黒炎払いの仕事②
「我々がここに放り込まれた頃はラース解放を目指した。それが欺瞞に満ちた目標であり、真意が悪意に満ちたものであったとしても、それができなければ永遠にこの砂漠に閉じ込められるとあっては、目指さざるを得なかった。」
拠点の屋上から見える不気味なその景色を背景に、ボルドーはかつての話をする。ウルは黙ってそれを聞いているが、表情は冴えなかった。あの天をも衝くような巨人を見ては仕方の無いことだろう。
ボルドーは話を進めた。
「解放の目標は、全ての黒炎の源と思われる、【核】の探索だ」
ラースの解放を目指す上で必要だったのは、現在もラース領全体を焼く【黒炎】の元凶探しだ。全ての核となるもの、大罪竜ラースが残したと言われる【核】の排除。
その存在を探す上で避けては通れないのは勿論、旧大罪都市、灰都ラースだ。
大罪竜ラースが今なお封じられている黒炎の全ての始まりの場所。だが、ラースには容易には立ち入ることが出来なかった。
「一つは今ここからでも見える砂漠の迷宮だ。形が定期的に、大規模に変貌する。しかも、何処まで進んでも似たり寄ったりで、目印が付けづらく方向感覚が狂いやすい」
「聞く限り相当タチが悪いな。迷わなかったのか?」
「【運命の聖女】がいた」
ボルドーが言うと、ガザが苦笑いを浮かべる。
「今来た道をすぐに戻ろうだとか。同じ場所をぐるぐる回るだとか、わけわかんねえ指示ばっかりだったけどな」
「しかし、そのお陰で助かった。彼女の指示に従わなかった者は殆どが脱落した」
「じゃあ今は厳しい?」
「ダヴィネ製の特別な円規がある。無論、彼女ほどの精度ではないが」
「ダヴィネ様様だな」
しかし、ダヴィネと協力関係が築けていなかった当時はアナスタシア頼みであり、自分だけが見える結果を先読みして出すアナスタシアの指示は、様々な面で戦士たちを翻弄した。時として指示の結果、意図せぬ形で仲間達が失われもしたのだ。
アナスタシアの指示の所為で死んだ!
と、そういった疑心も生まれて、混乱は増長した。いかに彼女の力が本当にすさまじいものであっても、それを妄信するのはあまりにも困難だった。
ボルドーとて、当時は口に出さなかったが彼女の力を疑問視していた。こうして、彼女の力の成果を認めることが出来たのは、彼女と距離を置き、時間と共に感情の整理がついてからだ。
「とはいえ、迷宮そのものはそれほどまでに性悪ではなかった。迷宮自体は抜けられた……が、その先にもっと巨大な試練が待ち受けていた」
「【番兵】?」
「そうだ。この迷宮には幾つもの【番兵】と、番兵を退けなければ消し去ることのできない【黒炎の壁】があるのだ。それに我々は敗れた」
【黒炎砂漠】という迷宮は、関門である番兵を必ず打ち倒さなければ先に進めない構造となっていた。どれだけ回り道しようともあの【黒炎の壁】が立ち塞がるのだ。先への道を黒炎の壁が完璧に区切ってしまっていたのだ。
かつて【黒炎払い】一行は番兵達の何体かは退けた。しかし一体を倒すごとに消耗し、疲れ、兵力を失い、最後には敗北した。あの巨大な【番兵】を前に、力尽きたのだ。
「でも隊長!成果が無いわけじゃ無かったでしょう!!」
「成果?」
堪えきれず、というようにガザが叫び、ウルが問うた。ガザは胸を反らし言う。
「10年前は此処の地下牢はもっと狭かった!!今地下で色んな施設を増やして自給自足の真似事が出来てるのは、俺等が【番兵】を倒して、【黒炎の壁】を消し去ったからだ!!」
確かに、当時の【黒炎払い】が何一つ成し遂げること叶わずに敗北したかといえばそうではなかった。その成果をまるで無かったように語るのは、当時の戦いで命を落とした彼の仲間への侮辱だろう。
ウルにその成果を低く見られるのは我慢ならなかったらしい。ガザは握りこぶしをつくって叫んだ。
「なるほど。結果はちゃんと残していたわけだ」
「とうっぜんだ!地下牢の住民どもは俺たちのお陰で今暮らしが楽になってるって自覚がたりねえんだ!!」
「だが出来たのはそこまでだった」
だが、今はウルに現実を見させるために説明をしている。ボルドーはガザを落ち着かせるために口を挟んだ。
「やってくる黒炎鬼達の群れに力を削がれ、番兵に打ちのめされて戦線は崩壊した」
そしてその果てに不満の爆発が起こり、アナスタシアは黒炎に焼かれた。
彼女の力を失ったことで、遠征部隊は完全に頓挫したのだ。
「現在の勢力は当時と比べれば半分以下だ。アナスタシアの運命の加護も存在しない。そして何よりも“時間が無い”」
そう言ってボルドーは自身の腕を捲り、ウルの前に差し出す。ウルはそれを見て顔を顰めた。ボルドーの腕の一部が黒ずんでいた。それは肌のシミとかではない。その部分がまるで喪失してしまったかのように真っ黒だ。
