灰都ラースの大騒乱⑤ 堕ちた白
大罪都市ラスト。その興りに現れた【白の魔女】
その力を受け継いだ弟子達は白の末裔と呼ばれる。ウルの仲間であるリーネもその一人である。しかし彼女は、全能に近い魔術を有していた白の魔女の力の一端を継承したに過ぎない。
【白の魔女】が弟子達に与え、継承された魔術は他にもある。それらは長い時をかけて研鑽され、時に変化しながらも後世に引き継がれていった。
グラージャが扱う【霊与】も白の魔術の一つ。
その魔術の効力は、【白王陣】のように複雑かつ特殊で扱いづらいものとは異なり、極めてシンプルだ。それもその筈で、そもそもイスラリア全土で現在使用されている付与の魔術の源流こそが【霊与】であるからだ。
そもそも、【霊与】の術式を継承する前は付与の概念は広まってはいなかった。存在こそしていたが、あまりにも汎用性が低すぎた。
だが【霊与】はそれを変えた。
簡易で、素早く、そして持続する。武具防具の強化、人体の強化。戦闘のみならず、日用雑貨に都市構築の際のインフラに至るまで、あらゆる所に活用が可能なその力は、まさに天の与えた力と言えた。
その圧倒的な汎用性で、その魔術を継承したテルテイン一族は瞬く間に繁栄し――――そして驚くほどの勢いで衰退した。汎用性が高すぎたその術は、あっという間に血族以外の者達に解体されて、そして解き明かされてしまった。独占していた利益は失われ、彼らの特別な魔術は、あっという間に世間の誰もが扱える一般魔術にまで落ちぶれてしまった。
特殊で、扱いづらすぎるがために落ちぶれたレイライン一族とはまた逆の凋落を喫する羽目となったのだ。
それ以降、【白の末裔】らは自身の術の秘匿性に一層の注意を払うこととなった。
さて、術が優秀すぎたが故に没落を喫するという不本意な憂き目にあったテルテイン一族であるが、しかしその血は続いていた。【白の末裔】の異名を失い、官位を失って、下野に下って尚彼らはしぶとく生き続けた。
付与の魔術の源流としての確かな技術と知識で魔術ギルドを結成し、彼らはしぶとく力を身につけていった。しかしそれは決して、レイライン一族のように再び世に自分らの力を示さんとするような前向きな理由ではなかった。
あらゆるものを掠め取られた彼らに残されたのは、世の中に対する憎悪だ。
その結晶こそが、グラージャ・テルテインである。
付与の魔術について極め尽くした魔女は先祖代々から知識と共に教えられた憎悪を魂まで身につけて、そして今、その憎悪の全てを開花させる為の手段を手に入れようとしていた。
あらゆる付与術を与えても尚、溢れることのない巨大なる器。
大罪竜の遺骸を。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ヒャッヒャヒャヒャ!!!!」
グラージャは笑う。グラージャが大地に与えた付与の魔術が大地を揺らし、蠢かせる。【黒炎払い】の魔術師達が扱うような単純な砂を動かす魔術とは違う。まさに生物のように、砂の大地は蠢いていた。
ガザはその砂に飲み込まれ、溺れまいと必死になりながら叫んだ。
「あのクソババア!!こんなことできるんだったら最初から手伝えよ!!不死鳥の捕縛とかよお!!」
「ギリギリまで隠してたんだろ!!狸ババアが!!」
ウルはそれに叫んで返した。そして生きた“砂蛇”ともいうべきそれに乗って【大罪竜ラース】へと向かうグラージャを睨み、叫んだ。
「あのババアを止めるぞ!!断言しても良いが碌な事にならん!!」
「だけど!止めてどうする!?不死鳥を止めるには、【残火】を壊さなきゃなんだろ?!」
しかし、その【残火】は大罪竜そのものだった。
破壊する、とは言ったが、しかしこれはどうこうできる代物なのか?と言われるとウルも言葉に詰まった。ウル達から少し離れた場所で、【黒炎払い】達の不死鳥を抑えこむための激闘は続いている。
向こうも相当な綱渡りだ。黒炎払いが一歩間違えて全滅すれば、なし崩しでウル達も死ぬだろう。
《ウル、くん。聞こえ、ますか》
「アナか!!現状は――」
《わかって、ます》
