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灰都ラースの大騒乱④


 ――残火の破壊の協力をして欲しい


 【魔女釜】グラージャがボルドーからその提案を受けたとき、千載一遇の好機を得た事実に彼女は打ち震えた。

 勿論それは僅かも表に出すことはしなかった。いかにも面倒くさそうな表情を保って、ついでに様々な優遇も約束させた。だが、内心ではまるで新しい玩具を買ってもらった幼児のように狂喜乱舞していた。


 来た!来た来た来た!!!とうとう好機がめぐって来たねえ!!


 魔女釜、グラージャが地下牢に来たのは数十年前だ。元は希代の魔術師と謳われた天才だった。しかしその才能と引き換えに倫理観を失っていた彼女は傲慢を覚え、自らの意思にそぐわない相手には残酷にもなった。果てに、危険な魔術を扱い都市民に死者を出した事による自業自得で此処に投獄されるに至った訳だが、此処に流れ着いたのは半ば彼女自身の意思でもあった。


 【黒炎砂漠】、現在も禁忌とされ、近付くことも許されない呪わしい大地。


 彼女は此処に可能性を見ていた。ビーカンのように、砂の下に埋もれた煌めく金銀財宝に目が眩んだ訳ではない。彼女が目を奪われたのは、直視することすらままならない【黒炎】の呪いそのものだ。


 直視するだけで目が焼かれ、呪われ、身体が蝕まれる。

 最後には黒炎の薪となって、新たなる薪を探す悪意の塊のような力。

 だが、何よりも素晴らしいのはその持続性だ。


 威力だけなら、もっと強大な力はいくらでもある。一瞬で、対象を文字どおり跡形もなくすことも出来る魔術も、あるいはその一帯の生物を毒によって残さずさんざ苦しめて殺す魔術だって存在する。グラージャはそういった魔術をよく知っている(そして使った)

 だが、数百年持続し続ける程の禍々しい呪いは知らない。

 そこには未知と可能性があった。かつて彼女の力や研究を認めず、真っ当な検討をする事も無く否定した無能どもを延々と呪い続けるだけの力が此処にはあるのだ。

 その大本に、触れる機会を与えてくれるとボルドーは言う。ラースへの道が開けたと聞いたとき、どうやって潜り込んでやろうかと画策していた彼女にとって、まさしく願っても無い好機だった。


「ヒャッヒャヒャ!!!すーばらしいねえ!!」


 故に【残火】を前に彼女は狂喜した。それは想像よりも遙かな未知と力の塊だった。

 前回コレの破壊を試みたビーカンは、ろくに近づくことも出来ずに不死鳥に焼かれたというが、近づけたとてどうにもならなかっただろう。純粋で膨大な魔力が球体を渦巻いている。まずはそれを慎重に解かなければ話にならない。そうすることでようやく、お目当ての宝にたどり着くのだ。


「グ、グラージャ!!防壁が強すぎる!!失敗すれば反動で呪われますよ!!?」

「だったら死ぬ気でやりな!!できなきゃ反動で本当に死ぬだけだよ!!」


 部下達の尻を叩きながら、グラージャは眼前の奇妙な黒球を観察し続ける。【黒睡帯】などを外して直接眼に収めたい衝動を必死に押さえ込みながらも、その力の根源を見つめ続けた。

 巨大な黒い球体。その巨大なサイズでも本来ならば収まることはあり得ないほどの圧倒的な魔力の凝縮量。真っ黒な塊に見えるのは、魔力が圧縮されすぎて、光の魔力をねじ曲げて吸収しているからだ。


 全ての黒炎の源、というのは間違いない。

 だが、それならばやはりこれは――


「グラージャ!!勝手に動くな!!」

「……ああ、なんだ、ウルかい。邪魔するんじゃあ無いよ」


 不死鳥の捕縛が進んだのか、ウル達がこちらにやってくる。グラージャは舌打ちした。ハッキリ言って邪魔だった。この場の危険性は理解している。護衛である彼らの力も必要になる事はあるだろう。それでもグラージャにとっては今の彼らは明確な敵だった。

