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揺れる牢獄と王様②



 事の経緯は【黒炎払い】と無関係の話では無かった。


 元より土人中心の【探鉱隊】と、魔術師が集う【魔女釜】は不仲な関係にあった。地下鉱山を掘り進める土人達にとって、魔術は基本的に嫌悪の対象なのだ。魔術は精霊のもたらす恵みを、自分の都合でねじ曲げようとする外法、などという迷信が根強く探鉱夫達の間に残っていて、だから本来の鉱山作業では表だって魔術師が立ち入ることすら嫌われていた。(そうは言っても、一部魔道具類などは使うのだが)

 だが、此処は牢獄だ。囚人達の隔離など出来るはずもない。どうしたって接触は避けられず、そのたびに少なからずのトラブルが発生していた。


 しかし、大きな問題にまでは発展しなかった。


 根本的に【魔女釜】が【探鉱隊】より弱かったからだ。ダヴィネ自身も土人であり、彼に直接、彼のための鉱物を持ち運ぶ【探鉱隊】は影響力は大きく、【魔女釜】は大きく出られなかった。だから、大きな争いになることは無かった。【魔女釜】が耐え忍ぶことでそれが抑えられたのだ。

 が、しかし、最近になってその状況が変わった。【魔女釜】が支援した【黒炎払い】の快進撃だ。現在地下牢で【黒炎払い】の影響力が強まったが、同時に【魔女釜】の影響力も変わった。


 要は【魔女釜】が、我慢する理由が無くなった。つまり――


「食堂で【探鉱隊】の連中が魔女釜に難癖付けたら、【魔女釜】が魔術で反撃して、そんでもってかなりでっけえいざこざになりやして!下手すりゃ死人がでますぜ!」


 いままでの不満が、爆発したのだ。


「そりゃ相当だな……」


 ウルは眉をひそめる。

 犯罪者しかいない牢獄。目立った看守もいないようなこの空間であっても、人殺しはめったなことではでない。【焦烏】の暗躍と、ダヴィネの支配によって、最低限の秩序は保たれていた。どれだけ相手が憎かろうが、この二つの抑止力を無視してまで問題を起こそうとするものはいなかった。

 その抑えが効かない。それだけでもその危うさがわかる。


「ダヴィネ、どうす……」


 ボルドーはダヴィネに伺おうとして、そして口を止める。ウルもダヴィネを見た。


「……………」


 ダヴィネは、固まっていた。とても指示を出せる状況のようには思えない。

 パニックになっている?

 元々、決して優秀な指導者というわけではなかったが、ここまで明確に機能不全に陥る姿は見たことがなかった。そして、こうなった原因は、すぐに思い当たった。


「……【探鉱隊】が絡んでるからか?」


 ウルがボルドーに囁く。ボルドーは「多分な」と頭痛を覚えたような顔で頷いた。


「ダヴィネは此処の実質トップになってから、元いた【土人】のグループ、つまり【探鉱隊】を拒絶している。数十年も前の事で、俺も詳細には知らぬのだが」

「拒絶か」


 ダヴィネは少なくとも【探鉱隊】というグループをこの地下牢の中で利用していた。優遇していると言っても良いだろう。一方で接触は拒んでいるという関係を維持していた。


 考えるまでもなく、歪だ。距離は置きたいが、離れがたい。そんな矛盾した感情が見える。


 とはいえ、このまま停止されていては困る。なんとか回復して貰わなければ。と、ウルが立ち上がり彼に呼びかけようとしたとき、不意に彼の影が動いた。


「放置しておけばいいんじゃあないかしら?」


 黒い影が囁く。そして同時に形を取る。真っ黒いローブを着た美しい女の森人。

 【焦烏】のクウが姿を見せたのだ。


「お、おお!?クウ!?」

「ダヴィネ。御免なさい。少し地下の廊下が騒がしくて、影を通ってきたわ」


 硬直が解け、驚くダヴィネにクウはそっと微笑みかける。その移動自体は別に彼にとっても珍しいものでは無かったらしい。ダヴィネは多少落ち着きを取り戻すと、そのまま彼女へと向き直った。


