直接的に、話を聞こうなんて思わない方が良い。というディズの助言に従い、エシェルはウーガ内部の牢獄を後にした。だが、その去る間際に、彼は言ったのだ。
――我等が真なる神の力にいずれ平伏すがいい!!
ゼウラディアと違う存在。唯一とされるゼウラディアとは別の神。邪教徒達が信じ敬うもう一柱。邪神と呼ばれる存在を彼らは確かに口にしていた。
エシェルはそれを聞いたとき、ありもしない妄想と思っていた、が――――
「邪教徒達の信じる神は、本当に存在するのですか?」
思わずエシェルは質問した。王の言葉を疑うような質問だと口にしてから気がついて怖くなったが、アルノルド王は気にすることは無かった。「当然の疑問だ」と彼は頷く。
「例えば、大罪竜プラウディアは前回の陽喰らいで超克を完了している」
「なっ」
「にもかかわらず、大罪迷宮プラウディアそのものは消えていない。迷宮の根源が竜ではないが故だ」
大罪迷宮プラウディア、天空でバベルの塔を見下ろすおぞましい迷宮。此処にいる全員を地獄に突き落とした【陽喰らい】の元凶。それが消えて無くなったという話は確かに聞かない。もしも本当に消えて無くなれば、大騒ぎだろう。ウーガにもすぐに情報は届くはずだ。
「でも、じゃあ。また【陽喰らい】も……起こる?」
「起こるだろう。490年前、今よりも状況が整わず苦しかった【陽喰らい】を終わらせるためにプラウディアの討伐作戦が行われた」
当時は、圧倒的な破壊力を誇る兵器【竜殺し】が無かった。【陽喰らい】の攻略の為の手引書も無かった。全員が探り探り、死に物狂いでやっていた。今を、遙かに超える地獄だった。山ほど死人が出る、紛れもない地獄だった。
このままでは耐えられない。そう理解し、竜の討伐が行われ、なんとかソレを成功させた、5天が死に絶えて、なおもなんとか竜を落とした。バベルが倒れ、イスラリア中の都市が全て滅亡する寸前で、なんとか人類は生き延びた。
しかし、それから38年の後に、プラウディアの竜は復活した。
「復活……」
その言葉に、一番戸惑いを見せているのは、誰であろうエシェルの隣にいるウルだった。気持ちは分かる。大罪竜ラースと直接対峙したのは彼だ。その時の恐怖を彼は知っている。自分たちよりも遙かに「復活」という事実は重いだろう。
だが、そんなウルの様子を見て、魔王ブラックはケラケラと笑った。
「安心しろ。お前が喰らったラースは早々に無為にはならねえよ。実際、俺がやったスロウスも同じだろう?」
「アンタは確か50年前か。確かに」
「プラウディアは特別なのさ。重要な“侵略兵器”だからな。本体が超絶貧弱なのは、復活しやすくするためのコスト削減だ」
邪神側も必死こいて復活させたって訳さ。と、彼は笑う。その言葉に王も頷いた。
「プラウディアの空中迷宮が消えなかった事から、復活は予期されていた。故に、空白期間、徹底的に戦力を強化できたのは幸いだった。なんとか戦線を「不利」から「拮抗」へと持ち込むことが出来た」
「当時に存在していた冒険者ギルドもどきにテコ入れをして、今の形に整えたのも、その間です。当時、神官と天陽騎士達のみで行われていた戦いを、あらゆる分野の超人達を結集する決戦へと切り替えました」
スーアが補足する。
陽喰らいという、表には出せなかった歴史の裏だ。冒険者ギルドという存在が急激に力をつけた理由が今語られていた。興味深くはあったが、今は置いておこう。
「じゃ、じゃあ。大罪竜を討っても、意味なんてないんですか?」
エシェルは問う。彼と、彼の焦牢の仲間達の努力が無駄だったのか?と問うのは痛みが伴ったし、怒りも伴った。そんなむごい話があるか!という子供めいた怒りを王に向けるのはとんでもない事のように思えたが、本心だった。
そして、そんな幼稚な思考を見抜いているのか、あるいは最初からか。王は此方に対して穏やかに首を横に振った。
「いや、違う。むしろ、大罪竜は討たねば話にならない」
「時代をずらして、散発的に討っても意味は無い。という話です。復活する前に、超克者という鍵を喪う前に、全ての大罪竜を討つ。それが肝要。そうしなければ、門は開かない」
門、というスーアの言葉を理解できずに首をひねっていると、ソレを察してか、再びスーアがまた、テーブルを指で叩く。テーブルの魔名が動く。3次元の立体的な位置取りになる。7つの魔名が宙に浮かび、対して邪神を示す魔名はテーブルのそこに張り付いていた。
「邪神への“門”を開き、イスラリアへの干渉を完全に断ち切る。“双方を完全に切り離し互いに干渉できなくする”。それが我々の最終目標だ」
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その場の全員が沈黙した。
元より彼の説明に理解のあるディズやスーアは兎も角、ウル達からするとあまりにも話のスケールがかけ離れすぎていて、理解が及んでいない。正直、想像もしづらかった。
『邪神、のう?それはそもそもどこにおるんじゃ?』
そんな中、真っ先に質問したのは誰であろうロックだった。カタカタと身体を鳴らしながら、不思議そうに頭を掻いている。
『なんじゃかんじゃ、ワシらはこのイスラリアをぐるぐるとまわっとる。流石に隅々とまでは言わんが、まあ、要所は回ったじゃろ?しかし邪神なんてどこにもおらんかったぞ?』
確かに、その疑問ももっともだ
太陽神は宙にいる。今も自分たちを眩く照らし続けてくれている。それは分かる。が、一方で邪神はどこにいるのか、見当もつかない。いずこかの未発見の迷宮の底で眠っているという可能性もないではないが――――
「地の底さ」
応じたのはブラックだった
「ああ、言っとくけどウチ……穿孔王国じゃねえよ?もっと下だ」
ブラックが足下を指さす。自然とエシェルもそちらへと視線を向けた。無論、そこにあるのはウルの家の床だ。しかしブラックの指さす先はそれよりも更に奥の奥、ずっと果ての果てを示しているようだった。
「ヒトの悪感情を廃棄するための廃棄場――――【魔界】だ」