「【黒炎】の呪いか」
「少なからず、我々は呪いを受けている。喰らわぬようにと細心の注意を払ったつもりでも、戦い続ければ無傷というわけにはいかない」
「お前だって此処に居たらそうなるぜ?怖じ気づいたなら逃げ出せよ」
ガザがからかうように言うが、彼の身体にもその呪いがあるだろう。【黒炎払い】の初期から居る者でこのように呪われていない者は殆どいない。これまで上手く立ち回った者達でも全員がこうだ。もうあと何年もすれば、初期の黒炎払いの面子は全滅する。
「以上が、攻略が困難な理由だ。理解できたか?」
「ああ。出来た。ありがとう」
「だったら、今後はバカな事を言うんじゃねえぞ」
「それは断る」
は?とガザが口を開けるが、ウルは気にすること無くそのまま防壁の外の【黒炎砂漠】の迷宮を睨み、観察を続けた。小さくぶつぶつと「再生、呪い、時間」と言った言葉を繰り返している。それはとても諦めて絶望している顔では無かった。今得られた情報を整理し、対策を練っている者の顔だ。
ガザは心底から呆れて、声を漏らした。
「……ほんとのバカかよコイツ」
「かもしれん」
割と絶望的な情報を突き付けたつもりだった。特に、自分たちが後数年もしたら全滅するなどという情報はかなり致命的だと思っているのだが、それでも全然くじける様子がない。
理解力が無いのか、もしくは全てを理解した上で諦めていないのか。後者だとすれば、それはやはりバカだと言うことになる。
「だが……」
と、ボルドーがその愚か者を見る目は侮蔑のそれとは違う事にガザは気付かなかった。
「おいバカ、いい加減に戻るぞ!!」
そんなボルドーの心中を知らず、ガザはじっと【番兵】を睨むウルの肩を乱暴に引っ掴んだ。そして彼を引っ張ろうとした。
「――――」
「は?」
それよりも早く、ウルがガザの頭をひっつかんで、地面に叩きつけた。流石にボルドーもぎょっとする。だが、その直後に全てを理解した。
「何しやが!!?」
そのまま彼は、自分が装備していた竜牙槍を一気に横薙ぐ。その切っ先にいたのは、
『AAAAAAAA 』
空から飛来した黒炎鬼。それをウルは両断した。
「【黒炎鳥】だ!!戦闘準備!!!」
ボルドーは叫んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《【黒炎鳥】だ!!戦闘準備!!!》
拠点の中で休憩をしていた黒炎払い達は、突如として飛んできた通信魔術に動き出した。地上拠点が襲われるのは、別に珍しい話ではない。此処は都市の中ではない。地下牢の中でも無い。気休め程度の払いの結界が張られているだけの場所だ。
だから襲撃には慣れている。だが、先を行くレイの表情は晴れない。
「【黒炎鳥】、最悪」
生物や魔物を問わず、黒炎に飲み込まれれば黒炎鬼に変貌する。そしてその形態は黒炎に焼かれる前の姿に依存する。ヒトが焼かれればヒトの形、獣の類いが焼かれれば獣の形。
ならば、空を飛ぶ鳥形の黒炎鬼が出てもなんら不思議なことではない。
そして黒炎鬼達の中でも、飛行型はタチが悪い。
機動力が異様に高い。地上からの攻撃はろくに届かない。呪いの炎が空高くからまき散らされる。炎の量自体は少ないが、それ故に見えづらく、気が付けば呪いが身体を焼く。巨大な鬼を打ち倒してきた黒炎払いの仲間が、あの小さな鳥に焼き尽くされたところを彼女は何度も見てきた。
適切な対処法は存在しない。傘のように結界を広げても黒炎は結界を焼く。
故に必要なのは速攻だ。レイは屋上への扉を開けた。
「ボルドー!」
「レイか」
ボルドーは、意外と冷静な様子だった。怪我を負っている様子もない。近くにはガザも座り込んでいる。レイは一先ず安堵し、そのまま彼の元に近づき【竜殺しの矢】を番えた。
「鳥は」
問うと、ボルドーは顎で指す。その先には鳥はいなかった。代わりに“新人”が一人立っている。彼は一人両足を広げて、彼の獲物である竜牙槍を構えた。
「【顎・拡散】」
途端、竜牙槍の白い刀身部が分離する。柄を起点にして、刃が複数に分裂し、等間隔の場所に位置をとる。同時に砲口部の魔導核が鳴動し、光を収束させ、そして放たれた。
「【咆吼・拡散追尾】」
熱光は分裂した刀身部に触れると、そこで軌道を分裂させて、拡散していく。空を舞う影、【黒炎鳥】達へと一気に飛びかかった。まさに生き物のように、群れで獲物を喰らう狼のように広がり、囲むようにして鳥達を貫いていく。
『AAAA AAAA A AA!』
「――――あれ、本当に竜牙槍?」
いつも冷静なレイも、この時ばかりは呆気にとられた。
竜牙槍はマイナーな武装だが彼女にも知識はある。だから咆吼の性能も勿論知っている。単純な熱破壊の術式を前方に打ち出す大砲だ。魔導核の成長と共にその熱線の制御はある程度自由が効くことも知っている。