話が早かった。通信魔具越しに、彼女もいくらか焦ってはいるのだろう。普段よりも口調も少し早かった。
《残火、ラースから、運命が、見とれません》
「運命が……」
《恐らく、アレは、ただの死体です。生きてはいない――――表面上は》
遺骸、と、グラージャも確かに口にしていた。
遺骸、死体。物言わず、動きもしない。ただの死体。それが何故わざわざ封印されているのか。そしてそれが何故これほどの力と威圧を放っているのか。様々な疑問が頭を過るが、彼女がそうであるというのなら、それは信じよう。
「破壊は出来ると?」
《でき、ます。でも……》
「いや、大丈夫だ。破壊できるなら、良い。それだけ分かれば良い」
《……気を、つけて》
続けて、何かを言おうとして、口ごもった彼女を制止する。
恐らく、碌な運命が見えては来なかったのだろう。ウルもそう思う。大罪竜の遺骸はどのような形であっても、手を出すべきではない禁忌なのは誰の目にも明らかだった。アナスタシアの運命の力が無くたって分かる。
だが、それでも止めなければならない。逃げ帰ろうにも地下牢も崩壊寸前。退路は無い。
此処で勝つしかない。
「だが、その前に!」
「っひ……!?」
ウルはじろりと、魔女釜の他の術士を睨む。ウルが距離を詰めると魔術師の女は慌て、両手を振った。
「ゆ、ゆ、許して!私しらなかっご!?」
それ以上、何かを喋らせる前に、ウルは蹴りを叩き込んだ。彼女の身体は吹っ飛んで、ゴロゴロと砂の海に転がった。痛そうに呻いているから死んではいないだろう。加減もした。
「容赦ねえなあウル!」
「危険因子の排除と避難誘導だよ!そっちは!?」
「終わった!」
ガザの方も魔女釜の術者達を追い散らすことは出来たらしい。魔女釜の魔術師達はまさしく尻尾を巻いてこの場から逃げ出していく。その様子を見るに、グラージャの今回の暴走を彼女たちはしらなかったらしい。
つまり、少なくとも魔女釜の敵はグラージャだけだ。しかしそれでも、かつてないほど混沌とした戦場となっているのは間違いないのだが。
「ガザ、気合い入れろ!!!不死鳥捕縛と並行した魔女&竜殺しだ!!」
「もうちょっとなんとかなんなかったのか畜生!!」
ガザが悪態をつきながらも盾を構え、ウルと共にグラージャへと向く。
ラースの解放を賭けた戦いは、混沌極まるものへと転がり落ちていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ヒャーッヒャヒャヒャヒャ!!!」
魔女の哄笑が砂漠に響く。ウルはそれを耳にしながら彼女が生み出した”砂蛇”の上を駆けていた。足場にするには不向きだったが、この砂蛇の他、グラージャとラースの遺骸に近付く為の足場が無い。
砂蛇は獣のように激しく動き、時折のたうつ。本当に生きているかのようだった。
だが、本当に生きている訳ではない。グラージャがいかに優れた魔術師であったとしても、ただの砂の山を、生きた使い魔に変貌させるだなんて事が出来るはずも無い。
ウルは魔術にあまり詳しくは無いが、魔術というものが万能では無いことは知っている。万能であるのなら、リーネは白王陣の研究にあれほど苦心したりはしないだろう。彼女ができないなら他のどんな魔術師もできない。
「だったらコイツはあくまでも、グラージャが操って動かしてるだけだ!」
自ら敵を感知しているわけでも無く、動物的に危機を察して逃れる様に動けるわけでも無い、ただの動く砂の像だ。
ならば、これ自体はそれほどの脅威ではない。
ウルはグラージャへの射線が通ったタイミングで竜牙槍を身構えると、真っ直ぐにラースの遺骸へと向かうグラージャへと砲口を向けた。
「【咆吼】」
「させないよお!!!」
だが、次の瞬間、ウルの前に多数の砂蛇が殺到し、射線を塞いだ。ウルは舌打ちをしながらもそのまま熱光をぶちかます。所詮、砂のかたまりでしかなかった砂蛇は次々と砕け散るが、その一つ一つが僅かであれグラージャへと光が届くまでの時間を稼いでいた。
そして、その全てが砕ききるその前に、グラージャの姿は射線から消えていた。
更に上へ。憤怒の竜のすぐ側へと。
