竜吞ウーガの一番では無いけれど比較的長い一日⑧
「あの女は何なんだ!?魔術が通じなかった!!【歩ム者】の新入りか!?」
「最悪だ!!もう既に侵入がばれている!」
「一度撤退するか!?」
レイラインの迎撃に感づき、逃げ出した【血の探求者】は、軽くパニックに陥っていった。元々、こうして直接乗り込むこと自体、彼らにとっては専門外の作業なのだ。彼らは元より戦士ではない。想定外が起これば容易に崩れる。
「落ち着け!作戦に変更は無い!どのみちレイラインは押さえねばならなかったんだ!」
が、とはいえ、それでもここまで追い詰められて、腹をくくってここまで来たのだ。彼らも覚悟はしていた。リーダー格の男が声を張り、混乱していた面々の統率を取り戻す。
「女王を捕らえ、制御術式を奪い、ウーガの核に干渉しコントロール権を奪う!!」
それが主目的だ。そこはブレてはいけない。彼らの混乱は徐々に収まる。それを確認して、リーダーの男は頷いた。
「さっきの女の追跡に人数を割いたが、我々は上層を目指――――」
が、しかし、だ。
「――――予定通りか」
「【S】の指示だからな」
声がした。
振り返り、そして全員がぎょっとする。そこにいたのは、誰であろう、自分たちのターゲットとなる人物と、そして絶対に相対してはならない者、この二人が並び立っていたのだから。
「女王……!」
「灰の英雄もいるぞ!」
竜吞女王を示すドレスを纏った昏緋の髪の少女。
黒の合金に白の意匠の入った鎧を纏った灰髪の少年。
女王と灰の英雄。紛れもない、竜吞ウーガの2トップだ。
ざわめきと混乱は大きくなる。この想定外の好機と窮地、どちらを優先すべきか、全員が一瞬迷った。竜吞女王の能力は、これまでの間接的な攻防戦である程度把握していたが、(派遣した使い魔や傭兵の類いがことごとく彼女に叩き潰された)灰の英雄は未知数だ。
何を仕掛けてくるか、分からない――――が、
「好都合だ……!!」
リーダーは好機と捉えた。
勿論、灰の英雄を侮ったわけではない。実戦経験こそ浅いが、彼もそこまで危機感がぼけているわけではない。好機なのは間違いなかった。【竜吞女王】の側に【灰の英雄】がいる。ならば、此処で引いたとしても、確実に彼女にたどり着く前に【灰の英雄】が困難として立ち塞がる。ならば、いまここで並び立っているこの状況は、最初で最後の好機だ!
「砲撃用意!!!」
その合図と共に、彼らは一斉に魔術を構える。
彼らの本業は研究者だ。直接現地でやり合う事を生業とはしていない。が、しかし、魔術については彼らは専門家で、一流だった。どれだけ道をはずそうと、禁忌に手を染めようと、彼らが並の魔術師とは一線を画する能力を有しているのは紛れもない事実だった。
「【発展魔術・多重発動!!!】」
多数の一流魔術師によって瞬く間に構築された発展魔術が一斉に稼働し、一気に灰の英雄と女王へと襲いかかる。躊躇は無かった。場合によっては制御術式の損失も考えられたが、それでも躊躇いは無い。制御術式の予備は確実に向こうも用意している筈だ。ソレよりも此処で躊躇って、火力を落とすような愚行をすべきではないとリーダーは考えた。
彼の判断は、正しい。経験の浅い戦闘において、彼の判断力は極めて優れていたといえるだろう。問題があったとすれば――――
「【揺蕩え】」
「【奪え】」
正しかろうが、本当にどうしようもない相手にはまったく通用しないという、救いようのない現実にあった。
「…………は?」
【血の探求者】達は呆然となった。
自分たちの全力の魔術、あるいはこの機関部の一部が巻き添えになることも覚悟して放ったほどの強力な発展魔術。それが彼らに直撃する瞬間、何故か空中で“ふわり”と停止し、そして次の瞬間鏡に飲み込まれ、消えた。
竜吞女王が鏡の精霊の加護を持っていることは知っている。
灰の英雄が竜を殺した怪物であることも知っている。
が、ソレは知識としての話だ。目の前であまりにも超常的な、魔術的法則を無視した所業をされると、魔術の研究に生涯を費やしてきた彼らの脳は否応なく機能を停止する。
「あっけない」
竜吞女王は冷め切った目つきで此方を見つめる。「これで終わり?」と言わんばかりの表情に見えた。無論、屈辱であるが、その屈辱がリーダーの男を正気に戻した。
落ち着け、まだ好機は続いている。
今の攻撃で倒せるとは思ってはいない。隙が生まれればと思っただけだ。【竜血】は有している。まだ――――
