勇者と護衛は骨を駆る
ある日のウーガの停泊日
『ウル、乗るカ?』
「そうするか」
ドライブする事になった。秒で決まった。
「で、何処走る?大通り?」
『最近ヒトが多くなってきたしのう。事故ったら事じゃ』
「んじゃ、外だな。外で走るか。武装しよう」
『外で走るの好きじゃのー』
「普通に嫌いだが。危ないし。道ガッタガタの地獄だ。車輪改善してマシになったが」
『自覚しとらんのー』
ウルは身体を動かしやすい軽装の鎧で身を包む。頭を守る兜を装着し、外に出るならと竜牙槍まで背中に背負う。
ロックはロックで、自らを構成する部品と自分とを組み合わせる。戦車のロックンロール号とは別の、車輪と名無しのダッカン達に作ってもらった金属パーツを幾つかつなげて、自走する馬車に自分をくみ上げる。
双方、慣れたものだった。
魔力を補給するためのウーガの停泊日、時間があるとき、ウルとロックは良く走っていた。馬よりも早く走るロックと変形して、思いっきり駆け回るのだ。
以前はぐずるエシェルの気を紛らわせるために一緒に乗っていたが、今ではすっかりウルの方が気に入ってしまっていた。ロックが誘ってくればそのまま乗るし、時にウルから誘うこともある。もっぱらドライブは休日の娯楽と化した。
「で、今日はどの方角行く?」
『ウーガから南の方角に川があったし、そっち見に行かんカ?』
「川っていうか、激流って感じだったけどなあ……ん?」
と、二人でウーガの最後尾、搬入口へと近づいていくと、そこに見知った顔がいた。美しい黄金の少女、この世界の守護者である勇者ディズが、やや悩ましい表情で馬車の前に立っていた。
「どした?ディズ。アカネは?」
質問を投げると、こちらに気づいたのか、彼女は肩をすくめた。
「アカネはウーガでお留守番。私はここから隣の都市に用事がある……んだーけーど」
『けど?』
「馬車が逝った」
そう言って、ちらりと馬車の方を見ると、ジェナが馬車の下からするりと身体を出して、首を横に振った。その手には馬車の車輪を固定するための軸とおぼしきものが握られていた……が、
「うわ」
『こりゃひっどいの、完全に逝っとる』
中心部から、へし折れて砕けていた。
ディズの馬車は十分に金をかけられた高級仕様だ。使われてる部品も決して安物などではないだろう。が、それが思いっきりである。何か、すさまじい力がかかったかのように。
「無茶させすぎたかな……」
「どんな無茶…………あ、いや、分かった。大体分かった」
ちらりと、馬車につながれている馬たち。ダールとスールを見て、大体察した。というよりも思い出した。この二頭の馬たちは全然普通ではないのをウルはすでに体感している。あの強行軍をしょっちゅうしていたら、どれだけ金をつぎ込んだ馬車だろうと、持たないだろう。
「ダールとスールもお疲れだから休ませるにはちょうどいいんだけど……ちょっと急ぎでね。【飛翔】で行こうかなって」
何を言わずとも、ジェナはディズに外套をかけて、テキパキと準備を進めている。ディズは身体を伸びして、ストレッチを始めていた。
極めて高度な飛翔の魔術を彼女は修めている。ある程度の距離であれば、彼女は自在に移動できるだろう。しかしそれを使わず、何故馬車を利用するのかといえば、それが大変だからに他ならない。
ただでさえ、ほぼ休む暇の無い激務の彼女が、更に苦労を重ねようとしている。ウルとロックは顔を見合わせた。そして、
『へい、お嬢さん、乗っていくカ?』
「一緒にドライブにいかないか。隣の都市まで」
小芝居と共に二人はサムズアップした。
「良いの?」
「そりゃもちろん」
『この状況で知らん顔もできんじゃろ?それに、ほれ、アレじゃ』
カタカタと、車両状態となったロックはどこから出しているかも分からない笑い声を漏らした。
『護衛対象が都市の外に出るんじゃから、守ってやらんとな!』
その言葉に、ウルとディズは顔を見合わせた。そして、
