白の蟒蛇の戦士の回想
その男は、【白の蟒蛇】に所属している戦士だった。
古株、と言っても良いだろう。流石に設立当時から一緒だったラビィンほどでは無いが、ジャインともずいぶん長い付き合いだ。冒険者としての年数は更に長い。驕るつもりは無いが、ベテランだという自覚はあるし、ジャインに頼られている自負もある。
彼が以前のギルドを辞めて、白の蟒蛇に所属する事の経緯は、ありきたりだ。
ただただ、ソリが合わなくなって辞めたのだ。
その理由もまあ、どこででも聞いたことがあるような、ありきたりな話だ。仕事の配分が偏り、モチベーションに格差が生まれ、ギルド長の贔屓がゆがみを生んだ。ギルド全体がぐだぐだになったので抜けた。(しばらくした後、そのギルドは解散になったらしい)
さて、これからどうするか。いっそ自分でギルドを立ち上げてやろうか。といったところで、白の蟒蛇のリーダー、ジャインに誘われた。
白の蟒蛇はそのときすでに結構名を上げていたが、冒険者ギルドを通してオファーがあった時は、正直言って複雑だった。
当時は自分も若かった。ギルドは辞めたがフリーになったことで逆に心は軽くなった。冒険者家業は辞めるつもりも毛頭無く、脂が乗り始めていた自覚もあった。
そんなとき、自分以上に名を上げてる連中から(しかも自分よりは若い)誘われるというのは、「どうだみたか!」という喜びと「生意気な野郎だ!」という反骨心がごちゃごちゃに入り交じっていた。
しかも女連れでブイブイ言わせているというのだから「この野郎」がちょっと勝った。
今なら言えるが嫉妬があった。
だから、誘われて彼の顔を見に行ったときは、冷やかし半分でもあった。場合によっては「俺を下につけたきゃ決闘で勝ってからにしろ」なんてノリだった気がする。
そして、
「フリーになったと聞いたから誘った。アンタを手放すなんて馬鹿な連中だ」
そう語る、白の蟒蛇リーダーの面構えを見た時、冷やかす気持ちが失せた。
彼の誘い文句にときめいたから、ではない。
彼の連れている女、ラビィンに一目惚れしたから、ではもちろんない。
彼の隣に立つ、強い警戒心を持った男の目を恐れて、でもない。
本当に、ただただ、彼の凄惨な目が、痛々しかった。
ある日、突然わいて出た凄腕の冒険者3人組。
なるほど、それを聞いたとき、きっと“何か”をしてきたのだろうという予想はしていた。ただただ「一芸」を持っていればどうこうなるような世界では無いのはもうとっくに分かっていた。新人が瞬く間に成り上がるというならそれは「下地となる何かをすでに持っている」のは間違いなかった。(そうでないなら奇跡的に運が良いか、あるいは絶望的に運が悪いかの二択だ)
だから、何かを経験してこの世界に来たというのは分かっていた。わかっていた、が
ここまで、痛々しく傷つき、淀んだ眼をした奴を、彼は見たことが無かった。
誰一人他人を信用してない眼だ。傷つけられ、苦しみ続け、その道の果てで、苦しみから逃れるため、荒野を行くことを決めた目だった。
自分が恵まれていると思ったことは無い。名無しで、苦境の中で努力し続けてきたというのが自慢の一つだった。
だが、それも、彼ほどでは無い。
それが、一目見ただけで分かるほど、彼の放つ淀みと凄みは、肌で感じられた。
「……少数精鋭とは聞いちゃいたが、本当に少ないな、メンツ」
「色々と誘っちゃいるが、なかなか頷く奴が少ない」
だろうな。彼は苦笑いした。
彼の顔を見て「一緒にやろう!」と思える奴は絶対に少ない。その景気の良さに誘われて近づく奴はいたとしても、すぐに諦めるだろう。甘い蜜だと思ってやってくるような温い連中ほど、彼の顔を見ただけで距離をとろうとするはずだ。
「……このギルドの目標は?」
「安住の地を得る」
「土地を買うのかよ。名無しが? 正気か?」
「それくらいしなきゃ、俺たちは“安心”できない」
聞けば、やっぱり地獄だ。名無しが立てる目標としては、トップクラスの難易度だ。
誰がどう考えたって、地獄が待っている。
どう考えたって、彼と一緒に行くのは、楽な道ではない。
そして、それを「面白い」と思ったのは、やっぱり若さだった。
「――――まずそのハリネズミみてえな面構えを辞めるところからだな」
「は? ジャイン兄、デブだよ? とげとげしてない」
「お前はしゃべるなっつったろバカラビィン……」
「いいじゃんジョン兄」
「良いさバカ兄妹ども。俺が冒険者の処世術ってえのを教えてやる」
自分で成り上がるよりも「やりがい」のありそうな仕事を見つけた。思わず口角がつり上がったのを今でも覚えている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして、月日は流れた
少しずつ仲間が増えた。彼も徐々に自分の過度な険しさを削り、不器用ながらも統率者としての威厳を身につけていった。冒険者としても成長を続け、とうとう銀級の冒険者、一流の冒険者としてジャインは成り上がった。
だが、それが順調かと言えばそうでは無い。
苦難も山ほどあった。名無し達が自分たちだけの土地を得るという目標は、あまりにも高く、重かった。楽や安定とは無縁の戦いを続けるのだ。当然離反者も出た。問題も出た。闇ギルドまがいの行動が内部で出て、大量の離反者まで出た。最早ここまでか、と心折れかかったこともあった。
