灰都ラースの大騒乱⑦ 二式、そして――
灰都ラースへの最終遠征前 【地下牢・地下工房】にて
「警告しておく」
【黒炎払い】装備の最終調整を行うため、ダヴィネと共に放棄された地下工房へと再び足を踏み入れた【黒炎払い】の面々にダヴィネは語る。
ウル達の鎧を整えた彼は残る最後の一仕事。”強い竜殺し”の製造にとりかかっていた。
「警告?」
「コイツを使うときの注意点だ」
地上の黒炎の影響だろう。他の場所と同じく地下工房もまた酷く暑い。じっとしているだけでも熱が籠もってくる。その最中、ダヴィネはじっと、釜の炎の前から動かず、更なる熱を浴びながらも平然と鎚を振るい続けていた。
彼が鍛えるのは、アナスタシアから要望された新たなる【竜殺し】だ。通常のソレと比べ一回りも大きく、当然のように禍々しい。しかし、
「……綺麗だな」
ウルはシンプルな感想を述べた。
新たなる竜殺しは恐ろしくて、美しかった。ダヴィネの生み出す作品の多くはそうだ。無駄の一切を削ぎきり、その役目を果たすための力を極限まで高めた果てに生まれる機能美がそこにはあった。
「……こいつさえありゃ不死鳥も倒せるのか?」
ガザはそれに手を伸ばそうとするが、ダヴィネは不意にそれを持ち上げて遠ざける。訝しがるガザをダヴィネは睨んだ。
「直接触れるな」
「……そんなやべえもんなのか?」
慌ててガザは手を引っ込める。見ればダヴィネも厚手の作業用手袋を身につけている。少なくともまともな武器の扱いとは違った。
「【黒渦星】と呼ばれる鉱石がある。竜殺しの素材はそれだ」
「作り方なんて聞かされたってわかんねえぞ?」
「黙って聞け、殺すぞ」
ダヴィネが何時もと違い、静かに凄む。ガザは黙った。
現在の地下牢の状況を考えれば、此処でぐだぐだとのんびりしている暇はないのだが、しかしダヴィネにこの期に及んでへそを曲げられても困る。彼が不死鳥討伐における最大の要であるのは疑いようがないのだから。
「ソイツを見つけたのは昔の魔術師だ。生物でないにもかかわらず、【黒渦星】は相当量の魔力を注いでも、オーバーフローを起こさない謎の物質だった」
昔の術者はそれを発見したとき、狂喜したらしい。
【黒渦星】は小型であるにも関わらず、莫大な魔力を保管できる。つまりそれは最強の魔力保管庫になりうるのだ。つまるところ、【神殿】の機能を個人が携帯できるに等しい。この原理を解明できれば革命が起こると確信した。
「……でも、そんな鉱石知らない。そんな素晴らしいものなら、有名なんじゃ?」
「今じゃ禁忌扱いだからだ。直接鉱石を漁る土人らの間じゃ今でも有名だが」
指摘したレイが顔を顰める。禁忌、つまりその夢の鉱石には落とし穴があったのだ。
「魔力貯蔵庫として活用しようとした魔術師たちのギルドが、ある日突然消滅した」
「しょ、消滅……って」
「限界量を確認しようと与え続けた魔力を、【黒渦星】は吸収し続けた。が、ある一定の量に到達すると、その魔力を今度は一気に放出し、爆発させた。周囲もろとも巻き込んでな」
ガザはその説明を聞いて暫く眉をひそめていたが、その引き起こされた現象にようやく思い当たり、そして悲鳴を上げた。
「完全に爆弾じゃねーか!!!」
「そうだ。そいつが【黒渦星】の正体だ」
許容量不明。どの程度魔力をため込んでるかも不明。通常時も周囲の魔力を微量に吸収し続けて、予期せず爆発する代物。
とてもではないが、まともには運用しようという発想が浮かばない。禁忌扱いも道理だった。鉱山などでそれを発見したら、速やかに退避することが推奨される。魔力がどの程度溜まっているか、初見では判別も出来ないからだ。
「……んなもん、よく武器に転用できたな?」
「俺が天才だからだ!!!」
「いや、もうそこを疑う奴はいねえよ。アンタは天才だ。だが具体的にどうやって?」