「「…………そういえばそうだった」」
『どっちも忘れとるのう』
状況が激動過ぎた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ディズとウル、二人が乗り込むと、ロックの車体は少し手狭だったが、なんとか収まった。その分ロックが形状を変化させ車体に窓を開けた分、流れてくる風が心地よかった。
「うーんらっくだなー。揺れも少ないし」
『カッカカ!車輪もこだわったからのー!』
「ダッカンさんとかに無茶言いまくってるからな……今度報酬払わねえと」
「ただ流石にちょっと狭いな。ウル、そっち寄って良い?」
「恥じらいを持て勇者」
『乳繰り合うならよそでやれい!』
会話しながらも、ロックの車輪が大地を駆っていく。無論、ウーガとは違い舗装された路面ではない。時に何かを踏みつけたり、急な坂で速度が上がったり、あるいは浮遊感と共に小さくジャンプしたりと、どうしたって荒っぽい運転になるが、それでも乗り込んでいる二人も、ロック自身も気にすることは無かった。
何せ、荒っぽさでいえば、今日に至るまでの道中の方がよっぽどだ。
「でもウルがこういうの好きなのは、意外といえば意外だね」
「どうかね。爽快であるのはそうだが」
ウルも正直、自分自身でここまでロックと一緒に走るのにハマるとは思ってはいなかった。都市の外に出ることだって、元々はまったく好きでは無かったはずなのだが、自分で自分の感性が疑問だった。
首をかしげながら、自分の内面に向き合ってみる。そして導き出された答えはというと、
「……アレだな。昔散々苦労させられた都市の外の旅の苦痛が一瞬で走破できることに対して仄暗い復讐心が満たされてだな」
「風を切る感覚からはかけ離れた湿っぽさの塊のような感想」
『もう少し楽しい事言わんかい!?』
「我ながらどうかとは思っている」
思った以上に、じめっとした感情が出てきた事にウルは自分でちょっと引いた。長年、ずっと苦労させられてきた反動というべきなのかもしれない。
「…………まあ、良いだろうが別に、どう感じてどう楽しもうが俺の勝手だ」
『そりゃ道理じゃの』
「ねえ、それよりもっととばしてみてよ」
『勇者殿はあらっぽいのう?』
「きゃーこわーい!ってのやってみたい」
「何の本を読んで影響されたんだ」
『絶対おぬし、ワシよりも早く飛べるじゃろ』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
都市と都市の間を移動するときの名無しの旅路は過酷だ。
当然ながら都市の外に、魔物達から自分たちを守ってくれる結界なんてものは存在していない。魔物達から身を挺して守ってくれる騎士達も存在しない。素晴らしい精霊様の力を与えてくれる神官様達だってもちろんいない。
自分たちで身を隠すしかない。必死に、懸命に、息を潜めて。
その為の工夫は様々だ。先人達の知恵、安全なルートの構築。様々な守りの護符に、精霊への信仰、魔物を寄せ付けぬ為の人数の調整、【移動要塞】、【止まり木】等々。本当にあらゆる対策が存在する。
そしてそれらの対策を、都市の外に出る名無し達はあらん限り全てを利用する。
それだけ必死なのだ。
そして、それでも、それだけやっても、それらはささやかな抵抗だ。真なる魔を前にして、必死の抵抗などあまりにもささやかだ。嵐を前にして、ヒトが築き上げた防壁など、あっという間に崩れ去る。
『GGAAAAAAAAAAANNNNN』
「ひ、ひい………!!」
「お、お父さん……!」
ちょうど、今の自分達のように。
今回の仕事は悪い仕事では無かった。
都市から都市への貨物運搬の仕事だ。プラウディア領からグラドル領へと領をまたぐので、やや距離はあったが、しかし安全なルートは確保されていた。何度もその道は通っていた。報酬の前払いも良い。荷物の量も少なくて、つまるところ良い仕事だった――――表向きには。
