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少年が寝ている間に何が起きたか③


 【大罪都市ラース】はかつて精霊の力による栄華を極めた大国だった。


 魔術のような制限のない精霊の御業、加護の力による恩恵を享受してきた。【焦牢】の地下鉱山で多様な鉱物が採取できるのも、かつてのラースが大地の精霊の力を活用し、地脈を活発化させてきた為だ。その残滓故か、地下栽培でも実りは多い。

 だが、そんな【焦牢】すらもラース領の端だ。


 であれば当然、ラース領の中心、大罪都市ラースにはそれ以上の豊かさが眠っているのは当然だった。数百年前の大罪迷宮の氾濫により滅び去り、当時の七天達が捨て身で封じて以降誰一人立ち入ることの無かったその場所は、かつての繁栄をそのまま抱え続けていた。


「おお!!素晴らしい!!ははは!!なんということか!!!」


 ビーカンは廃墟に眠っていた貴金属の数々をかき集めて叫んだ。

 冗談でも何でも無く、灰都ラースは宝の山だった。数百年間誰一人として立ち入ることもなかったその場所には、かつて黒炎に焼き尽くされた人々が墓まで持ち込むことが叶わなかった様々な遺産が手つかずのままだった。

 生物の生存を拒む死の砂漠が、そういった様々な無機物を保護し続けていたのだろう。宝石類の数々が砂埃の下で煌めき続けていた。それをビーカンは片っ端からかき集めていた。


 元々彼は、ラース解放の功績を黒炎払い達から掠め取るために此処に来ていた筈なのだが、目の前の美しい品々に実に呆気なく目を奪われてしまった。目的なども忘れて彼は黒剣の部下達を使って廃墟漁りに勤しみ始めた。


「隊長、これ以上は帰路の障害になりかねません!」


 部下が悲鳴を上げる。ビーカンが運ぶよう指示していた幾つもの美術品の壺をかかえて悲鳴を上げている。しかしビーカンは「バカが!」と部下の抗議を一蹴した。


「そこに荷車があるだろう!!乗せろ!!」

「それは迷宮探索用の物資運搬用です!」

「捨てれば良いだろう!!邪魔だ!!魔物などちっとも出てこないでは無いか!!」


 あまりにビーカンの物言いは乱暴だったが、しかしその指摘は一部正しかった。ラースに到達し、内部を探索して暫く、黒炎鬼たちの姿は一体も見掛けていない。まだ攻略済みの黒炎砂漠の道中の方がよっぽど危険だっただろう。

 灰都ラースには危険がまるで見えない。黒炎鬼の気配も、魔物の気配も、生き物の気配も何も無い。驚くべき事に砂漠の至る所に立ち上っていた【黒炎】すらも無い。静寂に包まれていた。

 その安全を異常と捕らえ、【黒炎払い】達は警戒して調査を続けているようだが、ビーカンにとってはあまりにも滑稽な姿だった。誰も居ない。何も無い場所を槍の穂先で突きながら及び腰で進んでいるのだ。笑いたくもなる。


「いいか!ここにあるものは全て私のものだ!!一つも残すのは許さんぞ!!!」


 ビーカンは声を張り上げた。恐らく彼の人生で最も力強く部下達に檄を飛ばしていた。

 部下達のウンザリとした表情にも目もくれない。彼の目には目の前の金銀財宝と、この先に彼に待ち受ける栄光しか映ってはいない。

 彼は浮かれていた。浮かれ果てていた。


 勝った!勝った!!勝った!!!俺は人生の勝利者となった!!!


 元々、ボルドーと同じ【衛星都市セイン】の天陽騎士団内における幹部だった彼が此処に流れてきた経緯はそれほど複雑でもなければ悲劇的でも無い。多額の不正がバレて、しかし高い官位と多額の賠償金を支払うことで【焦牢】に送られることを回避し、そこの管理者となったのだ。

 捕まって黒炎の対処に回されるよりもよっぽど幸運な結果だった筈だが、彼はそれに絶望し、自分の人生の不幸を嘆いた。自分がしてきた悪行はすっかり忘れて、とことん自分を哀れんで、放蕩に走った。


 ところが、此処に来てチャンスが沸いて出た。


 【灰都ラースの解放者】という偉業を達成する好機。

 最初攻略を勝手に始めたと聞いたときは腹立たしく思ったし、余計なことをされて今現在の権益が損なわれるのを恐れてウルを脅そうとした。だが、本当にラースを解放出来るというのなら話は全く違う。

 数百年間行われなかった偉業を成し遂げるともなれば、彼の立場は変わるだろう。彼の故郷であるセインで自分を追い出したクズどもも平伏するしか無い。


 楽しみだ。ああ楽しみだ!!あの馬鹿どもが吠え面をかく姿を想像するだけで胸が躍る!