「ヒャヒャヒャ!!レディに向かって危ないモン向けるじゃあないか!?」
「なにがレディだ年考えろ!!!」
「あたしゃピッチピチの93才だあよ!!」
「想像以上にいい年だな!?隠居しろや!!!」
「やあなこったねえ!!!!」
グラージャが再び杖を振るう。土蛇が再び生成される。それも幾つも。
土蛇の火力は無い。黒炎鬼のようにそれ自体が呪いを纏ってもいない。精々強くぶつかってくるくらいだ。脅威は低いが、しかし復活速度が速すぎる。破壊してもほぼ一瞬で回復されてしまう。
復活した5体の砂蛇はぐるんと形を成して再びまっすぐにウルへと向かってきた。
「だあぁあらしゃああ!!!」
その直後、ガザが大盾で持ってその砂蛇の体当たりに真正面から突撃する。砂蛇は結構な大きさで、質量で、その数体分の体当たりに真正面からぶつかるのは自殺行為に思えた。が、その突進で先に砕けたのは砂蛇だ
「だらあ!みたか!!」
「頼もしい……が」
ガザが勝ち誇る、よりも早く、再び土蛇の再生は始まった。ガザは顔を深々と顰めた。
「キリがねえ!時間もねえぞ!!」
まだ地べたでぐだぐだと戦っているウル達に対して、グラージャはするすると、上に上がっていく。強大なる憤怒の竜の真正面にまでその身体を寄せていた。
「そもそもあのババア、竜の死体に何する気なんだ!?」
「碌な事じゃないのだけは確かだな……急ぐか」
間違いなく言えるのは、彼女が大罪竜の死体を破壊して黒炎を消滅させる気など欠片も無いという事だ。それはつまり、今限界ギリギリで持ちこたえている地下牢が確実に崩壊すると言うことであり、アナスタシア含めて既に黒炎に呪われて、徐々に身体が蝕まれている連中も死ぬと言うことでもある。
戦場においてこれほど自在に魔術を操れる程の技術を持ちながら、今日までそれを隠して危険を【黒炎払い】達に押しつけていた狡猾な老婆が、今死にかけの連中を気遣ってくれる可能性など皆無だろう。
ならば排除する他ない。
「ガザ!盾を上に向けろ!」
「あ!?わかった!!」
ウルの言葉を、察してはいないままに彼は言うとおり盾を空へと掲げた。その大盾の上にウルは飛び乗る。その瞬間、ガザはウルの意図を察したのか盾の影でニヤリと笑った。
「いくぞ!!」
「合わせろよ!!1,2のぉ――!!!」
ヒトが掲げた大盾という不安定な足場の上で、ウルは器用にも両足を限界まで広げ、そして屈む。同時に、ガザはその全身を使い、抜群の安定感でウルを支えたまま、深く身体を地面へと落とし、そして身体を跳ね上がらせた。
「3!!!」
ウルは自らの限界を超え跳躍した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「素晴らしいねえ!!!」
グラージャは眼前に鎮座する巨大なる憤怒の竜の遺骸を震えるような声で賞賛した。
間近で見るほどに、憤怒の竜の圧力は凄まじい。並みのものであれば、腰を抜かして逃げ出すであろうその圧を前にしても尚、彼女は全く怖じける事は無かった。
本能的な肉体の忌避も、詰まるところ目の前に存在するソレの偉大さの証明に過ぎない。それを、今から手に入れようというのだ。興奮は当然だった。
「これほどの器だ!我が一族の憎悪なんて、簡単に受け止めてくれるんだろうねえ!!」
【霊与】と呼ばれる、白の魔女からもたらされた付与魔術の源流。
既に世界中に知れ渡り、その大半を解析され陳腐化してしまったその付与の魔術は、しかし何もかもがつまびらかになってしまったわけではなかった。テルテイン一族が最後まで他の者達に伝え教える事を渋った術式が存在していた。
それを末裔たるグラージャは教えられている。
否、正確に言えば、生まれたときから知っている。
秘匿されていた【霊与】の深奥とは、【魂の継承】である。
技術を、知識を、感情を、あらゆる全てを次代に【付与】する事で、伝えるべき全てを託すための秘術。お人好しだったテルテイン一族はこの技術だけは決して他の者達に伝えることはしなかった。
理由は、それが危険であると理解していたからだ。
