竜吞ウーガの一番では無いけれど比較的長い一日⑩
「此処がウーガで一番安全な場所、ですか」
「そうよ。一見してそうはみえないでしょうけど、見て」
「――――ああ、なるほど……」
「此処はウーガの中心であると同時に、何の意味も無い場所なの」
「上手く使いましょう」
「また悪いこと考えてるの?シズク」
「危険なヒト達を安全に無力化できるように――――」
「ああなるほど。処刑場ね」
「処刑場」
「処刑場でしょ?」
「いえ、違います。説得が出来ない危険な侵入者の皆様を誘導して、物理的に処理するための――――」
「……」
「……」
「処刑場でしょ?」
「処刑場でしたね?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウーガ機関部、中心部。
「まさか……!アレが?!」
巨大な球体のドームの内部に、まるで導かれるようにして到着したミクリナが、真っ先に目撃したのは、ドームの上部に浮かぶ巨大な物質。美しく輝く巨大な水晶体。魔石にも似ているが、違う。
ソレがなんなのか、ミクリナは理解した。
「ウーガの核!?」
超巨大なる使い魔、竜吞ウーガを維持するための要にして心臓が目の前にある。その事をミクリナは訝しんだ。自分はここまで、明らかに何者かの意思によって導かれた。最早それは疑いようがない。
だが、何故、侵入者である自分を、ウーガの中心部へと導く!?
「はは!!追ってみれば、なんと好都合な!!」
そして背後から、自分を追ってきた術者達が迫ってきた。先ほどまでは数人だったが、方針でも変えたのか、あの場にいた全員が此処に来ている。
やはり、導かれている。だが、彼らにはミクリナのような“気づき”は無かったらしい。代わりに、ドームの中心にて浮かぶ核を目撃し、歓喜していた。
「ヨーグ様の秘奥!このまま奪われるくらいなら!!直接破壊してくれる!!!」
――――ヨーグ!?
聞き捨てならぬその名前を聞いて、ミクリナは目を見開く。が、しかし、彼らは既にミクリナから意識を外し、頭上の核に集中していた。一斉に詠唱を唱え、強力な発展魔術を放ち、核へと向けた。
なんてこと!!
ウーガの崩壊、その可能性が頭によぎり、ミクリナは通路の柵にしがみついた。
が、しかし
「――――なに?!」
次の瞬間、起こったのは誰にとっても想定外の出来事だ。核へと向かった巨大な炎球は、しかし、核にぶつかること無く、“すり抜けた”。まるで、実態の無い幻影にぶつかったかのように。そして、向かい側のドームの壁に着弾する。壁は丸焦げ、いくつかの損傷を負ったが、それ以外特に何の変化も起こらなかった。
「これは実態ではない!単なる幻影!?」
「ウーガ全体の情報を、核の形状で反映している、だけ!?」
魔術の知識が自分たちよりも深い彼らは、今起きた現象を解析し始めていた。だが、ミクリナからすれば今の彼らの解析情報はどうでも良かった。それよりも、聞きたいことが――――
「止めろ悪党ども!!」
と、そんなことを考えていると、更に新たなる侵入者がやってきた。若い少年少女の集団。先ほど見かけた、黒いスーツを身に纏った、聖遺物を操る子供達。彼らはミクリナ、ではなく、魔術師達に向かい、その凶悪な精霊の力を一斉に解き放った。
「なん!?」
「魔術、ではない!!聖遺物か!?」
属性を一切問わない強力無比な力が、一斉に魔術師達に襲いかかった。
先ほどの発展魔術を見るに、彼らは皆、一流の魔術師であるのは間違いない。常に守りの術を周囲に展開しているのを確認した。並みの魔術であれば、彼らに傷一つつけることはできだろう。
「っがあああ!!?」
「ふざ、ふざけるな!?護符が全部消し飛んだぞ!!」
だが、それでも一瞬にして、彼らは窮地に陥っていた。
当然の結果だ。【至宝の守護者】たちが持つ聖遺物はどれもこれも一級品だ。都市によっては秘宝として祀るような代物ばかり。素人の子供すらも一瞬で怪物に変えてしまうような品々を、一気に、一切の躊躇なく、振り回している。
子供が、砂場で足元の虫を悪戯に殺戮するかのような気軽さで、術者たちは潰れていく。残酷な光景だった。
「おい使う気か!?」
が、しかし、彼らは彼らで、無抵抗に踏み潰されるつもりはないらしい。
「このままでは全滅だぞ!!どうせ女王には通じない!!ならば此処で!!」
そう言って、真っ黒な液体と、赤黒い魔言の刻まれた瓶を彼らの方へと放った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そのタイミングと前後して、【至宝の守護者】達にも異常事態が起こっていた。
「なん……!?」
女のヒトを追い回していた怪しげなローブの男達、彼らに攻撃を加えたその直後。突然、自分たちの身体が重くなったのだ。カルターンは最初、ローブの男達の反撃かとも思った。が、しかし、違う。この力、“大地の精霊の力”には覚えがある。
【天地の王腕】、そしてソレを使うのは――――
「ルース!?どうしたんだ!?」
ルースだった。小太りの彼が、何故か自分たちに向かって力を放っている。そのことに気がついた仲間達も驚きに目を見開き、怒鳴った。
「馬鹿!!なにしてんだ!!」
「頭おかしくなったのかよ!?」
怒鳴られれば、いつも表情をこわばらせて怯え竦む。それがルースという少年だった。しかし、今日は違う。怒鳴られた瞬間、彼は表情を変えた。しかしそれは怯えでは無かった。