自慢げに鼻を鳴らすダヴィネに呆れながらも、ウルは続きを促した。
「魔力を介さず、一定の熱と衝撃を【黒渦星】に与えると、吸収と放出を調整できるようになる。調整の機微は俺にしかわからんがな!」
「……あー、なるほど。奪った力を使うのか」
その調整の方法は理解できないが、竜殺しがどうやって竜にすら通じる破壊力を有しているのかは理解できた。
相手の力を奪い、その力が回復されるよりも早く、即座に破壊に転用する。魔力がこの世界に満たされた力そのものであり、竜たちの強さもそれに依存する。ならば、それを奪い、奪った部分を即座に破壊すれば、砕けるのは道理だ。
「黒炎を相手にする場合は、吸収と拡散に比率を調整している。竜殺しって一言に言っても、性能には違いがある……で、その調整を極限まで拡散でなく、破壊に寄せたのがコイツだ」
改めて、ダヴィネが新型の竜殺しを差し出した。しかし、今度はガザも容易には手を取らない。普段武器として使っているシロモノが、決して粗雑に扱っていいものでないことに、彼でも気が付けたらしい。まして、その新型ともなれば――
「やばそう」
「コイツに使われてる【黒渦星】の純度なら魔力許容量は相当だ。早々爆発する事は無いが、念のため黒睡帯で封じておけ。んで、これはお前が使え、ウル」
そう言ってその恐ろしい大槍をダヴィネはウルへと差し出した。正直、お断りしたい気持ちがなくもなかったが、念のため尋ねた。
「何故俺?」
「解放すれば、魔力だけじゃなくて、物質すらも砕いて飲み込もうとする。扱うには使い手の物質強度が必要だ。お前の右腕なら耐えられるかもしれないって話だ」
「かも、かよ」
「あたりめえだ!!時間がねえんだよ!!本来ならもっともっと日数をかけて調整しなきゃならねえもんを突貫で完成させたんだぞ!!死にたくねえならやめとくんだな!!」
ウルはその言葉に少し目を閉じて、俯く。
「正直、この腕を良いように利用すると碌な事にならないのは間違いないんだがな」
そう言いつつも、ウルは【竜殺し・二式】を受け取った。
「しなかったことを悔いるのはご免だ」
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「【竜殺し・弐式】封印解放」
ウルは言葉と共に【二式】の柄を強く握った。瞬間、竜殺しの外周を、その力を封じるために幾重にも巻かれていた【黒睡帯】が弾け飛んだ。次の瞬間、竜殺しの本来の力が発揮され、ウルは竜殺しをにぎる右手から伝わる悍ましい感覚に顔を引きつらせた。
「ぐぅ……!」
「ウル!!」
「こっちはいい……!不死鳥が来るぞ!」
心配するガザを振り払うようにウルは返した。心配されたとしてもどうにもならない。
魔力を喰らう、とは言っていたが、コレはそんな次元ではない。今ウルの右手には痛みが走っていた。小さな虫が皮膚から徐々に肉を食い千切ってくるかのようなうな痛みだ。
『AAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
そして、その脅威を不死鳥は敏感に察したのだろう。こっちへと一気に落下してくる。早々に【二式】を竜へと投擲しようと考えていたウルは舌打ちした。
「ババアと一緒に遊んでろよこのヤキトリが!!!」
ガザがその前に立ち塞がり、大盾を構える。間もなく不死鳥の突撃を受け止めた。
「おおおおおおおおおおお!!!!」
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
不死鳥の突撃を、ガザは押さえる。不死鳥の身体から溢れる炎を【黒喰らいの鎧】は全て防ぎきっていた。不死鳥自身の身体は小さく、受け止めきれない程の突撃ではない。
『AAAAAAAAAA!!!』