「エシェル――――」
「――――そうだな。」
が、彼のその心中を察したかのように、灰の英雄が女王に声をかけた。
「一切の反撃は許さない。どんな切り札も使わせない。蹂躙する」
次の瞬間、黒い魔本が光を放ち、鎖のように女王を縛る。同時に、纏うドレスが黒く染まった。宙には鏡が更に出現し、悍ましく、禍々しい竜の瞳がぎろりと侵入者達を睨みつける。
「それがいい」
灰の英雄は白と黒、二本の槍を構える。黒の槍は、まるで生物であるかのように唸り声のような音を立てて空間を引き裂き、白の槍は中央に納まっている魔導核が激しい光を放ち、稲光のような輝きで空気を焼いた。
最早、ヒトでなくなった二体の怪物が、一切の油断なく、此方を潰さんとしている。
リーダーの男は察した。戦闘の経験が浅くとも否応なく察すことができた。
「――――退け!!!」
これはもう、どうにもならない、と。
先ほど、謎の女を追った仲間達の後を追従するように、【血の探求者】は逃げ出した。
「そういえばコレまでの敵、ろくでもない奴らばかりだった!」
「だよな」
「あいつらも絶対何か切り札持ってる!!」
「だろうな」
「一切の反撃を許さず潰そう!何かされても怖いし!!!」
「そうだな。で、逃げたら追わなくていいと」
「私が此処にいるって分かったら、もうアイツらはここから逃げないって」
「なるほど」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
同時刻、【至宝の守護者】の潜入組も、異常に気がついていた。
最初は聖遺物【光喰らいの首飾り】で姿を隠していた。が、まったく人気の無い周囲の状況だったので、起動を解いた。聖遺物も無限に使えるわけではないからだ。
しかし、姿を隠さずとも人気は無い。彼らは誰からも見咎められる事も無く堂々と機関部を直進していた。その最中、突然、激しい騒音が上層の方から聞こえてきたのだ。
最初は、自分たちが見つかったのか!?と慌て、再び聖遺物を起動させようとした。
が、しかし、どうもその様子は無い。少なくとも自分たちの周りに警備員達の姿は見当たらない。そして、その代わりに、
「なんだ、あれ?」
一人が気がついた。上層の通路に複数の人影がある。そしてやはり、ウーガの職員ではない。格好からして明らかに、地表部で働いていた者達とは違う。
「追われてる?」
「誰だよ?まさか【白銀の至宝】?」
「で、でも髪色とか、違うよ」
見れば、一人の女が、複数のローブを纏った男達に追われているような構図だった。見ようによっては多勢に無勢のような状況で、女が窮地に陥っているように見える。
とはいえ、ぶっちゃけた話、(自分たちはいったん棚に上げて)どちらも怪しい人物らには変わりない。静観する方が正しいように思えるが……
「――――ん?」
そのときだ、追われている女の方が此方に一瞬視線を向けた。気づかれた?と思っていると、声が聞こえてきた。
「助けて!!!」
それは必死の懇願だった。その声にカルターンの中の自尊心が燃え上がった。仲間達に視線を向けて、彼はにっこりと笑みを浮かべた
「よし!助けに行こう!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「助けて!!」
その声が響いた瞬間、ミクリナはぞっとした。
今のは自分の声だ。しかし、自分は声を発していない。
そしてその声によって、下の階層にいた自分とは別口の侵入者達が此方に向かってきている。身体を飛翔させ、瞬く間に此方に接近してきている。
魔術の詠唱を使っている様子も無い。
魔導具であれば起こる、起動準備のラグも全くない。
にもかかわらず、飛翔という強力な力を使っている。
魔具――――いや、まさか、聖遺物!?
思い当たる節はある。事前に渡されたウーガ周辺を調査したとき引っかかっていた。聖遺物を大量に装備し、それを悪用する問題児の集団、【至宝の守護者】。
彼らが此方に来ているとしたら、不味い。【消去体質】は精霊の力までは打ち消せない。抵抗できない。出来れば一度たりとも接触したくない相手だが、意気揚々と味方面でこっちにやってきている。
この状況を作り出しているどこかの誰かの性格は最悪だな!!?
ミクリナは歯ぎしりしながらも、背後の魔術師、下方の聖遺物から逃れるべく、前進した。竜吞ウーガ機関部の中心へと。