「五月蠅い!!イカれてるのはカルターンの方だ!!」
それは憤怒の表情だった。吐き出されたその声は、普段のおずおずとしたものとは比較にならない声量で、周囲の怒鳴り声を吹き飛ばした。いつものようにルースを押さえつけようとした仲間達は驚愕する。カルターンも驚き、声が出なかった。
「精霊様からの授かり物を無断で使う!それだけだって許されなかったのに!!」
ルースは怒りに震えている。丸い頬をブルブルと震わせている。握った拳は真っ赤になって、血管が浮き出ていた。
「盗みに使う?!他の聖遺物を盗む!?しょっ正気じゃあない!!」
彼は【至宝の守護者】の中でも、最も信仰深かった。盗み出された聖遺物を誰よりも丁重に扱い、そして普段は気弱なのに、聖遺物をないがしろに扱うことだけは許さなかった。
それはカルターンも知っていた。が、見くびっていた。
「それをもてはやしている皆もだ!!!」
彼の信仰と、怒りを。
「お、落ち着けよ、ルース!そ、そんなの後で――」
「言ったんだ……!」
なんとかなだめようとするが、ルースはまったく止まらなかった。その腕輪、【天地の王腕】の光に触れながら、彼は叫んだ。
「言ったんだ!シズク様が!!皆を止めてくれるって!!」
「っっぎゃ!?」
重力の力が更に激しさを増した。頭上から直接ぶん殴られたかのような衝撃に、【至宝の探求者】達は一斉に、気を失った。
そしてその直後、ローブの男達が放った瓶が空中で禍々しい光を放ち、炸裂する。赤黒い血の雨が降り注ぎ、【至宝の守護者】を守っていたありとあらゆる聖遺物の輝きの全てが一気に消滅した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「無力化だ!!」
聖遺物を操る子供達の力を一気に奪い去った。その結果に【血の探求者】達は安堵した。強大無比な聖遺物の力を、加減などまったくできないであろう子供達に振り回されるのはあまりにも危険だった。
精霊の力に魔術のような法則性は期待できない。100回試行して、100回同じ現象が起こるとは限らないのだ。下手な抵抗をすれば、どのような【奇跡】が起こるか分かったものではなかった。
冗談抜きに、全滅の危機だった。その回避が出来たことに彼らは安心した。
「後は――――っが?!」
そして、その隙を縫うようにして、小さな影が彼らを急襲した。
「なっ!?」
「き、きさ!?ごえ!?」
その小さな体躯、俊敏性で次々に男達は倒れていく。繰り返すが、彼らは術者で、研究者だ。近接戦闘に対する心得なんてものはまったく持ち合わせていない。体躯の小さな小人であろうと、鍛え抜かれた武術を持つ者を相手に、抵抗するのは容易ではなかった。
それでも、魔術の抵抗を試みない訳では無かった。が、しかし、その魔術は全て打ち消される。まるで常に、その小人自身に消去の魔術がかかっているかのように――――
「しょ、【消去体質】……!?」
「まさかおま!?」
言っている間に、次々に男達は倒される。最後に残ったリーダーも、気がつけば地面に引き倒される。見上げれば小人の女が、静かに此方を見下ろしていた。
誰だ?!何故だ!?
そんな疑問を口にするよりも速く、女は問うてきた。
「ヨーグを知っているか」
「わ、我らが師――――ごぎゃ!?」
次の瞬間、リーダーの顔面に小さな拳が叩き込まれ、撃沈した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ああ、最悪……!」
ローブの男達を全員、一瞬にして伸したミクリナは、荒い息を整え、がくりと膝をつき、顔を伏せた。魔術師相手に特攻して無茶をした疲労感と、それ以上の自己嫌悪で倒れ込みたくなった。
諜報が頭に血を上らせるなんて!!
実験で、ミクリナに【消去体質】を施した邪教徒、ヨーグの名を聞いた瞬間、怒りで判断力が鈍った。昔自分を捕らえた元凶、自分の人生を台無しにしてくれた最悪の女の笑い声は今でも覚えている。
彼女はとっくに【勇者】によって捕まり、決着はついた。過去とはもう決別したと、自分でもそう思っていたはずなのに、未だ深い傷として残っていたらしい。
本当に最悪だ。と、呼吸を必死に整えて、なんとか立ち上がろうとしたした。が、
『カカ、さて、おとなしくしてもらえるカの?主が呼んでおる』
次の瞬間、喉元に背後から刃が突きつけられた。振り返ると、何故か御者の恰好をした老人が、剣をこちらに突き付けている。一見して細く老いぼれた姿に見える、が、その立ち姿は間違いなく一流の戦士のものだ。油断も無い。
詰みだ。それをミクリナは理解した。
「非は、全て此方にあるということは承知の上で――――」
『カ?』
ミクリナは両手を挙げると、深々とため息をついて、目の前の老人を睨んだ。
「――――私も、ちょっと言いたいことがあるわ。貴方の主に」
『めーっちゃおこっとるの?気持ちは分かるが』
カタカタカタと、老人は奇妙な笑い方をした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――――良かった」
薄暗い部屋の中で、シズクは立ち上がる。彼女の前に並んでいた三つの駒は、互いにぶつかり合うようにして共倒れしていた。
残された駒は、盤外に転がる一つのみ。