だが、当然それだけでは終わらない。不死鳥は再び空へと羽ばたくと、翼を広げる。【黒炎】が集中し巨大なる炎の塊となる。辺り一帯を焼き払うだけの火力が一点に集中した。ガザは、それでもウルの前から動こうとはしなかった。彼が退けば、不死鳥は一気にウルへと突撃すると理解していたのだ。
だから、代わりにウルが動いた。
「好き勝手するんじゃ――――ねえ!!!」
【二式】を放る。竜へと投げるべきか最後まで悩んだが、放った後ウルもガザも焼き尽くされて死ぬのでは意味が無い。不死鳥へと放った二式は一直線に不死鳥へと向かった。そして
『――――A 』
パン、と、奇妙な音と共に不死鳥の頭部を消し去った。
「……はあ!?」
「一、撃……!」
自身が放った【二式】の凶悪さにウルは絶句した。
不死鳥の肉体はぐらりとウルとガザの前から落ちる。黒炎は再び燃えさかり始める。恐らくは復活をしようとしている。再誕は間もなくだろう。死なずの不死鳥を殺しきることは出来ない。が、それにしてもあまりにも強すぎた。
「うっかり落とす事も出来ねえ…!」
「絶対俺の方に向けんなよウル!?」
ガザの悲鳴のような頼みを無視してウルは括り付けたワイヤーロープを一気に手繰り、再び【二式】を手元に戻す。だが、見れば括っていたロープも崩れかけていることに気がついた。握っていても危険だが、こうしてロープ越しに振り回しても早々にあらぬ方向へと飛んでしまう。
身体も道具も何もかも、長い時間は掛けられない。ならば
「速攻で、竜を破壊する……!!!」
即座にウルは二式を握り、上空に浮かぶラースの遺骸に投げつけた。先程よりも更に早く、真っ直ぐに竜へと向かい、
「させないよお!!!」
グラージャの砂蛇がその前に立ち塞がった。
「グラージャ…!!だがなあ!!」
ウルはワイヤーを握り、引く。【二式】の軌道は変わり弧を描くようにして周り、砂蛇の胴へと叩きつけられ、その身体を両断した。頭部に乗っていたグラージャは身体のバランスを崩し、ぐらりと空中に投げ出された。
「ぬあぁ!?」
「邪魔だあ!!!」
そのままウルはもう一槍の自分の武装、【竜牙槍】を構え、同時に柄を捻り咆吼を発射した。微塵の躊躇もなく放たれた破壊の滅光は年老いた老婆の肉体を捕らえ、そのまま一気にその身体を焼ききる。
「――――ヒャヒャヒャ」
「……!?」
そして次の瞬間、グラージャの身体は砂となって砕けて消えた。
ウルは最初それが、自身の【咆吼】によってグラージャの身体が破壊されたものだと思ったが、すぐに違うと気付いた。凶悪極まる敵ばかりを相手にしてきたが故の経験則が告げていた。手応えがない、と。
身代わりだ。ならば本体は!?
「ウル!!」
ガザが叫ぶ。ウルが振り返る。彼が指さす先、砕け散る砂蛇の影に隠れて、細く、小さな砂蛇がもう一人のグラージャを運んでいた。彼女は既に大罪竜の遺骸の目の前まで迫っていた。
「グラージャ!!!!」
「ヒャヒャヒャ!!!遅かったねえ!!!」
再び竜牙槍を構えようとするが、既にグラージャは間もなく彼女の手は竜に触れる。ウルは舌打ちしながらもその光景を見つめた。そして――
「ああ、それはさせてあげられないの。ごめんなさいグラージャ」
「ヒャ――――?」
次の瞬間、グラージャの首が刎ね飛んだ。
「――――――は?」
グラージャの老いぼれた身体から血が噴き出す。
枯れ木のような身体だったが、それでも中にはあれだけ血液が詰まっていたのだな。なんていう、感想をぼんやり抱きながら、彼女の身体が崩れる砂蛇から落下して、陥没した砂漠の砂の海にぼどんと落ちるのをウルとガザは見た。
そして竜の前に残ったのは、”グラージャの影から”彼女の首を刈り取った当人だけ。
「……クウか」
「あら、ウル。数日ぶりね」
【焦烏】のクウは微笑んだ。
明日は時間をずらして2話更新いたします