だが、しかし、まさか、
「っしゃああああああああおらあぁ!!! ざまあみさらせ骨野郎が!!!」
『ッカアアアアアアアア!!!?』
「…………まさか、こうなるとはな」
その果てに、人骨とのアームレスリングで雄叫びを上げるジャインを見ることになるのは、流石に予想外が過ぎた。
定期の竜吞ウーガの物資補給日。
その日の恒例となった食事処での飲み会の折、誰が一番腕力があるか、などというバカな疑問を投げかけたバカがいて、それに乗ったバカが出て、最終的にこうなった。
最終的に筋肉も何も無い死霊兵と我らがギルド長の一騎打ちという珍妙な戦いは、ギルド長の勝利で決着がついた。あちこちからは雄叫びと悲鳴が湧き上がった。
「っしゃあああ!! 流石我らがギルド長だ!!」
「うっそだろ!? なんで魔力を筋力代わりにしてる死霊兵に腕力で勝てるんだ!?」
「総取りだ!!! ジャインさん最強じゃあ!!」
「おいバカどもあんま騒ぐなよー……聞いちゃいねえ」
諫めるが、騒ぎは収まる様子は無い。
ウーガに自分たちの騒ぎを疎ましく思うような都市民はいないので、気は楽だが、しかしあまり気が抜けすぎると、都市に降りたときに引きずるのが怖い。
今度諫めないとな、と思いつつも、彼らの浮かれ具合は理解出来る。
安全安心とはとても言いがたい場所ではあるが、しかしそれでも、自分たちの居場所だと言える土地を、手に入れたのだから。
「……こうなることがわかってたのか? ラビィン」
自分と同じように少し距離を開けたテーブルから、ぴぃぴぃとやかましく指笛を鳴らすラビィンに訪ねる。彼女は「ん?」と首をかしげた
「え、いきなり話しかけられても何のこっちゃさっぱりっすよ?酔ってるんすか?」
「その通りだ。酔っている」
どうやら自分もそこそこ浮かれているらしい。気持ちよくなっていた。自分よりも若い女に酔いを指摘されるのは少し恥ずかしいが、どうせ宴の場だ。そのまま会話を続けた。
「ジャインがウルの案に乗ると決めたとき、こうなると分かっていたのか?」
「直感は未来予知じゃないってしってんでしょー」
直感という技能は、希少性が高い。無数に存在する冒険者の中でも、それを発現する者はほとんどいない。何せ、本来人類が保有する五感や身体能力とは別の第六感を得るのだ。
視力や聴力といった、すでに存在する身体の器官が新たな力を獲得するのとはまったく訳が違う。
加えて言えば、本当にその技能が発現しているかどうかも分かりづらいのだ。直感だと思いきや、ただの運と勘違いだった、なんて話は良くある事だ。
だから、幾度となく“勘”で白の蟒蛇を窮地から救ってきた事で、その力を証明したラビィンの判断は、否応なく重視される。今回もそのパターンだと思っていたが――
「特にウーガの時は、いろんな連中の思惑がぐっちゃぐちゃにこんがらがってたっすからねー。最終的には完全に出たとこしょーぶだったっすよ?」
「よくそれで、ジャインの判断を支持したな」
「一緒に死んだって良いって思ってただけっすよ?」
ラビィンは真顔だった。昔を思わすような感情のこもらない眼つきだった。しかし、それもすぐに綻んだ。彼女は楽しそうに笑った。
「そんな酔狂がこんなにいたのは、予想外だったっすけどね?」
酒場には多くの者が居た。ウーガを建設していた名無し達以外、白の蟒蛇のメンツも集結していた。ジョンの裏切りで生涯の別れとなったメンツも多かったが、それでも、歓声が沸くくらいの人数は、ちゃんと残っていた。
彼らは皆、ジャインの人生をかけたような大賭けにのった連中ばかりだ。自分も含め。
もちろん、彼らが全員、ウルの前代未聞の作戦に勝機を見いだした訳がない。
だとすれば、彼らが勝機を見たのは、信頼に足ると思ったのは、
「割と、お前らは好かれていたと言うことだよ」
そこで汗だくになりながらも、ギルド員達に讃えられて、苦笑を浮かべるジャインを、信じるに足ると思ったからだ。
かつて、誰も信じるまいとしていた、やさぐれた子供はもうそこにはいなかった。
「っつっても、裏切られちゃったっすけどね? 昔からの幼なじみにだって」
「全員から好かれ続けられるなんてのは、子供の考えだ」
水を差すような、あるいは少し恥ずかしがるようなラビィンの言葉を鼻で笑う。失敗もあるだろう。間違いだってするだろう。それでもその果てで、人徳を得られたのなら、素直に誇れば良いのだ。
するとラビィンは立ち上がり、こちらの顔をのぞき込む。なんだどうしたと眉をひそめると、彼女は笑った。
いつものヘラヘラとした笑みでも、昔の殺意に満ちた冷笑でもない、子供のような、朗らかな笑みだった。
「でも、アンタがついてきてくれたのは、良かった」
「そうか」
「ジャイン兄もそう思ってるよ」
「そうか」
それだけ言って、ラビィンはジャインの下に駆け寄って、きゃいきゃいと馬鹿な事を言って騒ぎ始めて、ぶっ倒れて悔しがるロックをつつきながら、ジャインを呆れさせていた。
それを眺めながら、残っていた酒を一気に煽った。
旨い酒だな。と、改めて思った。