 その為にも、彼は片っ端から資産をかき集めた。返り咲き、その後の人生も謳歌するためには兎に角金が必要だった。ラース領が解放されれば、最悪地下牢は機能が失われる。ダヴィネの【竜殺し】を含めた兵器の売買による権益は失われる可能性が高い。で、あれば、別口の収入が必要になるのだ。そういった計画性だけは彼も持ち合わせていた。

 そんな状態であったから、彼の側近である筈のクウが姿を見せていないことにしばらくは気付かなかった。廃墟のラースを探索して回って、金目の物を片っ端から詰め込みまくって、いよいよ身動きが取りづらくなりどうしたものかと悩んでいた頃、ようやくクウが姿を現した。


「ビーカン騎士団長」

「クウ!なにをしているのだ!お前も手伝わぬか!!」

「まあ、沢山お宝を見つけられたのですね」


 クウは笑う。しかし彼女はその宝に興味は無いらしかった。ちらりとも視線を向けずにビーカンへと近付くと、囁くように彼に語りかけた。


「団長、お耳に入れたいことが」

「なんだ。私は今忙しい――」

「【残火】をみつけましたわ」


 ビーカンはギョッとした表情で目を見開いて彼女をみる。彼女は何時も通り、美しい微笑みを浮かべていた。


「【憤怒の残火】、この砂漠を焼き続ける黒炎の元凶をみつけましたわ」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 灰都ラース北東区画


「あ、あれが……」


 ビーカンが怯えたような声でソレを見上げた。

 それは大きく、巨大なる”黒い球体”だった。直径は十数メートルはあろうそれが、灰都ラースの中心地、元は大罪迷宮ラースが存在した場所に鎮座していた。大地の力を無視しているのか、地上から僅かに浮き上がっても居る。

 ビーカンらが居る北東部の廃墟からでもそれがよく見えた。

 遮る建造物は存在しなかった。あの黒い球体を中心として周囲はまるで爆心地のように一切合切が砂塵と化していた。


「間違いありませんわ。あれこそが残火です」

「あ、あんな、よく分からないものがか……?」


 黒炎砂漠に出張ってからというものの、奇妙な物や歪な地形は山ほど見たが、あれほどまでに珍妙なものは見たことが無かった。光の何もかもを飲み込むような真っ黒な、まるで世界に空いた穴のように見える。

 しかし、間違いなくそこに存在していた。そこにはとてつもない”圧”があった。

 砂漠の彼方此方で黒炎が燃えさかるところを見てきたが、そのどれもあの奇妙な球体の存在感には及ばない。


「紛れもない異常だが、あれが全ての黒炎の核であるという根拠はなんだ。クウ」


 慄くビーカンの隣でボルドーが尋ねる。勝手に取り仕切るなと普段であれば叫んでいたが、ビーカンもそれは気になっていた。ラースは数百年、黒炎の壁に閉じられ続けてきたのだ。”残り火”なる情報も、いつからかまことしやかに囁かれていた噂であって、誰も確かめようのない仮説でしか無かった。

 何を持って彼女は確信しているのか?


「あら、それは簡単です」


 すると、クウはさらりと応えた。何でも無い、というように


「だって私、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉に、その場にいる全員がぎょっとなった。ボルドーは勿論、ビーカンすらも驚愕した。


「馬鹿な……いや、長命の森人なら、そうか。それはあり得るのか」

「私は聞いていないぞ!そんな話!!」

「言いませんでしたからね」


 長命種である森人ならば、300年前くらいであればまだ生きている。500年以上は生きると言われているのが彼らなのだ。確かにあり得る話ではあった。

 しかし、いままで誰もその話は聞いたことがなかった。少なくともビーカンは聞いていない。それをずっと秘密にしていた彼女のことが腹立たしくなった。

 だが、それでも今は重要じゃない。


「300年前、あれが迷宮から出現し、辺りを焼き尽くしました。ラースそのものは当時の七天の皆様が決死の覚悟で戦いに赴き、封じることに成功しましたが、あの残火だけは消し去ることが出来なかった。当時は【黒炎】そのものを殺す手段が無かったのです」


 重要なのは、彼女の言葉の信憑性が増したという事実だ。

 ビーカンは黒い球体を改めて見る。空に空いた不気味な穴。何者をも飲み込むような悍ましいそれは、彼にとって栄光への架け橋でもあった。


「ですが今の我々にはあれを殺す力がある。」


 クウが不意に手を挙げると、彼女の足下の影からずるりと真っ黒い槍が生えてきた。それは勿論、唯一黒炎に対抗できる武装【竜殺し】だ。彼女はそれをそのままビーカンへと差し出した。

 ソレの意味するところは明白だった。


「し、しかし、危険は、危険なのではないだろうな!?」


 とはいえ、即座に飛び出すほどにビーカンは向こう見ずというわけでも無かった。彼は臆病者で、死にたいわけでは無かった。英雄として崇められたいが、リスクはこれっぽちも背負いたくも無かったのだ。


