揺れる牢獄と王様
翌日、黒炎払い本拠地
「おはようさん」
ごく普通に朝一に本拠地に顔を出したウルを前に、【黒炎払い】の一同はギョッとした表情でウルを出迎えた。ガザなどは目をひんむいてウルの肩を掴み、逆にウルを驚かせた。
「おおどうした?」
「どうしたじゃねえよ馬鹿!!お前大丈夫だったのか!?」
「黒剣に尋問を受けたと聞いた」
彼の背後でレイも顔を出す。ウルの顔には、見れば幾つもの打撲痕が薄らと残っていた。【黒炎砂漠】での探索ではつかなかった傷だ。【黒剣騎士団】の連中の仕業だとすぐに察してレイは顔を顰めた。
「その傷」
「治療は終わってるよ。大した傷じゃなかったがな」
ウルは傷跡を指で掻く。傷跡は乾いていて、確かに治っていた。ウルは肩を竦めるとそのまま部屋の中央に座すボルドーの前に座った。
「三日は拘束されると思ったが、良くぞここまで早くビーカンから逃がれたな」
「適当にあることないこと喋ってたら、勝手にビビりだしたんだよ。ラッキーだったよ」
後ろめたい事が多い奴は大変だな、と笑うウルはやや得体が知れなかった。が、彼が大概なのはこの半年でおおよそボルドーも理解していた。いちいち驚いていても仕方が無いことも。故にその点は流した。
「ただ、お出かけしていた騎士団長が戻って早々に拘束してくるとは思わなかったな」
「ラースの攻略が進んだことによほど驚いたのだろう。なにせ10年ぶりだ」
「攻略が進んだことに怒り狂うってのはまた、ひでえ話だな全く」
「この場所から得られる蜜で、奴は肥えすぎたのだ」
「確かに太ってたよ」
ボルドーは小さく笑った。だが、その笑みはすぐに拭い去られる。
「あまり、悠長にもできないかもしれんな」
「今回は一時しのぎしただけで、またいらんちょっかい仕掛けてきそうだ」
ウルはボルドーに同意する。が、それに納得できなかったのかガザが口を挟んだ。
「だけどよお、ラース攻略は黒剣の成果って事にならないか?」
「自分たちの成果だと高らかに宣言するには、あまりにも後ろ暗く、敵を作りすぎている。よしんば全てが上手くいったとしても、ラース解放という刑務が完了した後、我々をどうするか決めあぐねるだろう」
新たな刑務を用意するのか。それともラース解放自体を無かったことにするのか。しかしそもそもがラース解放を目的として送り込まれた聖女アナスタシアの部隊だった【黒炎払い】のような、複数の共謀から罪無く此処に放り込まれた連中への建前を失った場合どうするのか?
考えられるだけでも多数の問題が一気に吹き出す。当然、黒剣騎士団は壊滅的な混乱に見舞われるだろう。
「でも妨害ってなにする気だよ。あのデブ。なにができるんだよ」
「騎士団で、看守で、囚人の管理者よ」
レイがガザの物言いに呆れていう。だがガザは反論した。
「だって、アイツら所詮ダヴィネの言いなりじゃねえか!」
「そのダヴィネが私達の言いなりなワケじゃない」
そして黒剣とダヴィネのパワーバランスは必ずしも一方的ではない。ある程度は対等だ。ダヴィネはラース解放について、積極的な訳ではない。協力はしてくれるがあくまでも取引の上で応じてくれているだけだ。
ダヴィネからすれば黒炎砂漠の攻略は、地下牢が活気づくだけで必須ではない。現状ある程度地下探鉱の拡張性が確保された今「これ以上は必要ない」と考え、【黒剣】らの要望に応じてウル達との取引を止めたりしたら、それだけで大幅な停滞を余儀なくされる。
「……不味いじゃん!?」
「だからその話をしているんだって……」
ガザの反応にレイはもう一度呆れた。しかし確かに不味いは不味いのだ。
今の【黒炎払い】達はウルを中心としてラース攻略に一丸となっている。
アナスタシアと同行した元々の【黒炎払い】だけでなく、元々は単なる犯罪者で、黒炎払いに連れてこられた者達まで、熱に当てられたようにラース攻略に注力している。
