少年が寝ている間に何が起きたか②
「……それって」
「ああ、黒剣騎士団の野郎ども。俺たちの成果を横取るつもりだったらしい」
地下牢の騒動は、いくら隔離して放置していたとはいえ本塔にいる【黒剣騎士団】の連中にもすぐに聞こえたようだ。そして当然騎士団長のビーカンにも。そして様々な思惑を巡らせた後、思いついたのが【成果の簒奪】だった。
ウルに脅しをかけて、攻略を止めようとした。が、脅迫にはならなかった。ならばと次に彼らがとった手はそれだったらしい。
「ふざけやがって!俺がその時起きてたらあのビーカンの弛んだ頬ぶん殴ってやった!!」
「お前が動け無くて良かったよガザ。そんでどうなった?」
まさかボルドーは反発してぶん殴ったりはすまいが、【黒剣騎士団】らのやり口があまりにも一方的で腹立たしいものだったのは言うまでもないことだ。
ウルは【黒炎払い】達が此処に来た経緯と【黒炎払い】を存続させ続けた努力の一端を知っている。その彼らの長年の結実がラースへの到達だ。
それを、いままで”呪われそうだから”などという理由で看守としての役割も殆ど放棄して隔離し、挙げ句成果が出そうになったらそれをかっ攫うなどと、ガザでなくても不快感は強烈だろう。
「前あったときは、攻略されても困るって態度だったんだがな……」
以前の脂汗を垂れ流したビーカンの顔をウルは思い出す。
とはいえ、ラースまで到達し、攻略完了まったなし、となれば前言を翻してその功績をかっ攫おうという心働きは想像できる。無論、心底浅ましいとは思うが。
だが、ガザは少々不満げに口を尖らす。
「でもよ。隊長はあっさりアイツらをラースに案内するって決めちまったらしいんだ」
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【地下牢・黒炎払い本拠地】
「隊長!俺たちは反対です!!なんであんな馬鹿どもを連れていかなきゃならないんだ!」
【黒炎払い】の面々は憤怒の表情で叫んでいた。
その表情の理由は勿論、急に出張ってきた【黒剣騎士団】の面々に対する不快感だ。一応、黒剣騎士団は牢獄における看守であり、黒炎払いの面々は(一部罪無く投獄されたとはいえ)囚人だ。そう考えると、看守である彼らの命令に従わない選択肢は無いはずなのだが、その点においてもやはり地下牢という空間は特殊だった。
此処に入れられたときにつけられた【呪輪】と【焦烏】の監視の二つでかろうじて秩序が保たれているが、特に黒炎払いなど武器も持っているのだ。乱闘騒ぎが発生したとしても不思議では無かった。
「従わなければ、【呪輪】を発動させる事も厭うまい。従わない選択肢はない」
しかしボルドーは一見して冷静だった。自身の腕、そして他の仲間達の腕にも付けられた呪具を振る。【焦烏】以外殆ど看守が姿を見せない為に使われることは殆ど無いが、これは様々な制約を課せ、破った者に痛みを与える拘束具兼拷問具だ。
此処に居る者達は体感した者が少ないから自覚は無いだろうが、あれは容易に耐えられるものでも無いのだ。ボルドーはここから部下を出すように抗議した際、散々に味わわされた。
これがある限り根本的に看守が上で囚人が下という立場が逆転することはない。
ウルが恐ろしく上手くビーカンを脅しつけたらしいが、例外だろう。
だから、ボルドーの判断は正しい。が、それでも納得できないと言った表情の者が多数いた。故に、ボルドーは小さく溜息をつき、そして囁くように言った。
「お前達、【黒炎砂漠】の攻略がこれで終わると思うか?」
「え?」
問われ、全員が口を閉じる。少し考えるように表情を変える。
「長い間、俺たちは黒炎鬼達との戦いを続けてきた。黒炎砂漠を見続けてきた。本格的な探索はウルがやってきてからの事だが、あの砂漠のことは俺たちの方が知っている」
黒炎鬼との長きにわたる戦い、知識では無く、経験として染みつかせたボルドー達の黒炎鬼への理解は深い。
黒炎鬼は特性はそれほど複雑では無い。似たような特性を有した魔物達だってこの砂漠の外には存在しているだろう。しかし、彼らは確信している。鬼達は悍ましいと。
機械的で、なのに執念深い。ひたすらに
生きてもいない。不死者でも無い。ただ、薪を探すための装置の群れ。
ただの魔物よりもよっぽどに悍ましい、竜の呪いの運び手達。
どれだけこの半年の間に快進撃を続けていたとしても、【黒炎鬼】達を侮っていない。
「その上で問う。【黒炎砂漠】が攻略完了したと思うか」
ボルドーの問いかけに、全員重苦しい表情で首を横に振った。