が、限度がある。あの挙動は絶対に真っ当なものでは無い。
どういう武器を持ち込んできたのだあの少年は。
『AAAAAAAAAAAAA』
「……!」
しかし、咆吼の猛攻に晒されても尚、一部の黒鳥はまだしぶとく生き残っていた。レイは即座に番えていた矢で残っていた黒炎鳥を射貫き、落とす。だが、漏らしがある。
「ボルドー、ガザ」
「あ、ああ!!」
「うむ」
だから二人に呼びかけ、前衛を託す。彼等は即座にレイを囲んだ。そして自分以外の面子も次々に集まり、同じように陣形を組み始める。
「結界を重ねろ!!黒炎で焼かれた部分は張り直せ!!」
戦闘準備は整った。黒炎鳥との戦いで相手に戦場を焼かれる前に体制が整うのはまれで、幸運だ。あるいはそれは新人のお陰だろうか。ともあれ 順調に排除は進んだ。
ここまでは。だが、黒炎払いはこれだけでは仕事は終わらない。
「来る」
活性化が起こる。
鳥達の死骸の黒炎は一気に燃え上がる。残る一羽に纏わり付いた。巨大化した黒炎鳥はその翼を大きく広げ、そして悍ましい呪いの声で喚いた。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!「【咆吼】」AAAAA!?』
そこに、ウルが咆吼を連射した。
「……容赦ない」
竜牙槍の熱光は呪いの黒炎そのものを消し去ることは出来ない。が、黒炎の薪となる肉体は貫ける。情け容赦の無い熱光が連続で撃ち出され繰り返し破壊する。
ウルは黒炎鳥を近づけるつもりは全くないらしい。それ自体は良い判断ではある。が、問題もある。ボルドーがそれを見て叫ぶ。
「ウル!気をつけろ!高い場所では炎が散る!」
肉体を破壊するほどに、消えぬ炎は散っていく。まだ鳥は真上にいないから此処には届かないが、近付かれた状態で同じ事をすると被害が広がってしまう。
「なるほど」
ウルは納得し、竜牙槍の顎を戻す。槍の形状となったそれを再び捻る。
「【顎延長】」
槍が伸びる。元より大きな槍だったそれが更に延長する。それを握ってウルは跳んだ。
「ばっ!!?」
ガザが叫ぶよりもウルは早かった。
ウルに翼の大部分を破壊され、宙で悶える黒炎鳥へと近づき、そして竜牙槍を実に乱雑に振りかぶった。
「落ちろ」
『A !?』
ごぎりと、鈍い音がした。
伸びたウルの竜牙槍が鳥の頭部に叩き込まれた。鳥は更に悶え、飛翔能力を失い間もなく落下する。レイ達が居る屋上のすぐ側の大通りに鳥は墜落した。
『AAAAAAAAAAAAAA!!!』
「っ竜殺し用意!!!」
目まぐるしい状況に最も早く対応したのはボルドーだった。
用意した竜殺しを握り、複数人が下の通路に落下した黒炎鳥に投擲する。幾本もの槍が、地面の下で悶える鳥の腹や頭部、翼を貫き、地面に縫い付けた。
『A、AA 』
間もなくして黒炎鳥は、その動きを停止させた。残された炎も、鳥を貫き続ける竜殺しによって飲み込まれ、焼失する。
勝利は成った。同時に、【黒炎払い】達の視線は全て黒炎鳥をたたき落としたウルの方へと向かう。空から降りてきたウルは、延長した竜牙槍を戻すと、頭を掻いた。
「…………今の戦い方死ぬほどあぶなっかしいな。止めておこう」
「最初からすんじゃねえバカ!!」
ぱこんとガザが彼の頭を叩く。そしてそのままウルの肩をバンバンと叩いて笑った。
「やるじゃねえか!!すげえぞバカ!!!」
実にアッサリと手の平を返してウルを褒め称えるガザにレイは呆れた。
だが、良き働きを偏見抜きに褒められる彼の単純さは、美徳でもあった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
と、このような経緯を経て、ウルは【黒炎払い】の一員としてやっていくことになった。
自ら志願し【黒炎払い】となった変わり者のウルを訝しがる者はガザ以外にも多く居たが、入って間もなくの押しつけられる様々な細かで大量の雑用の類い(清掃作業に荷物運び、黒睡帯の洗濯に武具類の管理等々)に対してウルは一切手を抜かなかった。そして戦いになれば怖じ気ても逃げず、指示通り慎重に戦い、結果を残した。彼のその姿に最初の“妄言”に警戒していた者達もすぐに彼を認めていった。
此処は牢獄。そして黒炎払いは最下層の仕事。マトモに使い物になる人材は貴重だと誰もが知っている。その貴重な人材に対して、【黒炎払い】の面々が歓迎的になるのは当然だった。ウルに問われるまま、様々な知識を彼らは与えていった。
そして、彼が黒炎払いに所属して、更に一ヶ月が経過した。
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