 そしてそれは向こうも同じだろう。

 ウルの表情にはハッキリとした警戒が、こちらに向けられているのが見えていた。


「慌ただしいねえ?ウル。そんなに状況が悪いのかい?」

「悪い。だからさっさと剥がして欲しいんだがな?」

「こっちだって必死なんだ!急いで欲しかったら邪魔するんじゃないよ!!」


 そう言うと、ウル達は黙る。だが、じりとこちらとの距離を僅かに詰めてきた。視線も、護衛でありながら外ではなく内へと向いている。その理由は分かる。だからグラージャはウルではなく、もう一方の間抜けへと視線を向けた。


「おや、ガザ、随分と警戒してるじゃあないか。そんなにも残火が怖いのかい?」

「…………」

「ヒャッヒャ!!バカのくせに黙るじゃないか!!何も喋るなとでも言われたかい?!」

「うっせえよ!」


 ガザが苛立ちながら言う。だが、グラージャは尚も続けた。


「それとも運命の聖女に言われたのかい?()()()()()()()()()()!」


 途端、今度こそガザは沈黙した。ウルも同じだ。それは不都合を言い当てられて押し黙ったのではない。ただ、彼らの思考が戦う者のそれに変わっただけのことだ。敵対者を前にした戦士の緊張感だ。


 だが、彼らは動けない。グラージャもそうだ。この状況は拮抗している。


 彼らにとってグラージャは、この【残火】の障壁を消し去れる熟達の魔術師であり、替えの効かない人材だ。【黒炎払い】の中にも魔術師はいるが、これほどの膨大な魔力の障壁をひっぺがすことが出来るほどの繊細な術士は存在していない。

 対してグラージャ達も、直接の戦闘になれば恐らくウル達には敵わない。多くの流れが味方したとはいえ、数百年開かれなかったラースへの道をこじ開けた戦士達だ。元々グラージャ達は研究職。【魔女釜】の魔術師は有能だが、戦闘能力を有する者は極めて少ない。


 故に、互いに邪魔することは出来ない。

 あまりにも危うい均衡がこの協力関係を生んでいた。しかし、いずれは確実に破綻する。黒炎払いとは目的が違うからだ。彼らは黒炎を地表から消し去るのを目的としているが、グラージャの目的は()()


「障壁が剥がれます!!」


 と、その瞬間、部下の一人が叫んだ。その時ばかりはグラージャも、ウルもガザも一瞬、意識を【残火】へと向けざるを得なかった。真っ黒な球体、膨大な魔力によって守り続けられていたそれが、魔力の壁の除去によってその中身をゆっくりとさらしていく。

 その先に見えるのは――――


「――――………()()だって?」


 ウルが思わず声を発していた。その声音は、冗談を笑うように少し上擦っていた。


「なにが、残り火だ。これは、これは……!!」


 魔力障壁によって剥がされた先。黒い球体のようにもみえた何か。それが今ハッキリと、グラージャ達の前に姿を現した。巨大で、長大。黒く、禍々しい鱗。砂漠を徘徊するどの鬼達よりも歪で大きな角。獲物を食い千切る為だけの牙に、閉じられた大きな一つ目。


「【()()()()()()】、()()()()()!」


 かつて、この世で最も美しいとされた都市国を滅ぼした全ての元凶、世界最大の悪竜の一つ、大罪竜ラースが眠りについていた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 勿論ウルは【大罪竜ラース】をそれまで見たことなどあるわけが無かった。


 数百年前に現出し、七天によって封じられた大罪竜である。ウルは疎か、この地上でその存在を知ったことがある者は今の時代には殆どいないだろう。ウルがそれでも確信を持って断言できたのは、同格の存在をウルは知っているからだ。

 変容している自身の右腕を強く握りながら、ウルは一歩後ずさる。隣のガザも自身が握る大盾を強く握り、それに身を隠すようにしながら叫んだ。


「な、なんじゃこりゃ……!?」

「おや、知らなかったのかい?いや、想像していなかったのかい?」


 そしてその二人を見て、ウル達よりも間近でその恐るべき大罪竜を見るグラージャはニタニタと笑う。彼女とて、宙に浮かぶ竜の身体から放たれる膨大な魔力にあてられたのか顔色は悪いが、それ以上に表情には狂喜が浮かんでいた。


「大罪竜は居なくて代わりに”残火”がある、なんて都合の良い話在るわけ無いだろう!?大罪竜ラースを封じた!?大罪迷宮が地上に溢れたのに何処に封じたっていうんだい!」

