星海での再会
「……………あ?」
ウルが目を覚ますと、奇妙な空間にいた。
まずもって自分は地面に立っていない。地面が無い。そこは上も下も右も左も無い。奇妙な浮遊感が全身を包んでいる。周囲の景観は一面の星空だ。真っ黒な空間を無数の輝きが瞬いている。
綺麗だなあ、と、ウルは思った。同時にコレは夢だろうかとも思った。あまりにも現実味がなさ過ぎたのだ。だが夢にしてはやけに意識が晴れている。頭の中がどこもぼんやりはしていなかった。さて、コレはどういう状況だろうか。
『ずいぶんな ツラを して いる な? ウ ル』
そして、その次の瞬間どこかのんびりと構えていたウルは全身の毛が逆立つような悪寒に襲われて即座に振り返った。若干幼く聞こえるが、覚えのある声だった。出来ることなら2度と聞くことがない事を祈る声色だった。
『おお おお 怯えて いる な。 小気味 良いな』
真っ白なヒトの形をした何か。
幼く、そして美しい少女のようにも見えるそれは、ウルに怖気と緊張を強いた。頭部から伸びた角の禍々しさと、口端から零れる牙が、人外であると告げている。そしてそれはほんの数ヶ月前に、迷宮の深層にて目撃した姿だった。そしてウルに多大なる呪いをもたらした存在でもある。
「……………………【大罪竜ラスト】」
世界最強の邪竜の一体がウルの目の前に居た。
『陽喰らい 以来か? 久しい な。 尤も 私は ずっとそばに いたわけだが』
ウルは咄嗟に自分の右腕に触れる。
摩訶不思議空間でウルは服を纏ってはいなかった。当然、竜に呪われた右腕も晒されている事になるのだが、見れば右腕は数ヶ月前の、呪われる前の真っ当な姿だった。爪先が歪に伸びて、鱗が生え、歪に歪んだりなどしていない。
右腕を呪い歪めた源が目の前に居るのだから当然と言えば当然か。
「…………で?何か用か」
ウルは色々と考えを巡らせた後、諦めて直接、尋ねた。
武器が無い。防具も無い。此処がどこだかも分かっていないそんな状態で大罪竜を前になにができるとも思えない。諦めて、腹をくくる以外の選択肢はなかった。尤も、武器や防具が万全だったとしても、何かができる気はしなかったが。
せめてみっともなく狼狽えないようにするのが精一杯だった。
『用 という わけでも ない。 そも 私をたたき起こしたのは お前だ』
「俺が……?」
『憤怒を 大量に 喰わせた だろう?不味くて 飛び起きたわ』
「………………ああ」
ウルはその時ようやく、今自分が此処に来る直前の状況が思い出せた。
黒炎蜥蜴を倒すため、吐き出される寸前に黒炎の吐息に【竜殺し】を叩き込んだのだ。黒睡帯もその拍子に焼き払ってしまった。今思い返すととんでもない無茶である。普通ならあのまま右腕どころか、自身が呪いで殺されていてもおかしくない………
「……いや、まじで俺死んだか?此処は太陽神のお膝元か?」
『 ア ホ か』
「竜にアホって言われるのは貴重な体験だな」
恐らく歴史を振り返っても例が無いであろう体験をしながら、ウルは首を傾げる。
「じゃあ、ここは何処だ」
『此処は 【星 海】 よ』
「ほしうみ……」
『天祈 管理 する 精霊の リンク ■■■■■■よ」
一瞬、ラストの声が聞き取りづらくなりウルが眉をひそめると、ラストもまた、自分の声がひしゃげたように聞こえた事に、クスクスと、可愛らしく笑った。
『ハハ ハハ ハ この場では 私も 制限がかかるか 』
「何言ってんだか分からん」
『 だ ろう な せいぜい 悩め』
悩め、と言われたところで、全く理解の及ばない状況で何を考えろというのだろう。とウルは思った。今彼が出来るのは、目の前の危険極まる存在に質問を投げかけるだけだ。
「……で?俺は殺されるのか?これから」
『 なぜ? ころさねばならんのだ 私が』
「だって、あんた大罪竜ラストだろ。むしろ俺を殺さない理由の方が無くない?」
『……… それも そうか』
余計なことを言ったかも知れない。とウルは後悔した。
『冗談 だ』
「全然笑えない。何も面白くない」
『殺す ぞ』
「すんませんした」
ウルは平謝りした。竜も面白くないと言われたら傷つくらしい。新しい発見だった。
『“この私”は 既に おまえの 一部。 お前を殺せば 私も 死ぬ』
「なるほど、良い情報だ」
『お前が 力を私に 喰わせ続ければ その内お前を乗っ取れるがな』
「なるほど、最悪な情報だ」
ウルは内心で悲鳴を上げた。