「少しでも危ういなら私はいかないぞ!!!」


 そんな彼の心中を察してか、クウは口元を抑えてクスクスと笑う。そして言った。


「では、ボルドー隊長にお任せしましょうか。彼ならばきっとやってくれますから」


 そういって彼へと振り返ったのだ。それを見て、ビーカンは頭に血が上った。


「ソレはダメだ!」

「あら、どうして?」

「ソイツがあの残火を破壊すれば、ソイツがラースの解放者になってしまうではないか!」


 寄越せ!と、ボルドーに手渡されようとしていた竜殺しを奪い取る。そして彼は自分の周りの護衛達に叫んだ。


「お前達ついてこい!!私がラースの救世主となるのだ!!!」


 そう言って彼はクレーターのようになった坂をくだり、【憤怒の残火】へと駆けていく。その場に残されたのはクウと、そしてボルドーのみだ。


「…………貴様」


 ボルドーは小さく呟いて、クウを見た。だが、クウは肩を竦めて笑うばかりだ。


「貴方だって、こうするつもりだったんでしょう?」

「…………」

「さて、どうなるかしら。ビーカン団長」


 彼女は笑う。彼の前で見せる優しげな表情からはかけ離れたその悪意に満ちた笑みをボルドーは横目に見て、しかしそれを咎めることは最後までしなかった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「これが……」


 ビーカンは【憤怒の残火】を前にして、息を飲んだ。間近で見ると、異様極まる黒の球体の圧力はより一層だった。距離感が全くつかめない。大きすぎて今自分が近いのか離れているのかも分からなかった。 

 だが、砂漠の彼方此方に存在していた黒炎と同じように、それ以上に、強い熱を放っているのを肌身で感じ取った。大量に身体に身につけたダヴィネ製の対火の護符があっても尚燃えるように熱いのだ。

 だが、近付かなければこの残り火を消し去ることは出来ない。ビーカンは部下達に先行させ、一歩一歩近付いていった。そして。


「うお!?」


 前を行く部下の一人が驚きの声を上げる。部下が一人突然、何かにぶつかったように弾かれたのだ。同じく前を行く他の者も同様に首を傾げながら前に手を突き出すと、そこには不可視の壁があった。


「膨大な魔力が壁のようになって侵入を阻んでいます!原始的な結界です!!」

「ならばさっさとそれを解かぬか!!」

「魔力量があまりに強すぎます!!熟達した魔術師が複数人で解かなければ……」

「だったら【焦烏】の連中を呼べ!!早く解かせろ!こんな所長居はしたくないのだ!!」


 ビーカンの指示に慌ただしく部下が動きだす。

 モタつく彼らにビーカンは苛立つ。今言ったとおり、彼は一刻も早くこんな場所から逃れたかった。元々の彼の臆病な気質もあるが、何よりも此処に居たくないのだ。

 黒い球体、“残火”は別に害を与えてきているわけではない。近付いたところで、身体が焼けたり、呪われたりもしていない。なのに、兎に角不思議と落ち着かなかった。巨人を前に、なんなら素っ裸で無防備でいるような、そんな間抜けを自分が晒しているような気分がしてたまらなかった。


 早く!こんなことは終わらせる!帰って、英雄となるのだ!!


 彼の心はそれだけで一杯だ。だから、二つの事に気付かなかった。

 一つは、英雄の賞賛には試練の超克が不可欠であるという事実。

 そしてもう一つは、彼らの遙か高く上空に、“その試練”がやって来ていると言うこと。


『――――――――――――――――!!!』

「…………なんだ、なにか――」


 ビーカンの耳は何かの声をとらえた。しかしそれが何なのか理解できず周囲を見渡すが、部下達も同じように周りを見渡すだけだ。誰も気付かない。彼らだけで無く、遠目から見守っていたボルドーすらも、その接近には気付かなかった。


 “ソレ”が居る場所はあまりにも高すぎた。


 【黒炎】の吐き出す煙で薄暗い空の果てから、その煙よりも更に真っ黒な”ソレ”は、まさに目にも止まらない速度で


「え?」


 ビーカンは上を見上げた。そして彼は目撃した


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 黒い炎を身に纏った、恐るべき巨大な鳥の姿を。


「あ  」


 そして彼はそのまま黒い炎に焼かれて、悲鳴を上げる間もなく、一瞬で黒炎の薪となって、鬼としての肉体すら残す事も出来ずに消滅した。

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今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] グッバイビーカンもう少しなぶり殺しでも良かったがまぁ安らかに眠れ
[一言] 真偽の精霊・ジャッジがいるから自分が解放したと嘘は言えなくっても、組織のトップに座っているだけでウルたちが解放すれば何かしらの恩恵はあったと思うんだけどな 財宝だけを持って帰ることも出来たし…
[良い点] 消滅 人間の最期とは思えない言葉だけれど、実にいい表現ですねぇ [一言] 救いようのないド畜生でも、観察のためのエサくらいにはなるんだなぁ(感動) 逆に言えば口車に乗せてエサにするくらい…
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