表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
390/729

穿孔王国スロウス―――最後の日



 穿孔王国スロウス。


 この国の実体を知る者は少ない。スロウス領周辺の環境の過酷さ、不死者達の巣窟となっている死の荒野を突破し、スロウスに到達できる者が少ない故だ。


 だから、様々な憶測が流れる。


 名無しの者にとっての楽園と謳う者もいる。天賢王からも精霊達からも見放された地獄であると言う者もいる。実は一人の生者も存在していない死の国だと言う者もいる。王国が存在する大穴に1度落ちれば2度と地上に帰ることは適わないのだと言う者もいる。


 それらの噂の半分くらいは嘘だと、七天の一人、【天衣】のジースターは理解していた。


 まずここは名無しの楽園では無い。都市部は名無しに対して厳しいルールを設けているが、最低限、安全の保障は用意している。明確に都市の外に出られない理由がちゃんとあるなら、金銭が無くとも滞在を延長する特例処置も与えられる。

 対してスロウスは、名無しに排他的でこそないが、保証なんてものは存在していない。弱ければ喰われる。弱者である事の多い名無しにとって此処は通常の都市部よりよっぽど苛烈だろう。何もせず口を開けて食べ物が放られるのを待ってるような輩は一瞬で喰われる。

 王や、精霊に見放されている、というのは大部分が正しいが、間違いもある。精霊は確かに存在しない。スロウスのガスを利用した燃焼物の気配を精霊が嫌うためだ。故に、神官もここには滅多なことでは近づかない。精霊に与えられた加護が機能不全に陥るような場所にわざわざ自分から向かう神官はいないだろう。


 ただ、天賢王はスロウスの存在を認めている。

 彼はこの場所の存在と、魔王ブラックの管理を認めているのだ。


 生者が存在しない。というのはとんだ笑い話だ。その噂を面白がって、酒場で酔った酔っぱらい達が「俺たちゃ死人だ」と歌っていたのを耳にしたことがある。


 1度落ちれば2度と出られないなら、自分は七天の仕事は出来ないだろう。当然普通に地上に戻る手段はある。ただし、地上に出た後、再び不死者の荒野を突っ切って、別の国に移動するだけの気力と能力を持った者が非常に少ないから、必然的に外に出る者が少なくなると言うだけの話だ。


 ジースターはスロウスの実情を詳細に理解していた。


 何せ今、彼はスロウスにいる。


 かつて、イスラリア全土を腐らせようとした大罪竜スロウスが生んだ大穴、その底に恐れ知らずにも建国された唯一無二の都市国。陽光の一つも差し込まず、にもかかわらず魔光の輝きで常に照らされた眠らぬ穿孔王国。

 建造物には統一性が全くない。他の都市国のように建造時点で全てが計算された四角四面な建造物が等間隔に乱立するような事もない。各々が好きに建て、好きに増築し、そして他の建造物を浸食する。そうやって生まれる歪みを、魔術で押さえようとするため、更に奇天烈さは増していく。歪み、たわみ、傾いた建物群。


 醜い光景だと思う者もいる。

 退廃的な美があるとぬかす者もいる。

 懐かしい故郷だと抜かす者も、まあいるだろう。


 そんな穿孔王国スロウスは今――――


「退避いいいいいいいいい!!!逃げろおおおおお!!!」


 なんというか、滅亡しかけていた。


「お!?おわああああ!!!死ぬ死ぬ死ぬうう!!!」

「ぎゃあああああああああああああ!!!?」

「馬鹿野郎なんでこんなことになんだあああああ!!!」


 穿孔王国を住処として決めた住民達。

 ならず者の冒険者達なんて眼では無いくらいの無鉄砲達が阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら、逃げ惑う中には寝間着、下着姿で逃げ惑う連中までいるのだから、その混乱っぷりは分かるだろう。

 その理由は明確だ。あまりにもはっきりとしている。

 

『GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG』


 黒く、巨大な、鱗の無い竜の出現である。


 竜は元より決まった形のない生物だ。植物のようであったり、呪いの炎を纏っていたり、あるいはそもそも生物上では死んでいたり、魔物という生物の分類から外れた者達の中でも更に一際異常な仕組みを備えている。


『GGGGGGGGG――――』


 だが、今スロウスにあふれかえっている竜達には、形すら無かった。

 見れば、竜は、一応世間が想像しうる竜としての形を保っているが、かろうじてだ。頭はグラグラと揺れた、かと思ったらほんとうにそのまま首がもげて落下する。落下した竜の頭が変形し、小型の竜に変わった、かと思ったらその形が溶けて、地面に広がり、増殖を続ける。そしてその周辺一帯を“溶かして、食い荒らす”。


 粘魔のように、決まった形を持たず、そして全てを食らいつくす。


 これはまさしく、()()()()()()()()()()()

 すなわち、現在穿孔王国スロウスは、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 グラドル領は、魔物の出現、迷宮が少ない場所といわれている。

 その理由をハッキリとさせないまま、以前のグラドルの支配者は際限なく都市の拡張を続けていた。魔物が少ないという恩恵を使って、名無し達を奴隷のように酷使した。


 しかしその迷宮の出現数の少ない最大の理由を、プラウディアは把握していた。


 その理由とは、小中規模の迷宮は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 グラドルは、際限なく拡張し続ける迷宮だ。色欲の大罪迷宮のように、生命の流転を繰り返しながら爆発的に拡張することは無かった。ただ少しずつ少しずつ、手頃な迷宮から食らい、そして一体化していく事を繰り返す。

 結果として魔物の出現速度は低下していた。しかしそれは、脅威が減っていった訳では無い。食らった迷宮を、グラドルは全て蚕食し、そしてそのエネルギーの全てを自分と自分の眷属竜たちに与え続けた。


 グラドル領の者達も、まさか自分たちの住まう土地が、グラドルの肉体によって支えられているなどと知ったら、恐怖したに違いなかった。最も穏やかな土地、とグラドルを評する者もいたが、その実態は、いつどのタイミングで、大罪竜グラドルが気まぐれで地表の全てを食い荒らすかも分からないような、狂気の土地である。


 さて、そんなグラドルの、それも眷属竜の類いがなにゆえにこんな所にいるのか。ジースターは知らない。少なくとも今日呼びつけられたらこの有様だった。知るよしも無い。が、一方でなんとなく想像はついた。


 絶対あの魔王の仕業だ。


『GGGGG』

「ひ、ひい、ひいいいい!!!?」


 目の前で、あられもない格好をした女が悲鳴を上げながら転んだ。足下にみるみるうちに黒い液体が満たされていく。後数秒もすれば彼女の身体は黒い液体に飲み込まれ、吸収されて、骨すらも残らないだろう。


 ジースターはため息をついて、自分の外套を握った。


 すると外套が輝き、力となる。七天に与えられた太陽神の加護の一つ。自在に形を変える無形の加護。あらゆる力を――――七天の加護すらも――――再現するその力を、ジースターは自らの両手に纏わせた。


「【疑似再現:破邪天拳】」


 美しい鐘の音が響く。と、同時に、女を食らわんとした無形の竜が一気に弾き飛ばされる。魔力によって維持されていた竜の肉体が解けて、形を維持できずに吹き飛んでいく。ただでさえ、身体を液体のような単純な形に変形させていたのだ。そのもつれをなくすだけで、竜は身体が消し飛ぶ。

 最も、竜の強固な繋がりを砕くほどの【消去(レジスト)】を敵を対象に一方的に行えるのは、【天拳】くらいだろうが。


「やはり、使い勝手は天拳が一番だな」


 ジースターはうんうん、と納得する。

 七天の力を再現できる天衣の力を操るジースターは、実感としてほかの加護の使い勝手を理解している。体感で天拳は最も使いやすく、強力だ。シンプルさで言えば、天剣も近いが、しかし天剣の場合は使い手のセンスがモロに出る。せいぜい目の前の敵に絶対両断の剣をたたき込むくらいしかできない。