『GAOOOOOOOOOOOOOOOONNNN!!』
ところが、安全なルートにて、【人狼】と呼ばれる種類の魔物と遭遇してしまったのだ。3メートル超の巨体、鋭い爪と牙。何よりも厄介なのは、一個体でも十二分に凶悪であるにもかかわらず、集団で襲ってくるというたちの悪さ。
魔物を引きつけすぎぬようにと、数の利に頼めない外の旅路において、厄介極まる魔物だった。
無論、近づかれるまでの間に、対策は試みた。その姿を発見した時点で、姿をくらます魔術を幾つも使った。にも関わらず、まるで何かを嗅ぎ分けるようにして追いかけてきた。
運搬していた荷物の中に、巧妙に、怪しげな【魔薬】の類いが紛れ込まされていたと気づいた時には全てが遅かった。
匂いが漏れていたのか、魔力が漏れていたのか、理由は不明だ。だが人狼が真っ先に自分たちの荷物を襲い、割れた薬瓶の液体を浴びることで興奮する人狼達の姿を見た時点で、自分が「仕事選びをミスった」というどうしようもない事実に気がついた。
だが、時すでに遅し、という奴だった。
もう少しで、長期間都市に滞在する費用が貯まる。そうすれば、娘に都市の中で仕事を見つけさせてやれるかもしれないという、はやる気持ちが、結果娘をも危険にさらした。
慎重さを失った自分のミス…………と、言いたいが、しかしそれよりも怒りが勝った。
決して、決してそこまで欲張ったわけでは無かった。
確かに報酬は良かったが、それでも適正を大きく超えるような、見るからに怪しいような仕事に飛びついたわけでも無かった。少なくとも、都市の中で仕事をするような大商人が一日に稼ぐ報酬と比べれば、慎ましいはずだ。
つまりそれは、その程度の金で、死ぬかもしれない危険な仕事を背負わされたのだ。
「ふざけんな畜生が」と思うのも当然だろう。彼は泣き震える娘を必死にかばいながらも、この世の全てに悪態をはいた。旅に出る前に必死に祈りを捧げていた神と精霊達に対しても、役立たずが馬鹿野郎!と怒鳴り散らした。
どれだけ精霊や神が偉かろうが、娘を助けてくれなきゃ木偶の坊と変わりやしない。
しかし、どれだけ世を呪おうとも、娘をかばおうとも、彼に出来ることはもう何も無く、魔法薬に酔った人狼達の爪が、一直線に二人に振り下ろされ――――
『カーッカッカッカッカッカ!!っしゃあああおらああ!!!!』
『GGYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!?』
「ほおわあああああああ!?!」
その直前に、謎の人骨馬車が人狼を轢き殺した。
唖然としていると、更にその珍妙な人骨馬車から二人の人影が飛び降りてくる。一人は灰色の髪の少年で、もう一人は黄金色の美しい少女だった。二人は飛び降りると、自分たちをかばうように前後について、槍と剣を構えた。
「いや、まさかこのだだ広い平原でヒトに遭遇するとは。しかも大ピンチ」
「どう足掻いてもヒーローだな、ディズ」
「君も頑張ってよ?護衛、兼、未来の英雄」
「努力するよ、勇者様」
何一つ事態を把握できない間に、二人は気軽に会話を続けつつ、双方前方の人狼達を前に身構える。なんだなんだと事態を把握しきれないうちに――――
『おう、ワシもちゃんと混ぜろよ?』
「きゃああ!?!」
砕け散った人骨馬車が、ひとりでに再生していく。散らばった人骨が気がつけば自分たちの周囲を囲い、檻のように、あるいは自分たちを守るための結界のように形を変える。更にその周囲から、凶悪な面構えの死霊兵達が、剣を握り立ち上がってくる。
「おう、好き勝手暴れろや人骨。止めねえから」
『カッカッカ!!ええのう!!しかしまあ、』
そしてその死霊兵達のウチの一人が、チラリとこちらを見て、楽しげに笑った。
『カカカ、おぬしら、運がええの?』
どうやら、そうらしい。
彼は神と精霊達に対する悪態の全てを撤回し、娘と共に全力で感謝の祈りを捧げるのだった。