「それは……」

「【黒炎】の元凶はラースさ!封印した場所は地上以外にない!!それが真相さ!!」

 

 【残火】の話を聞いたときウルが覚えた印象は「都合が良い」だった。

 大罪竜を封じた。しかし黒炎が消えなかった。だから他に元凶がある。”残火”などというものがあって、それさえ消せば黒炎は全て消える。と言う話。 

 推測の上に、希望的観測を重ねている。黒炎が消えなかったのは、ラース以外に原因があるはずであり、それさえなんとかすればこの砂漠の炎は全て消える――――筈だ。いや、そうであってくれ。という。縋るような思い。


 それが蔓延し、定着していた。


 ウルが【焦牢】に来た当時、ラースの攻略をまだ全員が目指していなかった頃ですらも、この考えは全員の頭にあったのだ。


 その理由も分かる。絶望しないためだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などという絶望から、目を逸らすためだ。そしてウルはその自分を騙すための嘘を、指摘することはしなかった。もし本当にラースそのものが全ての黒炎の発生源であるとしても、そこまでたどり着けなければ何の意味が無い。あえて士気を下げるような真似はしなかった。


 しかし、その実際を目の当たりにすると冷や汗が出る。


 そして自分の中にも「ひょっとしたら大罪竜とは別の元凶があるのかもしれない」などという甘い見積もりが存在していたことにも気がついた。ウルもまた、ここまで歩む為の足が萎えてしまわないよう、知らず自分を騙していたのだ。

 そしてその期待が容赦なく砕かれる。


「ヒャッヒャヒャ!!!素晴らしい!!やはりあったね!大罪竜!その“遺骸”よ」


 無駄にテンションが高いのはグラージャだけだ。彼女はガザや、彼女の部下までもその恐るべき竜の圧に戦く中、一歩一歩近付いていった。


「何をする気だ。グラージャ」


 不味い、とウルは思った。

 彼女が暴走する可能性はアナスタシアから聞いていた。

 【残火】の障壁にたどり着くためには彼女の力が必要であると同時に、彼女が“離反”するという運命は避けようのないものであると、彼女は言っていたからだ。【残火】が【大罪竜】そのものだったという事実まではわからなかったが、どっちみち不味い。

 こんなモノを利用しようなどという発想は、確実に最悪を招く。


「何を、だって?決まっているだろう!!”使う”のさあ!!死して尚、大罪の貯蔵庫として存在しているこの悪竜を!!」

「んなこと出来る訳……」

「出来るさあ!なにしろ”穿孔王国の魔王”だってやってるじゃあないか!」


 ウルは再び目を見開く。此処で、その名前を聞くはめになるとは思っていなかった。

 魔王ブラック。

 彼が、大罪竜スロウスの生み出した腐敗をエネルギーとして取り出す手段を開発したと言っていたのは覚えている。正直本当かと疑わしく思ったが、事情に幾らか詳しいジャイン等は真面目な顔でその冗談を肯定していた。

 事実なのだろう。つまりそれは前例があると言うことだ。


「だとして、アンタが出来るってのか!?それを!!」

「出来るさあ!!私を誰だと思ってる!?」


 グラージャが地面を杖で強く叩く。途端、ぐらりと地面が揺れた。ウルは驚き膝をつく。グラージャの仕業であるのは間違いないが、それが何の魔術かも分からない。

 そもそも彼女は研究職の魔術師で、戦闘用の魔術は使えないはずだ。彼女が得意とするのは対象に魔術効果を与える【付与】魔術――――付与?


「大地に、付与魔術を、かけたのか!?」


 グラージャは哄笑する。自らの力を誇示する様に両手を広げると、砂漠の砂が彼女の動きに合わせて流動し、大罪竜へと殺到した。


「白の末裔!!【霊与】のグラージャさあ!!」


 リーネと同じく白の魔女の弟子、その末裔である彼女は吼え猛った。


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今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 思ったけどグラージャさんってラースとの相性めっちゃええんやない? 焼き焦がして取り込むラースと術として魂も刻み込む白の術 互いに世界に対する敵意 相性よすぎて混ざらない?
[気になる点] 障壁解除したんだから問答する暇あったらさっさと殺せよ
[一言] グラージャさんは某弟さんと同じ雰囲気を感じるのは気のせいでしょうか……
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