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穿孔王国スロウス―――最後の日③



 穿孔王国スロウスの広場にはスロウスの住民達が集まっていた。


 スロウスに住まう住民は様々だ。種族が、というだけの問題では無い。こんなろくでもない場所に流れ込んで、逃げ出すこともせずにここに居座ることを選んだ、筋金入りのはぐれ者達の集まり。通常の都市以上に、性別も種族も年齢も目的も何もかもバラバラだった。


 そんなバラバラな彼らが一カ所にあつまり、


「も、もうダメだぁ……!」


 そして絶望している。


『GGGGGGGGGGGGGG……』


 スロウスの魔導技師達が生み出した結界の周囲には、大量の粘魔の竜達が蠢いた。

 強力な燃料を使い生み出された結界に触れるたび、粘魔の竜たちはその身体を弾き飛ばされ、砕けていく。だが、そのたびに別の形に変わっていく。結界の内側から術者の何人かが攻撃を加えるが、それも通じているのか通じていないのかわかったものではない。


 ろくに撃退することも出来ず、もたついている間に敵はみるみる増幅していく。

 自分たちが住んでいた家も、なにもかもが醜い化け物に変わっていく。

 まさに悪夢だった。そして、それだけでは終わらない。


「っひ!?」


 結界の内側に居た者が悲鳴を上げた。その視線は周囲でうごめき増殖し続ける竜達に向いては居ない。その視線は、自分たちの足下に向いていた。


『        G   』

「う、うわああああああああああ!?」


 彼らの足下、地面が、喰われ始めたのだ。

 グラドルの竜が、大地だけは喰わない道理などなかった。万物を食らい尽くし、そのものと化す。ただ、目に見える範囲だけを阻むだけでは、足りなかったのだ。

 だが、それが分かっていたところでどうにもならない。


「ま、不味いぞ!!逃げろ!!?」

「何処に逃げるんだよぉ!?」


 踏みしめている大地が消えて無くなることに備えられる者なんていない。

 皆がうろたえ、しかし逃げ出すこともままならない。彼らは絶望の内に、暴食の竜たちにその命を食い潰されようとしていた。


 しかし、


「【愚星混沌】」


 次の瞬間、今にもあふれ出そうとしていた粘魔の全てが闇に飲み込まれた。炎のように揺らぎながら、しかし熱を持たず、温度をまったく感じない冷たい闇が、粘魔を覆い尽くす。次の瞬間、何もかもが崩れていく。


『  G                 』


 竜が形を保てなくなっていく、のではない。粘液の竜という形そのものが、崩壊していく。グズグズとした、何の意味も持たない灰のような有様になって、最後は風に吹かれて散っていく。そしてその現象はここだけでは無い。スロウスの全域に発生していた。至る所から出現し、膨張を繰り返していた竜達が、消えていく。


 悍ましいとしか言いようのない暴虐を、しかし、スロウスの住民達は知っていた。


「あっけねえな?ま、根元が消えちまったらこんなもんか」


 何もかも嘲るような声と共に、崩れて消えていく粘魔の向こう側から、黒い男が近づいてくる。その姿に気づいた住民達が次々に、声を上げ始めた。


「魔王」

「魔王様だ!!」

「おお……!!」


「よお、生きてたか、運が良いねえ?路傍の石ころども」


 自身の国民に魔王は笑いかける。それに対して国民達は一瞬押し黙り、そして、


「――――てめえ今度は何しやがったんだごらぁ!!」

「思いつきでアホしてどや顔するんじゃねえボケェ!!!」

「ツケ払えボケ魔王!!!」


 石を一斉に投げつけた。


「あれえ、ここは歓声に沸くとこじゃね?」

「純粋に人望がカスだな」


 石やらゴミやらなにやらを投げつけられて首をかしげる魔王を盾にするようにしながら、ジースターは呆れた。






              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 かくして、穿孔王国スロウスは平和を取り戻し――――ては、いなかった。

 大罪迷宮グラドルの侵攻はあまりにも莫大な被害をもたらした。ありとあらゆる物質を食い荒らし、ヒトすらも容赦なく食い殺し続けた悍ましき粘魔の竜のもたらした損害は、都市の維持限界をあっけなく超えた。


 成り立ちからしてむちゃくちゃな穿孔王国を維持していたのは、スロウスの腐敗資源だ。


 しかし、その資源を“活用”する為には、多くの人材や技術、施設や知識が必要だった。それらが根こそぎに消えて無くなったのだ。本当にどうしようもなくなった。


 穿孔王国は、あっけなく滅亡した。


「やー、滅んだなー俺の王国。あっけねー」


 その惨状を前に、ブラックはケラケラと楽しそうに笑った。なんとか生き残った酒瓶を口にくわえながら、廃墟となった穿孔王国の建物から無事なものを取り出そうとしている国民達を肴にしている。