【黒炎払い】という元々の立場の低さ、かつての大敗、劣等感、罪悪感、様々な燻りに点いた炎は巨大な渦となって、全員を目標へと邁進させている。
この勢いに水を差されるわけにはいかなかった。
「色々根回ししないと不味いって事だよな……面倒な話だ」
ウルは頭を掻いて立ち上がる。
「ボルドー。アンタ今動けるか?」
「構わないが、なんだ」
「ダヴィネの所に顔出す。8層攻略の兵器の打診ついでに挨拶してくる」
「……確かに、俺も行った方が話は通しやすいか。良いだろう」
「レイ、5層あたりに作る中継拠点の話進めといてくれ」
「分かった」
「ガザ」
「おう、なんだ!」
「俺の部屋で”お茶”の製造完了したから持ってきておいてくれ。後で全員で飲むぞ」
「…………………おおおう……まあかせろお…!」
露骨に顔を青くさせたガザの肩を叩いて、ウルはボルドーと共に去って行った。
「ダヴィネに挨拶って、あいつ、マメだよなあ……」
「彼が此処まで全員引っ張ったのはそれができたからでしょ。貴方も自分の仕事なさい」
「あれくせえんだよお……」
悲鳴を上げるガザの頭をレイはひっぱたいた。
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およそ70年ほど前、幼き頃、ダヴィネは酷く気弱な男だった。
炭鉱夫を生業とした一族に生まれてきた彼は、当然、両親から同じ仕事につくよう求められた。だが、彼は、致命的に探鉱という職場に対する適性を持たなかった。
掘って、掘って、掘って、組んで、組んで、組んで
太陽の差さない地下で、ひたすらに掘り進んで、鉱物を探し当てて、それを取り出していく毎日の繰り返し。ダヴィネはそれが苦手だった。土人としての強靭な肉体がある故に、そう言った肉体労働には適している筈なのだが、どうにも噛み合わない。薄暗い場所を掘り進む事が苦手で、舞う粉塵が嫌いだった。作業を続けるほどにミスは多くなり、失敗し、周りに迷惑をかけては殴られた。
両親はそんな彼を強く罵った。
両親にとっては、長く先祖から受け継いだ仕事にやる気を見せないダヴィネが酷く出来損ないに見えたのだろう。彼等の価値観は狭かった。それができなければ他に生きる道は無いと言うように彼を叱りつけた。
そんな風に言われて育った彼に自信など、備わるはずもない。彼は酷く気弱で、陰気な人格に育っていった。
友人もいなかった。鉱山に住まう土人の価値観は誰も似たようなものだ。仲間意識が強いが、一度そこから少しでも外れてしまう者に対しては冷徹だ。彼は孤独で、出てくるクズ石を磨いたり、細工をしたりする事くらいしか趣味は無かった。
だが、唯一自分に対して冷たい目線を向けたりもしない。罵声を浴びせたりもしないフライタンに対してのみ、心を開いていた。
ダヴィネ、お前は器用で、石を理解している。此処の仕事以外の方が良いかもしれん。
だが、ある日、兄がそう言った。
それはダヴィネにとってショックだった。だってそれは、ここから出て行けとそう言っているようにしか聞こえなかったからだ。生まれてからずっと暮らしていた巨大なる魔鉱山の麓にある人類生存圏外の採掘集落、その外の世界など彼は知らない。それなのにいきなり外に投げ出されたら絶対に生きてはいけない。
死ねとそう言っているようなものだ。
その日ダヴィネは始めて兄と大喧嘩をした。その時から兄、フライタンは他の土人の仲間達からも慕われていたものだから、当然ダヴィネが全て悪いとして周りは彼を罵った。激しい叱責の最中、ダヴィネとフライタンの間には大きな亀裂が生まれた。
そして、その一月後、集落の長が鉱物の数を誤魔化し余所に流していた事実が発覚した。
それだけならば、まだマシだっただろう。長が責任を負うだけで済むのだから。しかし土人の集団は内の結束はあまりにも強かった。
――危険な外で働く俺たちの取り分があまりにも少ないのが悪い!