「よし!クウ!ケンカしている馬鹿どもを止めてこい!お前の仕事だ!」


 確かに、牢獄内の秩序を保つのは看守であるクウ達の仕事だ。言ってることは正しい。だが、クウは彼の命令に対して頷いたりはせず、ニコニコと微笑むばかりだった。


「今言ったわ。放っておけばいいんじゃないかしら?」

「ああ!?」


 ダヴィネが声を荒げる。だがクウは聞こえなかったように言葉を続けた。


「あの二つの勢力はちょっと問題だったのよ。【魔女釜】は私の影の監視を外そうとするし、【探鉱隊】は、ダヴィネに対してかなり厚かましい。」


 クウは淡々と問題を述べる。既にウル達の耳にも、少し離れた場所から悲鳴と罵声、轟音が響いている。大乱闘が起きているのだ。だが、クウに焦る様子は全くない。


「ダヴィネは替えが効かないけれど、あのヒト達は替えが効くもの。むしろ、もう少し大人しくなってくれた方がありがたいわ。丁度良いガス抜きにもなるし」

「聞こえてくる騒乱の規模だと、下手すりゃ死人が出るぞ」

「グラージャか、フライタンあたりが死んだら、多分もっとやりやすくなるわよ?」


 クウはそう言い放った。

 ウルは「正気か」と反論しようとして、不意にクウが目を細めてダヴィネを見ていることに気がついた。ダヴィネは、特にフライタンという言葉に動揺し、しかしそれでも何かクウに反論するでも無く、沈黙を続けている。


「ねえ、貴方はどう思う?ウル」


 クウは笑う。ウルは額に皺を寄せた後、ダヴィネへと視線を向けた。


「ダヴィネ」

「……なんだ」


 露骨に声に覇気の無いダヴィネに、ウルは出来うる限り柔らかな声で言葉を続ける。


「【焦烏】が動かないなら【黒炎払い】に制圧を命じろ」

「……あ?」


 どういうことだ、というようにダヴィネはボサボサの眉をひそめる。ウルの隣でボルドーもやや訝しげだ。ウルは内心ですまんとボルドーに謝罪しつつも会話を続けた。


「クウの言ってることがいくらか合理的なのかもしれんが、アンタが嫌ならそれを止める権利はアンタにはある。此処の王さまはアンタだ」

「……俺は別に、嫌だなんて言っていない」

「【探鉱隊】の連中は嫌いなんだろうが、気にしてるんだろう。死なれたら寝覚めが悪いんじゃないのか」

「…………」

「別に、その事をとやかく言うつもりもない。アンタはただ命じればそれでいい。こっちは戦闘の専門家だ。問題なく終わる。どうだ?」 


 その提案に、ダヴィネは返事はしなかった。しかし、首を横に振る事も無く、ただ小さく頷いてみせるのだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 【探鉱隊】本拠地


「と、言うわけで、お前のとこの馬鹿どもを鎮圧したわけだが、文句あるかフライタン」

「ないな」


 ウルの宣言通り、暴動の鎮圧はすぐに終わった。

 事の始まりを聞けば「相手が先にコチラの悪口を言った」といった子供のケンカじみたものだったらしいのだが、しかしやりあうのは大人達である。魔女釜が魔術を振るい、土人達がその力で机や椅子を投げつけ叩きつける。結構な地獄絵図だった。

 しかし、魔女釜にしても探鉱隊にしても、所詮は戦闘能力を有した集団ではない。外に出て危険な【黒炎鬼】らと戦う戦士達からすれば、それはやはり子供のケンカに等しかった。ボルドー率いた戦士達が主要人物を殴って拘束し、食堂の大乱闘は即座に終結した。

 そして現在、ウルは土人の【探鉱隊】へと拘束された元暴徒達を連れ訪れている。彼等は一様に顔に打撲痕や血を流しているが、流石に治療までは管轄外だ。

 ちなみに【魔女釜】の方へはボルドー達が向かっている。こちらは土人を刺激しないよう、ウル一人だ。


「その馬鹿どもには後で説教をしておく」


 それを見て、フライタンは深々と溜息をついた。彼が乱闘に参加していなかったことを考えると突発的に起こったもので間違いないらしい。彼も参加していたらいよいよ暴力だけでは決着が付かなかったところなので安心した。


「そうしてくれ。本塔の黒剣どもがやってきたらもっと最悪だった」

「黒炎砂漠の攻略が邪魔されるからか?」

「あんたらだって困るだろ?」


 ウルが指摘するがフライタンは表情を変えない。見た目ではとても分かりづらい男だ。だがしかし、この地下探鉱の拡張性が飛躍的に向上したのは、黒炎砂漠の攻略が進んだからなのは間違いない。地上部の黒炎の範囲が損なわれ、活動範囲が大幅に広がった。