「ビーカンは俺たちの戦果を掠め取ってやろう、という気らしい。通用すると思うか。あの地獄で」
全員が首を横に振った。
ボルドーはそれを見て頷く。
「黒剣騎士団が出てくるというのなら都合が良い。奴らが出張りたいというのなら、好きにさせようではないか」
ボルドーは淡々と無表情にそう言った。その言葉に込められていた悪意は、彼の仲間達にだけ僅かに感じ取れるほど静かなものだった。
だが確かに色濃く、それはあった。不満を漏らしていた黒炎払いの戦士達が沈黙するほど強烈に。
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【黒炎砂漠】へと向かう【黒剣騎士団】の面子は10人規模程の数だった。
中にはクウ率いる【焦烏】の魔術師達、黒剣騎士団の中でも実力ある戦士達、そしてビーカン自身だ。騎士団長のビーカンが自ら赴いた事実には皆驚いたが、ボルドーは「手柄を誰にも奪われたくなかったのだろう。奪おうとする者はそう考える」と密かに指摘していた。
「しかし、お前も来るんだな。クウ」
「ええ、ボルドー隊長。騎士団長から是非ともと」
そして彼らの中には【焦烏】のクウの姿もあった。黒炎の対策の為にボルドー達と同じく黒睡帯を体中に巻き付けていながらも、その姿は無駄な色香があった。
言うまでも無く、ボルドーは彼女のことを知っている。抜け目のない、地下牢の監視者だ。影の魔術の使い手で、巧みに地下牢の囚人達をコントロール下に置いていた森人。ボルドーなど、1度地下牢に入った後、せめて部下達だけでもここから出してやろうと足掻いたが、それを封じ込めたのが彼女だ。
詰まるところ、かつての敵である。今現在も味方とは言いがたい。
が、流石に今回は少々同情を誘わない事も無かった。
「あのバカのお守りに砂漠の行軍か。精々苦労すると良い」
「あら、酷いこというのね。団長に失礼だわ」
「思ってもいないことを抜かすな」
ボルドーが斬り捨てるとクウはくすりと笑った。
「言っておくが、道程の大半は攻略済みとは言え迷宮の行進だ。俺たちも余裕は無い。何も出来ないバカのお守りなどご免だ。そちらの力の出し惜しみは辞めて貰うぞ」
「勿論、ぬかりなく。安心してくださいな」
途中でトチって黒炎に焼かれてくれたほうが良いのだがな。とは口にしなかった。
ともあれ、そうなると迷宮に挑む人数としては多くなる。
【黒炎砂漠】自体特殊で、出現する【黒炎鬼】は魔物の中でさらに特殊だが、ヒトが集まりすぎれば魔物を引き寄せる、と言う特性は変化無い。ましてや、この彼らの遠征に【黒炎払い】達も同行するのだから更に人数は膨れ上がる。
やむなく黒炎払いの面子を幾らか絞り、更に行軍の編成を上手く別け、距離を空けることで衝突にも対応した。
そうして彼らは廃都となったラースへと向かう事になった訳だが、その道程も結構な苦労があった。クウ達【焦烏】は兎も角、【黒剣騎士団】達はロクに戦おうとはしない。彼らも最低限実力はあるはずなのだが、道中に出てくる【黒炎鬼】達には近付こうとすらしないのだ。少しでも呪われるのは怖いらしかった。
ビーカンなど、出てくるたびに醜い悲鳴を上げながらクウやボルドーに喚き散らした。
「さっさと殺せ!!私の側に近寄らせるな!!!」
ダヴィネから買い取った【黒睡帯】を全身にグルグルまきにした珍妙なミイラがすごむ様は実に滑稽だった。
そんなザマでの行軍は相当な労力と時間を必要としたが、攻略完了した黒炎砂漠の攻略ルートが開拓されていたことによりなんとか進むことは叶った。
そして
「おお!!ここが!!!」
汗だくになり、途中までずっとわめき声と悪態をつきつづけていたビーカンが急に元気になって叫ぶ。【黒炎払い】達が命懸けで苦労してたどり着いたその場所に、再び舞い戻っていた。
この間は僅か3日ほどである。黒炎払い達だけであればもっと早くにすんだであろう事は間違いなかったが、一先ずは無事だった。
「さあゆくぞ!私に続け!!!」
先程まで隊列の最後尾で【黒炎払い】の囚人らが砂漠物資を運搬する為の手引きの荷車の上でふんぞり返っていた彼は意気揚々と前に出た。囚人達はおろか、黒剣騎士団すらも呆れた様子だったが誰も文句は言わなかった。
こうして彼らは数百年封印されたかつての精霊大国、灰都ラースに足を踏み入れた。
かつて無い災厄が待ち受けているなど、勿論この時彼らは想像もしていなかった。
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