そんな長の言葉に全員が同意し、そして取り締まりにきた騎士団との抗争になった。結果、長含む多くの者達が死に、生き残った者は捕まり【焦牢】へと下る事となる。
その中にはダヴィネやその兄の姿もあった。
ダヴィネが【焦牢】にやってきた経緯はこのような流れであった。
長の誤魔化しも、その後の反乱も殆ど関わらなかったダヴィネからすれば、ソレは完全なとばっちりと言えるのだが、しかし彼はそれほど苦痛には思わなかった。味方の殆どいない里での暮らしは彼にとってどこにも逃げられない牢獄のようなもので、正直大差なかった。
いや、それどころか、集落の頃と比べれば気分的には楽だった。当時は地下牢に地下探鉱なんて存在していなかった。もっぱら土人達は力仕事を任されて、様々な仕事を任された。それが彼には楽しかったのだ。
――あら、貴方。とっても器用なのね。
その最中だった。【焦烏】のクウと出会ったのは。
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現在 地下牢工房
「黒炎払いの装備の更新だあ?!」
「全員ではないが遠征メンバーの装備をな。もう少しマシなのにしたい」
「コインは!」
「無論、ある」
ボルドーとダヴィネの取引をウルは傍目で眺める。
ボルドーが持ち出したコインは結構な大金だ。現在、【黒炎払い】の稼ぐコインの量は相当な物になっている。理由は幾つかあるが、やはり番兵を倒し迷宮の先に進めたのが大きかった。
数百年前の災厄の際、プラウディアに次ぐ偉大なる繁栄の都市とされていたラースは、その繁栄を焼かれ、滅び去った。しかし焼け残ったものは残っていた。黒炎にも焼かれず、しかし誰にも回収されることも無く砂に埋もれた数々の遺産。それを回収できたのだ。
【黒炎払い】達は効率よくそれらを回収し、そしてダヴィネに渡してコインに換金した。今や【黒炎払い】達はトレジャーハンターの側面も持ち合わせていた。
それを目当てで黒炎払いに成ろうとする囚人が多く現れ、その対処と管理にボルドーが駆け回る羽目になったのだが、今は置いておこう。
ともあれ、今の黒炎払いという集団は結構な金持ちだ。装備の一括更新は可能だった。
故に、取引は問題無いはずなのだが、ダヴィネの表情はやや冴えない。
「どうした?」
「…………」
ダヴィネはじろりと視線を此方に向け、そして小さく呟いた。
「調子に乗ってるんじゃねえだろうなあ?お前等」
猜疑心に満ちたその目を見て、ボルドーは眉間に皺を寄せる。これは定期的に発生するダヴィネの癇癪だ。しかし焦りはしなかった。彼は時々こうなるとボルドーは知っている。
「なんのことかわからぬな。ダヴィネ。もう少し分かりやすく説明しろ」
「とぼけんじゃねえ!!てめえら!!最近態度がでけえんじゃねえのか!?」
なるほどな。と、ボルドーは頷いた。そしてウルをチラリと見て、頷く。
「確かに、最近の【黒炎砂漠】攻略は快進撃と言っても良いだろう。だが、その勝利は常にお前が生み出した【竜殺し】を筆頭とした様々な装備があってこそだ」
「ダヴィネの武器無しだったら、多分出だしの4層目の時点で俺等は全滅だったしな」
「うむ。最前線でその事を理解できない戦士はおらぬよ。」
「そりゃ末端の戦士は勘違いしてるかも知れないが、そいつらにも言い聞かせるよ」
「ダヴィネ無しでは地下牢は成り立たん。覆しようのない事実だこれは」
ウルとボルドーは二人揃って言葉を並べる。ダヴィネが何かをいうよりも前にたたみかけるような言葉を受け、ダヴィネは暫く口をパクパクさせたが、暫くするとうなり声を上げて顔を伏せた。
「……そんなら、いいんだよ」
落ち着いたらしい。ボルドーは小さく安堵の息をつく。
なんというべきか、ダヴィネは時々こんな風になる。圧倒的な王さまなのに、急に挙動不審になるのだ。正直言えば奇妙だった。ボルドーから見ても、いや誰から見たとしても、ダヴィネの持つ才覚はとびっきりだ。彼の生み出す作品や、開発する兵器類はなにもかも精巧で、強力だ。
だのにそれだけのものを生み出せる力を持ちながら、ヒステリックで不安定なのだ。
もう少しどっかりと王さまをして貰った方がやりやすい。
が、贅沢も言えるものではない。此処は特殊ではあるが牢獄だ。その住民が心身に傷があるのは当然だ。完璧な人格者の王など高望みもいい所だろう。ボルドーは話を切り替えて、ひとまずの目的を果たすことにした。
「今度、戦士達を連れてくる。採寸して鎧の調整などを――」
「ダヴィネさん!!!」
そう思っていると、横槍が入った。
禿げた小人の男。牢獄内の情報屋きどりで、ダヴィネの周りをちょろちょろとする事でおこぼれにあずかっている男だ。露骨にダヴィネは不機嫌になった。
「商談中に入ってくるんじゃねえ!!」
「す、すみやせん!ですけどダヴィネさん!大変なんです!!」
小人は汗を流しながらヘラヘラと笑い、そして何時も通り、情報をダヴィネへとぶちまけた。
「【探鉱隊】と【魔女釜】で戦争起きたんでさあ!」
ダヴィネはその言葉に目を見開いて、困惑を表した。
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