 正真正銘のロクデナシである。と、どこぞの民家から発掘した椅子に座り込みながら、ジースターは呆れていた。先の国民達の反応も道理である。事実、彼は思いつきで自分の国を滅ぼしたのだ。死人だって多く出た。あの場で殺されたって文句も言えない所業である。


 が、しかし、


「おーい魔王。そこ邪魔だからどけよ」

「魔王様ーここのがれき邪魔だから消して-」

「おっさん、腹減ったんだけど、なんかねえの?お菓子とか」


「おーおーうっせえうっせえ。自分の国を失った哀れな王様をちゃんと慰めろ雑魚ども」


 この男は、奇妙なことに、敬われてはいないが、慕われてはいた。

 これが彼のカリスマなのか、あるいは元々この国の国民もロクデナシで、奇妙な具合にバランスがとれてしまっているのかは分からなかった。


「ひでえ国民どもだ。そう思わねえ?ジースター」


 わらわらと集まってくる国民達を散らしながら、こちらに話しかけてくる。一通りのけが人の治療を終えたジースターはため息を吐き出した。


「そう思うなら、彼らを手伝ったらどうなんだ?」

「いやだよめんどくせえ。どうせあらかた無事なもの回収できたら、プラウディアにいくしな。敵の国の国民になる奴らになんで手心加えなきゃならねえんだっての」


 スロウスの国民たちは犯罪者か、そうでなくともはぐれ者の集団だ。国が滅んで逃げ出したからといって、逃げる先がない、という者も多い。

 しかし、彼らはすでに、プラウディアに逃げる事が決まっている。もちろん、それに従うつもりもないものもいるが、そう望む者は、そこに逃げることが許されている。誰であろう、天賢王アルノルドから。


「王とは確約済みか。スロウスの崩壊も予定通りと」

「アルには言うなよお?国に被害が出るかもって約束取り付けたが、国まるごと眷属竜の囮にしたっつったらキレられる」

「だろうな。最悪の王様だ」

「だが、おかげで大戦果って奴だよ」

「この有様でか」


 ジースターが見上げると、無残な魔王城の姿が見える。どれだけ悪趣味でも、相応の威圧を放っていた建造物が見るも無惨だ。城も、城下も、何もかもが崩壊している。

 魔王が黄金級として名を馳せてから数十年、築いた何もかもを消耗して尚、ブラックは「大戦果」と平然と笑っている。


「国一個犠牲で、大罪竜討てたんだぜ?“切札”に被害が及ぶ事も無く、手に入ったしなっと」


 そういってブラックが懐から何かを取り出した。ジースターはそれを眺めて、眉をひそめる。奇妙な黒くて丸い水晶のようだったが、何故か異様な圧力を放っていた。


「……それは?」

「グラドルの【心臓】」


 さらりとブラックは告げる。


「こんな小ささなのか?!」

「そーだよ。グラドル領全域まで膨張しといて、本体がコレだからな」

「なんとまあ……」

 

 呆れるほどに最悪だった。グラドルの攻略を天賢王が完全にブラックに投げた理由も理解できる。これは真っ当なやり方ではとても攻略出来ない。

 どれだけむちゃくちゃなやり方であろうとも、この男でなければどうにもならない。


「グラドル超克完了っと」


 まるであめ玉のように、グラドルの心臓を口に放り込み、また一つ、イスラリア大陸最大の脅威が消えたことに、この場で気がついているのはジースターだけだろう。


「スロウス、プラウディア、ラスト、ラース、グラドル……」

「エンヴィーはグレーレの奴が財産全部消費して、なんとかしてくれんだろうさ。エクスの奴は死んでるかもしれねえけどな」

「残るはグリード……か」


 イスラリア最大レベルの脅威の一つが攻略出来た。にもかかわらず、ジースターの表情はまったく晴れなかった。対照的にブラックは実に楽しそうに笑みを深める。


「必然的に【最強】が残った。さてさて、勝てるかね?」

「できなければ、王も、お前も、竜も世界も共倒れだ」

「かくして世界は闇に包まれました。と、そうならないよう頑張ろうじゃ無いかジースター」

「憂鬱だ。本当に帰りたい」


 ジースターの嘆きは、滅んだ王国の喧噪の中に消えていった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ラストって寄生された時に滅ぼされたのかな もしかしてナレ氏…?
[一言] ラストは天賢王さまが超克済かー 順番的に日喰らいの後に政務やりながら超克してんの凄すぎなんですが笑 いや、七天がやってんのかな?
[気になる点] そういえば精神性の怪物・上で天賢王がウルの中のラストの事回収し損ねた奴とか言ってた。つまりラストは天賢王があの時点で超克してたのか…
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