 だからこそ、彼等からしても、地下牢で無用な騒ぎは起こすべきではない筈、なのだが。


「うるせえクソッタレ!!魔女の手先がよお!」

「アイツらがでかい顔し始めたのもてめえ等の所為だ!!」


 暴徒達が喧しかった。

 ウルは彼等を無視してフライタンを見るが、彼は彼で少しだけ困ったように溜息を吐き出すばかりだ。


「制御できないのか」

「している。その馬鹿どもが人死にを出さなかったのがその証拠だ」

「おい」

「分かっている。だがこっちの状況も慮ってくれ」


 フライタンの言い方は本当に苦々しげだった。

 ウルはフライタンのことは比較的、話の分かる男だと理解している。少なくとも彼は他の探鉱隊の面々のように頭は固くない。種族や、職場の区分けに捕らわれるようなことはしていない。

 だが、彼だけではやはり難しい。何よりも。


「いいからとっととダヴィネの馬鹿を出しやがれ!!!」

「……そのバカどもを部屋に放り込んでおけ。五月蠅くて話にならん」


 彼等は、地下牢の王であるダヴィネの身内であるという考えが根底にある。

 ダヴィネ自身の様子を鑑みるに、ダヴィネ自身は【探鉱隊】との繋がりをどこか疎ましく思っているように思える。だが、暴徒達の様子を見るに、彼の意思など知ったことではないらしい。

 仲間意識が根強いのに、仲間とする相手の意思を無視しているというのは奇妙なものだった。特に帰属意識の薄いウルにはこういった思考回路に陥る者達が居ることは知っていても、上手く寄り添えなかった。


「……ダヴィネに間接的にでも話を付けて貰った方がいいか?」

「やめておけ。碌な事にならん」


 だが、フライタンは即座に首を横に振りハッキリと述べた。


「アイツラの中で、ダヴィネは未だ数十年前の”不出来なダヴィネ坊”で止まってる。そしてダヴィネ側も根本的に変わっていない」

「あんた等の昔話はしらないが、今の状態を無視して話進められたら碌な事にならんか」

「それが分かってるから、ダヴィネも拒絶している。正しい判断だ」


 フライタンは言い切る。

 物静かな男だが、ダヴィネに対しては深い労りの心が見える。兄弟である、という情報は流石にウルも聞いている。二人がどのような関係にあるのかは知らないが、少なくとも、フライタンからダヴィネに対しては未だ、思うところは大きいらしい。


「じゃあどうやったら抑えられる?」

「無理だ」

「おい」


 ウルが突っ込むが、フライタンは真顔だ。


「事実困難だ。あいつらは変化を嫌い、変わらずを望む。分かるか?」

「……今が最大のストレスだと?」

「お前が引き起こす変化は、ウチの集団にとって脅威で、毒だ」

「…………」


 それを言われると、返す言葉もない。ウルはこの地下牢という空間で好き放題動いている自覚はある。自分の望みを叶えるため、地下牢の生活を営む様々な場所に土足で踏み入っていった。結果の是非を問わず、それ自体を嫌うと言われたら難しい。何せ、今更それを止めることも出来ないのだから。


「……可能な限り時間は稼いでやる」


 沈黙したウルに、フライタンは小さく呟いた。


「良いのか?」

「馬鹿どもも、道理も分からん獣じゃない。繰り返し言ってやれば、堪えることも覚えるだろう。【魔女釜】を抑えるのは任せるぞ」 


 ウルは頷いた。フライタンは立ち上がる。連れて行かれた暴徒達に話をしに行くのだろう。だがその去り際、振り返らずに彼は言った。


「精々急げ。思うよりも猶予は無いぞ」

「……アンタは俺たちを応援してくれる、でいいのか?」

「…………」


 ウルの問いに、フライタンはしばらくは応えなかった。少し躊躇うようですらもあった。だが、最後に本当に小さな声で、彼は言った。


「……ダヴィネのバカを、ここから連れ出してやってくれ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] …………お、お兄ちゃぁぁああんっっ!! 不器用に想いあってるの、ええな……
[一言] 追いつきました! 面白かったです。 ありがとうございました。
[良い点] ウルは無茶振りすればするほど輝くから大好きです。
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