知識の完全なる伝授を可能とするものの、下手をすれば相手の魂と混じって破綻しかねないような恐ろしい魔術。その危険性を理解していたからこそ、テルテインはそれを外部には決して漏らさなかった。自分たちでも扱うのは控えようともしていた。
しかし、その後、人の良い彼らは外部の者達の手によって地位も名誉も知識も全てが簒奪された。没落した彼らはその禁を解いた。
継承すべきは知識ではなく、自分たちの知識の全部をかっ攫って貶めた連中への怒り。自分たちに感謝もせずのうのうと力をつかってる世界中の全ての人類に対する嫌悪。
脈々と正確に、一切褪せる事無く継がれ続けたその思いを、グラージャは結集させる。
「【魂与】」
杖先に集まった魔力の塊は、自身の知識と、憎悪が詰まった付与魔術だ。
それを与える先は、何であろう、大罪竜の遺骸である。
「ヒャッヒャヒャ!!!器が残ってるなんてねえ!さいっこうについてるさ!」
黒炎の元凶が残っているのは、彼方此方に燃えさかる黒炎を見ても明らかではあったものの、まさかここまで完璧な大罪竜が、しかも死体として残っているというのは、幸運極まった。
死体というのはただの物質だ。そしてその物質に付与する事など彼女には極めて容易い。
「さあー!大罪竜!!ワタシになって世界を焼き尽くしてもらおうかぁ-!?」
「――――!!」
「……ん?」
すると不意に、声がした。またあの小童達が足下でちょろちょろと暴れているのかと疎ましそうにグラージャは視線を足下へと向ける。すると、
「やっぱろくな目論みじゃあ、ねえなあ!!」
下から、ウルが一気にグラージャよりも高くへと飛び上がった。
グラージャは目を見開き、驚く。が、同時に反応も早かった。
「ッヒャヒャ!!身動きも出来ない空に飛び出してなにがしたいんだい!?」
憎悪と共に、数百年の知識と技術を継承し続けてきたグラージャは、只人で、90以上の高齢でありながらも恐るべき反応速度を持ち合わせていた。大罪竜への【付与】を中断し、即座に再び足下の砂蛇を叩く。その砂蛇を伝って足下の地面へと伸びた彼女の【付与】魔術は、新たな土蛇を生みだし、そして幾本も操る。
「たたき落とされて死になぁ!!」
グラージャの咆吼と共に土蛇が蠢き、ウルへと殺到する。
だが、ウルは慌てる様子もなかった。空中で、器用にも身体を捻り、そして勢いよく右腕を振るった。同時に、何かを此方に向かって投擲する。
「ぬ!?」
グラージャはそれに応じて砂蛇をウルとの射線の盾とした。
が、ウルが投擲した何かは砂蛇の身体から大きく上に逸れた。当然それはグラージャにも当たらない。しかし落下したそれはぐるりと砂蛇の身体へと回り、先端の鋭利な刃が砂蛇の肉体に突き立った。
「何!?」
そのままウルの身体は動く。ウルが投げたもの、鉤爪状のソレには細く頑強なヒモが結びつけられていた。ウルはソレを引っ張り、自らの身体を砂蛇に一気に引き寄せたのだ。
「ダヴィネのオモチャかい!!」
「作品って言ってやれよ、キレるぞダヴィネ」
砂蛇の殺到を掻い潜り、接近するウルにグラージャは初めて顔を顰める。黒炎砂漠を切り開くために最前線で戦い続けてきた戦士相手の近接戦闘は、いかにグラージャが熟達した魔術師であっても分が悪い。
そしてウル自身のグラージャを見る目には、明確で、確固たる殺意が宿っていた。グラージャとウルは幾度も言葉を交わし、時に協力もしあった。知らない仲ではない。だが、それでもウルはグラージャを殺すだろう。一切の躊躇も無く。彼の目がそれを語っていた。
だが、この期に及んで引くつもりなど彼女にはなかった。
「邪魔をするんじゃあないよ!!」
「邪魔はてめえだグラージャ!!!」
二人は叫ぶ。グラージャはウルをたたき落として殺そうとして、ウルはその槍でグラージャを抉り殺そうとした。二人は接近し、そして――――
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
「「何!?」」
その二人の前に、黒炎不死鳥が跳び込んできた。
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