 ――天衣の力の再現は時としてオリジナルを凌駕する


 などという話を、加護を授かるときに天賢王から伺っていたが、ジースターにはそこまでの再現は出来ない。自分は非才の身だ。ユーリのような怪物ではない。と誰に向けてかも分からない言い訳をジースターは頭の中で呟いた。


「たす、助けてくれてありがとう!!!おじさ、おじさま!!」


 そうしていくウチに、どうやら自分に助けられたと気づいた女がこっちにかけよってきて、抱きついてきた。汗と香水の匂いが入り交じり、やや不快だったが、流石にかわいそうだったので顔に出すのはやめておいた。この異常事態だ。汗くらいかくだろう。


「良いからさっさと逃げろ。向こうの広場ならまだ浸食は無い」


 ぽんぽん、と彼女の背中を叩きながら引き剥がし、冷静にジースターは誘導する。向こうの広間は、魔導機使いの魔術師達が集まっていた。おそらくスロウスの燃料を使った魔導機の結界を発動させるのだろう。と、なればいくらグラドルの竜を相手にしても、しばらくは持つはずだ。

 だが、そう言うと女は泣きそうな顔になった。


「私一人で!?おじさまも来てよ!」

「泣き言を言うな」

「一緒にきてくれたらイイコトしたげるからあ!!」


 必死である。気持ちも分かる。が、ジースターはきっぱりと首を横に振った。


「俺には嫁がいる。子供もだ。諦めろ」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 それでも執念深くこちらにすがりつく女に、守りの魔術の加護を重ねてかけて、そのまま背中を押して別れた。チラチラと振り返ってきたが、流石に黒い竜の濁流を割って入るように進んでいくジースターの後を追う勇気は無かったらしい。彼女は必死に走って逃げた。


 よしよし、と、ジースターは安堵する。こっちについてきてもらっても困る。どう考えたって、自分と一緒に居た方が死ぬ確率が高いのだ。こんな場所にいるとはいえ、まだまだ若く、先のありそうな女に目の前で死なれると気分が悪い。


 そんな風に考えながらも、ジースターは天拳を鳴らしながら先に進んだ。そして、


「…………変わらず、趣味が悪い」


 目的地にたどり着いた。


 穿孔王国スロウスの中心地。

 すなわち、魔王ブラックの住まう場所(大抵、あの男は留守にしてるが)


 黒の王城――――【魔王城】である。


 穿孔王国スロウスの中心であるその魔王城の外見は、一言で言うならば、悪趣味だ。通常の都市国の中心である神殿の造形は、やはり都市国に見合うだけの立派な造りをしている。が、大罪を押さえる役目を担った神殿で強欲さや傲慢さが面にでるのは望ましくないとされ、どの神殿の外見も神聖で厳かだが、必要以上の華美は押さえられている。


 ところが、この魔王城にはそういった配慮は微塵も無い。


 巨大で、派手で、自己主張が激しい。威圧的で見る者を怯えさせる。城主の趣味か思いつきか、通常の都市国ではありえない魔物達を模した様々な石像が建ち並んでいる。足を踏み入れる者を歓迎しようという配慮が微塵も無い急勾配の階段を上った先に、禍々しい巨大な正門が姿を現す。神殿の様式とは正反対の造りが魔王城のありようだ。


 城の主の性格がにじみ出ている。


 ジースターはそうぼやきながらも先に進み――


「逃げろおぉーーーー!!!!」


 直後、魔王城が爆発四散した。


 家族よ。お父さん、仕事頑張るけど死ぬかもしれん。


 ジースターは遠い目になりながら、思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ジースターさん、あまりに常識人すぎて他の七天とコミュニケーションとれなかったのか。
[良い点] イイヤツは先に死ぬんだよなぁ 生き残るは魔王の如し外道ばかり
[一言] 魔王なにやったん… 家庭持ちの真面目な人を困らすなよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