ウルの一喜一憂を見る度に、大罪竜ラストと思しき少女っぽい何かは面白そうに笑う。その反応はオモチャを放り投げて面白おかしくひしゃげる姿を見て爆笑する幼児のそれである。ウルはオモチャだった。このまま飽きられて捨てられないことだけを祈った。
『まあ 安心しろ その気もない 今の私は 怠惰な 気分だ』
「……色欲の大罪竜なのに?」
『本体との リンクも うしなわれたから な 』
ん?とその言葉にウルは疑問を覚えた、だがラストはそれ以上応える気は無いらしい。ウルに近付くと、不意に右腕に触れた。ラストの身体が溶けて消える。同時に、ウルの右腕が再び歪な呪いの竜の手に変貌した。
『 精々 もがけ 終わりは 近いぞ』
言葉の意味を問う間もなく、ウルの意識は急速に落ちていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………む」
ウルは目を覚ますと、そこは既に慣れ親しんだ地下牢の小汚い天井であることに気がついた。その場所には覚えがあった。地下牢に存在する唯一の癒務室だ。確か小人の癒者――を名乗る胡散臭い老人の酷く雑な治療を受けられる場所で、あのジジイの治療を受けるより放置した方が絶対に寿命が縮まないともっぱらの噂になっていた。
何故そんな場所で眠っていたかと言えば、それは勿論、自分が死にかけていたからだろう。黒炎蜥蜴との死闘をウルはハッキリと思い出していた。自分が相当な無茶をしたことも。そして右腕が呪いの炎に焼かれたことも――――
「…………」
ウルはやや恐る恐る自分の右腕を見る。すっぱりと自分の右腕が切断されて無くなっている可能性も考えたが、ウルの右腕は変わらずそこにあった。“残念ながら”。
黒睡帯も焼き焦げたにもかかわらず、呪われた右腕は依然健在だ。他の黒炎払いの身体の様に、一部が黒ずんで呪われている様子も全くない。そしてそれは一つの事実を示すものだった。
ウルの右腕は、黒炎の呪いが効かない。
正直その可能性は考えていたのだが「おっしゃ試してみよう」で呪われたら笑えなかったため試すことも出来なかった。しかし図らずも証明されてしまった。
だが、この特性を活用しようという気にはウルはならなかった。
――お前が 力を私に 喰わせ続ければ その内お前を乗っ取れるがな
ぞわっとした寒気に襲われた。
眠っているときに見た夢、あれが何だったのかウルには分からない。しかも細部の記憶がまどろみの中で溶けて消えていく。覚えているのは一点だけだ。
この右腕は、都合の良いものでは無い。断じて。
「血の採取くらいなら許してくれっかな……?」
少なくともあまり乱雑には扱うまいとウルは決めた。とりあえず何か新しい黒睡帯を持って、封じなければならない。元の帯は蜥蜴に焼かれてしまった。ラウターラ学園長のものと比べれば質も落ちるかもだが、無いよりはマシだ。
「お!!おい!ウル!!起きたのか!?」
と、暫く右腕を見つめていると、騒がしい声がした。ウルは視線を向けると、隣のベッドでガザが身体を起こしている。どうやら彼も一緒に運ばれてきたらしい。
「死んで無くて良かったよ。ガザ」
「あったりめえだ!死んでたまるかよバカ!」
「言っておくが、マジでお前死ぬ直前だったんだからな…」
「わ、わーるかったよ……」
黒炎蜥蜴に恐ろしい勢いで尻尾を叩きつけられ、吹っ飛んで、落下死する寸前だった。死なずに済んだのは、ボルドーとレイのお陰だろう。
「っつーかおめーだって滅茶苦茶したらしいじゃねえか!ヒトのこといえんのかよ!」
「……ま、そりゃそうだ。悪かったよ……で、どういう状況なんだ今?」
感覚的に結構長い間、恐らく数日はウルは眠り続けていたと思われる。黒炎蜥蜴は殺した。つまり8層目の攻略は完了したのだ。その後どうなったか。
「ああ……それがなあ……」
「……言いにくそうだが、なんだ?」
まさか、誰か死んだのか?と思ったが、どうもそんな様子ではない。彼の表情は一言で言ってしまえば「説明がむつかしい」といった状態である。
どういうこった?と思っていると、彼は溜息をついた。
「……そのなんだ、色々あった。らしいんだ。俺も寝ててよくわかんないんだ」
「訳分からん。とりあえず端的に言ってみろ端的に」
「ああ……とりあえず、とりあえずな」
ガザはそう言って、頭を掻きながら言葉を絞り出した。
「黒剣騎士団滅んだらしい」
「…………端的すぎない?」
ウルはガザと同じ顔になった。
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